鱗手オキル短編集
ピザを食べる





わたし、ピザって大好き。

蓋を開けると、ピザの身体はね、まるで生きているみたいに水蒸気の息を吐いて、匂いと熱を吐き出すの。ピチピチはねる油の音色が、痛い痛いって泣いてるみたい。
こんにちは、ピザさん。わたしのお家へようこそ。
専用の回転のこぎりは無いけれど、どうか安心してちょうだい。ゆびで優しくちぎってあげる。あなたの赤黒いものをこぼさないように、あなたの皮で上手に掬ってあげる。

白っちい生地と日焼けした外側はあなたの皮膚でしょう。
その内にはチキンとサラミが、あなたの内臓がきれいに畳んである。ジュウジュウと健康な音を立ててまだ生きているあなたを見ると、無性に壊してしまいたくなる。
ピザさん。わたしはあなたを見ていると、肋骨の下がきりきり痛む。心臓のあたりがじゅじゅーっと熱くなる。心地よい痛みと熱さがわたしの内側を駆け上って、ゆびを痺れさせる。いまわたし何をしようとしているの。自分でもわかんなくなる。自然と舌が垂れてくる。

ああちぎりたい。微塵にしたい。赤いものをたくさん滴らせたい。

ドロリとしたマヨネーズとトマトを抱いたピザさん。今、切り刻まれたあなたの熱い熱い身体の一部を、わたしのゆびが冷たい空へとさらってゆきますよ。うぎゃあ。あなたの耳が割れるシャリッという音がわたしを歓喜させる。切断面に沿って流れ込む冷たい空気。とっても哀しげですね。ねえピザさん、あなたの残りが寂しがっている声は聞こえますか。

ちぎると繊維が剥き出して、今にも悲鳴をあげそうなチーズ。
だけどもう悲鳴さえ上げることができないの。ひひひひ。
わたしピザさんを愛してる。トマトの赤色とペッパーの香りが強い今日のピザさん。世間では別段珍しい顔じゃなさそうだけれど、家に来るのは今日初めてのピザさん。あなたは死ぬ時、どんな液を流すの? 熱いチーズの膜の中では、どんな歌を歌うの。心の詰まったじゃがいもの中には、どんな考えが詰まっているの。考えて、わたしは思わず笑ってしまう。

いただきますよ、ピザさん。わたし、もういただいてしまいますよ。
わたし噛む。あなたちぎれる。わたしまた噛む。あなたまたちぎれる。ああ楽しい。楽しい楽しい楽しい。優しいおつきあい。とっても優しいおつきあい。
わたしはあなた噛むけれど、あなたはわたし噛まないのだもの。
噛む度に赤いものや黄色い油があふれ出して、ピザさんの身体は哀れなほど小さくなっていく。ピザさん、わたし笑いが止まりません。だけどそれと同じくらい、悲しみも止まりません。わたし噛む。あなたちぎれる。繰り返される、気ぜわしい喜怒哀楽の時間。
わたしは歯を剥き出して、あなたの最後の欠片を涙ぽろぽろさせながら、口に放り込む。

あなたが剥がされた後の紙箱は、寝汗をかいたベッドのようで、そこにはいくつかの血痕と、あなたのいくつかの臓器がこぼれ落ちている。ごめんなさい。何だかわたしはそう言わずにはいられない。そう言ったそばから、わたしはまたいつか会うあなたのことを考える。

またいつかと言ったけれど、今バラしたあなたには永遠に会えはしないこと、わたし、実はわかっている。だけどわたし、ピザさんがいなくなったら、もっと他の悪いことをしてしまうだろう。食べ物で悪さするとか、健康に良くないやけ食いとか。それはできないの。
次会う時はもっと、ピザさんのこと、お話してよ。
ピザさんにも色々いるのだと思うけど、きっと気が合うと思うよ。わたしもまた、白いものと赤黒いものでできているのだから。……なんて考えていたら、着メロ鳴った。

次のピザさんからの電話だ。ひーはー、嬉しい。
今暇かって? うん暇。家においでよ。