記憶の齣

【01〜10】




「月の鍵」
指の先に灯った月光
風に踊る木の葉
君はまだ そこにいるの?
遠い記憶の底に降る
砂色の煌めき
その一瞬だけが
僕のすべてだった
その高揚だけが
僕を形作る
月の鍵だった


「空事」
地に足を付けろと言う
現実は甘くないのだから
夢ばかり見ていてはいけないと
でもね
夢はいいものだよ
空事でない現実の先を
想像する喜びがある
笑われたって気にしない
誰が何と言おうと
僕は憧れに続く階段を昇るよ


「花の命」
花屋で売られている花と
道端の花
高いとか安いとか
立派だとか そうでないとか
人はいろいろ言うけど
僕は命を噛み締める
特別でなく
雑草でしかない僕は
その他大勢でしかない存在だけど
生きた証を夢見てる


「蓮華」
畑は蓮華の花で覆われていた
走って近寄ると
それは疎らで
足元には土ばかりが目立って見えた
一つ一つは地味な花
だけど 紫は遠い憧れを照射する


「貝殻」
巻き貝を耳に当てると
波の音がすると
誰かが言った
でも 聞こえて来るのは
塞いだ手の圧力とノイズだけ
潮騒は胸の奥に沈んで
二枚貝のように固く閉じ
遠い君を思う時だけ
抜けた記憶を風に数える


「酔いどれの星」
肉眼で見える星の数は限られているけど
そのまた向こうにも星はある
暗闇に見えても
星は人知れず輝いている
僕らが見ている世界は
手のひらに乗る たった一杯の宇宙でしかない
夜更けに街を歩く僕は
地上に落ちた酔いどれの星


「トンボ」
幼い日
削られた山は怒っていた
捕らえられたトンボは怒っていた
空は時折 怒りを露わにした
声が聞こえた
咀嚼出来ない感情と
畏怖だけが広がった
今は何も聞こえない
すべてはそこに在るだけ
山もトンボも空も自分も


「桜」
風に靡いて散る花の
優美な姿に心舞う
桜の下に集うもの
空に鏡を映す影
風に絡んでゆるく巻く
その薄紅に頬染めて
夜の帳に揺れるのは
その根に眠る
魂の穂影


「鬼ごっこ」
草原の真ん中で
小さな両手で目隠ししてる
数を数えて指を折る
ポシェットの膨らみは
赤い苺と空のビー玉
「こっちだよ」
風が囁く
「つかまえてごらん」
きらめく笑顔
笑う声が二つ
今も空で鬼ごっこしてる


「鉄橋の向こう側」
休日は終わり
暮れて行く街の駅から電車に乗った
やがて大きな川を渡ると
ネオンの代わりに
夜空を埋める白い星の光
眠ってしまった幼い私に
父が掛けた上着
その温もりに埋もれ
今も続く夢の
鉄橋を渡り続ける