ルーとウサギのメートヒェン
第5話 ルーと雪だるま




朝、ルーが目をさますと、何だかいつもとちがう感じがしました。つんとすきとおった空気と音のない世界。カーテンの下から白い光が波のようにかがやいています。
「何だろう?」
ルーはベッドの上におき上がると、そっとカーテンをめくってみました。
「わあ! すごい! きれい……」
外は一面まっ白でした。庭も木も何もかもです。

「おはよう、ルー」
メートヒェンが言いました。
「雪だよ! ルー」
ユンクがきゃんきゃんとびはねて言いました。
「雪?」
ルーがふりかえってききました。
「そうよ。また冬しょうぐんがもどってきたのよ」
メートヒェンが言いました。

「おれはあったかい春の方が好きだけどな」
ブルーダーがぶるんっとふるえて言いました。
「ほんと。さむいとやる気なくなっちゃうわ」
ねこが体をまるめて言いました。
「そうね。でも、ここはあったかくていいわよ」
タンテが言います。
「そうそう。私もぬくぬくしていいよ」
ルーのおしりの下で、オンケルがもっそり言いました。

「ぼく、お外で遊びたい!」
ルーが大声で言いました。ルーはおぼえていたのです。まえに冬しょうぐんがきた時も、お庭にたくさんの雪がつもってまっ白になったことを……。その時、パパやママとお庭に出て楽しく遊んだのです。
「今すぐ出たい! 遊びたい!」
ルーが言います。
「でも、まだ雪はやんでいないわ」
メートヒェンが言いました。

「いやだいやだ、すぐ遊びたい!」
「こまったわね」
タンテがおろおろと言いました。
「だって雪はすぐにいなくなってしまうもの。ぼくはいっぱい遊びたいのに……」
ルーがカーテンをつかんでぐいぐいひっぱりました。
「だめよ! ルー。そんなにあばれるとベッドからおちるわよ」
メートヒェンがとめました。けれどもルーはききません。
「いやだいやだ! 雪だるまを作るんだ!」

「でも、雪だるまを作るのってけっこうたいへんよ」
メートヒェンが言いました。
「ぼく、できるもん」
ルーが言います。
「ぼく、作り方だってちゃんと知ってるんだ。はじめはね、こうやっておててで雪をまるくするんだ」
ルーがとくいそうに言いました。
「それから雪の上において、ころがせばいいんだよ」

「でも、雪はとっても重いのよ。ルーの力じゃむずかしいんじゃないかしら?」
長い首をかしげて、タンテが言いました。
「ぼく、できるもん。まえにもちゃんとできたんだもん」
ルーは、一年前の冬のことを思い出しました。
「たしかに作ったけど、あれはパパとママがおてつだいしてくれたからできたのよ」
メートヒェンが言いました。
「何だ。それじゃ、一人で作ったわけじゃないじゃないか」
ブルーダーがギョロリとした目を向けて言いました。

「だってあの時は、まだ小さかったからだよ。でも、ぼくはもうこんなに大きくなったもの」
ルーはベッドの上で、おもいきり背のびしてみせました。その背は、たしかに去年より大きくなっていました。
「ほら見て! ぼくはいっぱい歩けるようになったし、とびはねることだってできるんだ!」
ルーはベッドの上で、ウサギのようにピョンピョンとびはねてみせました。そのたびに、オンケルがふわふわ浮かんではしずみ、また浮かんではおちるのをくりかえしています。
「おいおい、ルー。これじゃあまるでおちつかないよ」
クラゲが目を回して言いました。
「そうよ! これじゃ、ゆっくりねむれないじゃないの!」
シュベスターもぷりぷりもんくを言いました。

「ボクは好きだけどな。こういうのってさ」
ユンクがはしゃいで言いました。
「そうね。でも、ちょうしにのってるとあぶないわ」
メートヒェンが言ったその時、

「あーっ!」
ルーがひめいをあげました。バランスをくずしてぶつかったひょうしに窓が開いてしまったのです。ピューッと冷たい風が部屋の中に流れこんできました。そして、その風がルーをさらっていってしまったのです。
「ルー!」
メートヒェンがさけびます。
「たいへんだ! ルーが風にさらわれた」
みんなもあわててあとをおいました。

ルーはふわりと庭におちました。でも、そこには雪がたくさんつもっていたので、どこもケガをしたりしませんでした。
「わあ! すごーい! みんなまっしろだ!」
ルーはよろこんで雪をすくって飛ばします。
「うふふ。雪がいっぱいふってくる」
ルーは楽しくなって歌いました。
「ラララ。雪の小人がダンスする」

それからルーは、小さな手で雪の玉を作りました。そして、つもった雪の上にそっとおいて、ころころころと転がしました。
「わあ! 大きくなった!」
ほっぺにあたる雪もきらきらとかがやいています。
「ころころ雪さん、大きくなあれ。もしも大きくなったなら、ぼくのぼうしをかぶせてあげる」
ルーは陽気に歌います。
「毛糸のマフラー、赤いミトンも、みんなあげるよ。雪だるまさんはお友だち」
そうして、いっしょうけんめい転がしました。雪はどんどんふってきましたけれど、ルーはそんなの気にしませんでした。

「あれれ? いびつになっちゃった」
ルーは手でたたいて、まるくしようとがんばりました。でも、なかなかうまくいきません。かたほうがまるくなったので、ぐいっと力をこめて転がすと、もうかたほうがいびつになってしまうのです。しかも、だんだん大きくなった雪玉は重くてルーの力では動かなくなってしまいました。
「あーん。どうしよう。ぜんぜん動かなくなっちゃった」
ルーはぺたりとおしりをついてすわりました。
「手が冷たい……」
ルーは両手をこすり合わせて、はあっと息をかけました。ルーのはいた息もまっしろです。なのに、両手はまっ赤になっていました。
「それに寒い……」
まわりはどこもまっしろで、何も見えません。

「ママ? パパ! メートヒェン!」
よんでもへんじはありません。
「シュベスター! ユンク! ブルーダー……! どうしてみんなこたえてくれないの?」
ルーは悲しくなりました。
「オンケル! タンテ! みんな、どこ? ぼくはここだよ。おねがいだから、むかえにきて……」
けれど、風がヒューッと鳴るだけで、だれの声も聞こえません。

「雪だるまさん……?」
でも、それはただの雪のかたまりでした。
「そうだ! 頭がないから雪だるまになれないんだ」
ルーは立ち上がると、もう一つ小さな玉を作りました。そして、それを雪の上においてゆっくりと転がしていきます。
「早く雪だるまさんの頭を作ってやらなきゃ……」

「これくらいでいいかなあ?」
少し大きくなった雪玉を見てルーが言いました。
――いいよ。その頭をのっけておくれ
どこからか声がしました。
「雪だるまさん?」
ルーがききます。
――そうだよ。はやくのっけておくれ
「わかった」
ルーはうなずくと雪の玉をもちあげようとがんばりました。でも……。

「えーん。だめだ。とてもおもくてもちあがらないよ」
ルーは泣きそうな顔で言いました。
――もちあがらないだって? あきらめるなよ
雪だるまが言いました。
「だって、ほんとうにむりだもん」
ルーがぽろりとおとしたなみだは、たちまちこおってダイヤモンドのようにかがやきました。
「だって、ぼくはまだ小さいんだもん。それに、ぼくは……」

ルーは知っていたのです。自分がほかのみんなとは少しちがっているということを……。みんなにはできて、自分にはできないことがある。そのせいで聞こえてくるいろんないやなことやことばたち。ルーは、それをみんなおばけの声だと信じることにしました。

ルーはゆっくりとうしろへさがりました。
「そうだ。おばけなんかきらい! きらい! 大きらい!」
雪の中に悲しい声がひびきました。

――にげちゃだめだよ

そんなルーを見て、雪だるまが言いました。
――だれにだってきらいなことやいやなこといっぱいあるよ。でも、そこからにげちゃだめなんだ
「どうして?」
――にげたら何もはじまらない
「だって、ぼくはこわいんだもの」
――だれだってこわいよ
「パパも? ママも? メートヒェンも? みんなこわいって思ってる?」
――ああ、そうさ。だから、みんな同じなんだ

「でも、ぼくは……」
――同じだよ。ルーも……
「同じ?」
――そうさ。だから、さあもういちど
「もういちど」
――信じてごらん、もういちど
ルーは雪玉をもちあげました。

「もてた!」
そして、ゆっくりあるくと、さいしょに作った雪玉の上に、ちょこんとそれをのせました。
「わあ! できた!」
――ほうら、できた
雪だるまが言いました。
「ほんとだ。できた。できた。ぼくが作った雪だるま」
ルーはすっかりうれしくなって、大きな声で言いました。

ルーはすっかりうれしくなりました。
「あそぼう! ぼくといっしょにあそんでよ」
ルーは雪だるまに言いました。
「いいよ。何してあそぶ?」
「おにごっこ!」
ルーが元気に言いました。
「ああ、いいとも。おにごっこ」
雪だるまもこたえます。
「それじゃ、ぼくをおいかけて!」
そう言うとルーは走り出しました。

「よーし。まてまて。つかまえちゃうぞ」
雪だるまがさけびます。でも……。
――バカ! 雪だるまが走れるかよ?
風の中で声がしました。それはどこかできいたような……ブルーダーの声でした。
――だってルーが言うんだもん
子犬のユンクがしゅんとしっぽをたらしてこたえます。
――こうなったら飛ぶしかないわよ
メートヒェンが言いました。
――どうやって?
タンテがこまったように言いました。

――ころがった方が早いんじゃない?
シュベスターがひにくに笑って言いました。
――とにかくルーをおわなくちゃ
オンケルがあわててパタパタしました。
――でも、ルーが知ったらおこるだろうな
ブルーダーがぼそりとつぶやきます。
――もしも雪だるまを作るてつだいをしてたのがわたしたちだってわかったら……
タンテもオロオロと言いました。

――しかたがないわよ。ルーはまだ小さいんだもの
メートヒェンが言いました。
――そうよ。あんなのまってたら春になっちゃう
シュベスターも言いました。
「それって、ぼくがぜんぜんだめだってこと?」
とつぜん、ルーの声がしました。みんながぐずぐずしているうちに、ルーがもどってきて、話をきいてしまったのです。
――ルー……!
ぬいぐるみのみんなはあわてました。
「やっぱりぼくは一人じゃ何もできないんだ!」
そう言うと、ルーは大声でわんわん泣きました。

「泣かしちゃった」
ユンクが雪だるまのかげから、しっぽをふりふり出てきます。
「どうするんだよ?」
ブルーダーが大きな目をギョロギョロさせて言いました。
「だってしかたがないじゃない。みんなほんとのことだもの」
シュベスターが長いしっぽをひょろりと立てて言いました。

「泣かないで、ルー」
タンテがやさしく言いました。けれども、ルーは泣きやみません。
「ひどいよひどいよ。みんなでぼくをだましてたんだ!」
ルーはさけびました。悲しい声が雪の中にこだまします。
「おこらないでルー、みんなだってわるぎがあったわけじゃないのよ」
メートヒェンがなだめます。
「みんなルーのことよろこばせたかっただけなのよ」
けれどもルーはききません。
「ぼくだってできるのに! ちゃんと一人でできるのに! みんなのバカァ!」
ルーはおこってかけていってしまいました。

「ルー! だめよ、ルー! もどってきて!」
メートヒェンがさけびます。
「ルー!」
みんなも大きな声でよびました。けれどもルーはもどりません。雪はどんどんはげしくなってきました。

「どうするんだよ? せきにんとれよ」
ブルーダーがネコをにらんで言いました。
「わたしだけがわるいわけじゃないわよ」
シュベスターがもんくを言います。
「そんなこと言って、もし、ルーに何かあったらどうするんだ?」
ブルーダーがつめよります。
「それは……」
そう言われると、シュベスターはしんぱいになりました。でも、ルーがかけていった方を見てももうルーのすがたはどこにも見えません。

「ルー!」
タンテとユンクが走ってそのあとをおいました。
「わたしたちもおいましょう」
メートヒェンが言いました。
「でも……わたしは寒いのにがてなのよ」
シュベスターがぐずぐずと言います。
「おれだってとくいじゃないよ」
ブルーダーも言いました。

「いいわ。わたしにのって」
メートヒェンが2ひきを背中にのせてくれました。そして、かれらがとんでいってしまうと、雪だるまがつぶやきました。
「ルー……」
そして、雪がふる中、雪だるまもおおいそぎでとんでルーのあとをおいかけました。

雪の中、ルーはどんどん走っていきました。
「みんな、ひどいよ」
こまかい雪が、白い花びらのようにふって、ルーのほっぺをぬらします。
「ぼくをだますなんて……」
空も庭もまっしろで、もう前が見えません。

「あっ!」
ルーは、つもった雪に足をとられてころんでしまいました。
「つめたい……」
すっかりひえてしまった手が赤くなっています。
「さむいよ……」
体中がひえてこごえそうです。

「雪だるま……」
ルーがつぶやきました。
「ぼくの雪だるまさん、おねがい。むかえにきて……」
ルーは、とてもつかれて、立ち上がることもできません。
「むかえにきて……」
そんなルーのようすを、ぬいぐるみたちはじっと見ていました。

「たいへんだわ。はやくたすけないとルーがこごえちゃう!」
メートヒェンが言いました。
「でも、ルーは雪だるまにきてほしいんだぜ」
ブルーダーが大きな目をギョロつかせて言いました。
「そうよ。よけいなことしたら、きっとまた泣いちゃうわよ」
シュベスターもトカゲのかたをもちました。

「でも……」
タンテやユンクがしんぱいそうにメートヒェンを見ました。
「そうだ。今、たすけにいかなかったら、ルーが……」
オンケルがふわりとうき上がりかけたその時、
「ルー!」
みんなの頭上をビュンッと飛んでいったものがありました。

「何だ?」
「鳥?」
「流れ星?」
「それともヒコーキ?」
ブルーダーたちが見上げます。

「ううん。ちがう。あれは……雪だるまだよ!」
ユンクがさけびました。

「ルー」
とつぜん、だれかがよびました。
「雪だるまさん……きてくれたの?」
ルーが顔を上げると、そこには大きな雪だるまが立っていました。
「ありがとう、雪だるまさん……」
ルーはうれしくなって、雪だるまの方へ手をのばしました。けれど、雪だるまはだまってルーを見おろしているだけです。

「どうしたの? なぜおこしてくれないの?」
ルーがおどろいてききました。
「自分の力で立ってごらん、ルー」
雪だるまが言いました。
「できないよ……。だってぼく、すごくつかれているんだもん」
ルーはかなしそうな顔をしました。

「自分で立ってごらん? 私には手がないから、きみをおこしてあげることはできないんだ」
雪だるまもかなしそうです。
「そんな……」
ルーはしくしくと泣き出しました。

「やっぱり、はやく行ってたすけてあげようよ」
ユンクが言います。でも、ウサギがそれをとめました。
「まって。ほら、見て!」
メートヒェンがゆびさしました。

「ぼく、やってみるよ」
ルーはがんばって立ち上がろうとしていました。
「がんばれ! ルー」
それを見て、みんなもおうえんしました。

「そうだよ。ぼくはもう大きくなったんだもの。ひとりで何だってできるんだもん」
何かにつかまらないと、うまく立つことができなかったルーが、はじめて自分の力で立ち上がろうとしていました。
「そうだ。がんばれ! あきらめるな」
雪だるまが言いました。
「うん。ぼくはがんばる! きっとがんばって……」
何度ころんでも、ルーはあきらめませんでした。

いつのまにか、ルーの頭には雪がつもっていました。そして、雪だるまやぬいぐるみたちの頭にも……。
それでもルーはがんばりました。

「あと少し……」
ルーは足をふんばりました。
「立てた!」
ルーがさけびました。
「やったね! ルー」
みんなもはくしゅかっさい。ぬいぐるみたちも大よろこびです。

「やった! ぼく、自分の力で立てたよ!」
ルーがとくいそうに言いました。
「えらいわよ、ルー」
メートヒェンもうれしそうです。

「ほんと。よくやったわね、ルー」
タンテも目をうるませて言いました。
「ほめてあげるわ、おチビちゃん」
シュベスターもリボンのついたしっぽをふります。
「ボク、しんじてたよ」
ユンクがきゃんきゃんとびはねます。

「ふん。おまえ、ちょうしいいぞ」
ブルーダーがにらみます。
「よかったよかった」
みんなにふまれながらも、オンケルがしずかに言いました。

「みんな、ありがとう」
ルーがふりむこうとした時、
「あっ! あぶないっ!」
バランスをくずして、ルーがまえのめりにころびました。そして、その手が雪だるまにぶつかりました。ルーはひっしにそれにつかまろうともがいたのですが……。

「あーっ!」
みんながいっせいにさけびました。
「雪だるまさん!」
まるい雪はくずれて、ただの雪になってしまいました。
「あーん。雪だるまさん、ごめんなさい」
ルーが泣きます。でも、そこにあらわれたのは、背のたかい男の人でした。ルーはその人をよく知っていました。

「パパ!」
「ルー、よくがんばったね」
パパはルーをだき上げると、やさしく笑いました。パパの金色のかみにも白い雪がつもっていました。

それから、パパはルーをつれて家の中へ入りました。
リビングでは、大きなだんろに赤い火がもえています。
「ルー、あたたかいココアよ」
ママがいれてくれたココアを、ルーはうれしそうにのみました。パパはコーヒーをのんでいます。
「おいしい」
ルーがほほえむと、ソファーの上にならべられたぬいぐるみたちもほほえみました。

「とてもさむかったけど、ぼく、やっぱり雪が好きだよ」
ルーが言います。
「だって雪は、ぼくにあたらしい世界を見せてくれるんだもの」

そうして、ルーは少しずつ大きくなっていきました。
(でも……)
ルーは時々思うのです。
(あの雪だるまさんはどこへ行ったのかしら? パパは雪だるまさんから出てきたし、ぼくもほんとは雪だるまさんから生まれたのかなあ?)
そして、春になったら、とけてしまわないかと、時々しんぱいになるのでした。

(おわり)