ダーク ピアニスト
〜練習曲12 漁火〜
Part 2 / 3
――約束
薄い水色の空だった。
――連れて行ってやると約束したのに……
その風景は、淡いパステル画のようだと彼は思った。吹いているのは時の風……。草原の中を駆けて行く子供……。金色を纏って……。光の中に消えた子供……。
――ルビーに……
二つの十字架の間を2匹の蝶が戯れ遊ぶ。男はポケットから煙草を取り出した。が、抜き掛けて思い止まるように上着のポケットに戻す。
(……。妹か……。仲良く眠れよ」
振り向くと臆病な草食動物が慌てて草むらに逃げて行った。それでも、他所者が気になるのか、じっと草の葉の影からこちらを見つめている。純粋で好奇心に溢れた黒い瞳で……。
――ルビーに伝えて欲しい。約束を守れなくてすまなかったと……
「ルビーか……」
男が呟く。
(それは、おまえが直接伝えればいい。奴が向こうへ逝った時に……)
親友が愛した空を見つめ、ギルフォートは黙って小道を戻り始める。
――おまえは今度こそ弟を守りたかったんじゃないのか?
(奴はミヒャエルじゃない。それに……)
助かる筈のない距離だった。実際、男が撃った弾丸は、ルビーの心臓の真上にあった。が、それを貫くことはできなかった。
朝陽の射し込む窓を背にジェラードが言った。
「ルビーは命を取り留めたそうだよ」
「……!」
にわかには信じられない言葉だった。しかし、ジェラードは組んでいた手を組み直して続ける。
「いや、実に運のいい子だ。上着の内ポケットに入っていたこいつが弾丸を食い止めたんだ」
ジェラードのデスクの上には歪んだ金貨が一枚置かれていた。
「まだ意識は戻らないが、目覚めたら、もう一度私の手元に置こうと思う」
「しかし、奴は……」
そう言い掛けたギルフォートの言葉を遮って男は言った。
「裏切ったのは娘の方だ。ルビーは単に利用されていたに過ぎない」
男は探るような目でじっとギルフォートを見つめて言った。
「それに、銀狼から狙われて無事に生き延びた者はいない。そう思わないかね?」
だが、言われた男は答えなかった。
「実に幸運な子だよ、ルビーは……」
意味あり気に微笑するとグルドのボスは言った。
「あの子は大切にしなくてはいけないかもしれないね」
そう言うとジェラードは引き出しから一枚のメモリーカードを取り出した。
「それともう一つ。ルビーのポケットにこれが入っていた。娘が持ち出した私のデータファイルだ。無論、本物じゃない。これを持ち出して一体何をしようとしていたのか。娘といえども恐ろしいことだ。真に注意しなければならないのは身内なのかもしれんな。彼女は以前からルビーを解放してやってくれと私に進言していた。だから、二人がこれからも絆を強くして行くようにと結婚を勧めた。なのに、あの娘は……」
ギルフォートはじっと机の上の黒ずんだ金貨を見つめていた。
「はじめはね、おまえのことも疑った。だが、おまえは、私の命令に忠実に従ってくれた。この金貨と摘出された弾丸が証拠だ。それに……」
ふと顔を上げて男はジェラードを見つめた。
「ケスナーの証言がある」
「ケスナー……?」
その男と面識はなかった。訝しんでいる彼にジェラードは説明した。
「ああ。奴は事務方をやっていた男だが、最近は他の雑用もこなしている。なかなか使い道のある男だ。それが、たまたまルビーと接触があってね。情報をもたらしてくれた。ルビーは何も知らず、娘に付いて行っただけだと……。それに、おまえが度々私やグルドのメインコンピュータにハッキングしていたのは、アウエルの裏切りに気づいて証拠を掴もうとしていたそうだね? アウエルはレッドウルフのコーデルと通じていた。互いに情報を流して組織を牛耳ろうとしていたんだ。それを食い止めるためにおまえは働いてくれた。結果として、連中は今回の事件で共に葬られた。実に感謝しているよ。おまえには、これからもグルドを支えて行く指導者の一人として期待している」
ジェラードの意図が掴めなかった。男の動向をジェラードが気づいていない筈はなかった。そして、ケスナーという男。その真の目的とは何か。冷静に見極めなければならない。男はじっと目の前に座るボスの表情を観察した。
「イギリスから帰ったばかりでおまえも疲れただろう。今日はゆっくり休むといい。追って連絡する」
「わかりました。では」
そう言うとギルフォートは部屋を出て行った。
夜。銀髪の男はルビーの病室を訪れた。まだ意識は戻っていなかった。白いシーツに包まれて彼は静かに眠っている。規則正しい心音と穏やかな呼吸が続いていた。
――僕が殺した。彼女を殺した連中を僕がみんな殺してやったんだ
「助かっただと……? 助かってどうするというんだ。彼女を亡くし、理性を失くして尚、どうやって生きていくと……」
寝顔はまるで無垢な赤ん坊のように清らかだった。が、ひと度その心の中の獣が目を覚ませば、周囲に破壊と殺戮をもたらす。そんな負のエネルギーを秘めていた。
――おまえは弟を助けようと……今度こそ生かし続けようと……
「そうだ……」
(今度こそ解き放ってやろうと……。だが……)
――殺してやった! みんな、僕が……
(笑っていた。狂気に支配されて……)
――ルビーを救ってあげて……
懇願するようなエスタレーゼの瞳……。しかし、男は首を横に振った。
(どうにもできはしない……。エスタレーゼ、君を救ってやれなかったように……)
悲しそうな彼女の水色が揺れる。
(わかっている。だが、今のおれにできるのは……)
男はゆっくりとベッドに近づいて行った。
(こいつを……このまま静かに眠らせてやることだ……)
透ける液体の影が、眠るルビーの顔に重なった。その体内に流れ込む輸液……。男の右手がそろそろとその首に掛る。指先に感じる鼓動。そして温もり……。
――ギル
それはルビーの声だったのか。それとも弟のミヒャエルのものだったのかはわからない。が、その躊躇いを打ち消して右手に力を込める。
「ウウ……」
微かに声がもれた。が、男は更に強く圧迫を加える。
「ごめん…な……さい」
言葉を発した。見ると唇が動いている。一体何を言おうとしているのか。一瞬だけ心が退いた。
「ごめんなさい……。あなたの…彼女を…守れな…くて……」
「ルビー……」
その手をすっと引いてルビーを見つめる。睫毛が微かに震えていた。が、唇はそれきり動こうとしない。輸液はまだ3分の1ほど残っていた。窓には固いブラインドー。その向こうには漆黒の夜が広がっている。
「……」
――ギル、僕を殺しに来たの?
昔、そう訊かれたことがあった。
――僕がお仕事に失敗したから僕を殺すの?
確かに、今回の件は失敗といえるかもしれない。だが、男は黙ってベッドに背中を向けると踵を返して出て行った。
そうして翌日。彼は母と娘が眠る墓の前に立っていた。花と緑に囲まれた安らぎのある空間に……。
(誤算は……)
彼女が予定よりも早く行動を起こしてしまったこと。
――アメリア達のせいで家が壊れたの。でも、そのおかげでお父様のデスクに近づくことができた。チャンスは最大限に活かすわ
「誤算は……」
彼女が妊娠していたこと。それが心理的に彼女を焦らせ、結果として誤った判断に結びついてしまった。
――娘が持ち出したデータファイルだ。もちろん偽の情報だがね
ジェラードがそれくらいの仕掛けを施していることは容易に見当がつく。そんな単純なトリックに、日頃は慎重な性格だった彼女が何故騙されてしまったのか。そこまで彼女を追い詰めていたものは何だったのか。気づいたのは事件が起きた後だった。恐らく迷惑を掛けまいとしたのだろう。彼女は妊娠しているという事実を男に話してはいなかった。もし、それが事前に伝わっていたならば、また別の結果が有り得たかもしれない。が、今となっては何一つ事実を変えることはできず、後悔の材料となるばかりだ。小さな鳥が2匹、向こうの空へ羽ばたいて行った。その空に向かってたゆたう煙。
――ギルフォート、鳥を撃っては駄目よ
――何故?
――鳥は人間に害を加えない。悪口も言わない。攻撃もしない。それどころか、鳥は美しい声を響かせて、私達の耳を楽しませてくれるわ
「ルイーゼ……」
――でも、鳥は人間の畑を荒らすことだってある
――そこに成る実が誰のものかなんて鳥に判断はできないわ
――弟が死んだのは奴らのせいだ
――でも、ミヒャエルは鳥を見て喜んでいた。鳥もミヒャエルも憎み合ってそうなった訳じゃない。そうでしょう? 憎しみの矛先を間違えないで……。憎むべきはミヒャエルやあなたを侮辱し、貶めた人間達の心の方よ
過去の風……。あの日も同じ散策路を歩いていた。
――この子はエスタレーゼ。私の娘よ
母親のスカートの後ろに隠れていたはにかみやの少女。笑顔がルイーゼに似ていた。
――とても心のやさしい娘なの。ここで生きていくにはきっと辛いことばかりが待っているかもしれない。その時には、どうぞ娘の力になってあげて……
――きっと
「エスタレーゼ……」
彼女は最後まで未来を信じていた。自分自身と赤ん坊のため、そして、ルビーのために……。生まれて来なかった命。そして、永遠に奪われてしまった命……。彼女が最後に託したエメラルドの希望。が、それさえも無残に打ち砕かれた。
(一体誰を攻めればいいのか……)
手にした煙草がぽとりと落ちた。
「わかっている」
(すべてはおれに責任があると……)
――ねえ、ギルフォート。お母様とわたし、どっちが好き?
水色の瞳が寂しそうに揺れていた。
――何故そんなことを訊く?
――知っていたのよ。あなたとお母様のこと……。だからわたし、ずっと長いことあなたを避けていた。でも……
――エスタレーゼ……。君を愛しているよ。だから……
また、ある時にはこう言った。
――わたしね、お父様の本当の子供じゃないの。お父様はそれでもわたしを可愛がってくださったわ。でも、ずっと埋められない距離があった。ルビーが来てからよ。お父様が以前より近しくなったのは……。ルビーがわたし達親子の絆を深めてくれたの。そして、あなたとの距離も……
「エスタレーゼ……」
――本当に彼女を愛していたのか? 単に利用していただけじゃないのか?
「違う……」
――ルビーの気持ちはどうなる? 彼らを消耗品だとでも思っているのか?
「違う」
――エレーゼのことが好きなの?
――今度こそいいお兄ちゃんになってやるんだな。今度こそ……
――ごめんなさい……。あなたの彼女を守れなくて……
「失くしたものが多すぎる……」
病室にはたくさんの花が飾られていた。
「ルビー、ようやく目が覚めたようだね。よかった。せめておまえだけでも無事で本当に心からほっとしているよ。私の大切な息子」
ジェラードがその手をしっかりと握って言った。
「息子……?」
ぼんやりとした目でルビーが呟く。
「そうさ。私の唯一の息子だ」
(ここは一体何処なんだろう?)
ルビーは定まらない意識のまま何かを探していた。
「ギルは何処……? さっきまでここにいたような気がするんだけど……」
「いいや。きっと夢を見たんだろう」
「夢?」
「ああ。だが、きっと午後には見舞いに来るだろう」
「来る?」
(僕を殺しに……)
「ああ……」
ジェラードの微笑み。大嫌いな病院と消毒薬……。しかし、もっと大切なことが思い出せない。四角い照明。心地良い花の香りに混じって僅かに不快なにおいがした。消毒薬のそれではない。錆び付いた鉄のような異臭……。それを過去にも嗅いだことがある。
(これは何……?)
花瓶に差された花の中に赤い薔薇が混じっていた。棘に刺された指。その赤い血……。
(そうだ。思い出した。これは血だ。腐った人間の血のにおい……)
一瞬目の前のすべてが赤く染まって見えた。
「今はおまえも悲しいかもしれないが、悲しいのは私も同じだ。共に愛する者を失った同士。仲良くやって行こうじゃないか」
「愛する者を失くした……?」
霧の向こうにある者を彼は見つめた。水色の瞳……。透き通った水に鱗のような波紋が広がる。
「海……」
そのずっと深い場所で彼女は眠っている。
「エレーゼは……?」
――男の方は生かしたまま連れて来いとボスが……
(ボス? それはジェラードのこと?)
じっとその顔を見つめるルビー。
「今は母親の墓の隣で眠っている」
悲しそうな顔でジェラードが答える。
「僕が必要?」
ルビーが訊いた。
「ああ。だから、もう何処にも行かないでおくれ」
「僕を愛している?」
「ああ。もちろんだとも」
「エレーゼのことも愛していた?」
「当然だ。子どものことを愛さない父親などいないさ。そうだろう?」
「そうだね」
(でも、父様は僕を愛していなかった)
――お父様はあなたが考えているよりずっと……
(あの時、エレーゼは何を告げようとしていたのだろう?)
――あなたが考えているよりもずっと……
――誰も信じるな
(何故、ギルもモーリーもそんなことを言う? 一体どうして……?)
「海が……見たい」
ルビーが言った。
「海?」
「うん。泳ぐんじゃなくて、日光浴をするのでもなく、ただ海が見たいんだ。広くて青い、魚が泳ぐ海を……」
「ああ。いいとも。おまえが元気になって退院したら連れて行ってやる」
「約束だよ」
「ああ」
「ギルも一緒だよ」
「ギルも一緒だ」
「それと……」
「それと?」
「ううん。何でもない」
(エレーゼは死んだんだ)
美しく澄んだ水色の娘はもういない。この世の果てまで探したとしても決して会えることはないのだ。ルビーはそっと自分の左手に右手を重ねた。
(酷く悲しい。なのに、どうして涙が出ないんだろう?)
見ると、ジェラードも涙を流してはいなかった。
「胸が痛い……」
「肋骨に罅が入っているんだ。それに打撲。当分の間は無理をしない方がいいと医者が言っていた」
ジェラードの言葉を彼は凡庸に聞き流した。
(違う。痛いのはそれじゃない。もっと深く、もっとずっと奥の……)
「痛いのなら薬をやろう。だから、もうおやすみ」
「そうだね……」
ルビーは再び眠りについた。
病院の通路だった。
「おまえがケスナーか?」
銀髪の男が言った。
「ああ。おれはモーリー ケスナーだ」
巻き毛の男が微かに笑う。
「モーリー?」
怪訝な顔の男に彼は言う。
「本名はマウリッヒさ。お宅の坊やがそう呼ぶんでね」
「どうりで見たことのある人形を持っていると思ったよ」
男が手にしたウサギのマスコットを見てギルフォートが頷く。
「坊やが貸してくれたんだ。こいつのおかげで随分と慰められたよ。あんたの気の強い彼女のせいで危うく命を落とすところだったんだ」
「ほう。それで慰謝料でも請求しようと言うのか?」
「いいや。おれはそんなにしみったれじゃないさ」
「ならば何だ? 言いたいことがあるなら早く言え!」
「せっかちな奴だな。おれはまだ病み上がりなんだ。そこのカフェにでも行って話さないか?」
「弁護士を頼むより高くつくぞ」
「コーヒー一杯分にまけとけよ。おれは甘ったるい砂糖菓子は苦手だ」
「いいだろう。話だけは聞いてやる」
そうして、二人は病院の隣にあるカフェに出掛けた。
病室には彼独り……。開いた目には奇怪な光景。太い血管のような管が幾本も伸び、白い空間を歪んだ影が覆う。
「誰かいないの?」
彼が呼んだ。
「ねえ、誰かいないの?」
何もかもが整い過ぎて、何もかもが清潔だった。
「僕を独りにしないで……!」
泣きそうな瞳でルビーが言った。
「僕は病院嫌いなの。消毒のにおいも嫌いなの。それに……」
正面のドアの隣にある小さな洗面台。そこの鏡に向かって言った。
「独りぼっちはもっと嫌い!」
そこに映る自分の姿を見ることはできなかった。が、そこには多分、自分ではない歪んだ怪物が映っているのだろうと思った。
「僕の手……」
彼は両手を高く掲げた。繋がれた管を引っ張って針を弾き抜き、床に叩きつける。抜けた針と共に鮮血が飛び散って白い毛布に赤い花の模様を付けた。
「僕が病院嫌いだって知ってるくせに……。どうして誰も来てくれないの? 前にはエレーゼが来てくれたのに……。いつだってエレーゼが……」
異変を知らせるアラームが鳴った。赤い小さなランプが点滅し、モニターの波形が乱れる。
――ルビー、点滴の針を抜いては駄目よ
「エレーゼ! 何処? 何処にいるの?」
――みんなで幸せになるのよ
「みんなで?」
――そうよ。あなたが憧れた理想の地で……
倒れた点滴台にぶら下がっている瓶の中に揺れている液体の中で、微笑した彼女の顔が歪む。閉じ込められた悲しみが管の中を伝う。それをじっと見つめていたルビーの目に同じ悲しみが溢れ出す。
「彼女はいない……。死んだんだ!」
掲げた左手の指輪に唇を当てる。最後に触れた彼女の温もりが心に伝う。
(エレーゼは死んだ……)
「死んだ!」
彼は叫び、髪を掻き毟った。
(カノジョハ……シンダ……!)
「死んだんだ!」
ふと見るとベッドの脇にぬいぐるみが置かれていた。
「ウサギ……」
ルビーはそれを取ると強く胸に抱いた。
「貴様は何者だ?」
ギルフォートが言った。
「自己紹介なら済んだろう?」
ケスナーが言った。
「何故ジェラードにあんなことを言った?」
「アウエルのことか? 部下が上司に自分が掴んだ情報を報告する。当然のことをしたまでだ」
「報告? 都合のいいように加工してな。目的は何だ?」
「おれはあんたやブライアンのように強くない。生き方にはいろいろ気を使っているのさ」
「ブライアンだと?」
「そう。奴にあんたの情報を流したのはおれさ。だが、伝えない方がよかったかな。そのせいで奴は命を落とした」
「後悔はしてないだろうさ」
渋みのあるコーヒーを口にして銀狼が言った。
「何処まで知っていた?」
「あんたらがルビーをだしにして企てていたこと」
「別にだしにした訳じゃない」
「へえ。それじゃ、本気だったってか?」
「……」
「なら、どうして彼女の腹の中の子が婚約者であるルビーの子じゃないんだ?」
「何故そんなことが言える?」
「ルビーは身に覚えがないと言った。だが、おれは偶然彼女の受診データを見てしまったのさ」
「ルビーにそう言ったのか?」
「ああ。だが、奴は信じたくないってさ。よくもまあ、しつけたもんだ」
――ごめんなさい。あなたの彼女を守れなくて……
「それで全部か?」
「ああ。それで全部だ」
ギルフォートが席を立った。
「へえ。怒らないのかい?」
「それで全部なんだろ? おまえが言ったことはすべて事実だ。アウエルのことも、エスタレーゼのこともだ。他に理由が欲しいのか?」
「そうだな。おれとおまえは似ているってことかな?」
「似ている?」
「そう。おれも弟を亡くした。その弟の名がルートビッヒ。奴と同じ名の……。それだけの理由さ。奴に味方したくなったのはな」
「なるほど。よくわかった。だが、これからは行動と言動に気をつけろ。次はこうはいかない」
「重々心得とくよ。優しい銀狼さん」
そう言うとケスナーも席を立った。
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