ダーク ピアニスト
〜練習曲10 さざなみ

Part 2 / 3


 道路は珍しく渋滞していた。例の某国大統領の歓迎レセプションが行われる為、かなり離れたこんな場所でさえ、交通量が制限され、通行する車はいちいちチェックされなければならなかった。

「これ、ちょっと窮屈だよ」
助手席でピンクのマタニティドレスを着たルビーが言った。
「我慢しろ。もう少しで生まれる。そうしたら随分楽になるさ」
ハンドルを握ったギルフォートは周囲に目を配りながら言った。
「うーん。早く生まれて来て欲しいわ。でないと大変」
とルビーは膨らんだ自分のお腹を愛しそうに撫でた。
と、そこへ警察の検問が来た。彼らは、こうして一台一台の車をチェックしているのだ。コンコンと窓を叩く警官。ギルがそれを空けると言った。
「すみません。妻が産気づいて、急いで病院へ行きたいのですが……」
彼は、いかにも身重の妻を気遣っている善良な夫という役を上手く演じた。
「おお、それはいけませんね。申し訳ありませんが、ここは決まりですので、取り合えず免許証を」
警官は助手席でいかにも苦しそうな表情で俯きながらピンクのマタニティードレスのお腹をさすっている彼女を気の毒そうに見やりながらも任務を遂行した。

と、彼女が突然、ウウッとお腹を押さえて苦しそうな声を漏らす。
「ルイーゼ! ああ、ルイーゼ、愛しい君。大丈夫だからね。僕が付いている。痛むのかい? そうだろうとも。赤ん坊が生まれるんだ。僕達の愛の証だ。がんばって! 病院はすぐそこだよ。」
ギルは妻のルビーの手を取って迫心の演技で訴える。
「あーん、苦しい……う、産まれるゥ……!」
ルビーが悲鳴のように叫ぶとひしとその手にしがみつく。
「ルイーゼ! しっかり! 僕が付いているよ……」
ギルはしっかりとその身体を抱き締めると警察官に向かって叫んだ。
「早く! 早くここを通して下さい! 僕達にとっては初めての子供なんです! もし、その子供に、妻に何かあったら……! お願いです。早く、病院へ……!」
ルビーもギュッと強く彼の手を掴んではウウッと苦痛の呻きを漏らす。その度にオロオロと妻を見やり、警官を見て懇願する若い夫。警官はそんな二人に同情し、同僚に叫んだ。
「おい。道を開けてくれ! 赤ん坊が生まれそうなんだ。早く通してやってくれ!」
すると、たちまち前を塞いでいた車や警察の車両がどかされ道が開いた。
「ありがとうございます」
ギルは窓越しに感謝の言葉を述べると猛スピードで発進した。
「おい! 急ぐ気持ちはわかるけど、スピードの出しすぎはだめだぞ!」
が、その言葉は、もう彼らには届かない。第一関門を突破した車は堂々と病院の駐車場に滑り込んだ。

「僕、本当にここで赤ん坊を生まなきゃならないの?」
ドレス姿のルビーが出て来て言った。
「そうだな。だが、もう少し我慢しろ。分娩室はすぐそこだ」
と言うとギルは、彼女を支えるように堂々と玄関から病院の中に入って行った。ルビーは病院というだけで気分を害し、青ざめていたので、二人の振る舞いはごく自然に見えた。そして、誰もいないのを見計らうと彼らは屋上に出た。
「あーん、苦しい。もう限界よ」
ルビーが言った。
「よし。ここなら安全だ。早く産め」
「あーん、冷たい事言わないであなたも手伝ってよ。これ、外すの大変なんだから……」
とルビーが背中のファスナーを外そうと奮戦している。

「下から出せばいいだろう」
と彼はいきなりスカートをまくり上げて彼の腰に巻かれているベルトを外した。大きなウサギのぬいぐるみとその下にすっぽり隠された彼のライフルが出て来た。その部品を素早く組み立てるとギルフォートはスコープでターゲットを確認する。ルビーは、その間、ウサギを抱いて赤ん坊のようにあやしている。
「まあ、可愛い! わたしがママよ。で、あそこにいるのがパパ」
とウサギに言ってニコニコしている。
と、ギルが来いと指で示す。

「準備は?」
「オーケーだ」
ギルが頷く。と、ルビーは伏せたギルフォートの上にぴたりと身体を重ねた。そして、彼と同じスコープを覗く。
「いいか?」
ギルフォートがスコープから目を放さず訊いた。
「いいよ」
瞳が輝いていた。その全身からも薄っすらと光を帯びている。二人の意識が寸分違わず重なって視線の先がターゲットに注がれた。そこはもう肉眼では視認出来ない程距離があったが、スコープからターゲットを追っているギルフォートのそれに、ルビーの意識はぴたりと付いて行っていた。
 静寂を通り過ぎ、真空を思わせるピンと張り詰めた空気。
 その緊迫の壁を一発の銃弾が撃ち破る。それは凄まじい勢いで飛び、重い空気の壁を切り裂いて行く……。が、ここからでは到底届かない弾丸の軌道を追ってルビーの念が後押しする。その弾丸をコーティングした思念は速度を増し、弾丸が消滅してもなお、念のパワーは威力を増して標的に向かって飛ぶ。そして、瞬時に原子レベルの分解をし、ターゲットの胸を貫いて死に至らしめる。しかも、弾痕も物証も見つからない。解剖したところで原因は心臓発作として片付けられる。それは、ギルフォートの卓越した索敵能力とルビーの念動力が合わさった必殺技だった。弾丸だけでは届かない。念動だけでも叶わない。その二つの合成によって初めて完成する。

「上手く行ったみたい?」
ギルの上でルビーがぐったりと肩にもたれて訊いた。秒速で飛ぶ弾丸とギルの撃つ弾丸に神経を集中させなければならない高度な技は、相当にルビーの体力と神経を消耗させた。ギルフォートは双眼鏡で確認する。ターゲットは確実に仕留めた。会場はちょっとした騒ぎになっていた。何人もの人が取り巻いて右往左往している。それはそうだろう。突然人が倒れたのだ。だが、警備は完璧。誰もこの位置から撃って来たとは思うまい。ここは完全にライフルの射程距離圏外だった。たとえどんな性能を誇る銃であろうと、どんなに腕の立つスナイパーであろうとこの距離から狙うのは不可能だった。
だが、その不可能を可能にする彼らのクロスオーバースナイピング。その奇跡のシューティングをギルフォートは誇らしく思っていた。大統領秘書の突然の訃報は、病死ということで片付くだろう。新聞に小さな記事が載ってそれで終わりだ。ギルフォートはホッと双眼鏡を下ろすと自分の肩に顔を付けたままのルビーに言った。
「ああ。完璧だ」
そして、ルビーを抱き下ろして自分も半身を起こす。

「大丈夫か?」
「赤ちゃんを産むってホント大変なのね」
とまだ整っていない息でルビーが言った。それから、また、大きなウサギを大事そうに抱えるとゆっくりと立ち上がった。
「でも、用が済んだなら、早くここを出なけりゃね」
ルビーは病院にいることがいやだった。
「そうだな」
ギルフォートは用意して来た鞄に分解した銃を仕舞うと先に立って歩き始めた。ルビーは、まだドレスのままだったが、出来ればあまり人に見られない方がいい。非常階段からギルフォートが通路を覗き、誰もいないと合図を送る。それを見てルビーも素早く廊下を移動して次に進む。

そうして、何度目かのフロアに掛かった時、大きな窓の向こうに可愛い赤ん坊の姿が見えた。ドアが開いていて、そこに大人の姿はない。そこは新生児室だった。産まれて間もない赤ん坊達が並んでベッドで眠っている。
「わ! 可愛いっ!」
思わず駆け寄って見蕩れる。ちょんとほっぺを突いても目を覚まさずあどけない表情で眠っている赤ん坊を見ていると、ルビーは何だかとてもうれしくなった。
「何をしている? 早くしろ」
曲がり角の向こうからギルフォートが呼んだ。
「わかった。すぐ行く」
言うとルビーはウサギをしっかり抱えてその部屋を出た。


 そして、駐車場。ギルフォートはもう運転席に乗り込んでエンジンを掛けていた。ルビーもすぐに後部座席に飛び込んでドアを閉める。と同時に車は発進した。ミッションは成功した。ギルフォートは安堵し、バックミラーで後ろのルビーを見た。彼はニコニコと大きなウサギに話し掛けている。
「ホントに可愛いねえ。こうしているととってもあったかくていい気持ち……。赤ちゃんっていい気持ちなんだねえ」
ルビーの独り言はいつもの事なのでギルフォートは気にしなかった。神経をすり減らして、いつもなら口を利く気力もなくなって眠ってしまうのに、今日は比較的元気にお喋りを続けている。が、軽く考えただけですぐに彼は四方に目を配った。ギルフォートも大きな仕事を無事終えて実際気持ちがよかったのだ。

 「着いたぞ」
ドアを開け、ギルフォートが出て来る。ルビーもすぐにあとに続いた。入れ替わりに建物の中から出て来た男が車に乗り込み、別の場所へ運ぶ。代わりに駐車場の奥に停車していた迎えの車に彼らは乗り込んで事務所へ戻る。そこで結果を報告し、帰宅する手はずだった。迎えに来ていたのはエスタレーゼだった。
「ルビー、着替えを持って来たわ」
と鞄を示す。
「ありがと」
彼は上の空でウサギにスリスリと頬を寄せている。が。それもいつもの事なのでエスタレーゼはあまり気にしなかった。

「お疲れ様でした」
彼女はギルフォートに労いの言葉を掛けた。
「ん。どうも」
ギルフォートが頷く。
「さあ、お乗りになって」
と彼女が助手席のドアを開けたその時。
「ほぎゃあ」
背後から声が聞こえた。が、振り返ると、そこにはルビーしかいない。
「ほぎゃあ」
もう一度聞こえた。
「何だ? そのほぎゃあってのは……?」
ギルフォートが大股で歩み寄る。ルビーはギュッと強くウサギを自分に押し付ける。
「ほぎゃあ、ほぎゃあ、ほぎゃあ」
そこから赤ん坊の泣き声が響いた。

「おまえ……!」
ギルフォートが絶句する。
「赤ん坊ってホント、可愛いね」
ルビーがニコニコと言った。その手の中には、平たいウサギのぬいぐるみに包まれるように寝かされた本物の赤ん坊がいた。
「ルビー……」
エスタレーゼが呆然と見つめる。
「何処から持って来た? 早く返して来い!」
「いやだよ! これは、僕のだもん。誰もいない部屋にいたんだ。だから、僕、もらったの」
「バカヤロー! それはおもちゃじゃないんだぞ! 返せ!」
「いやだよ! これ、僕が生んだんだ」
としっかり抱えて放さない。

「ルビー、一体、誰の赤ちゃんなの?」
エスタレーゼの質問にルビーが答える。
「ギルがパパなの」
とチロリと彼を見る。
「ギルの……?」
エスタレーゼが呆然として彼を見つめる。
「そうだったの……」
「いや、これは、その……誤解だ。ルビーが勝手に病院から……」
といつになく焦って言い訳するギルフォートを見て、ルビーはクスクス笑った。そして、うれしそうに赤ん坊に話し掛ける。
「いやでしゅねえ。パパってばお顔が赤いでちゅよ」
その間も赤ん坊はずっと泣き続けていた。ルビーが揺すったり撫でたりしてあやしているが泣き止みそうにない。エスタレーゼも心配そうに赤ん坊を覗き込む。
「ほんとに。どうしたのかしら?」

そこへ、ギルフォートがやって来て赤ん坊のおむつに触れて言った。
「おむつが汚れたんだ。それに、腹も減っているんだろう」
とルビーから取り上げて抱きながらあやすと赤ん坊は泣き止んだ。
「あら、すごい。ギルってば赤ちゃんにもモテるのね」
感心したように言うエスタレーゼ。
「だめぇ! 僕の赤ちゃんなんだからぁ」
ルビーが再び取り返す。と、再び泣き始める赤ん坊におろおろしている彼。
「ほらほら、そんな抱き方じゃだめだ。まだ、首がすわっていないんだからな。ここをちゃんと支えて……」
と指導する。
「こう?」
「そうだ」
安定したので赤ん坊は少し落ち着いた。が、また少しむずがり始める。
「とにかく、何処かでおむつとミルクを調達しよう。大声で泣かれたんでは返すにもやりにくいからな」

そこで三人は車に乗って移動すると、店に入ってそれらを買った。ギルがそういう事に詳しいので二人共驚いた。が、彼のおかげでスムーズに行った。ギルは素早く赤ん坊のおむつを替え、湯冷ましでミルクを作り、赤ん坊に飲ませた。
「わあ! 可愛い! 次は僕! 僕にやらせて」
ルビーが赤ん坊を受け取り、哺乳瓶を唇に当てると小さな口がムニュッと乳首に吸い付いた。そして、おいしそうに乳を飲んだ。
「わあ! 飲んだ飲んだ! ねえ、見て! 赤ちゃんが僕があげたお乳を飲んでる」
ルビーはうれしそうだったが、エスタレーゼはギルと顔を見合わせて笑った。そして、赤ん坊は満足すると乳首を離した。
「あれ? もういらないの? まだ、ほんの少ししか飲んでないのに……」
「いいんだ。まだ、そんなにたくさんは飲めないんだよ。それより、背中をさすってゲップをさせないと……」
ギルが素早くそうさせると赤ん坊はもう気持ちよさそうに眠ってしまった。
「へえ。ホントにギルって何でも知っているんだねえ。ほんとのパパみたい」
とルビーが言った。
「ほんと。これなら、いつ赤ちゃんが生まれても安心ね」
とエスタレーゼも微笑む。

赤ん坊の寝顔は、誰もの心を和ませた。だが、いつまでもそうしているわけには行かない。ギルフォートは赤ん坊を抱き上げて言った。
「今のうちに病院に帰そう」
するとルビーが反論した。
「いやだよ! この子は僕のものなんだ!」
「駄目だ! この子はおまえのものじゃない! きっと今頃はこの子の親が心配しているだろうよ」
「いやだ! 返して! 僕の赤ちゃん……!」
追いすがって取り返そうとするが、ギルフォートは代わりにウサギを投げて言った。
「おまえにはこれがお似合いだ。これで我慢しろ」
「いやだ! いやだ! 本物がいいよ! あったかくてやさしくてトクントクンって心臓が動いて、僕を真っ直ぐ見てくれる本物の赤ちゃんが……!」
「おまえには育てられないだろう?」
諭すように言う。が、ルビーは首を横に振って反論する。
「ちゃんとやるから……。僕、ちゃんと覚えてするから……お願い。連れて行かないで……」
泣きながら訴えるルビーに、しかしギルフォートは冷たく言った。
「人形じゃないんだ。おまえだって本当の母親から引き離されたくなかったんだろう? このままでは、おまえ、誘拐犯になってしまうんだぞ」
「誘拐?」

「そうだ。それに、この子は人間だ。一個の人間なんだよ。おまえのおもちゃにはならない。飽きたら捨てる訳には行かないんだ。責任ってものがあるんだよ。それが果たせるようになるまでは、子供なんか作ってはいけないんだ。ましてや、他所様の子供を攫って来るなどともってのほかだ。いいな? この子はおれが返して来る」
「あー……!」
ルビーは泣き続けたが、無理に赤ん坊を取ろうとはしなかった。
「それにしても、ホント、可愛い子ね。わたしだって返したくなくなっちゃうわ」
赤ん坊の頬を指で突いてエスタレーゼも微笑んだ。
「いつか出来ますよ。本当に可愛いあなたの子供が……」
「そうね。いつか……こんな可愛い赤ちゃんが欲しいわ」
エスタレーゼはそっと赤ん坊の金色の髪を撫でるとギルフォートに微笑んだ。
「それじゃ、この子のことお願いします」
ギルフォートはぎこちなく微笑んで赤ん坊を連れ、車に乗った。

「待って!」
ルビーが追って来て言った。
「何だ?」
「お願い。病院に着くまで僕に抱っこさせて」
「おまえ……」
「お願いだよ。もう困らせたりしないから……病院に着いたら、ちゃんと返すから……ねえ、いいでしょう?」
懇願する彼にギルフォートは頷いた。
「いいだろう。だが、約束はちゃんと守れよ」
「わかった」
ルビーはうれしそうに赤ん坊を受け取ると後部座席に乗り込んだ。


 その頃、病院では大変な騒ぎになっていた。新生児室から赤ん坊がいなくなってしまったのだ。病院内をくまなく探したが見つからない。院長は頭を抱え、事務長は警察へ届けると電話を取り、看護士長は新生児室の担当だった看護士を呼んでなじった。
「すみません。私が目を放したばっかりに……」
彼女は目を赤くして詫びた。
「もう一度探して来ます」
もう病院の中にいる確率などほとんどなかったが、彼女はそこにいるのがいたたまれなかった。そして、早足で通路を抜けようとした時、窓の外から呼び掛ける者がいた。
そこは三階。窓の外に人が立てる隙間などない。しかし、声はそこから聞こえた。
「赤ちゃんはここだよ。さあ、この窓を開けて」
彼女は言われた通りロックを外すと窓を開け、外を見た。が、そこにはいつもと同じ景色があるだけ……」
「気のせい?」
彼女が訝しんでいると、不意にふわりと上から下りて来た。赤ん坊だ。消えた筈の赤ん坊がいきなり空から現れたのだ。彼女は驚いて空を見た。が、そこには誰もいない。
「さあ、受け取って」
その声に彼女はしっかりと赤ん坊を受け止めた。途端に赤ん坊が目を覚まし、彼女の腕の中で微笑んだ。

「ああ、神様……」
彼女は感謝の祈りを天に捧げ、赤ん坊を抱いて元来た通路を戻って行った。
「よかった。幸せになるんだよ。僕の赤ちゃん……」
ルビーは屋上から空に向かって呟くとウサギを抱いて駐車場まで飛んだ。
「返して来たのか?」
車の脇でタバコを吹かしていたギルが訊いた。
「うん」
ルビーが頷き、後部座席に乗り込んだ。それを見て、ギルフォートもタバコを消して運転席に乗り、すぐに車を発進させた。
(さようなら。僕の赤ちゃん……)
ルビーはぬいぐるみに顔を埋めたまま振り向かなかった。そんなルビーの姿をバックミラーで見、更に遠ざかる病院の建物を見つめるギルフォートの目も寂しそうだった。が、そこから車は一気に加速してアウトバーンに出た。


 しかし、翌日、テレビのニュースが告げた内容は彼らを驚愕させた。爆弾テロが起きたのだ。街中で起きた爆発は建物を破壊し、多くの死傷者を出した。
「ねえ、ギル……。あれって確か……」
ルビーが画面の中の建物を指差す。すっかり崩れて形が変わってしまっているが、周辺の様子からそこだとわかる。
「ああ……」
ギルが硬い表情のまま頷く。アナウンサーが犠牲者の名前を読み上げる。その名前はどれも心当たりはなかったが、そこが産婦人科の病院であり、産まれたばかりの赤ん坊たちが犠牲になったと告げている。それだけで充分だった。

「僕の赤ちゃん……」
そう言ってルビーが泣いた。
「だから、あの時、返さなきゃよかったんだ! ずっと僕の所にいれば……!」
詰問するように言うルビーを睨みつけて、ギルフォートが言った。
「おまえが連れ出さなければ、他の赤ん坊だって殺されずに済んだんだ!」
「何でさ? 何で僕のせいなの? 僕はただ……」
その時、アナウンサーが犯行声明を読み上げた。『レッドウルフ』のものだった。
「何て汚い連中だ。おれ達があの場所を使った事を知ってのいやがらせさ」
「そんな……! ただ、それだけの理由で赤ちゃんを……?」
「そうだ! 連中は、そういう奴らなんだ」
「一体誰が……『レッドウルフ』の中の誰が僕の赤ちゃんを殺したの?」
「わからん。だが、連中は徹底的におれ達を破滅させようとしている。これは、心理攻撃だ」
が、ルビーはもう画面もギルフォートも見ていなかった。
「破滅……? フッ。破滅するのは奴らの方さ『レッドウルフ』……今度こそ許さない! 一人残らず血まみれの文字通り『赤い狼』にしてやる……! いいでしょう? ギル」

闇の感情がドロドロとした赤いマグマとなって灼熱の溶解炉の中へと注ぎ込まれ、今にも噴出しそうな勢いで瞳の奥で燃えていた。
(許さない! 許さない! 許さない……! 絶対に! 殺してやる! 殺してやる! 一人残らず、僕が殺す!)
「落ち着け。これは、単におれ達の問題ではない」
「じゃあ、誰の問題なの? 誰が悪いの? 誰が赤ちゃんを殺したの? 一体誰が? 僕が出来る事は何? 赤ちゃんを殺した奴を殺す! 殺せと命じた奴を殺す! 命じさせた組織を殺す! 殺す! 殺す! 殺す!!!」
「ルビー!」
制止しようとするギルの腕を跳ね除け、ルビーはそのまま外へ飛び出して行った。