星野あざみ短編集
イマジン





僕は居場所が欲しかった。穢れのない純粋な瞳のその子とずっと遊んでいたかった。
だけど、君は目覚めなかった。閉じた瞳は僕を拒否した。握り締めた手の中に隠した宝物。僕はそれを開かせることができないまま、時は残酷に過ぎて行った。

赤ん坊の頃からあまり丈夫ではなかった。だから両親は僕のことを心配し、とても可愛がってくれた。小さい頃は外遊びも好きだったけど、家の中で本を読むのも好きだった。本は僕にいろんなことを教えてくれたし、知っていることの再確認にも役立った。

学校はあまり好きじゃなかった。いじめられたし、騒がしいし、先生も友達も皆、滑稽に見えた。僕はずっと一人でいたかった。ジャングルジムの天辺で空を見たり、宇宙に思いを馳せたり、順番待ちをしないで乗れるぶらんこを揺らし、気の済むまま風に吹かれていたかった。

砂や粘土でイマジネーションを働かせている時、あれやこれやと余計な口出しして来る大人は嫌い。ましてや乱暴に壊したり、踏みにじったりしていく子どもはもっと嫌い。人を見下すことによってしか自分を肯定できないなら、何のために今ここにいる必要があるのだろう。僕はそんなことばかり考えていた。

僕は砂に埋もれた自分の手を見つめた。
城は何処にも存在しなかった。壊れた城壁の残骸が手のひらから毀れ落ちた。もしも、この手が完璧ならば……。あいつらにあんなこと言わせないのに……。もしも、この手が……。

突然、違和感を覚えた。中枢から分離された腕はとても奇妙な物に見えた。白く細長い棒の先で蠢いている五つの細い指が、まるでグロテスクな怪物の触手のように思えた。
指は僕の考えによって、思った通りに動かすことができた。しかしそれは、リモコンで捜査するミニカーと何処が違うのだろう? 僕にはまるで答えられなかった。

白くてふわりとしたブラウスの襟には、フリルと小鳥の刺繍が施されていた。赤いスカートの下から伸びた足はまっすぐに地面の上に立っている。人形の絵の付いたバケツやトランクの中にはきらきらとしたビーズや動物のマスコットが詰まり、風にリボンが揺れていた。
「コンニチハ」
僕が言った。
「コンニチハ」
その子も言った。
「風の中で、僕達は邂逅し、それから、しばらく遊んでサヨナラをした。

僕はもう一度自分の手を見た。少しだけ砂が付いている。砂遊びをしたからだ。僕はその手で砂とビーズを集めた。赤いアタッシュケースが砂に埋もれ、きらきらとした人形の目がじっと僕を見つめた。
「サヨナラ」
僕は言った。僕が欲しかったのは黒いアタッシュケースと黒い手帳。銀のナイフと黒いピストル。

僕は両手で砂を払い落す。動きが少しぎこちない。けど……。
――もうだいぶ慣れたね
影法師が囁いた。
「うん。もうだいぶ慣れた」
僕が答える。でも……。心はまだ落ち着かない。

あの子は何処に行ってしまったんだろう? 居場所を失くして、いったい何処を彷徨っているんだろう? 或いは僕のように、自分に丁度いい居場所(ボディ)を、見つけただろうか? それが、多少の違和感を伴っていたとしても……。
僕は両親から愛されている。失われた少女の代わりに……。

道の向こう、僕は買い物帰りの母の姿を見つけた。彼女も僕を見つけて手招いている。僕は急いでフリルの襟とスカートに付いた砂を払うと母親の元へ駆けて行った。