ルーとウサギのメートヒェン
第2話 ルーと赤い実




ルーは、くだものが大好きです。
りんごはすりおろして、赤いイチゴはスプーンでつぶして、おさとうとミルクをたっぷりかけていただきます。
「今日はルーの大好きなイチゴミルクよ」
スプーンですくってママがルーのお口に運びます。
「あーん」
ルーはお口をまあるく開けて、それを食べるのです。ママは上手にスプーンだけをルーのお口から抜き取ると、また次のイチゴをすくいます。

「おいちいねえ」
ルーはとってもごきげんです。
「はい、もう一度」
「あーむ」
まるで、この間見た鳥のヒナのようです。
「うーん。もっと」
ルーが言います。
「ルー、イチゴちゅきなの」
「それじゃあ、おかわりを持ってきましょうね」
ルーはまた大きなお口を開けて、ぱくりと最後のイチゴを食べました。ママがガラスの器を持って出て行くと、ウサギのメートヒェンがくすくすと笑いました。

「あんっ。メートヒェン、なんで笑うの?」
ルーが言いました。
「だって、ルーってばヒナと同じなんだもの」
メートヒェンが言いました。
「同じじゃないよ。だって、ぼくは人間だもん」
「あら? 人間も鳥も同じ赤い血が流れてる生き物だもの。やっぱり似てるわ」
「赤い血……?」
「そうよ。鳥にも人間にもあたたかくて赤い血が流れてるの」
ルーはこの間さわったヒナのやわらかな体を思い出しました。
「うん。鳥さんとってもあったかだったね」
「犬だってねこだってみんなあったかいわよ」
「そうなの?」
ルーは目をまるくしました。

「それじゃあ、犬にもねこにもみーんな赤い血が流れてるの?」
「そうよ」
「ルーにも?」
「そうよ」
「赤いイチゴを食べたから?」
「ちがうわ」
「それじゃあ、赤いリンゴを食べたから?」
「うーん。それもちがう」
「それじゃあ、どうして赤くなるの? 赤い血が流れてるのに、どうして顔やおてては赤くないの?」
「えーと、それは……」
メートヒェンにもわかりません。
「それじゃ、答えを探しに行きましょう」

窓が開き、やさしい風がふわりとルーの体を持ち上げました。でも、ルーはおどろきませんでした。手と足を使って上手にお空を飛び回ります。すると、お家の方から何かがたくさん飛んできて、ルーたちをおいこしました。
「わあ! きれい……」
ルーがうれしそうに言いました。目の前をふわふわとすきとおった玉が飛んで行きます。その中には淡いいくつもの色が光っていて、それぞれみんな美しく輝いていました。

「あれは何?」
「シャボン玉よ」
メートヒェンが答えます。
「シャボン玉?」
「きっとだれかが石鹸を使ったのね」
ルーはシャボン玉をつかまえようと手を伸ばします。でも、それは手の上ではじけてしまいました。
「消えちゃった……! どうして?」
いくらつかもうとしても次から次へとみんな消えてしまいます。そして、ついには、お空へ飛んで行ったものまで、みんな消えてしまいました。

「あーん……!」
ルーの目から涙がこぼれました。
「泣かないで、ルー。あれにはさわることができないのよ」
「どうして?」
「あれはとてもうすくてやわらかいものなの。光と水のまくでできているのよ」
「光と水?」
ルーがふしぎそうにききます。
「水と石鹸がふれた時、そっと光をだっこするのよ。そして、そっと空気でまるくつつむの。だから、そのうすいまくにあたって、光が見えるようになるのよ」
「光をだっこしてるの? 赤ちゃんみたいに……」
「そうよ。だから、やさしくしなければいけないの」

「でも、何もしなくてもこわれたよ」
ルーが悲しそうに言いました。
「光はお日さまのところへ帰っていくの。外に出て、空に近いところまで上ったらまた光にとけるの」
メートヒェンが言いました。
「じゃあ、こわれちゃったシャボン玉はもうお空へ帰れないの?」
ルーが泣きそうな顔で言いました。
「そんなことはないわ。この空気はずっとお空の上の方まで続いているの。それに、光はとても早いのよ。あっという間にお日さまのところまで行けちゃうわ」
「ぼくも行ける?」
ルーがききました。
「無理よ。お日さまはうんと遠いところにあるんだし、それにとっても熱いんだもの」
「そうなの?」
ルーはがっかりしました。
「でも、人間はシャボン玉を作ることができるわ。たくさん光をだっこしてあげたら、きれいな光を見せてくれるわ」
「本当?」
ルーはとてもうれしくなりました。

「向こうには何があるの?」
ルーがききます。
「行ってみましょうか?」
メートヒェンが言いました。
二人は広い芝生の庭をこえて、うんと遠くまで飛びました。いつもお散歩で通る道のさらに向こうまで飛びました。

「あれは何?」
ルーがききます。それは透き通ったガラスでできたふしぎな家でした。
「あれは温室よ」
「温室?」
ルーはそれが何なのか知りたくてたまりません。
「お部屋の中をあたたかくして、お花を咲かせるの」
メートヒェンが言いました。
「どうしてあたたかくするの?」
「お花にはあたたかさが必要なの。光と水とそれに……」
メートヒェンが言いかけた時、ルーが言いました。
「ぼく、知ってる」
「ほんと? なら、あと何が必要なんだと思う?」
メートヒェンが言いました。

「愛!」

ルーが元気に答えます。
「どうしてそう思うの?」
「ママが言ってたよ。お花は愛を待ってるの。だから、愛をいっぱいあげたら、すっごくきれいなお花を咲かせてくれるんだって……」
「正解ね」
メートヒェンがお姉さんのように言いました。
「それにね、パパも言うの。パパはママにいっぱい愛をあげたから、ぼくが生まれたんだって……」
「それも正解」

「でも、どうして?」
と、ルーがききます。
「どうしてママに愛をあげたら、お花じゃなくて、ぼくが生まれるの?」
「人間はお花じゃないもの。お花の替わりに赤ちゃんができるのよ」
「それじゃ、メートヒェンは? メートヒェンに愛をあげたら何が生まれる?」

「女の子」

と、メートヒェンは言いました。
「それじゃ、同じだよ。メートヒェンがメートヒェン(女の子)になってもやっぱり同じメートヒェンじゃない」
それは何だかとってもややこしくて、ルーにはよくわかりません。
「同じじゃないわ」
メートヒェンは遠くの空を見つめて言いました。
「ルーだけの特別な女の子になるの」
それをきいて、ルーは笑います。
「今だってメートヒェンはぼくの特別な女の子だよ」

すずしい風が吹いてきて、ルーのやわらかな髪をそっとゆらしました。
「くしゅんっ」
ルーが小さなくしゃみをしました。
「あらあら大変。お外は少し寒いから温室の中へ入りましょう」
メートヒェンが言いました。

それから、二人はガラスの温室の中に入りました。
「見て。お花がたくさん咲いてるわ」
「ほんとだ。赤いのと黄色いのとピンクにえーと……」
ルーは色の名前を考えました。
「オレンジのと白いのだ」
「よくできました」
メートヒェンが言いました。
「でも、他の色のはないの?」
ルーはくれよんの箱を思いうかべて言いました。
「あるわよ。ほら、あそこに咲いているのは……」
くるりと飛んで向こうの棚まで行くとそこにはまためずらしい花が咲いていました。

「ほんとだ。青いのとむらさきのがあるよ」
ルーがうれしそうに言いました。
「それに、大きいのや小さいのや色がまじっているのもあるね」
ルーはあちこち見回してよろこびました。
「ぼく、お花大好き!」
「そうね。とってもきれいね」
メートヒェンも言いました。
「それに、とってもいいにおいがするよ」
「そうね。この香りが香水になったりするのよ」
「香水?」
ルーがききます。
「ママがつけてるいいにおいがするお水のことよ」
ルーは少し考えました。そういえば、ママがお部屋に入って来るといつも甘くていいにおいがします。あれは花の香りだったのです。
「うん。この花と同じにおいがする」
ルーは大きな黄色いバラに近づいてくんくんにおいをかきました。

「ルー、あまり近づくと危ないわよ。バラにはトゲがあるんだから……」
メートヒェンが注意しました。
でも……。
「いたいっ!」
ルーが悲鳴を上げました。
「ルー! 大じょうぶ?」
「あんっ! お花がぼくにかみついたよ」
と言って泣きました。
「お花はかみついたりしないわよ」
メートヒェンが言いました。
「だって、ほら……」
ルーは手を伸ばしてメートヒェンに見せました。左手の指先が切れて血がにじんでいます。
「トゲにさわってしまったのよ。ほら、見て」
メートヒェンがバラのするどいトゲを見せて言いました。
「バラは美しいけれど、するどいトゲがあるから気をつけなければいけないのよ」
泣いてるルーに、メートヒェンはやさしく言いました。

「お花は悪くないの。ぼくが悪い子だったからいけないの」
ルーがしゅんとして言いました。
「ぼくがバラを折ろうとしたから、きっと怒ってしまったんだ」
「バラを折ろうとしたですって? なぜそんなことをしようと思ったの?」
メートヒェンがおどろいてききました。
「このバラをもって帰ったら、ママがよろこんでくれると思ったの。だって、とってもきれいでいいにおいがするんだもの」
ルーは泣きながら言いました。
「ルー……。あなたはとってもやさしいのね」
メートヒェンがそっとルーの頭をなでました。

「でも、きっとバラはぼくのこときらいになっちゃったって言うよ」
「そんなことはないわ。ほら、ごらんなさい。バラ達がルーを見てる」
――やさしい子
――かわいい子
――お話しよう
――さあ、おいで
バラはやさしくしてくれました。それで、ルーはすっかりうれしくなって花達とたくさんお話しました。

「ねえ、どうしてお花にはいろんな色があるの?」
ルーがききます。
――それは人間にもあるだろう?
――髪の色も目の色も
――肌の色だってちがうように
――わたし達にも個性があるんだ
花達が言いました。
「個性?」
ルーはふしぎそうにききました。
「みんなちがうお顔をしているように、考えることや感じる心がちがうってことよ」
メートヒェンが言いました。でも、その意味はまだむずかしくてルーにはよくわかりません。でも、人間も人によって髪の色や目の色がちがうということはわかります。ルーのパパは金色の髪で青い目をしています。ママは黒い髪と黒い目。ルーのために来てくれるお医者さんの髪は茶色で目はこげ茶です。人間もやはりちがう色をもっているのです。

「それじゃあ、血もみんなちがう色をしているの?」
ルーが自分の赤い血を見て言いました。
「人間はみんな同じよ」
メートヒェンが言いました。
「そうよ」
「でも、どうして?」
するとバラが言いました。
――それはきっと人間が
――あたたかい心をもっているから……
――赤はあたたかい色だから……
「あたたかい心?」
ルーがききます。
「それはきっとね、やさしいってことなんだと思う」
メートヒェンが言いました。
「人間はみんな他のだれかにやさしくすることができるから……」

温室の中には、いろんなめずらしい植物がありました。葉っぱだって緑のこいもの、うすいもの、丸いのやらギザギザとがっているものなど、いろいろあってあきません。
「あれはなあに?」
ルーがゆびさした先には、丸い小さな実がぶらさがっていました。
「草の実よ」
「この中には何が入ってるの?」
ルーはたくさんあった緑の実をそっとさわったり、つついてみたりしました。

「種よ。草や木には、花が終わったあとに種ができるの。中には食べられる大きな実がつく物もあるのよ」
「食べられる実?」
ルーは何でもききたがります。
「くだものは、みんな何かの実なの。あの中にも種があるのよ」
「バナナやイチジクやブドウにも?」
メートヒェンがうなずきます。

「種は何のためにあるの? 種ってなあに?」
「卵よ。それを地面にまくとその草や木の赤ちゃんができるの。小さな芽が出て大きくなってまた花が咲くのよ」
「じゃあ、ぼくが食べちゃった実の種はぼくのおなかの中で芽を出すの?」
それって何だかきもちわるそうです。頭や肩ならいいのになと、ルーは思いました
「ううん。種はちゃんとママがとってくれてるわ」

「それで、その種はどうしたの?」
「捨てたの」
「それじゃあ、芽が出ないよ」
「大じょうぶよ」
「でも……」
ルーは花のことが心配になりました。
「お花はたくさん種を生むから、半分以上が捨てられてもなくならないの」
メートヒェンが言いました。

「この実は食べられる?」
ルーが緑の実をさして言いました。
「いいえ。これはくだものじゃないもの」
「実には食べられるものと食べられないものがあるの?」
「そうよ」
「赤い実なら食べられる?」
ルーがききます。
「イチゴは赤くておいしいの。あとリンゴも」
「そうね。でも、毒のある実だってあるのよ」

「毒?」
ルーがききます。
「そうよ。食べるとおなかが痛くなったり、熱が出たり、時には死んでしまうこともあるの。だから、お外では知らないものにさわったり、食べたりしてはだめよ」
「こわい……!」
ルーはおどろいて手の中ににぎっていた草の実を落としました。それからポケットに入れた実も急いでぜんぶ捨てました。
「ルー。草の実をとっちゃったの?」
「だって、かわいかったんだもの。お部屋にもって帰りたかったの」
緑の実はころころと転がって温室のあちこちにちらばりました。

「ねえ、どうして葉っぱにはもようがついてるの?」
ルーがききました。
「それは葉脈といって、葉っぱに栄養や水を運ぶ道なのよ」
「道?」
「そうよ。あと、形を作る骨の役目もしているの。ほら、もようになっている筋って他のところよりも少し固いでしょう?」
「うん。少し固いね」
ルーは葉っぱにさわって言いました。

「でも、骨ってなあに?」
ルーがききます。
「体の中には固い骨っていうものがあるの。それで、しっかりとした体を作ったり、ささえたりしているのよ」
「それってみんなにもあるの?」
「あるわよ」
すると、ルーはいきなりメートヒェンをぎゅっと強くにぎりました。
「固くないよ。メートヒェンの骨ってどこなの?」
ルーはぎゅうぎゅうとメートヒェンのおなかや耳や手足をつかみまくって言いました。

「わたしはぬいぐるみですもの。固い骨の代わりにやわらかな綿が入っているのよ」
「綿? じゃあ、ぼくの中にも綿が入ってるの?」
「人間には入ってないわよ。ルーにはちゃんと固い骨と栄養を運ぶ血管があるの」
「血管? それ、なあに?」
「葉脈のような管よ」
「管?」
「ストローみたいなもの。その中に血が流れてるの。その血が体のいろんなところに栄養を運ぶのよ」
「葉っぱと同じように?」
「そうよ」

ルーはいろんな葉っぱを見て言いました。
「もようはちがっても葉っぱはみんな緑だねえ」
「そうよ」
ルーは近くにあった葉をちぎってみました。
「うーん。これは小さくてよくわかんない」
ルーはとなりの葉もちぎりました。さっきとはちがう種類の葉です。
「これも見えない」
ルーは次々といろんな葉をちぎりました。

「ルー、何をしてるの?」
「葉脈の中を見てるんだよ」
「中?」
「でも、ぜんぜん見えないの」
「何が?」
メートヒェンがききました。
「だって葉脈の中には血が流れてるんでしょう?」
「血?」
「うん。でも、ちっとも赤くないの。さっき白いのはあったけど……」
「ルー、葉っぱの血は赤くないのよ」
「でも、生きてるよ」
「生きてるけど赤くないの」
「それじゃ白いの?」
「ええ。白いのもあるかもね」
ルーはチョッピリ考えました。

「何で葉っぱは緑なの? 緑色の血が流れているの?」
ルーがききます。
「ちがうわ。緑は皮の色よ。血は大切だから外にこぼれたりしないように葉脈や血管のようなしっかりとしたストローの中を通っているの」
メートヒェンが言いました。

「こぼれたらいけないの?」
「栄養が運べなくなってしまうもの」
「あー……」
それをきいて、ルーが急に泣き出しました。
「どうしたの? ルー、何で泣いてるの?」
「だって、ぼくの血、さっきバラのトゲにさされてこぼれちゃった」
「ふふ。大じょうぶよ。もう血は止まったでしょう?」
「うん」
「たくさんこぼれすぎないように、傷ついたらちゃんと止まるようにできているのよ」
「そうなの?」
ルーがふしぎそうに見つめます。そして、何かに気づいて言いました。

「たいへんだよ! メートヒェンのお耳に穴があいてる。メートヒェンもバラにさされたの?」
「これはこないだ、ルーがかじったんじゃない」
「ぼくが?」
ルーはきょとんとして見つめます。
「ごめんなさい」
ルーがあやまります。
「いいのよ。でも……」
「でも?」
ルーがじっとその目を見つめます。

「昨日の夜ね……」
と、言って、メートヒェンはもじもじしました。
「昨日の夜?」
「ルーがねぼけておしりをかんだの。それで、しっぽも取れたの」
メートヒェンが後ろを向くと、そこにまるいシッポがありません。ぽっかり穴があいて白い綿がのぞいています。
「血が出ちゃったの?」
ルーが心配そうにききました。
「ううん。でも、早くぬってもらわないと綿がこぼれちゃうから……」
「じゃあ、帰ったら、ママにおねがいしなきゃ……」

それから、ルーはメートヒェンといっしょにお部屋に帰りました。すると、ママがイチゴミルクのお代わりを持ってきました。
「はい。それじゃあ、あーんして」
ママが言います。
「アーン」
ルーが喜んで口を開けます。それは、やっぱり、どう見ても、鳥のヒナのように見えました。ベッドの上でメートヒェンが笑います。ルーは少し口をとがらせて言いました。

「メートヒェンがぼくのこと笑うの」
すると、ママがききました。
「どうして?」
「ぼくが鳥のヒナみたいだって……」
「そうね。でも、鳥も人間もみんな同じように、ママから食べ物をもらって大きくなるのよ」
「そうなの?」
ママは笑ってうなずきました。
「そう。だから、ルーもたくさん食べて大きくなってね」
「うん。ぼく、大きくなるよ。うんと大きくなって、ぼくがママに食べさせてあげるの」
「まあ、それはうれしいこと。それなら、たくさん食べて、力もつけなきゃね……」

そうして、ママは赤い木の実をくれました。
「これはリンゴの木よ。赤くなったら木からもいでカゴに入れるの」
ママがくれた木には赤いリンゴが7つなっていました。ルーはそれをつかんでカゴに入れます。
「アインツ(1)、ツバイ(2)、ドライ(3)……」
ルーはカゴのリンゴを数えます。
「アインツ、ツバイ、ドライ……」
それは、木製のパズルになっていて、何度も木からもいだり、はめたりできるのです。ルーは喜んで続けます。
「アインツ、ツバイ、ドライ……」

ルーの力は弱いので、なかなかうまくつかめません。それでも、ルーはうれしくて、赤いリンゴを何度もにぎって喜びました。これには毒がないからです。それに、これなら、葉脈や血管をちぎって傷つけることもありません。
「ぼくね、温室のお花を見たんだよ。そこで、本物の実をもいだの」
ルーが言いました。
「でも、メートヒェンが毒があるかもしれないって言うからこわくなって捨てたの」
ふと見ると、メートヒェンはだまってぬいぐるみのように転がっています。
「それでね、バラはすごいトゲを持っててね、ぼくの指をさしたの」
そう言って、ルーは自分の指を見ました。でも、そこに傷はありません。
「あれ? もう血が止まったからなおっちゃった。それなら、メートヒェンもなおってるかしら?」

ルーはそっと手をのばしてメートヒェンにふれました。ウサギの耳にはやっぱりかじったあとがありました。それに、おしりのしっぽもありません。
「ママ。メートヒェンのしっぽがないの」
ルーが言います。
「まあ、取れてしまったのね」
ママがお部屋の中をさがします。けれど、しっぽはありません。

――ルーがねぼけてかじったから……

メートヒェンの言葉を思い出して、ルーは言います。
「ぼくがかんだの。それで取れたってメートヒェンが言うの」
ベッドの中やおもちゃ箱の中ものぞいて見ましたが、シッポはどこにもありません。
「あーん。しっぽがないメートヒェンなんかいやだよぉ」
ルーが泣きます。
「困ったわね。お皿をかたづけたら、また探してあげる」
そうしてママは部屋から出ていきました。

すると、メートヒェンがベッドから起きて言いました。
「ルーが食べちゃったんじゃない?」
「ちがうもん。食べてないもん」
「あーら、わかんないわよ。ルーは食いしんぼうだから、何でもパクパク食べちゃうじゃない?」
メートヒェンがわざといじわるなことを言いました。
「ちがうよ。しっぽなんかおいしくないもん」
「あら、どうしてしっぽがおいしくないなんてわかるの?」
「かんでもあまくなかったもん」
「だけど、だいじなものなのよ」

「じゃあ、かわりにぼくのしっぽをあげる」
「人間のおしりには、しっぽなんかないわよ」
「どうして?」
「進化してなくなったの」
メートヒェンが言いました。
「進化ってなーに?」
「いらなくなったものが消えたり、あるとべんりなものがはえてきたりするの」
「じゃあ、しっぽはいらないんじゃない」

「人間とウサギとはちがうわよ。それに、わたしはぬいぐるみだもの」
「ぬいぐるみもしっぽがいるの?」
「穴があったら中の綿がこぼれちゃうから」
ルーはメートヒェンのおしりに指を入れてこちょこちょしました。
「きゃは。いやん。くすぐったいわ」
「こぼれないように中へ押しておいたの」

そこへママがもどってきて言いました。
「いい物があったわ。これで新しいしっぽを作りましょう」
ママはふわふわの白い毛糸で丸いボンボンを作ってくれました。新しいシッポはピカピカでチョッピリいいにおいがしました。
「よかったね、メートヒェン」
ルーが言うとメートヒェンもうれしそうに笑いました。

(おわり)