第4話 帰りたいのに帰れない。驚異のW合体!


 夜。ハーペンは空を見上げて考えた。
「この広い空の何処に、我が故郷、微妙に輝くメイビー星があるのだろう? あまりに微妙で涙で霞んで君の姿がよく見えないよ」
「っていうより、鼻くらいかんだらどうだ? 宇宙人」
と、豪助がぐしゃぐしゃに丸めたハンカチを差し出す。
「おお。ありがとう。友よ」
と、それを受け取るとチーンチンと盛大な音をさせて鼻をかむ。
「そうか。いくらハンペンでも鍋の中が恋しいか……」
豪助がしんみりとうなずく。
「ああ。故郷に残してきた恋人や父ちゃん、母ちゃん、じいちゃん、ばあちゃん、兄ちゃん、姉ちゃん、弟、妹、従兄弟に明太子に鳩ぽっぽ……行くぞ! 待ってろ! 空飛ぶぞ!」
と、何だかわからないことを叫びながら、いきなり暗い夜道を走り出す。

「アーマーよ、来い! おれは宇宙に帰るんだぁ」
と、両手をブンブン振り回しながら走る。と、そこへ、
「ひぇーっ! どいてどいてどいて! スーパーのおそうざい売り場の30%オフが閉まっちゃうゥ!」
ドタドタと駆けてきたおばさんと思いきりぶつかった。
「ぎぇっ!」
ハーペンは目を回し、頭の中で星が微妙に光って回るのを見た。
「おー、おれのメイビー星が3つも……。おれは、ついに帰ってきたんだ。そうか。おれの思いの強さにとうとうメイビー星の方から近づいて来るとは、おれもなかなか大したもんだ。しかも、3つも……。星のとんがりの先っぽが微妙に欠けているのが気になるが……。おれって天才。星を分裂させることさえ可能だとは、きっとノーヘル(脳減る?)賞まちがいなしの快挙だぞ」

――ああ、何とか閉店までに間に合った! しかも、今日は特別に45%オフだよ、あんた!
と、おばさんこと、大分つぼね38才はパンパンと腹を叩いて喜びを表現した。
「イタタタっ。そんなに叩いちゃ、ポンポンがイタイイタイでちゅー」
ハーペンが喚いたが、いつの間にか合体の解けたおばさんは、そんなことは無視して、にこにこと大満足で言った。
「見てみ! 串カツ、コロッケ、さしみに天ぷら、マカロニサラダ……納豆巻きにハンバーグ弁当が1つ」
と得意そうに戦利品を列挙した。

「あー! 兄ちゃん! あのおばさんがあんなに持ってる!」
何処かで見たような二人連れがスーパーのオレンジのカゴを持ってこっちを見ていた。
「ねえ、兄ちゃん!」
「仕方なかろう。ヤキチョバよ。今夜のところはここにあるおかかおにぎりとシナチクでガマンするのだ」
緑のアーマーを纏ったメノンが言った。
「ええっ! やだよ、兄ちゃん。おれ、ハンバーグ弁当が食べたかったんだ」
「わがままを言うんじゃない。買い物とは戦いなのだ。1分1秒でも早くそいつを手にした者が勝つ。そして、今日、我らは負けたのだ。その立場をわきまえ、状況に甘んじるしかあるまい」
「けど、兄ちゃん」
と不満そうなヤキチョバにつぼねが言った。

「そうそう。世の中は厳しいんだ。それを乗り越えて行かなけりゃ立派な男にはなれないんだよ。そら、コロッケを1つやるよ。だから、あんまり兄ちゃんを困らしちゃだめだよ」
「くれんの? ありがとう!」
ヤキチョバはおばさんからコロッケをもらってゴキゲンになった。
「すまぬ。このご恩はいつか必ずお返しする」
メノンが言うと、つぼねは微妙に顔を赤らめて言った。
「やだねえ、いいのよ。これは、わたしの気持ちなんだからね」
「そうは行かぬ。この間のメロンパンといい、全身全霊を持って感謝している」
「やだよぉ。あんたってば妙に律儀なんだから……」
と照れまくっているつぼねに、先程からすっかり忘れられていたハーペンが言った。

「あのう、おれもコロッケ食べたいなあなーんて……」
「やだね! あんた、何言ってんのさ。世の中シビアなんだよ。そんな未練たらしいこと言ってたんじゃ、これから激しくなる受験戦争にゃ勝てないよ」
ばんばん背中を叩かれて、ハーペンはコケそうになりながらもおそうざいの棚の奥に1つだけ残っていたトレイを見つけた。
「あ! よし! あれを買うぞ」
と手を伸ばす。が、スッと誰かが脇から腕を出した。そして、1つ残っていた春巻きをトングで挟むとヤキチョバがうれしそうに言った。
「兄ちゃん! やったよ! おれ、ついに買い物で勝って春巻きをゲットしたよ!」
「うむ。よくやった、弟よ。すぐにレジに行こう」
「うん! これ、兄ちゃんにあげるよ」
「いや。おまえの方が若いのだ。たくさんエネルギーを摂らなければいけない」
「平気だよ。おれはあのおばさんからもらったコロッケ食べたもん。これは兄ちゃんのだよ」
「そうか。なら、喜んでもらっておく」
二人の後ろ姿を見送りながら、つぼねおばさんは涙する。

「いいねえ。麗しき兄弟愛じゃないか」
「あーん。おれもあんな兄ちゃん欲しかったよぉ」
とハーペンが泣く。が、つぼねは無視して、さっさとレジを済ますとずんずん歩いて出て行った。
「ちくしょう。春巻きぃ」
ハーペンがまだ未練たらしく空っぽのトレイを覗いていると、
「ちょっと、お客さん。ウチはもう閉店なんですけどねえ……」
とレジの女の子がやっそうな顔をして言った。
「やだねえ。閉店間際の値下げ品を目当てに来るやからだよ。あれ……」
と隣のレジのおばさんがひそひそとささやく。
「しかもあの人、何も買わない気みたいだし。籠も持ってないよ。やだ。万引きじゃない?」
「何だかおでんみたいに微妙な格好してるし。何か変態ってカンジ」

そこへ店長がやって来てガラガラとシャッターを閉め始める。
「ああっ。ちょっと待って。おれ、今出るところ」
と慌ててくぐり抜けようとして落ちていたバナナの皮を思いっきり踏んずけた。ずりっ!ハーペンはもののみごとにすっ転んで尻もちをついた。
「ギャハハ。やーだ。今時、バナナの皮で転ぶなんてあり?」
「プックック。だから、あたしゃ、早く片付けた方がいいって言ったんだよ。誰かがすべって転んじゃ大変だからって……」
おばさんがゲラゲラと笑いながら言った。
「だってね、まさか、ホントに転ぶ人がいるなんて思わなかったしィ」
と大笑いする。

「こら、お客様に失礼だろ?」
店長はクックと笑いをこらえながら注意した。
「だ、大丈夫ですか? ホントに……」
店長はハーペンを気づかったが、その表情は思いきり笑っている。
「大丈夫です。おれは宇宙のヒーローですから」
シャキンと立つとハーペンはスタスタ歩いて出て行った。
「ありゃりゃ、打ちどころが悪かったらしいぞ」
自称ヒーローが去った店内では、再び笑いが渦巻いていた。

「くっそー。やきそばパンもメロンパンも、もう嫌いだぁ!」
ハーペンは叫んだ。
「やだねえ。今時の犬はおでんみたいな姿で遠吠えするんかね?」
通りすがりのおばあさんが言った。
「あ、だめですよ。おばあちゃん。こっちこっち。ああいうのと目を合わせたら危ないんですからね」
といっしょに歩いていた息子が慌ててハーペンとは反対の方へ連れて行った。
「チェッ。何だよ何だよ。おれは宇宙のヒーローだぞ。メイビー星の超微妙戦士なんだ」
などと叫んでも誰も聞いてはくれなかった。
「あーん。宇宙に帰りたいよぉ。一体どうしたら帰れるんだぁ」

「それは、私の方こそ知りたいと思っている」
突然、背後で声がした。
「おまえは……!」
ハーペンが振り向くとそいつはクールに唇の片端だけ器用に上げてうなずいた。その男は、ハーペンと同じメイビー星人だった。が、言われなければ、というか、言われたとしてもまるで信じられないくらい容姿がちがう。男は、スラッと背が高く、美形なのである。肌の色は透けるように白く、サラサラと長い銀髪は、風になびいて美しく、とにかくすばらしく美形なのである。瞳は深い海のアクアマリンをしており、服装もすべて清潔な白。何処をどうとってもハーペンとは比べようもない程美形なのであった。
「何だ。おれは、一人じゃなかったんだ。よかった。ストリクトの奴ばっかり仲間がいるなんて不公平過ぎるからな。でも、これで、奴らとおんなじ2対2だ。もう、メノンなんかにゃ負けないぞぉ」

「何だ。ハーペン。おまえは、負けたのか?」
男が訊いた。
「いや。負けた訳じゃないぞ。宇宙一強いこのおれが負けるはずがなかろう。おまえだって知っているだろうに」
とハーペンがそっくり返って言った。が、男は素っ気無く言う。
「知らん」
「おまえなあ。つれないこと言うなよ。メイビー幼稚園じゃ、バレンタガネのチョコを毎年いくつもらえるか競い合った仲じゃないか」
とハーペンが突く。
「さあて、どうだったかな?」
ととぼける。
「そうだったろ? ほら、おれが3つでおまえが……」
「28個だ」
「いつも接戦でよきライバルだったなあ。ガッハッハ」
ハーペンが笑う。が、男は無視してハーペンとはまるでちがう方向を見つめている。

「おい。どうした?」
ハーペンが声を掛ける。が、男はしっと唇に人差し指をあてて制した。
ハーペンは緊張し、身構えた。すると、ベリッ! とこの間、接着剤で貼ったばかりの尻が破れた。
「しまった。糸で縫うのを忘れていた」
ハーペンは慌てて尻の穴を片手で押さえた。
「全く。何て緊張感のない男なんだ。今ので敵に気づかれたぞ」
「何!」
見ると、前方から二人連れの女子高生が歩いて来た。

「あーあ。ヒノセンの授業っていつも退屈だよね」
「ホーント。いっつもダサダサのジャージ着てるし、昼の買い弁、誰よりも先に廊下ダッシュしてくんだって」
「そんで、こないだ、校長とぶつかって大目玉」
「卵校長の大目玉焼き! なーんちって……」
「うげげっ。まずそ」
などと女子達は他愛もない話で盛り上がっている。
「あれは、この間、バーゲンに来てた可愛い子ちゃんだ」
ハーペンが言った。
「何も怪しいところなんかないぞ」
「いや。ちがう。見ろ。彼女達の後ろだ」
「え? どこ? どこ?」
と背伸びして見る。と、暗い路地の影に隠れるようにしてじっと彼女達を見つめる影……。

「あの子達を襲うつもりだな? ようし。おれに任せろ」
ハーペンが飛び出す。
「きゃあ! 何なの? このおでんみたいなの」
「あ! こいつ、バーゲンに来てた変態ちくわ男じゃん」
二人が騒ぐ。
「そんなことより君、今すぐおれと合体してくれ」
鬼気迫る顔で詰め寄った。
「合体ですって? やだ! 変態! 近寄るな! こう見えてもあたし、山口ゆいちゃん17才乙女座A型、彼氏なし。好物はパフェとエクレア、クリームあんみつ。沙良我田高校アーチェリー部の部長やってんだからね」
「そうよ。いざとなったら正当防衛よ。やっちゃえ! ゆい! ちなみに、あたしは、石川メイちゃん、17才、山羊座のB型、好物はシュークリームとスパゲッティー、デラックスチョコレートパフェ特大! やっぱり彼氏はいないけど、同じく沙良我田高校のヨーヨークラブの部長やってんだかんね」
もう一人の女の子も負けじと主張し、加勢する。

そこへ暗がりから四角張ったアーマー姿の男二人が出て来た。どちらも大男でガッチリしている。一人は輪郭線が茶色でボディーは白。もう一人もそれに近いがボディーが紫の水玉模様になっている。
「貴様ら、ストリクト星の奴らだな?」
ハーペンが叫ぶ。
「そうだけど、そんな手を伸ばせば届くような距離で大声出すのやめてくれない?」
「そうそう。ぼく達、まだまだ耳の方はバッチリ四角く付いてるんだ」
と二人は顔を見合わせ
「ねえっ!」
とハモる。

「何かやだ。こいつらも変態チクワの仲間なの?」
ゆいが訊いた。
「えーっ? 失礼な。超微妙なメイビー星人なんかといっしょにしないでよ」
「そう。ぼく達、とっても仲良し、ストリクト星人なんだもんねえ」
「そうそう。ぼくがチョク パムで」
「ぼくがレージュン パムだよ」
「パムだって? それじゃ、あのメノンとかヤキチョバとかのこれなのか?」
とハーペンが小指を立てる。
「何をやってる、ハーペン。貴様、本当に使えん男だなあ。それは、赤ちゃん指だろう」
あとからやって来た美形の男が言った。
「きゃあ! 誰? この人」
「すっごい美形!」
女子高生二人がぽわんと見蕩れる。
「そうかそうか。それ程までにこのおれが美しいと……」
ハーペンがウルウルしている。

「まあ! 何て図々しい! これだからメイビー星人ってやーね。勘違いしててもバカっぽい。ねえ、レージュンちゃん」
「ホント。ぼくもそう思うよチョクちゃん」
ドデカアーマーの男二人が仲良く抱き合っている。
「それで、質問の答えは?」
美形の男がキリリと言った。
「きゃあ! 何を言ってもカッコいい!」
また女の子二人が盛り上がる。
「答えは訊いてない! のかと思ったらやっぱり訊いてたんだ」
「そう。ぼく達メノン兄さんの弟。そんでもってヤキチョバちゃんはかわいい弟ちゃんよ」
と答える。

「くそっ。やっぱりそうか。だったら尚更許せんもんね! ヤキチョバにとられた春巻きの恨み、一生忘れんもんね。食い物の恨みは痛いんだ! 覚悟しろよ、パンダ兄弟!」
ハーペンが怒った。
「やっつけてやる。アーマーよ来い!」
そして、手近にいたゆいを捕まえ、無理やり合体してしまった。
「よっしゃ! ついにやったぞ! 合体成功! おまえの能力を貸してくれ」
――え? ウソ? やだ! ホントに合体しちゃったの? もうお嫁に行けない
「大丈夫よ、ゆい。今、わたしが助けに行くわ」
言うと彼女は隣にいたイケ面お兄さんに言った。
「お願い! あなたの力を貸してちょうだい。あたしは、メイ。あなたの力が必要なの」
じっと見つめる瞳は真剣だった。
「うむ。わかった。力を貸そう。我がアーマーよ。なんじの正当なる所有者の元へいでよ」
すると美しい白鳥のように純白な装甲がこれまたハーペンの時とは比べ物にならないくらい優雅に二人を包み込む。

――わたし達、ついに一つになったのね
装甲の中からメイがうるうると言った。
――ちょっと、メイ! あんたってばずるいわよ! 何であんたが美形で、わたしがこんなハンペンちくわ模型と合体しなきゃなんないのよ?
ハーペンの微妙に赤い装甲の中から声がした。
――そんなこと言ったってしようがないでしょ! 彼が選んだのは、この「あ た し」なんですからね
――何ですって?
――やる気?
――だったらどうなん?
――おもしろい! 受けて立つわよ。女の意地
と互いに1歩も譲らない。

「ちょ、ちょっと君達、内輪もめしてる場合じゃ……」
ハーペンが止めようとするが二人の戦意は絶好調に高まっていた。
――痛い! よくもやったわね? いきなり噛み付くなんて野蛮な女ね
――ほーっほっほっほ。ざまあみなさい!この身体はわたしのもんだもんね
――ふざけるのもたいがいにおしっ! この超わがままのブリっこ女!
――きゃあ! 髪の毛引っ張らないでよ!
――そっちこそ股間蹴るのはやめなさい!
――何よ! そっちが先にやったくせに!
女達の戦いはエスカレートし、何故かハーペンのアーマーばかりがボロボロになって行った……。

「ねえ、レージュンちゃん。この人達っておもしろいね」
「ホント。バカみたいにおもしろい」
二人は頬に手を当て、きちんと体育館座りで見学している。
「ああ、世界が回り、おれが回る。花の回りで、池の回りでブンブンブン……」
ようやくアーマーから解放されたハーペンは中味までボロボロになっていた。 なのに、美形の彼にはまるでダメージがない。
「まあ、よかったわ。おケガがなくて……」
「もしもの時には、つきっきりで看病しますわ」
ゆいとメイはうっとりと彼を見た。
「で、あなたのお名前は?」
「何とおっしゃいますの?」
問われて男は程よい間をとってからバッチリ決めポーズして言った。ちなみに、彼は声もとっても凛々しくさわやかなのである。

「私の名前は……」
絶妙に美しい微笑みは更に少女達の心を掴みまくった。そして、彼はゆっくりと続ける。
「私は、オダイコンだ」
「?」
「!」
一瞬少女達の頭の中を一陣の何かが駆け抜けた。が、次の瞬間には、もう彼女達は順応していた。
「まあ! オダイコン様だなんてステキ!」
「オダイコン様ぁ」
とうれしそうに纏わり付いている。オダイコンは、無論満更でもなさそうな顔でこれまたさわやかな風のように笑うのだ。

「何かぼく達無視されてるね」
「ホーント。一体何のために登場したんだろ?」
チョク パムとレージュン パムがしゃがんだまま顔を合わせる。
「ホントだよ! おれが主役なのにぃ! 早くお家に帰りたいよぉ! おでんの鍋が恋しいの!」
と二人の横にしゃがんだハーペンの尻にはやはり穴が開いて微妙なピンクのゾウさん模様が恥ずかしそうに覗いていた。

つづく