星野あざみ短編集
キャラ出





作家の眉田がSNSに流した告知が一部のファンに動揺を与えた。その内容は、こんな文章だった。

キャラのスクリニスが行方不明になりました。心当たりの方がおりましたら、至急、連絡ください。次回作の締め切りまであまり時間がありません。どうぞ皆さんのご協力をお願いします。

インパクトのある文面はあっという間に拡散され、皆が様々な憶測をした。
新手の宣伝だろうとか、レアなフィギュアを失くして困っているに違いないとか、他にネタとして取り扱いする者は数え切れない程いた。

が、その文面を見た時、真島は思わず画面に釘付けになり、それから、ゆっくり頭の中の人物に話し掛けてみた。
「これって、おまえの事じゃないのか?」
――そうみたいだね
返事は明瞭に返って来た。二日前から彼の頭の中に住み着いている人物の答えだった。
「まずくないのか?」
真島は、そう聞いてみた。

――あいつの所に帰れって事? いやだよ。眉田は僕に酷い事したんだ。君だって先月号のあれを読んだんだろ?
「そうだけど……。ストーリーすごく盛上がったし、あそこでスクリニスが仲間を庇って背中に剣を受けたからこそ、城壁を越えられたんじゃないか。誇りを持てよ」
――何でさ? すごく痛かったし、アルタナなんてまるで僕がもう死んじゃったみたいな言い方してさ。まったく割に合わないよ
「でも、死んだ訳じゃない。敵も迫ってたし、おまえが頑張って足止めしなきゃ、仲間が殺られるんだぞ」
――いやだね。僕、もう痛いのいやなんだもん
スクリニスはそっぽを向いた。

そう。眉田が探しているキャラはそこにいた。
「帰れよ。おまえ、アルドノスの騎士なんだろ? 小説の中ではいつもクールで格好いいじゃないか。こんな風にへたれてるおまえの姿なんか見たくないよ」
――あれは単なる演出さ。僕だってあんな役はやりたくないんだ。前回は背中切られたし、前々回には酷い拷問されたし、その前には怪物相手に戦って腕を噛み千切られそうになった

「だからって、逃げて来るなよ。俺だって困るし、眉田さんだって迷惑してるだろ?」
――僕はここが気に入ったんだ
「気に入ったって言われても、俺には何も出来ないし」
――前回はファンの女の子のとこ行ったんだけど……。僕の事、大好きだって言ってたからいいと思ったのに……。妄想が酷くてさ、本編よりも残酷な仕打ちして来るんだ。服脱がしてくすぐるとか、敵の大男と無理にカップリングさせようとするとか。もう滅茶苦茶で……。さすがに1日で逃げ出したよ

「それは気の毒にな。でも、俺だって妄想くらいするぜ。妖精のハイネを巡って魔神サダンと戦って負傷するとか、プリンセスティラを守ってガルシャの罠に落ちて瀕死になりながら最後の力を振り絞ってティラを城に届けるとか」
――眉田が言ってた続きの話じゃないか。まだ発表してないけど、2回先のストーリーがそれ。だから逃げ出したのに……
スクリヌスは子どものように不平を言った。

「とにかく、一旦俺の頭から出てってくれないか? これじゃあ、ちっとも落ち着けないし、仕事も出来やしない」
何とか解決策を見出そうとして真島は言った。
――そんな事をしたら、君だって困るんじゃないのか? 僕がいなくなったらさ
「何故?」

――おまえ、もう乗っ取られてるから……
スクリヌスが勝ち誇ったように言う。
「おまえにだろ?」
真島は呆れたように言った。が、彼は笑って切り返す。
――サダンにさ
「え? まさか、あの魔人の?」
彼が驚いていると、更に頭の中から声が響いた。

――余計な事を言うな。スクリヌス
それは地の底から響くような低い声だった。
「おまえは……」
――魔人サダンと人は呼ぶ
「何でおまえまでいる? もう、訳わかんねえよ。ここは俺の頭の中だぞ。出てけよ」
しかし、サダンは悠々と言った。
――ここは居心地がいい
「ふざけるな! 頭の中にはエアコンなんてないぞ」
真島は髪の毛を掻き毟った。

――ふっ。なら、脳細胞を切り刻んで涼しくしてやろうか?
サダンが笑う。
「うるさい! 黙れ!」
――なら、おまえの右手を借りる
すると、真島の手が勝手にリモコンを使って冷房の温度を下げ、漫画の原稿用紙を机に置くと、ペンを持って絵を描き始めた。
「ば、馬鹿な……手が勝手に動いてる……!」
真島は焦ったがどうにもならない。右手の主導権を握っているのはサダンだった。

――この私の力によって私が主人公の漫画を描かせているのだ
「何故?」
――この私こそがこの漫画の主人公に相応しいからだ。当然だろう
「馬鹿な……。俺が描くのは……」
その時、電話が鳴った。
真島は懸命に手を伸ばした。そして、左手で何とか電話を取った。

――「あ、真島君? ひょっとして、そっちにうちのスクリヌスが行ってない?」
眉田が訊いた。
「ああ。来てますよ。それとサダンも……」
――「ああ、やっぱりね。こないだ会った時、やけに懐いていたから……」
「何なんですか? これ」
――時々あるのよ。キャラが浮遊していなくなっちゃう事。フィーリングの会う人に勝手に付いて行っちゃうの。まあ、いうなればプチ家出って感じ」

「そんな……。迷惑過ぎます。早く引き取ってくださいよ。今、サダンが漫画描いてて……」
右手と格闘しながら真島は言った。
――「わかった。すぐにそっち行くから、キャラ達、捕まえておいてね」
「捕まえてって言われても……」
真島は困惑しながらも机の端にあった鏡を見た。そこにはいつもと変わらない自分自身の顔が映っている。しかし、その頭の中には他人のキャラが二人も入っているのだ。

――この裏切り者め
スクリヌスが言った。
「俺は何もしてないぞ」
右手を押さえ付けて真島は言った。
――くそっ! もう少しで私の物語が完成するところだったのに……
サダンが悔しそうに歯噛みする。
「じゃあ、おまえ達をしっかり保護して眉田さんに帰さないとな」

――帰されてたまるか!
サダンが暴走した。
――ずるいよ! 僕も連れて行ってよ
スクリヌスが喚く。
「何だ。おまえら仲間だったのかよ? 小説の中ではいつも敵同士だったのに……」
――それも演出
スクリヌスが言った。
「何だよ。それじゃあ、読者はまんまと騙されてたってのか?」
しかし、もう返事はなかった。二人共、また何処かに旅立ってしまったのだ。

その時、玄関チャイムが鳴って、眉田と編集者がやって来た。
「すみません。逃げられました」
真島は空っぽになってしまった頭を振って、すまなそうに詫びた。