ダーク ピアニスト
〜練習曲11 革命前夜〜

Part 3 / 4


 「赤ちゃん?」
エスタレーゼは怪訝な顔で彼を見た。パーティーから帰った夜だった。突然、ルビーが言い出したのだ。
「そうだよ。ジェラードだって言ったんだ。早く孫の顔が見たいって……。だから、僕も早く欲しいんだ。僕の赤ちゃん」
パーティーの雰囲気に酔った彼はいつもより多量のワインを口にしていた。

「ねえ、いいでしょう? 僕達、もう婚約したんだもの」
彼女の手を掴むと強引に引き寄せて言う。
「駄目よ。だって、まだわたし達、婚約しただけで、結婚した訳じゃないもの」
寂しそうに目を伏せてエスタレーゼが拒む。
「どうして? ギルならよくて、僕じゃ駄目なの?」
潤んだ瞳に光が灯る。
「何故さ?」
壁に掛けられた年代物の裸婦像が何か言いたげにじっとこちらを見つめている。それはジョルジョーネ本人の物ではなかったが、その美を汚すものでもない。彼女は厳然とそこに存在し、悲しいまでに見る者の心を捉えて放さないのだ。
「だって……」
瞳の奥に描かれたヴィーナス……。二人が吐き出す甘い呼気が周囲の空気をゆったりと満たした。そして、早すぎる鼓動が僅かにずれて夜気を纏う。

「ギルはいつも女の子とそういうことしてるじゃないか」
「それは……彼は赤ちゃんを作るためにしているんじゃないと思うわ。それに、わたしだって赤ちゃんは可愛いと思う。でも、ついこの間もあんなことがあったばかりだし……。だから……」
彼女は先日のミッションで犠牲になってしまった赤ん坊達のことを言っているのだ。ルビーもすぐにそれを察して詫びた。
「ごめん。そうだったね。僕って馬鹿だからすぐに忘れてしまうんだ。確かに……あの時は可哀そうなことをした。僕が軽率な行動を取らなければ、あの赤ん坊達は死なずに済んだんだ。本当にごめん。悲しいこと思い出させちゃって……」
「いいのよ。別にあなたが悪い訳じゃないわ。殺ったのはレッドウルフで、あなたじゃないもの」
「でも……」
ルビーはしゅんとして自分の部屋のドアに手を掛けた。

「ごめん。何だか急に不安になってしまって……別に焦ることなんかないのに……」
ルビーは何故だか妙に悲しそうな顔をした。
「もう寝るよ。おやすみ」
そう言うと彼は部屋の中へ入って行った。
「ルビー……」
閉まってしまったドアを見つめて彼女もまた悲しそうな顔をした。

「そうさ。何も焦ることなんかない。彼女は僕と婚約した。彼女はもう僕のものなんだ」ベッドの上のぬいぐるみを取ると、彼はそこに腰掛けた。
「なのに、何故こんなにも心が騒ぐ?」
ルビーに抱かれた桃色のウサギはやさしい瞳で彼を見つめる。長く垂れた耳を掴んで彼は光の中に過去を見た。
(きっとあのパーティーのせいだ)
煌びやかな照明。赤紫のワインと薔薇の甘い香気……。そして、誰もが皆、彼に祝福の言葉を掛けた。
(あの時のように……)

――おめでとう! ルートビッヒ
――いよいよデビューだね
――コンサート、楽しみにしているよ

「あの時と同じように……」
皆が笑い、幸福に満ちていた時間……。
「不安なんか感じなかった。誰もが笑って……。僕に幸せをくれた。それなのに……」
(悲劇は起きた……!)
散ってしまった薔薇……。逝ってしまった夢。そして……愛する者のすべて……。

「だからなのか?」
(僕をこんなにも不安にさせる)
「失いたくなくて……」
(忘れてしまえばいいのに……)
「消えてしまえ! 思い出したくない過去なんてみんな……」
彼は固く拳を握った。

――なかなか記憶が定着しないのは、脳に損傷があるためだ。だが、焦ることはない。何度もゆっくり時間を掛けて繰り返せばきっと覚えられる。諦めるな
出会ったばかりの頃、訓練したことがなかなか覚えられずにいた彼にギルフォートが言った。
――きっと覚えられる
そうして、彼は幾つもの試練を乗り越えて来た。

「そうだ。僕はもう子どもじゃない。ジェラードだって言ってくれたんだ」

――おまえのそれは病気じゃない。出産時に起きた不幸な事故だったんだ。私はまったく気にしちゃいないよ。しかも、おまえは努力によってそれを補い、余りある才能を開花させた。それは自信を持っていいことなんだよ、坊や。少なくとも私は、そこらの普通の人間より、おまえの方がずっと優れていると思っている。だからこそ娘との結婚を許したんだ。だからね、早く孫の顔を見せておくれ

「ジェラード……」
(どうしてだろう? 忘れたいことはいつまでも忘れられず、覚えたいことはいつまでも覚えられないまま……。すれ違ってばかりいる偽りの時間……。機械仕掛けの歯車の上で、逆さまに回る奇妙なメリーゴーランド……)
机の上に飾られた彼女の写真。その優しさに頬笑み掛けようとして、ふとその手に涙が落ちた。


 「それにしても驚いたな。ルビーとエスタレーゼが婚約するなんて……」
ビールジョッキを傾けてブライアンが言った。
「何故?」
銀髪の男は無表情のままジョッキを飲み干す。そこは、彼らの行きつけの酒場だった。程良い音楽と雑然とした客達のお喋りが彼らの話や感情を紛れこませ、自然な形で消してくれる。
「おれはてっきりおまえと彼女の方がいい仲なんじゃないかと思ってたからさ」
「だったらどうだと言うんだ?」
鋭い目つきで男を睨む。
「だったらってな」

「すべてはジェラードが決めたことさ」
「それで、おまえはいいのか?」
が、男は黙って空になったジョッキを見つめている。
「彼女の気持ちだって……」
「彼女は……承知している」
ギルフォートは店員を呼ぶとビールのお代わりを注文した。
「まあ、おれも男女の仲についてとやかく言える立場じゃないが、二人を泣かせるようなことだけはするなよ」
「どういう意味だ?」
銀髪の男が睨みつける。

「妙な噂を聞いたんだ」
「噂?」
「彼女とジェラードが上手くいっていないと……」
「ふん。親子喧嘩か? そんなこと世間でもよくあることだ」
店員が運んで来た新たなジョッキに口を付けてギルフォートが言った。
「ああ、そうさ。だが、彼女は潔癖過ぎる」
「潔癖……か」
「そうだ。グルドのボスの娘としてはな」

――ルビーのことを救ってあげて欲しいの

少女のように純真な顔で彼を見つめていた瞳……。
「かもしれないな」
カウンターの隅に飾られたギプソフィラの花を見てギルフォートは頷く。


 「眠れない……」
時計の針は、もう深夜を回っている。
「アインツ ツバイ ドライ……」
ルビーは口の中で呟く。
「長い針と短い針と……。重なり合ってはまた離れて行く……。けれど、どんなに急いでも針は60秒の円の内……。捕らわれてしまった円の中……。好きな時に立ち止まったり、大急ぎで駆けまわったり、スキップだって踏めやしない。いつも規則正しくカチコチカチと動いてる。まるで……」
あの銀髪の男のようだとルビーは思った。規則正しい靴音。正確な射撃。そして……何処か冷めている冷徹な瞳。
「ギル……」

時計盤を抱えている天使の彫刻。銀色の歯車が刻むレトロな時間……。部屋の隅にはおもちゃ箱。乱雑に詰め込まれた人形達がじっとこちらを見つめている。
「踊れないの?」
ルビーがそう声を掛けた。
「僕が起きていると踊れない?」
ルビーはすっと立ち上がるとその箱の中からオルゴールを取り出した。ネジを巻くと陶器製の人形が回り、陽気な曲が流れ出す。
「君も踊る?」
そうして、ルビーは次々と箱の中から人形を取り出して並べた。

――坊ちゃま、またこんなにおもちゃを散らかして……。いい加減にして下さいましな。お掃除する方の身にもなって下さいよ
アメリアが言った。
――散らかしてなんかいないよ。これはダンスパーティーなんだ
――電車や車のダンスパーティーなんて聞いたことがありませんよ
――そうだよ。だから踊らせてあげてるんじゃないか。パトカーやショベルカーだってたまには女の子とデートしたいって思わない?
――わたしゃ、パトカーやショベルカーになったことなんかないからわかりませんよ。そんな物達の気持ちなんてわかりたいとも思いません

「でも、今夜はパーティーなんだ」
ルビーはおもちゃ箱を引っ繰り返すと並べた人形の数を数え始めた。
「アインツ ツバイ ドライ……ゼックス、ジーヴェン、アフト、ノイン……。あれ? 一つ足りない」
ルビーは積み木や木でできた果物の籠や着せ替え人形のドレスまで全部中身を出して調べた。
「何処にいるの? 僕の……」
繰り返されるメロディーをかき分け、ルビーは箱の底にへばり付いていたそれを見つけた。布でできたワニのお腹からは微かにカチコチカチという音が漏れている。
「船長の時計を飲みこんじゃったのかな?」

ルビーはそっとその腹に耳を近付けた。規則正しく時を刻むその音を聞いていると不意にメロディーが止まった。椅子の上に置かれた、点滅するパトカーのライトがその顔に過る。ルビーは急いで窓を開けた。それから、思い切りそのワニを遠くに投げる。緑色のそのワニの背が、闇の中で光った。ルビーは耳を押さえて身を伏せた。爆風がカーテンをひらひらと舞わせる。たちまち階下の部屋に明かりが灯り、騒がしい声が聞こえてきた。
「何だ?」
「一体何が起きたんだ!」
怒号と靴音が錯綜している。

「誰かが僕を殺そうとしたんだ……!」

そんなことは初めてだった。ここはラズレイン家の本邸である。使用人は皆、武術の心得の有る物ばかりだ。専門の護衛も付いている。屋敷内の監視は徹底していた。邸内に爆弾を仕込むなど不可能だ。が、今回はそれが起きた。考えられることは……。
(屋敷の中に裏切り者がいる……!)
ルビーはポケットの奥に忍ばせた拳銃を取り出した。弾倉に弾が装填されているのを確かめる。と、部屋の外で銃声が響いた。一発、二発……。
「エレーゼ!」
焦って銃を構え、ドアを開く。廊下に男が二人転がっていた。奥の部屋の前に銃を持ったエスタレーゼが立っている。その銃口からはまだ微かに硝煙が立ち上っていた。

「エレーゼ! 無事か?」
ルビーがそれらを跳び越え、彼女に近づく。エスタレーゼが緊張した面持ちで頷く。
「君がやったのか?」
「ええ。いきなり襲って来たの。部屋のロックは効かなかったわ」
倒れている男達の顔に見覚えはなかった。
「それより、さっきの爆発は? あなたは大丈夫なの?」
エスタレーゼが訊いた。
「ああ、おもちゃに爆弾が仕掛けられてたんだ。でも、すぐに気がついたから……」
「そう」
彼女はまだ周囲を警戒していた。
「それにしても、一体どういうことなんだろう」
ルビーが呟く。と、突然、階下から悲鳴と銃声が聞こえた。二人は互いの目を見て頷くと同時に階段に向かって駆け出した。

「エレーゼ、君はここにいて」
「でも……」
敵は複数いるらしく、激しく銃撃戦が行われていた。
「正面は僕が片づける。君は後方を頼む」
「わかった」
そう言うとルビーは緩やかにカーブした踊り場から一気に下へ飛び降りた。

足元には見知った顔の男が胸から血を流して倒れていた。
「ヴェルガー! 一体何があったんだ?」
「ルビー坊ちゃん、早くお逃げ下さい。あの女がいきなり……!」
「女?」
「お嬢さんを連れて早…く……」
それだけ言うのがやっとだった。
「ヴェルガー……」
彼はルビーがここへ来た頃から仕えている男だった。ルビーにとって数少ない味方の一人でもあった。銃声はまだ続いていた。部屋のあちこちに血痕や弾痕、黒スーツの男達の死体が転がっていた。

(一体誰が……)
――あの女がいきなり……
(女……?)
それは小間使いのアメリアだった。彼女はまるで血に飢えた猛獣のような目で機関銃を構え、へらへらと笑っていた。周囲にいた男達の身体は皆、何処かしら傷を負い、絨毯の上に血溜まりを作っていた。たとえ生きている者がいたとしても、とても戦力にはなりそうになかった。が、彼女に他の仲間がいるようにも見えなかった。

「アメリア、君か? 何故こんなことをする?」
ルビーが言った。
「復讐さ」
血走った目をぎらつかせて彼女が言った。
「復讐? 何故?」
「息子を殺された! あのジェラードにね」
「ああ、知ってる。確か2年前にレッドウルフとの抗争に巻き込まれたんだったね。でも、あの時、君の息子を殺したのはレッドウルフだ。ジェラードじゃない」
「どっちだって同じさ。ジェラードはあの子を見捨てたんだ。いい子だったのに……! 優秀で親思いのとてもいい子だったのに……。だから、ジェラードが大切にしているあんた達を奪って復讐してやるのさ」
金属のように尖った声が屋敷の壁や柱に突き刺さる。ルビーはそんな彼女をじっと見つめて言った。

「ジェラードは僕が大事な訳じゃない」
だが、女は憎々し気に重い金属の塊を握り締めた。
「大事なんだよ! あんたのような化け物に自分の娘をくれてやろうってんだからね」
言葉が宙を切り裂いた。
「化け物……?」
「そうさ。わたしゃ、知ってるんだからね。あんたが……」
女はそう言い掛けて止めた。ルビーの瞳が爛々と輝いているのを見たからだ。そのルビーがゆっくりと歩を進めて彼女に近づいて行く。そして、彼女の眼前でぴたりと足を止めて言った。

「僕が何だって? 言ってみろよ」
「……!」
一瞬、女は喉を詰まらせたように黙ったが、すぐに喚いた。
「ああ、何度でも言ってやるさ。あんたは普通の人とは違う化け物なんだよ! その服の下に隠しているものの正体をわたしは知ってるんだ。足し算はおろかろくすっぽ文字だって読めない馬鹿のくせに、あんただけが優遇されて……! わたしの可愛そうな息子だけが死んじまった……! わたしの息子だけが……!」
「アメリア……」
機関銃を抱きしめた女の顔に冷たい金属の影が映る。
――この化け物……!
(悲しいんだね)
――ろくすっぽ文字も読めない馬鹿のくせに……!
(それでも僕は生きてきた)
――何故、優秀な息子が死んで、あんただけが生きて……
(それがわかれば……)
逡巡した彼が一瞬だけ目を逸らしたその時。

「ルビー! 危ない!」
背後から声が掛った。エスタレーゼだ。
「え?」
瞬間的に弾かれた。アメリアがいきなり至近距離から撃って来たのだ。
「ウウッ……!」
彼は苦痛に顔を歪めると胸を押さえて膝を突き、その場に崩れた。
「ルビー!」
エスタレーゼが階段を駆け下り、女に向けて発砲した。が、次の瞬間、玄関ホールからなだれ込んで来た男達が応戦して来た。迷彩服を着たその男達はアメリアの仲間のようだった。エスタレーゼも何発か応戦するが相手は6人。リビングを突っ切ると、彼女は大きな柱の影に身を隠した。

「へへ。終わりだよ。これでもう、あんたの薄汚い血の付いたシーツを洗わなくても済むんだ」
勝ち誇ったようなアメリアの声。が、それをかき消すようにルビーが笑い出す。
「終わりだって? ふふふ。一体何をもって終わりだと言ってるの?」
不意にルビーが顔を上げた。
「馬鹿な……! この距離から機関銃の弾を食らって無事でいる筈が……」
女が恐怖に強張った顔であとずさる。
「ふっ。今更何を驚く? 君が言ったんじゃないか。僕が普通の人間とは違うって……」
そう言うとルビーは微笑し、瞬時に跳ね起きると服の上で止まっていた弾丸を手で払い落した。

「この……化け物……!」
女が叫ぶ。
「そうさ。僕はおまえ達とは違う。見せてやろうか? 僕の本当の実力を……」
小気味良い音を響かせて、彼は指を鳴らす。そして、その隙間から、再び数を数え始めた。
(アインツ、ツバイ、ドライ……)
ルビーを取り囲んでいた男達は足が凍りついたように動けない。
「な、何をしているんだい、あんた達……。早いとこ殺っちまいな!」
アメリアが怒鳴った。その声に弾かれてようやくぎくしゃくと男達が動き出す。が、ルビーの行動の方が一瞬だけ早かった。振り向き様に発砲した銃で二人を仕留め、蹴りと突き技で更に二人を倒す。何処を狙えばいいのか、どのタイミングで仕掛けるのか、彼は熟知していた。体格と持久力のなさをカバーする速効の決め。それをギルフォートから徹底的に仕込まれた。

「ルビー!」
男の一人をエスタレーゼの銃が仕留めた。が、その間隙を縫ってアメリアが彼女を押さえた。
「そこまでだよ! さあ、武器を捨てな! でないと、彼女のきれいな顔が血まみれになっちまうよ」
女が叫ぶ。アメリアが機関銃を彼女に向けて構え、残った一人の男が逃げられないようにその手を拘束している。
「エレーゼ……」
「さあ、どうした。彼女を助けたいなら、抵抗は止めてさっさと銃を捨てるんだ」
「……」

彼らの向こうで壁に掛けられた天使の像が笑う。リビングの奥にあったガラスの水槽が砕け、宙に投げだされてしまった熱帯魚達がそこかしこに散らばっている。
(可哀そうに……)
ルビーは思った。
(あとでお墓を作ってあげなくちゃ……)
ルビーは力なく銃を放った。すると男がすぐさまそれを彼が届かないところまで蹴り飛ばす。それを見たアメリアがほくそ笑む。が……。
「無駄だよ」
ルビーが言った。
「何だって?」
アメリアが目を剥く。

「どうせ、約束は守らないつもりなんでしょう?」
じっと見つめてルビーが訊いた。
「僕は約束守るけど、君達は守らない。そうでしょう?」
「黙れ!」
アメリアが怒鳴った。
「そうさ。どのみちあんた達には消えてもらう。仲良く地獄に行って結婚式を挙げるんだね」
女の言葉が終る前にルビーはエスタレーゼを捕まえていた男を念の力で弾き飛ばし、自分はそのまま突っ込んでエスタレーゼを抱えるとアメリアが掴んでいた機関銃を蹴り飛ばした。

「よくも……!」
蹴られた手を摩りながらアメリアが凄まじい形相で睨む。
「悪いね。女性にこんなことしたくはなかったんだけど……」
ルビーが振り向いて言った。と、その時、さきほどルビーの念で飛ばされた男が態勢を立て直して銃を構えた。が、ルビーは男の手の中でその銃を暴発させた。血だらけになって男は倒れる。

「さてと、君にはもっといろいろ聞きたいことがある。これは君一人の判断じゃないね? 背後にいるのは誰なんだ?」
ルビーが訊いた。
「背後だって? 冗談じゃない。言ったろう? これはわたし一人の復讐だって……」
アメリアが言う。
「違うね。こいつらはレッドウルフだ。そうだろう? 連中に唆されたのか? それとも、薬か? 背後にいるのは誰だ、言え!」
ルビーが女の襟首を掴んで揺する
「何度訊かれたって答えは同じさ」
遠くでサイレンの音が聞こえた。さきほどの爆発騒ぎや銃声の音を聞いた近所の者が通報したのだろう。

「言わなきゃその喉を切り裂いてやるぞ」
光のコーティングで鋭くなった爪を喉元に押しつけてルビーが凄む。
「そ、そんな脅しになんか……」
「脅しじゃないさ。君も見たろう? 僕は化け物なんだ」
彼の視線が念によって吹き飛ばされた男の身体を示す。
「そ、それは……」
アメリアの表情が僅かに動揺する。
「言え!」
が、次の瞬間。女が微かに笑みを浮かべた。
「……!」
(この女、まさか……?)
「道連れにしてやる!」
女が体内に仕込んだ起爆スイッチを入れた。
「エレーゼ!」
ルビーは女を突き飛ばすと彼女を抱えて飛び退いた。が、次の瞬間。爆風がそこにあった物すべてを吹き飛ばした。


 ギルフォートの携帯が鳴った。
「わかった。すぐに戻る」
短く答えて彼はそれを切った。
「何かあったのか?」
ブライアンが訊いた。
「ラズレイン家が襲撃された」
「襲撃?」
「犠牲者が出たらしい」
「レッドウルフか? ルビー達は?」
「運がよければ無事でいる。だが……」
そう言うと彼は席を立った。早回りするマズルカ……。傾いて行く時間……。
ポケットの中で震え続けるバイブレーター。短いメール。決して戻ることのできない暗闇の中に男の影は静かに消えて行った。