PLANET DESIRE
Prequel Ⅱ ユーリス

Part Ⅱ


弦が切れた。それは別段珍しいことではない。だが、その弦はつい先だって交換したばかりの物だった。
「用心しろということか」
ユーリスは立ち上がると竪琴を背負って歩き出した。背後で風が唸りを上げている。それは怪物の咆哮なのか、それともそこに眠る魍魎達の呪いの言葉なのか。それは判然としない。だが、今も確実にそこで血を流し、命を絶やす者がいる。それは事実だ。


彼は村の中ほどにある武器商人を訪れた。そこで手持ちが少なくなっていた矢を調達しようと吟味していた。すると、奥から主人が出て来て声を掛けた。
「ユーリス様、矢をお探しでしたら、こちらの最新式の鋼の物は如何でしょう? どれ程硬い怪物の皮膚とて貫き通すことの出来る唯一無二の矢でございます」
「そうだな。わたしも従来のこちらの物と迷っておったのだが……」
「ならばぜひ、こちらの最新式の物がよろしいかと……。お値段の方は少々張りますが、飛距離と威力がまるで違いますので……」
「そうだな。では、それを2束もらおうか」
「はい。毎度ありがとうございます」
そう言うと主人は一旦奥へ引っ込んだ。そして、急いで在庫を持って来ると言った。

「ところでユーリス様、実は先日、特別な品が入りまして……」
「特別?」
「はい。今までの品とは比べようもない体幹密着型の鎧でございます。戦闘での動きを妨げることのない薄さと軽さ、そして、しなやかさ、この型の中では群を抜いておりましょう。頑丈さで剣では切れず、怪物の攻撃とてこれを破ることは出来ますまい」
「ほう。それはぜひ見せていただきたい」
ユーリスが関心を示したので主人は気をよくして訊かれてもいないその繊維の特殊性やら加工に成功するまでの道のりや失敗談、果ては考案した女性のスリーサイズまで延々と喋り続けた。

「わかった。それほどまでの品だというなら一つもらおう」
「ありがとうございます。ただ、お値段が従来の鎖帷子の型に比べますと3倍となっておりますが、無論それだけの効果はございます。それでよろしゅうございますね?」
したたかな笑みを浮かべて主人は言った。
「何? 3倍だって? それは如何にしても横暴な値段であろう」
「横暴だなんて心外なお言葉……。私は善良な商売をしている者でございますよ。先程もいろいろ申し上げました通り、これは特殊な素材で出来ておるのでございます。ですから、こちらの品は本当に信頼の置ける大切なお客様だけにご提供している特別なお品なのでございます」

「では、先程の矢を射てその鎧に当てたらどうなる?」
「そ、それは……意地の悪い質問でございましょう」
「ならば、1.5倍にしろ」
「ええっ? そんな殺生な……。それでは私どもの儲けがございませんよ。せめて2倍以上にしていただかないと……」
「なら、1.6倍でどうだ?」
「そんな……1.9倍」
「1.6倍」
「うーん。仕方ない。1.7倍で如何でしょう? その代わり、他のお客様にはご内密ということで……」
「そうだな……」
とユーリスが返答しかけた時、突然店の奥から声がした。

「騙されるな、ユーリス。その鎧、怪物どころか人間の爪が僅かに触れただけで破れるような粗悪品だぞ」
ラミアンだった。
「何? 粗悪品だと」
ユーリスが主人に向き直る。
「いえいえ、そんな滅相もない。ラミアン様もそのような戯れ言をおっしゃられては困ります」
と顔を顰める。
「いいや。これは大切なことだ。見ろ。今、奥でその鎧を試着しておったのだが、僅かに触れただけでこの通り裂けてしまったのだぞ」
彼女は戦闘服の上着の胸元を外した。
「おお……」
それを見た二人は絶句した。ぴたりと肌に密着した鎧の首から胸の部分が裂けて、白玉のような肌が露出している。

「ほんの少し摘んだだけでこれだ。こんな物を頼っておっては実戦で命を落とす」
ラミアンは真剣に訴えた。が、ユーリスはほうと頷いて主人に言った。
「これは確かに価値のある物であった。彼女に着せる分のお代はぜひわたしに出させてもらいたい」
「それはどうも。毎度ありがとうございます」
と主人が愛想笑いを浮かべて頭を下げる。

「貴様、何を考えている? これは欠陥品だぞ」
ラミアンが言う。
「だからこそ価値があるのだ。でなければ、そなたの肌をこのような形で臨むことなど出来なかったであろうからな。無論、わたしは従来の鎖帷子を着る」
「ならば、私もだ」
「しかし、女子が身につけるには重いであろう。それに、いざという時なかなか露出しづらいではないか」
「貴様っ!」
男の視線の先にあるのが自分の胸だと気づいて、ラミアンは慌てて上着でそれを隠した。

「命が掛かっておるのだぞ! 不埒者を喜ばすために戦闘をしているのではないわ! このような脆い鎧では祭りで売ってるおもちゃとてその刃を通すやもしれぬのだぞ」
「なに、ラミアン殿にそのような危険、このユーリスが剣に誓ってさせはせぬ。そなたの肌に触れられる尊い者はこのわたしをおいて他にないのだからな」
「ユーリス!」
「まあ、よいではないか。主人よ、申し訳ないが、さすがに不良品では困る。彼女の物は一つ上のサイズの同じ物と交換してやってくれ。わたしは従来の物で構わぬ。まとめて会計してくれ」
「はい。ユーリス様、仰せの通りに」
主人はにこにこと奥へ引っ込んで行った。

「貴様、どういうつもりだ?」
ギンと睨んで彼女が言った。
「恐らく、新しいデザインの物は少し引き締まっておるのだ。1つ上の物ならばきついこともなかろう。心配ならばもう一度試着をなさるか?」
「いや、いい。あのような品を身につけるつもりはない」
「いいや、つけておられよ。このところ、人も怪物も節操をなくし、物騒だからな」
「フン。特に貴様のような人間がうろつくような時代だからな」
と切り返す。ユーリスは笑って言った。
「ならば、今夜付き合わないか?」
「何だと!」
ラミアンは目を吊り上げたが、彼は軽く手を振り真面目に言った。

「まずは人間世界の清掃を行う。面白い余興が見られるやもしれぬぞ」
「余興とは?」
ラミアンが囁く。
「赤ん坊の取り引きをしている組織を叩く」
「何だって?」
「そう。赤ん坊だ。興味はあるか?」
頷くラミアン。
「それはよかった。それでは今夜仕事のあとの寝台で実践ということでどうだろう?」
バシッ。のこのこ近づいて来たその頬を平手で打った。が、彼は気にせず言った。
「続きは会計のあとだ」
奥から品物を持って主人が出て来たので、ユーリスは懐の巾着から金貨を2枚出して払った。


夜。彼らは砂漠の村から少し離れた街に出た。ほんの数十キロの距離ではあるが、村とは随分雰囲気が違っている。そこは中規模の都市だった。道路はアスファルトで固められ、家は石かコンクリートで出来ている。小さな商店も点在するが、何でも取り揃えている大型の店もある。

「せっかくだ。済まぬが少々買い物がしたい」
ラミアンが言った。
「おお、構わぬぞ。ここならどのような品でも揃っているであろうからな。まだ、時間もある。ここに荷物持ちもいるしな。何なりとお手伝いしよう。特に下着など、最新の色香な物があるらしいぞ。ちなみにわたしは淡いピンクの透けた感じの物が好みだ」
「貴様の好みなど訊いておらぬ。そこで何なりとのたもうておれ」
ラミアンはすたすたと売り場を目指す。彼女が求めていた物は丈夫な綱と蝋だった。
「ふむ。夜のプレイにしてはその綱は少々長過ぎるのではないか?」
隣でユーリスが茶々を入れる。
「黙れ! 貴様といると気が変になりそうだ」
「ハハハ。そう邪険にするな。こう見えてもいざという時には役に立つ男だ」
「勝手にしていろ! 私は知らぬ」
言うとラミアンはすたすたと会計場へと向かった。


 夜も更けると外を歩く者もなくなった。村もそうだが、小さな街においても夜は危険が多過ぎるからだ。
「街明かり一つないのだな」
ラミアンが言った。
「闇が怖いのか? ならばわたしがしっかりとその手を握っていてやろう」
「ふん。闇より貴様の心根の方が恐ろしいわ」
「では、わたしが如何に心やさしい男であるか実践してみせよう」
ユーリスはそう言って立ち止まると、いきなり竪琴の音を鳴らした。
「おい……」
しんと静まる夜に、それは響いた。


生まれ来る純な魂は
愛ある者の手によって抱かれねばならぬ
その子らのあまりある才は
正しき者の手によって委ねられなければならぬ

聖なる泉に集う娘よ
その清らかな愛のしずくで
新たな命を紡がなければならない
未来に続く運命の鼓動を
絶やさぬように……
道を外れて歩まぬように
人の道の性を越えて
愛すべき娘達よ
その愛を代償にしてはならぬ
美しい娘達よ
我が愛の手によって
真実の鍵を取り戻すため
今、ここに
ユーリス バン ロックの名を持って
運命の扉を開く


 戸口には重い鎖の錠が掛かっていた。その錠をユーリスの剣が切り裂く。
「おい、こんなことをして構わぬのか?」
ラミアンが訊く。
「ここは闇の実験施設。何が行われているか、そなたの目でしかと確かめるとよい」
言うとユーリスは勢いよく扉を開く。扉は二重になっていた。その錠も切って左右に開く。

「何者だ?」
中には5人の男女がいた。しかつめ顔の男は机の前で何やら書類に目を通していた。その脇で中年の男女が談笑し、反対側の長椅子には手足を縛られた若い女と白衣を着た年配の男がいた。
「ここは完全予約制の病院だ。帰りたまえ」
机に向かっていた男が言った。
「病院には見えないな」
ラミアンが言った。
「重い扉に錠を掛け、娘の手足を縛って行う治療とは聞いたことがないな」
ユーリスも言った。

「その娘は錯乱していたため、一時的にそうしたまでだ」
「ならば、その書類は何だ? 赤ん坊の売買契約書ではないのか?」
「養子縁組の書類だ。親を亡くした可哀想な子供と養父母とを橋渡ししている。いわば慈善事業だ」
「予め才能を選んでか?」
ユーリスはそう言うと持っていた剣を一閃させ、男の背中側の隠し扉を開いた。そこに長く伸びた通路とその両側に並んだ物を見てラミアンは絶句した。
「これは……」
様々な機械と管が伸びていた。その先に繋がれていたのは人工子宮の水槽だった。そこに浮かぶ胎児の影は受精してからまだほんの数週間の小さなものからもうすぐ産まれようとする終産期のものまで5つの水槽の中で生育しつつあった。

「才能のある遺伝子を持った精子と卵子を人工授精させ、拉致した娘に代理出産させる。更には人工子宮を使って生産した赤ん坊の臓器を売買する。命を金儲けの道具にしているおまえ達の所業は、まさしく神への冒涜であろう。速やかにそれらの所業を悔い改め、施設に保管されているすべての命をしかるべき場所へ戻すのだ。さもなくば……」
「さもなくばどうすると言うのだ?」
男が言った。
「切る」
ユーリスが言った。

「ちょ、ちょっと待っておくれよ」
中年の女が言った。
「あたし達はたまたまここにいただけなんだからね。巻き込まれるのは真っ平だよ」
「たまたまか。では、名を申してみよ」
「シャウエルだよ」
ふてぶてしい態度で女が言った。
「シャウエル……確か3人の娘を養女にしたが、いずれも幼くして死んでいるな。その時、いずれの場合も多額の保険金を受け取っている」
ユーリスが冷ややかに言った。
「な、何が言いたい? あれはすべて正当な権利だ。私達の金だ」
連れの男も言った。
「そうよ! あれはみんな事故だよ。運がなかっただけなんだよ」
女が言った。

「どういうことなんだ?」
ラミアンが訊いた。
「こやつらは才能ある赤ん坊に高い金を出して手に入れ、英才教育によりその才能を開花させ、その才能によって利益を得ている悪徳業者という訳だ」
「しかし、才能ある者の精子と卵子を掛け合わせたといったとて、必ずしもそうはなるまい」
ラミアンが疑問を投げ掛ける。
「そうだ。だが、その場合、何故か事故や病気で亡くなる子供が多いのだ。子どもが亡くなれば保険金が降りる。もしくは、その身体ごと実験材料として国に提供すれば謝礼がもらえるという寸法だ。どちらにせよ損は出ないような仕組みになっている」
「何てことを……」
ラミアンが憤慨する。
「この国はまだ多くの問題を抱えているのだ」
「戯れ言はそれでおしまいかね?」
白衣の男が言った。それから机の前にいた男が壁際のスイッチを押す。と、彼らの右側の壁が回転し、武装した男達が現れた。

「殺れ!」
男が怒鳴った。
「いや、生け捕りにするんだ。こいつらの遺伝子は使える」
白衣の男が喚く。が、侵入して来た男5人は皆、尋常な人間とは思えぬほど興奮し、殺気立っていた。
刃物や鎖、鉄製の棘のついた腕輪などを使って次々と襲って来る。ユーリスはそれを剣で受け、切り裂き、絡みとって叩きつける。左右から来た敵を同時に凪いで更に正面の敵の喉下にその剣を突きつける。ユーリスが振るう剣の閃きの先には常に未来へ続く光があった。

「ラミアン殿、早くその娘を」
長椅子の娘が目覚めて怯えた様子でこちらを見ている。ラミアンが近づくと白衣の男が娘に刃物を当てて脅す。が、彼女は懐から出した吹き矢で男の手を狙った。鋭い針がちくりと刺さる。うっと一瞬怯んだ男の手からすかさず刃物を叩き落すと剣の柄で男の胸を突いた。男は背中から壁に当たり、くたりと倒れて動かなくなった。その隙に娘の縄を解いてやる。彼女は礼を言い、更に奥の地下室にも捕らえられている者達がいると言う。
「わかった」
見ると娘の指した方向に地価へ伸びる階段が続いていた。その突き当たりに扉がある。
「あれか」
彼女がその階段の手前まで来た時だった。突然、背後から殺気を感じた。が、彼女が振り向く前に男はユーリスに剣を弾かれ、強烈なその一撃によって床に倒れた。見れば、そこにいた全員が床のあちこちに転がっている。

「殺ったのか?」
ラミアンが訊いた。
「まさか。軽く当て身を食わせただけだ」
と笑う。そして、ユーリスは再び錠を切るとそこにいた娘達を解放した。いずれも近隣の村から連れて来られた10代から20代の娘ばかり7人いた。
「よかったな」
ラミアンも娘達の足枷を外してやりながら心から喜んだ。
「これで全員か?」
「はい。本当にありがとうございます」
娘達が口々に礼を言う。誰も怪我などはしていなかった。ただ、二人の娘は既に身重になっていた。が、彼女らは自分で産んで育てると言った。
「そうか」
二人は頷いた。

と、その時、突然爆発音が響いた。煙が立ち込め、石壁が崩れ、ガラスが割れた。それは甲高い悲鳴のように反響し、耳に残った。何処かを流れる水音が聞こえる……。砕けた石の欠片や粉塵は彼らの頭上にも容赦なく落ちて来た。それらを避けながら、彼らは壁際に寄る。

「何てことを……!」
「気絶していた男が目覚め、証拠隠滅を図ったのだ」
「あの赤ん坊達は……?」
「わからぬ……。だが、恐らくは……」
ユーリスが苦渋に満ちた顔で言った。
「酷い……!」
ラミアンがそっと手で顔を覆う。娘達も青ざめて言葉さえ出ない。

「完全に塞がれたな」
上り口の途中まで瓦礫に埋まっているそれを何とかしようとユーリスがあれこれ試してみるが、彼の剣の腕をもってしても、それは不可能なようだった。やがて、娘達の方を振り向くと言った。
「他に出口は?」
「ここから先は突き当たりです」
娘の一人が言った。
「そうか」
ユーリスは周囲を見、壁や床を叩いて空洞がないか探した。が、何処も堅牢な石で固められ、そう簡単には切り崩せそうにない。残るは、彼女らが閉じ込められていた部屋にある通気孔だ。が、それは小さく、頑丈な金網と鉄格子がはめられている。

「あれを切るしかないな」
ユーリスが言った。しかし、そこは天井近く。身長の2倍ほども高さがあった。
「ラミアン。わたしの肩に乗って、あれを切れぬか?」
「やってみよう」
彼女はユーリスの肩を借りると剣を構えた。気を集中し、網の一部を切断した。が、鉄格子はびくともしない。
が、取り合えず、金網の枠の接続部分を狙って刃を振るった。そして、ついにその枠を外すことに成功した。

「よし。あとはあの鉄棒だ」
ユーリスが言った。
「しかし……」
彼女は狙いを定め、何度か試してみるものの、その頑丈たるや怪物のそれにも匹敵した。
「わたしの力では無理だ」
「いいや、諦めるな。そなたなら出来る」
ユーリスの言葉にもう一度剣を振る。だが、不安定な足元と狭い窓枠に差し込まれたそれを切るにはどうしても勢いと力が足りない。それでも彼女の尋常ならぬ気合と剣の確かさで少しずつ鉄棒に傷を与えた。ぶつかる度に激しく火花が散り、その衝撃をユーリスはその肩に感じる。しかし……。

「おまえなら切れるか?」
ラミアンが言った。
「ああ」
「なら、おまえがやれ。私が台になる」
「ハハハ。無理をするな。わたしは重いぞ。何しろ身も心も隙間なく詰まっておるからな。特に心はそなたへの無限大の愛情を凝縮している。その分、重かろう」
「冗談を言っている場合か。足元を見ろ」
ラミアンが叫んだ。
「確かに、これは冗談では済まされぬな」
ユーリスは落ち着いていた。が、その足元には通路から流れて来た水が溜まり始めている。

「どうやら先程の爆発で水道管が破裂したらしいな」
「のんびりするな。水は何処から来ている?」
ラミアンが娘達に訊く。
「上からでございます」
「階段の瓦礫の隙間から流れて来ています」
娘達が言った。そうしている間にも水はどんどん流れ込んで来る。
「さあ、もう一刻の猶予もならぬ。わたしと代われ」
ラミアンが降りようとする。が、その足首を掴んでユーリスが言った。
「わたしの剣を使え。実はな、この剣はただの剣ではない。この世の物ならぬ魔剣なのだ。使いこなせれば、決して切れぬ物などない」
「魔剣?」
ラミアンは僅かに眉を寄せ、怪訝な顔をした。が、ユーリスは真剣な眼差しで続ける。

「そうだ。そなたの腕をもってすれば必ずや切れる。自分自身を信じるのだ」
「自分自身を……」
彼女は再び標的を見た。
「さあ、受け取れ」
ユーリスの力強い言葉に圧倒され、差し出された剣を受け取る。それは見た目よりも遥かに重く、握った瞬間、電流のようなものが身体に伝わって来た。
「よし。出来る」
彼女は確信した。そして、気合と共に鉄棒を切った。おおっと娘達の間から歓声が起こる。

「確かに、これは凄い剣だ」
ラミアンが感心していると下からユーリスが笑って言った。
「いや、凄いのはそなたの腕だ。信じる者は救われる。この世に魔剣など存在しない。信じられるものは己の腕のみ。そなたは己の力で成し遂げたのだ」
「つまり、豚もおだてりゃ木に登るという訳か?」
ラミアンが不機嫌そうに言った。
「いやいや。そなたはあまりに美し過ぎて豚達の間にも嫉妬の嵐が吹き荒れようぞ」
「黙れ」
ラミアンは怒ったが、ユーリスは落ち着いて言った。
「それ。尻を持ち上げてやる。そこから出られるがよい」
いきなり触れられて彼女はたじろいだが、すぐに気を取り直し、狭い窓枠に手を掛けて外に出た。そして、すぐに顔を覗かせて言う。
「大丈夫だ。この綱を伝って一人ずつ上って来れば私が上から引っ張り上げよう」

「よし。では、まずは一人」
ユーリスが娘を抱き上げ、垂れ下がった綱を持たせる。更に彼は娘の足と尻を押し上げ、上からはラミアンが引っ張り、次々と脱出させて行った。そうして、最後にユーリスがそこを出るとラミアンが言った。
「早速この綱が役立ったな」
「まったくだ。そなたを誘ったわたしには先見の明があった訳だ」
ユーリスが言った。
「勝手なことを言うな」
ラミアンが言い返す。
「それに」
とユーリスが付け加える。
「大勢の美女の尻に堂々と触れられたのだから、今日は実にいい日であった」
「貴様……!」
怒るラミアンを軽く手で制すと彼は言った。

「どれ、わたしは中の様子を見て来る。そなたらは先に行かれるがよい。ここは危険だ」
「危険?」
「まだ連中が近くにいるかもしれぬし、爆発物が残っているやもしれぬ」
「では、おまえも危険ではないか」
「わたしは大丈夫だ。さあ、早く行かれよ。ここは治外法権の街。警察はそなたらを守ってはくれぬ。ここは小さなローザンノームシティーなのだから……」
「ローザンノームシティー……あの……」
が、ユーリスは構わず半壊状態の建物の中に入って行った。
「ユーリス バン ロック……。あやつ、軽口を利かなければいい男なのだが……」
ラミアンは彼が消えた入り口を見つめると、ふっとため息混じりに肩を窄めた。


 正面の扉は半分開いたままぐしゃりと歪んで動かなくなっていた。天井や壁の一部が崩れてぐしゃぐしゃになっている。が、人間の姿はない。
「逃げたか……。何と悪運の強いというかしたたかな奴らだ」
ユーリスが吐き捨てるように言った。ふと見ると隠し扉の向こうの部屋は完全に瓦礫の下敷きになっていた。ユーリスはひざまずくと、剣を置き,そこにいた赤ん坊達のために祈りを捧げた。
「済まぬ……」

(救い得なかった命の重さ……。そして、犠牲になる物はいつも幼い者達なのだ。非力で弱い者達を踏みつけ、食い物にしている人間達……。それは野蛮な怪物にも劣る行為だ。世界は少しずつ狂い始めている。そして、人間は……)

ユーリスは脇に置いた剣を取り、立ち上がろうとしてそれを見つけた。
「書類……」
隠し部屋にあった棚が潰れ、瓦礫の隙間に落ちたのだ。それは、彼らの、政府が携わっている悪事の重要な裏付けとなる物だった。
「これは……」
命と引き換えに託された物……。彼はもう一度名もなき小さな魂に感謝した。
外に出ると遠くで緊急車両の音が響いている。恐らくはこちらへ向かっているものに違いなかった。

「待っていろ。必ず突き止めてやる。ローザンシティーで何があったのか」