3つのエコセーズ
―1 おもちゃ箱―


くれよんの街


あなたがくれたくれよんで
あなたがくれた画用紙に
ぼくはどんな絵を描こうか。
あなたがいて、ぼくがいて、
花が咲いて、木があって、
遠くに森が見えていて、
電車や車が走ってて、
野にはウサギが、
湖には魚が
空には鳥が飛んでいて、
花の側にはちょうちょも飛んで、
お月さまとお日さまが笑って
りんごの木とブドウの木があって、
それからえーと星やハートやダイヤモンド、
お人形がいて、テレビがついてて、
お店があって教会が建ってて、
小川があって海に注いで、
鯨が泳いで、
ゾウやキリンやライオンもいるの。
雲が出て雨を降らせて、
傘を差したら虹が出たの。
雪が降って真っ白になって、
白いくれよんで塗ろうとしたら、
白い色にいろんな色が混じって、
くれよん汚れて小さくなった。
ぼくはとても悲しくて、
他のいろんな色で塗ったけど、
どれも白ほどきれいじゃなくて、
どれも混ざると汚くなって
どんどん画用紙汚くなって
どんどんぼくの手汚くなって
あなたの顔は怪獣みたいになって怒ったの。
そして、怪獣はどんどん大きくなって
森も教会も壊してしまった。
花もりんごも何もかも
怪獣はずんずん歩いて踏み潰す。
ぎゃおーって叫んで火を吹いて、
くれよん怪獣大暴れ。
画用紙の街を破壊して、
ぼくの心を締めつける。
ぼくの街はすっかり壊れて涙色。
赤と黄色と緑に茶色。
青色、オレンジ、黄緑、ピンク。
ぐちゃぐちゃどろどろ灰色ジャングル。
こんなのぼくの街じゃない。
でも、いくら塗っても画用紙は
元通りに白くはならなかった。
可哀想な白いくれよん。
可哀想なぼくの画用紙。
ぼくは黒いくれよんでその街を消した。
街はどんどん黒くなり、
やがて真っ暗な夜がきたけど、
ぼくはちょっぴり満足した。
けどね、一体どうしたの?
街に夜明けは来なかった。
いくら待っても来なかった。
星も月も出なかった。
ぼくはとても悲しくなって
夜の街を抱き締めた。
涙がつーっと伝ったけれど、
それは表面のつるつるに弾かれて、
闇の上を落ちただけ……。
ぼくは街に入れない。
冷たい夜に閉ざされて、
誰の言葉も受け付けない。
あなたの声が聞こえない。
トントン扉を叩いても
指で撫でつけてみても
あなたの心に届かない。
真っ暗闇の夜の街。
真っ暗闇のぼくの中……。
もう何もない。
ぼくは消えた。
何もかも消えた。
ぼくがくれよん抱き締めて
心をなくして震えていたら、
あなたがふいに言ったんだ。
「なくなった訳じゃない」
「じゃあ、何処へ行ったの?」
「くれよんは夜の中でかくれんぼをしているんだ」
「かくれんぼ?」
「そうさ。見つけてごらん?」
そして、あなたがくれたボールペン。
壊れた銀のボールペン。
それで、ぼくは絵を描いた。
闇を削って絵を描いた。
そしたら、本当に闇の下には街があった。
赤や黄色や緑、青。
それはまるで
街を照らすネオンのように
いろんな色が隠れてた。
すべてが消えた訳じゃない。
夜の中に隠れてただけ……。
汚れてしまった白いくれよん。
ナイフで表を削ったら、
そこにもちゃんと隠れてた。
きれいなままの白色が……。
いくら表は汚れても、
奥にはちゃんとあるんだね。
純粋なまま守られて……。
ぼくの中にもあるんだね。
誰もの心にあるんだね。
心の底の奥の奥。
ずっと深くで眠ってる。
その人だけのお気に入り。
心の地図に描かれた
くれよんの街が……。
たとえ、この手が汚れても
ぼくは描き続けよう。
美しいくれよんの街を……。
それが心にある限り、
ぼくは明かりを灯し続ける。
何度闇に閉ざされようと、
寂しくて悲しくて
涙が溢れても
あなたがくれた銀色のペンで
夜の街に
明るいネオンを
ずっと灯し続けていくと誓うよ。