3つのエコセーズ
―3 カラーズ―


白い薔薇と赤い月


夜。その薔薇は凛と背筋を伸ばして咲いていました。
他に誰もいない丘の上で咲いていました。
けれど、他にその薔薇を知る者はいませんでした。
そして、誰もその美しい姿を褒めてくれる人もいませんでした。
薔薇は孤独でした。
遥か下では子供達が元気に走り回る声がしています。
でも、姿は見えません。
薔薇はあまりにも姿勢がよかったので、見えるのは頭の上の空だけでした。
下からは風の音も聞こえていました。
けど、薔薇のところまでは届きません。
薔薇は一度でいいから風にこの身を預け、心地よく揺られてみたいと思いました。
鳥の声も木の葉が揺れる音もみんな薔薇の根元よりずっと低い場所からしています。
ならば、せめて青い空のお日さまと友達になりたいと見上げました。
でも、そこに太陽はありません。
明けない夜があるだけです。
ならば、星と仲良くなれないかしら?
薔薇はうんと背伸びしました。
でも、そこに星はありません。
黒い色画用紙で覆われた四角い空があるだけです。
薔薇は悲しくなりました。

「誰か私を手折って欲しい。
そして、その身であたためて……。
踏みつけられてもかまわない。
おまえに触れた温もりを、
踏みしだかれる花びらにそっと留めておきたいのだ。
折れた茎から滲み出る
私の身体の液体が靴の底にへばりつき、
おまえが歩くその度に
おまえの情熱と体重を感じるだろう。
そして、もしも、おまえの手に触れたなら、
鋭い棘で刺してやる。
おまえの白いその指を、
赤い三日月に染めてやる」

そうして薔薇はいつまでも
終わらない夢を見ていました。
そして、僕はそっと薔薇の覆いを外します。
すると、薔薇はすっかり枯れていました。
誰にも手折られることもなく、
誰からも愛されることもなく、
ただひっそりと息を引取ったのです。
そのことを誰も知りませんでした。
薔薇は踏みしだかれることはありませんでした。
でも、薔薇は最後に僕の指を刺したのです。
赤い血が三日月のように垂れました。
それは、薔薇の上に落ちて花びらを赤く染めました。
そして、赤い薔薇は空に上り、
赤い三日月になったのです。
そして、月と星が重なる一瞬、
僕の指先が疼くのです。
そこにあるのは赤い三日月。
空にあるのは白い薔薇。
赤い月光に照らされて、
僕は白いあなたを奏でます。
白く透き通るような復活祭の夜に……。