第2話 女達の戦場
「これが地球だ」
せせこましい畳の部屋のちゃぶ台に色褪せた地球儀をどんと置いて豪助は言った。
「何だかこれ、ひどく汚れてるぞ」
ハーペンが指でなぞって指摘する。
「ああ。何せ、小学校の時、母ちゃんが物置にしまってくれたきりだったからな」
とそこいらから雑巾を持って来てゴシゴシと拭く。その度に地球は回り、世界も回る。グルグル回るそれを見て、ハーペンが言った。
「おい。そんなに回すと目が回るぞ」
「何でおまえまで回る?」
「それは、宇宙の摂理だからだ。銀河も太陽系も、そして、惑星も、常に回ることを止めようとはしない」
「だからって、おまえが回る必要なかろうに……」
と豪助が同情の目を向ける。
「ああ、そうだ。わかっている。しかし、止められないのだ。この星に働くあまりに強い遠心力がぁ〜」
「ほれ」
豪助がヒョイと足掛けをすると、ハーペンはコテンと転んでやっと止まった。
「すまん」
「まあ、いいさ。気にするな。そいでもって、ここが、今、おれ達がいる日本って訳さ」
と、赤い小さな部分を指す。
「何かちっこい魚みたいだな。それにしても、周りの青い部分が全部海だとすると、よくまあ、こんな豆粒みたいな島に落ちたもんだ。コントロール抜群! さっすがヒーロー! おれっていーじゃん。えーじゃん。すげーじゃん!」
と胸を張る。
「おいおい。ちっこいたってバカにすんなよ。日本には、1億3千万人もの人が住んでるんだぞ」
「ヒェー。そいつは息が詰まりそうだ」
とオーバーに驚く。
「ホラ。これが日本のもっと細かいことが書いてある地図だ」
と今度は日本地図を広げて説明する。
「ほう。これに、もっとコバカなことが書いてあるのか……」
「コバカ? おまえって見た目もそうだが、中味も微妙にスダコだなあ。一体、どういう耳をしてるんだ?」
「微妙にムカつくその言葉。豪助にだけは言われたくないセリフだぞ」
「見ろ。小さく思えても、この中には山や川がたくさんある」
と豪助は聞こえないフリをして地図帳を指差す。
「で、おれ達が今いるのは、関東平野って中にある埼玉県の北のタウンだ」
豪助が得意そうに言った。
「おう、そうか。なるほど。微妙にわかったような気がするぞ。オッタマケンか」
と、ハーペンが元気よく言った。
「埼玉県だ」
「××タマケンだろ?」
「なに! ××タマケンだと!? そ、そんな……」
「どうした? サイタマケンではないのか?」
「あ、ああ……埼玉県だ……っていうかそもそもおまえが微妙な発音をするからいかんのだ。もっとハッキリ大きな声で発音せい!」
「サンタナ県!」
「違う!」
「アリゾナ県!!」
「違う!」
「ワリビキ県!!!」
……空が青かった。おひさまは笑ってた。
「アーユーおーけー? 年はいくつだ?」
「およそ230イミハシランダだ」
ハーペンは胸を張った。
「悪かったな」
豪助はなるべく目を合わせないようにして訊いた。
「おれは、ここで子供達に空手を教えている。ハンペン、おまえは何をしているんだ?」
「正義の味方だ」
「何と! 正座の仕方が知りたいって? そいつは殊勝な心掛けだ。まずは、相手の文化を尊重しないと、始まる前に終わっちまうからな」
「そうそう。おれは勉強熱心な宇宙人なんだ。で? どうやるんだ?」
「こうだ」
と豪助がやってみせる。
「ふんふん。足を折り畳んでその上に尻を乗せればいいんだな」
ベリッ! 尻が裂けてタイツがもろ見えに……いや、もとい、タイツが裂けてパンツがもろ見えになった。
「何てこった! 重力の違いでいつもより尻が重くなっていたとは不覚だった」
ハーペンが慌てて尻に手をあてて隠そうとするが、微妙に明るいショボいパンツの柄が見えている。
「仕方がないな。取り合えず、これで押さえておけ」
豪助が接着剤をくれたので、体をひねって尻に塗った。
「やれやれ。これで助かった」
とホッと胸を撫でおろすハーペン。
「で? 仕事は何をしてるって?」
「だから、ヒーローだって」
「そうか。デパートの屋上とかでやってる『ハーイ! よい子のみなさーん、大きな声でヒーローを呼んでねえ』なんてミニスカートの姉ちゃんが叫んでるあれか?」
「何? ミニスカートの姉ちゃんがおれの名前を呼んでくれるのか? ハーペン、感激!」
「そうそう。おれも子供の時はよく行っていた。姉ちゃんがアクションして足を上げたりすると、いつスカートの中味がチラ見えするかと思って、ドキドキしてステージから目が離せなかった。ヒーローとは実にいいもんだ。おれは、何度も名前を呼んだ」
「そうか。おまえもおれを呼んだか」
とウルウルするハーペンに豪助は言った。
「少なくとも、おれのヒーローはおまえじゃなかったがな。着ぐるみの中はかなり熱くて大変なんだろ? おまえも苦労するなあ」
としみじみする。
「そうだ。おまえ、腹減ってないか? 昨日の残り物で悪いがおでんならあるぞ」
と豪助が立ち上がる。
「ごちそうしてくれるのか? 実は、昨日から何も食べていなくて腹ペコだったんだ。宇宙での戦いが一昼夜も続いてさ」
ハーペンは熱弁したが、豪助は既に台所へ消えていた。
「おー! こいつがおでんか。なかなかうまそう!」
ハーペンはフーフーはぐはぐしておでんを食べた。
「おお。そうか。どんどん食えよ。おれは一人暮らしなんでな。鍋をすると結構増えちまって、へたすると1週間も同じ物食うハメになるんだ」
と豪助がよく煮えた大根をつつきながら言った。
「おー、そうか。増えるのか。ありがたい食い物だな。食えば食う程子供を産んで増やしてくれるとは、なかなかあっぱれな代物だ」
その言葉に豪助は呆れたが、それでこの男が幸せになれるなら、あえて幸運な誤解は解かないでおいてやろうと豪助は思った。
「ああ。ホントうまいよ。これ。おれの口に合う」
「そうだろう? そいつがハンペン。おまえの親戚だな」
ハーペンが今、正に口に入れようとしたふやけた三角のそれを見て豪助が言った。
「おー。これがハンペンか。とても他人とは思えんぞ……。ってな訳なかろう! おれは、こんなフニャフニャとして歯ごたえのないヘニャチョコ野郎のペチャペチャのムニョムニョのビミョビミョなのとはちがうぞ!」
「でも、似てるぞ。その微妙に焼けた肌の色とか妙にふやけた感じとか……」
「一体何処がだ?」
文句を言いつつ次から次へとはしは伸び、大皿いっぱいのおでんをたいらげた。
「ホウ。大した食いっぷりだな。さすがは宇宙人」
豪助がまた妙なところで関心した。
「そうだろうとも。おれは、メイビー幼稚園の頃から今現在に至るまでお残しだけはしたことないんだ」
と威張る。
「そうか。おれもだ。いつも学校の給食は残さず全部食べて花丸をもらった」
と二人はこれまた妙なところで意気投合した。
「そんじゃあ、腹ごしらえも済んだことだし、おれはちょっと近所のパトロールにでも行って来るよ」
とハーペンが言った。
「パトロールだって?」
「ああ。この街には正義のメイビー星人だけじゃなく、悪の権化ストリクト星人もいっしょに落ちて来たんだ。責任持ってこの街を守るよ」
「スクラップ星人って、あのメロンパンのことか?」
「もちろんだ。奴は、ストリクト星でもかなりの切れ者として通っている。あなどれん奴さ」
そう言ってハーペンは街に出掛けた。
街は何処となくのんびりした感じで、とても宇宙人がやって来たり、ましてや、そこが戦いの場になったりするなんてとても思えない雰囲気だ。が、そこには、確かに奴が潜んでいるのだ。ハーペンは、どんな小さな異変も見逃すまいと目をまんまるく見開いて歩いた。
「やーだ。見て! あれって怪しい。変質者じゃない?」
学校帰りの女子高生がきゃいきゃい騒ぎながらハーペンを指差す。
「ホントだ! ダサダサの上着に超微妙な色のシャツ」
「あのベルトの模様ってば、まるでちくわじゃん」
「そいや、あのシャツ煮え過ぎたハンペンみたいな色してる」
女の子達がクスクス笑う。
「おー! さすがはヒーロー。おれの偉大な名前が、こんな田舎の惑星まで伝わっているとは感激した! 君達、特別にサインしてあげよう。それに握手も」
とハーペンが近づく。と、女子高生達はきゃあきゃあ悲鳴を上げて逃げ出した。
「ああ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいんだよ。おーい」
と追いかける。
「やだ! 変態!」
「追い掛けて来るゥ!」
「お巡りさーん!」
すると、商店街のバーゲンセールでごった返していた店の前で交通整理をやっていた本物の警察官がピピピピーッ! とホイッスルを鳴らす。
「ちょっと! そこのおでんみたいな格好をしている君! 何をしている?」
声を掛けられ、ハーペンは止まった。
「何って、あの子達にサインを求められたのでしてあげようと思っただけですよ。ホラ、おれって宇宙の人気者っていうか、思いっ切り英雄だし。ああ、あんたもおれのサイン欲しいなら書いてやらないこともないぞ」
「あー、そういうことね。ちょっと待ってよ。今、迎えの車頼んでやるからね」
と彼は無線で連絡した。
「あー、こちらは、駅前商店街で警備中なんだがね。今、一人キちゃってんだけど、病院に確認して迎えを頼んでくれない? え? 名前? あー、君、名前は?」
とハーペンに訊く。
「おれは、ハーペンだ。宇宙の英雄。ウェルヘス ナント ナクサハート リー ハーペンだ」
が、彼が全部を言い終える前に警官は言った。
「あー、ヘルペスの患者で、自分は宇宙から来たと思い込んでいるらしい。英雄がハンペンでハートが壊れてるって……」
「ちがーう! おまえの方こそ何か壊れてるぞ」
とハーペンが文句を言うが、警官には聞こえない。どうやら無線の相手とたて込んだ話になっているらしい。と、そこへ、どんっ! といきなり体当たりをくらってハーペンはよろけた。
「おっとっと。何だ? ストリクトの攻撃か?」
とキョロキョロするが、敵らしい者は見当たらない。代わりに見えたのは、バーゲンセールのワゴンに殺到する女達の姿だった。
「ちょっと! それわたしのよ!」
「何? そっちこそ引っ張らないでよ!」
「あんたこそ放しなさいよ!」
「何行ってんのよ? これ、最初に目ぇつけたんはあたいなんだかんね」
「やめてよ! 割り込むなんて卑怯じゃん」
「下から取るなんて反則!」
「あんた、何枚持ってんのよ? そのパンツ放しなよ」
「誰が放すもんかい。せっかく見つけた超激安パンツなんだかんね。ダンナのパンツなんかこんなんで十分よ!」
熾烈な戦いが主婦の間で勃発していた。
「ちょっと! 何ボサッとしてんの? 邪魔よ! 邪魔!」
突き飛ばされてハーペンは転びそうになり、更に突き出たおばさんの尻にどつかれ、飛ばされて、手当たり次第に掴みかかる女達の手によってもみくちゃにされた。
が、そんな中でも、おばさん達の出っ張った腹や尻の隙間から覗くと向こうのワゴンでは、さっきの女子高生達がこれまた、ブランドバッグの奪い合いをしている。
(あーああ。どうせどつかれるんなら、あっちの方がいいや)
などと不埒なことを考えていると、その視界に一際鮮やかな緑のジャケットを着た男の姿が飛び込んで来た。
「奴は! メノンだ」
ハーペンは急いでギュウギュウのおばさん達の群れから脱出しようともがいた。見ると、メノンは目の前の女子高生に何やら話し掛けている。しかも、さっき見た中で1番可愛かった子にだ。
「えーい! 許せん! 何も知らない無垢な女の子を誘惑しようとは! 待ってろ、今、このウルトラかっこいいハーペン様が助けに行くぞ!」
と手を伸ばすが、押し合いへし合いしている女達にぐいぐい押され、ゴマ擦り棒ですり潰されて行くゴマのように惨めな状態にんなりながらうらやましそうに前方のメノンを見た。
「くそっ! どけよ! おばはん! おれだって、こんなしおれたオバンじゃなく、ピチピチで美しい花の女子高生達とお話するんだい!」
何故だか一瞬静まり返った空間にその声が響いた。
「何ですって?」
ハーペンの両脇のオバサン達がギロリと睨む。
「あ、あのう、別にあなた達が美しくないと言う訳ではないんですよ。決して……ただ、どうせゴシゴシされるなら、せめてもう少し若い人の方がいいなあなんて……」
ハーペンはそこにあった商品以上にボロクソにされたのは言うまでもない。恐ろしやは女達のバーゲンパワーなのである。
「いちちちッ! ホント。ひどい目に合ったなあ」
ようやくハーペンがトドの群れならぬ、豊満な肉体を持つ熟女達の間から脱出した時、ふと目の前の陳列棚の前に飾ってあったカッコいい服を着たマネキンが目についた。それは、スラッと背が高く、目元さわやかな美形な男のマネキンだった。それが、また超かっこいい服を着せられ、キザなポーズでこちらを見ているのだ。
「ねえねえ、あのマネキンカッコいいって感じしない?」
「うんうん。かなりっていうか超イケてるかもしんない」
「それに、何てったってあの服が決まってんじゃん」
あーあ。現実にあんなカッコいい王子様が現れないかなあ?」
女子高生達のため息混じりの話し声もチラチラと聞こえる。そこで、ハーペンは閃いた。
「よし! あの服をくれ!」
と店員に叫んだ。が、伸ばした手が別の手に触れる。同時に同じ言葉を叫んだ奴がいたのだ。
「貴様はハーペン!」
「メノン!」
「お客さん。あいにく、この服はここにある1点きりなんだがね。どっちが買うか決まったらレジに来てくんろ」
その言葉に二人はじっと互いを見つめ、無言のうちに火花が散った。
「おれが先に目をつけたんだぞ」
ハーペンが言えば、
「何を言うか? この服は、私に着られるべく、ここに待ち望んでおったのだ」
とメノンも主張する。
「何を? この服は、このおれが着てこそ価値を増す! そして、少女達はそれを望んでいる」
「貴様の微妙な体にこのようにクールで洗練されたハイセンスな洋服が似合うものか」
「おまえの方こそ、いつも緑の服ばっかり着てるんじゃないか。おまえにはこういう繊細な色は似合わないよ」
「おまえの方こそ、いつもダサガサの超微妙な冴えない色ばかり着ているじゃないか」
「これはおれのだ!」
「いいや! 譲れん!」
「やるか?」
「おーよ!」
二人はパッと離れると戦闘モードに突入した。メノンがカッコよく緑のモビルアーマーに包まれると、ハーペンも負けじとアーマーを呼ぶ。
「偉大なるオーデンアームの力よ。我に力を! アーマーよ来い!」
が、言ってしまってから気がついた。
(そうだ。この星では、重力がちがうんだった)
また、自分のアーマーに潰されたのではカッコ悪い。だが、ハーペンは気がついたのだ。
「この星の誰かと一体化すればいいのだ」
この間は、豪助と一体化したら何とかなった。ならば……とハーペンは辺りを見回す。
(どうせ一体化するなら可愛い子の方がいいもんね)
「いた!」
ハーペンは先程の女子高生の一人に目をつけて、そちらへグイと身を乗り出した。空間から現れたアーマーがまとわり始めた。
「今だ!」
ハーペンが思い切り彼女の方へ手を伸ばす。と、その時……。
「ひぇーッ! タイムセール終了まであと1分しかないよぉ!」
戦車のごとく突進して来たおばさんと思い切り激突した。そして、アーマーは完璧な形で着装した。
「正義のヒーロー『ボルダーガイン』参…とと…と、上……!」
決めポーズを作ろうとしたハーペンの足が突然もつれた。
――ちょちょっと待ってぇ! 父ちゃんのすててこ! それに、じいちゃんの腹巻きと、ババシャツ2枚に娘のブラジャー、それに、ばあちゃんのももひき買うんだかんね!
と、ものすごい勢いでワゴンに突進した。
「す、すっげぇ! 何? このおばん」
「っていうか、B級アニメのヒーローみたいな微妙な格好してるべ」
あまりの迫力にワゴンに取り付いていた女達が脇によけたので、彼女は余裕でタイムセールの締め切りに間に合った。
「ちょ、ちょっと! おばさん、何やってんのさ? おれ、これからバトルなんだけど……」
ハーペンが言ったが、彼女は無視した。
「さーて、こうしちゃいられないよ。今度はじゃがいものセールがあるんだ」
と駆け出そうとするおばさんに制止をかけた。
「だから! これは、あんた1人の体じゃないんだってば!」
――なーに訳のわかんないこと言ってんだろうね。わたしゃわたしだよ。いつもとおんなじ!
「だからさあ、よく見てみいっつーの」
ハーペンは近くにあった鏡の前に立った。
――あんれまあ! たまげたね。こりゃあ、一体どうなっちまってんだい?
そこに映っていたのは、見るからに微妙な赤色をした装甲服に包まれた男の姿だった。
「どうだ? 驚いたか? あんたは、宇宙のヒーローであるこのおれと一体化してしまったんだ」
――やだよ、あんた。そんな訳のわからない宇宙人なんかと合体しちまったことが知れたら、父ちゃんに何て言い訳したらいいんだい?
「合体? そうか! そう言えば、豪助も言ってたな。合体か……いい言葉だ」
と感心しているハーペンを無視しておばさんが叫んだ。
――そんなことはどうでもいいよ! それよりじゃがいも!
と叫んで駆け出そうとする。
「おい、待て! ハンペン、何処へ行く?」
メノンが止めた。
「おれだって行きたい訳じゃないよ。でも、おばさんが言うこと聞いてくれないんだ」
「おばさん? また、何をわからんことを言ってる」
「おまえにはわからんかもしれないが、おれには重要なことなんだ!」
――うるさいね! タイムセールが終わっちまうだろ?
と引きずられて行く。
「だから、待てと言うのに!」
メノンも慌ててあとを追う。
スーパーの食品売り場は大変な混雑だった。皆、10分限りのタイムセールを狙っているのだ。
――ああ、もうこんなに列が出来てるよ
おばさんが嘆く。
――セールに間に合わなかったらただじゃおかないかんね
と凄む。
「一体、ん何なんだ? これは」
状況がつかめないメノンが言う。
「知るかよ」
ハーペンがふてくされたように応える。そして、時は満ちた。店員の合図とともに殺到する主婦達。これまた壮絶な奪い合いの末、ハーペンの、いや、アーマーの中に取り込まれたおばさんの手にガッチリと握られたじゃがいもの袋が2つ。
「ああ、お客さん。お1人様1つでお願いします」
店員が言った。
――何言ってんだい? ちゃんと2人いるよ
と近くにいたメノンを捕まえレジの前に出す。
「な、何を……?」
メノンは呆気に取られたが、何かを言う前に店員は会計を済ませた。
「申し訳ございませんでした。はい。それでは、お会計、タイムセールのじゃがいも2袋で20円になります」
彼女はさっさと会計を済ませるとスーパーを出た。
「何という図々しい奴だ」
メノンが呆れる。
「メイビー星人とは、こんなにもあさましく飢えているものなのか?」
「ちがわい! 合体しちまったおばはんのせいなの!」
――おばはんとは何? おばはんとは! わたしゃ、大分つぼね。こう見えてもまだ花の30代なんだかんね
「本当に、何が楽しくて一人漫才を続けようというのだ? まったく、メイビー星人のやることは、理解の範疇を超えているな」
「だから、ちがーうってのにぃ!」
――あ! そうだ! その色見て思い出したよ。今日は、角のパン屋で限定販売のメロンパン買うんだった!
とダッシュする。
「だから、待てと言うのに……」
メノンが言い掛けるが、勢い余ったおばさんパワーにどつかれて尻餅をついた。
「くそっ! このままでは済まさん!」
と、更に怒って追い掛ける。
――ちょっと!お姉さん、そこのメロンパン全部ちょうだい!
ギリギリセーフで間に合ったおばさんがパン屋から出て来るとメノンが言った。
「よし! 用事は済んだか? 今日こそは決着をつけてやる!」
――決着? そんなことより、あんたもどうだい? ここのメロンパンは最高だよ
と袋から1個出すとメノンにやった。
「な、何なんだ? これは……まさか爆弾じゃないだろうな?」
軽快しながらくんくんと匂いを嗅いでいるメノンにおばさんが言った。
――アハハ。あんた、冗談へただね。そいつは食べ物だよ。甘くておいしいからかじってみいな
「うむ」
メノンは訝しみながらも一口かんだ。すると、いるみるその顔においしいマークの微笑みが浮かぶ。
「こ、これは一体……! 何という美味な……今まで回って来たどんな星にもなかった味だ」
とウルウルした。
――そうだろうとも! ここのメロンパンはあたしのおすすめなんだからね
「あー、ずるいなあ。おれにもちょうだい!」
ハーペンが言った。が、彼女はピシャリと断った。
――残念だったね。あとは、家の家族の分しかないんだ
「そんなあ………」
――これが最後の8個だったんだから仕方ないだろ? それにしても、この服、便利だねえ。これ着てるとみんながよけてくれるし、また、バーゲンの時には頼むね
「あの、これはそういう類の物じゃないんですけど……」
ハーペンが説明しようとする前に、アーマーが解けておばさんは普通に歩いて帰って行った。
「何だよ! 一体何のために変身したんだ?」
ハーペンは疑問に感じたが、ふと、目の前で幸せそうな顔でメロンパンを食べているメノンを見つけて言った。
「おい、それ、一口くれないか?」
「へっ! やだね! おまえだっていつもいじわるしてるじゃないか。これは丸ごとぜーんぶ私のだかんね」
とメロンパンを抱き締める。
「あー、そうかい。いいよ。それなら、あの服、おれが買っちゃうかんね」
「ふん! 好きにすればいいさ。あんな洋服の1つや2つ、この限定販売のメロンパンのおいしさに比べたら何てことないさ」
「きーっ! くやしいっ! もういい! 買っちゃうからね。おれが買ってやる」
とハーペンは先程の洋品店の所に戻った。が、そのマネキンには、既に別の洋服が着せられている。
「あれ? おばちゃん、さっきまでこのマネキンが着ていたカッコいい服は?」
「ああ、ついさっき売れちゃいました。えらい気に入ってもらって、すぐに着て行くって……ほら、あの人」
と前方を指差す。とその男が振り向いて言った。
「おや、ハンペン。もうパトロールは終わったのか?」
豪助の着ているそれは、確かにあのマネキンが着ていた服のように見えたが、もう少し何かがちがうような……微妙な気がした。
「ああ。その服、なかなか似合ってるじゃないか」
とハーペンは言った。が、内心、
(おれ、買わなくてよかったなあ)
と思うのだった。
(にしても、いつかメロンパン食ってやるぅ)
と青空に浮かぶメロンパン型の雲に微妙に誓うハーペンだった。
つづく