第二章 Part U
「うっひゃあ! おったまげたな。一体、何がどうなっちまったんだい?」
バリーが頭を1発ガンッと殴られたような顔をして辺りを見回す。
そこには大小様々なスクリーンが並び、3つのシートとコントロールボックス、それに制御装置のレバーやスイッチがびっしり並んでいた。そのシートの一つに男が座り、目まぐるしい勢いで何かを操作している。
「どうやらここは船の中みたいね」
すぐ脇から声がした。カティだ。
「船?」
ますます納得行かなそうな顔をしている少年に彼女が説明する。
「つまりテレポート。わたし達、キャプテンの力でここ『ミストラルスター』号のコクピットに運ばれちゃったという訳よ」
「すっげえ! そんじゃあ、ここは宇宙って訳なのか?」
バリーの言葉に男が言った。
「席についてろ。発進するぞ」
「え? そんじゃあ、ここってまだ宇宙港?」
「っていうか、宇宙港の建物の裏側。さすがに宇宙までは無理だったみたい……」
とカティがクスッと笑って首を竦める。
「でも、今頃は宇宙港では大騒ぎね」
急いでシートベルトを装着しながら彼女が笑う。
「ホント。おれだって思いもしなかったぜ。こんな形で……」
少年がみなまで言い終わらないうちに男が命じる。
「『ミストラルスター』号、発進!」
ゴゴゴゴ――ッ! 船は轟音を響かせて宇宙を目指した。正規の離着床ではない場所からの緊急発進。その風圧とエネルギーにより周囲に生えていた何本かの木はなぎ倒され、建物の外壁には大小合わせて十数本の亀裂が入った。が、何とか被害はぎりぎりその程度で収まった。
「な、何だ? この振動は」
管制塔とターミナルでは大変な騒ぎだった。
「何が起きた? テロか? 爆発? それとも直下型地震でも起きたというのか?」
緊急事態に集まっていた軍の連中も騒いでいる。
「違う。これは……」
リチャードが呟く。
「宇宙船の離陸音だ……。見ろ! 奴の船、『ミストラルスター』号だ」
窓を指差す。そこには陸を離れ、真っ直ぐ空へと上昇する宇宙船の巨大な影が見えた。
「何と! 奴はターミナルの裏側に船を移動させ、発進までの時間を稼いだのか」
軍の者達は唖然とした。
「何てこった」
確かに宇宙港の周辺では電磁波が乱れ、レーダーに感知され難い状況があった。が、それを逆手に取り、このように大胆な行動を取って来るとは……。
(なんて周到でしたたかな男だ)
とリチャードは思った。
(灯台下暗しとはこの事だ。ミストラルにしてやられた)
「仲間でないと言いながらミストラルは女と子供を連れて行った。すぐに連中の身元を洗え」
リチャードが命じる。
「はっ」
駆け去る部下達の靴音を聞きながらリチャードは歯噛みした。
(くそっ。奴を捕まえる絶好の機会だったのに……)
――兄さん。この仕事が終わったらまとまった休暇が取れる事になったんだ。そしたら、エリーナをお袋達に紹介するつもりだよ。結婚式には来てくれるだろう?
(トニー……)
弟は定期貨物船の艦長をしていた。偏狭の惑星に生活必需品を届ける善意の仕事だ。それを突然、あの『キャプテン ミストラル』が襲ったのだ。乗務員は皆殺し。物資は奪われ、船は航行不可能な状態で漂流しているところを別の定期船に発見された。つい半年前の事だった。その頃、リチャードは別の任務に就いていたのだが、その件が決着し、次の任務が決まる直前、前任の担当者が殉職した。その為、彼のチームが急遽『ミストラル』の案件を任される事になったのだ。その辞令を受け取った時、彼は運命を感じて武者震いした。
(宇宙海賊キャプテン ミストラル。貴様は何としてもこのおれが捕まえる。死んだ弟、トニーの為にも……)
リチャードの心は燃えていた。
「おい、ジューン。何ぼうっとしてんだよ。着いたぜ」
バリーに突かれはっとして前を向く。
「ああ。ごめんなさい。ちょっとトリップしてて……」
「トリップ? へえ。何かいい夢見た?」
「そうだね。やっぱりキャプテンって格好いいんだなって……。それに、カティってとっても生足が……」
ほんのり顔を赤らめているジューン。
「あら、わたしの生足が何だって?」
「カティ……!」
彼女はいつものスペースジャケットではなかった。タンクトップにショートパンツ。薄く柔らかな素材の布を何枚も重ねた布を左の肩から斜めに掛けて、腰の辺りで何本かの飾り紐で閉じている。編み上げブーツにブレスレット。イヤリングは小さな貝と真珠をあしらっている。二人の少年は思わず露出している部分に目が行った。
「何をしている? おまえ達も着替えて来い。降りるぞ」
キャプテンが言った。彼はもう普段着に着替えていた。
「よし。おれ達も早く行こうぜ」
バリーはジーンズ。ジューンはシンプルなシャツにチョッキというノーマルな少年の服装に戻り、街へ、繁華街へと繰り出して行った。
「クラウディス様、どうぞこちらへ」
通されたのは貴賓室だった。毛足の長い絨毯とゆったりとしたソファー。大理石で出来たテーブルに花瓶。インテリアもすべてオリジナルの凝ったデザインだ。
男はそのテーブルの上にアタッシュケースを無造作に置く。
「あんたが望んだ物が入っている」
ルディオが言った。
「では」
と相手がそれを開けて確かめる。中身は金塊だった。
「確かに」
蓋を閉めるとその相手は用意してあった四角い包みを渡した。それは中世に描かれた絵だった。ルディオはそれを見て満足すると裏のサインとそこにはめ込まれているコードを確認した。
「取引成立だな」
彼らは互いに納得し、それぞれの荷物を携えて部屋を出た。
そして、ルディオはその建物を出ると、今度は車で郊外へと出た。中央の華やかさと違い、殺風景で何もない寂れた場所にぽつんと施設が建っている。そこの施設長と彼は面会した。
「まだ足りないようだな」
ルディオが言った。
「ええ。政府から来る援助は建て前だけ。救ってやれる子供は限られています」
悲痛な面持ちで施設長は答えた。
「おれも二人拾った。が、そうやたら船に乗せる事は出来ない」
男が言った。
「ええ。わかっています。このピガロスは見た目には華やかで銀河の楽園などと称されていますが、内情は一部の人間と企業に牛耳られた闇の惑星なのです。そして、被害に合うのはいつも弱い子供達なのです。大人の快楽の為に他の惑星から攫われて来た子供、ここで捨てられて行った子供、施設で保護出来たケースはまだよいのですが、酷い扱いを受け、死んでいった報われない子供達も大勢います」
「あの二人も?」
「ええ」
と頷いて引き出しからファイルを出して渡す。
「詳細はこれに……」
「ん」
それを受け取ると男は席を立った。
「出来る事はする。だが、ずっとここにいられる訳じゃない。努力してみてくれ」
「もちろんです。あなたからの援助には感謝しているのです。キャプテン ミストラル。本当に……」
慌ててそう言うと施設長は急いでそのドアを開けた。
「では」
と、男は真っ直ぐ通路を歩いて行った。途中、何人かの子供達が顔を覗かせ彼に手を振る。
「プレゼントをありがとう」
「また来てね」
「キャプテン ミストラル」
彼も子供達に軽く手を振ると駐車場に出た。
一方、カティ達は、街の中心部にいた。賑やかな通りのほぼ真ん中にある大きなゲームセンターで楽しもうというのだ。
「ハイ。これだけあれば結構遊べると思うわ」
カティが両替したゲーム用のコインをバリーとジューンに渡して言った。
「この中なら何をやってもいいけど、あまり外に行っては駄目よ。バリー、あんたはわかってるんでしょうけど、ここは物騒な所なんですからね。何かあったらすぐにコールするのよ」
「わかってらい。おれがちゃーんとジューンの面倒は見てるからさ。カティはまたロイヤルシューティングにチャレンジすんだろ?」
「ま、ね」
と、彼女はウインクする。
「ロイヤルシューティングって?」
ジューンが訊いた。
「ここのゲームで最も難しいって言われてるやつさ。パーフェクト出したら賞金だって貰えるんだぜ」
「へえ。そうなんだ」
ジューンは珍しそうに辺りを見回して言った。あっちでもこっちでも人が集い、賑やかな音が響いている。
「じゃね」
と言ってカティは店の奥へと消えた。
「さて、と。おれ達は何する?」
「えーと、そうだね」
ジューンはいろいろなマシーンを覗きながら店内を見て回った。
「ぼくはあれにするよ」
ジューンが言った。それは空中に浮かんでいるボールをハンマーで叩いて回転している台座に設置されている入れ物に色別に分類して入れるというものだった。
「おーお、らしいの選ぶじゃん。おれはこっちでゾンビ叩きやってっからな。何かあったら呼べよ」
と言ってバリーはそちらへ駆けて行った。そこでは皆が
思い思いのゲームに興じ、楽しい時間が過ぎて行った。
やがて、時間が経つとカティが二人の所に来て言った。
「どう?」
「ハハ。見てくれよ。おれの戦利品」
とバリーが自慢する。その手にはフィギュアやキャンディーやプラモデルなど抱えきれない程の景品があった。が、ふと隣のジューンを見ると何も持っていないので彼は気の毒そうに声を掛けた。
「あれ? ジューン、おまえ、うまく行かなかったのか? ま、初心者にゃ、ちょっと難しいかもな。いいよ。おれの半分分けてやるから……」
「それがね……」
何となく気まずそうなジューン。その心を読んだカティが笑い出す。
「心配無用よ、バリー。この子ってばねえ」
彼女が言い終わる前に係員が大きなカートにどっさり荷物を載せてやって来た。
「お待たせ致しました。こちらの荷物、全ておまとめ致しましたが……」
それは、バリーが持っていた物の10倍はありそうだった。
「すげっ! ビギナーズラックかよ」
バリーがヒュッと口笛を吹く。
「う、うん。まあね。でも、こんなにたくさんどうしよう?」
「そうね。取り合えず、宇宙港に届けてもらったら?」
カティが言った。
「そうだね。それじゃ、お願いします」
ジューンが手続きしている間にバリーが彼女を突いて訊いた。
「ところで、そっちはどうだったんだ?」
彼女はニッコリ微笑むと指でオーケーマークを示した。
「バッチシよ。ここの記録を塗り替えてやったわ。賞金も貰ったからおごっちゃうわよ。次はディスコに行って踊らない?」
「お、いいねえ。さっすがカティ姉貴。腕は衰えてないねえ」
「当ったり前よ。前より更に上達してんだからね。向かうところ敵なし!」
と言って彼女は笑う。そこへ、ようやく手続きを終えたジューンが戻って来た。
「カティが賞金当てたからおごってくれるってさ。行こうぜ」
そして、3人は数軒向こうの地下ディスコに降りて行った。そこはキラキラとしたフラッシュが眩しく、激しいリズムとエレクトリックな音楽が響く若者達が集うダンスホールだった。男も女もご機嫌に踊りまくっている。彼らも軽くコークハイで喉を潤すとすぐにその雰囲気の中へ溶け込んだ。
「踊ろうぜ」
バリーが言った。
「で、でも、ぼく、踊ったことなくて……」
尻込みするジューンの手を取ってカティが中央へ出る。
「大丈夫。さあ、付いて来て」
リズムにのってステップ踏んで、くるくる回り、右へ左へ……。彼女が巧みにリードして、ジューンは何とかその若者達の仲間に加わった。
「ああ、踊るって楽しい」
夢中で彼女の動きに付いて行くうちにコツを掴んで更に高度なステップが踏めるようになった。速いリズムにもちゃんと付いて行っている自分が不思議だった。速い鼓動。心地よいリズム。彼女の手に触れる度、その胸のすれすれまで近づいて離れて、回って、足を絡めて、また回る……。ライトの色が目まぐるしく変わり、曲が変わり、息が切れる程踊った。
「どう? 楽しい?」
彼女が訊いた。
「はい。とても……」
今まで知らなかった世界……。知らなかった大人の味が彼の頬を染めていた。
「でも、少し休みましょうか」
彼女はジューンの手を引いて隅のボックス席へ座らせた。
「何か飲み物を。そうね。わたしはジンジャエール」
「あ、おれも」
とあとから来たバリーが言った。
「ぼくはオレンジジュースをお願いします」
彼らは銘々頼んだ飲み物を口にした。
「ジューン。あなたダンスやってた?」
カティが訊いた。
「いえ、初めてです」
「ふーん。それにしちゃなかなかいい線行ってたわ。きっと素質があるのね」
「そんな……。ぼくはただカティの動きに付いて行ってただけだから、あなたのリードがよかったんですよ、きっと」
「ふふ。そうね。もう1曲踊る?」
そう言って彼女が立ち上がり掛けた時だった。
「おまえ、カティじゃねえか。久し振りだなあ」
いきなり割り込んで来た派手な色柄のシャツを着た男が言った。
「誰のこと? わたしはあんたなんか知らないよ」
カティが言うとその脇をすり抜けようとした。が、男は彼女の手首をギュッと掴んで言った。
「つれねえ事言うなよ。1年前まではいい商売させてやってたじゃねえか」
「知らないね。勘違いなんじゃないの?」
彼女はキッと男を睨んで言った。
――お逃げ
彼女がテレパシーで合図する。
バリーがそっとジューンの手を取って行こうとした。
「なあ。また、おれと組まねえか? そしたら、おめえにだっていい思いさせてやるぜ」
男が無理やり彼女を抱き寄せて無理強いしようとする。彼女は拒んだが、両手首を掴まれて身動きが出来ない。
「やめろ!」
突然、ジューンが叫んだ。
「彼女はいやがってるじゃないか! それに、あんたの事なんか知らないってさ」
彼は思い切り険のある表情で男を睨みつけた。
「何だと? このチビ!」
――バリー、何やってんの? さっさとジューンを連れてお逃げ!
「バリーは頷いて少年の手を取ったが、それを払ってジューンが言った。
「彼女を放せ!」
そして、その彼女に絡みついている男の手を引き剥がそうとした。
「うるせえぞ! このガキ!」
男がジューンを突き飛ばした。それをバリーが受け止めて叫ぶ。
「くそっ! こうなったらヤケだ! やい、このでくの坊! 女の口説き方も知らねえくせに、ふざけた事言ってんじゃねえよ!その薄汚ねえ手を放しやがれ!」
バリーが吼えつくように怒鳴ると男の腕を剥がしに掛かった。
「そうだ! 放せ!」
反対側からジューンも取り付く。
「あんた達……」
「何だ何だ? カティ。おまえ、いつから幼稚園の先生になったんだ?」
男は少年達の抵抗など何とも感じていないような顔で言った。
「そうね。いつからだったかしら?」
穏やかに言って彼女はフッと微笑した。そして、次の瞬間。男の向こう脛を思い切り靴の先端で蹴りつけた。
「ウッ!」
思わず、身を屈めた男の脇腹に肘鉄を食らわすと彼女は掴まれていた手を振り解いた。と、すかさず少年二人が男に体当たりする。男の巨体は吹っ飛んで踊っていた若者達の群れに突っ込んだ。ぶつかった何人かが将棋倒しになり、きゃあきゃあと悲鳴が上がる。
「ホホホ。ざまあ見なさい!」
カティが高笑いする。と、男はカッとなって突進するとテーブルの上にあったグラスを投げつけて来た。グラスが砕け、中に入っていた液体と氷が飛び散る。
「何だ何だ? 喧嘩か?」
客達が騒ぎ出す。男は興奮し、えげつない言葉を叫びながらそこにあったテーブルを持ち上げ、投げつけて来た。客が騒ぎ、音楽は賑やかに鳴り続け、逃げ惑う人々が視界を塞いだ。
カティ達はその混乱に乗じて出口へ向かった。が、半ばパニックになっている客達が我先に脱出しようと殺到している。そんな中、再び彼女達の行く手に立ち塞がる者が現れた。
「困りますね。お客さん。こんな騒ぎを起こされちゃ……」
それは、昔知った顔だった。
「あんたは……」
フラッシュのように次々と変化するスポットライトの照明が男の表情を隠す。
「フッ。子ネズミが……。よくもまたこの地に戻って来たもんだ。それとも、もう1度罠に落ちて私の手で弄られ、快感に酔いしれたいのかい?」
男は神経質そうな顔で彼女のふっくらとした胸元を見つめた。
「ふん。あんたこそ、未だにこんな所をうろついていたとはね。変態マザコン男が……! 自信がないから小さな子にしか手が出せないんだったわよね。ママに叱られて、大人の女性を見ると怖くなっちゃって、それでもママが恋しくてジレンマに陥ってる可哀想な人……」
「黙れっ!」
カティの言葉に男は激怒し、そこにいた客達を突き飛ばして掴み掛かった。
「おまえなんかに何がわかる?」
「わかるわ! あんたがやって来た何もかも……! 子供達を攫い、働かせ、あんたのおもちゃにした! あんたのその汚い手が何人もの少女を泥沼に突き落としたのよ!」
「貴様っ!」
「忘れたとは言わさない。そして、わたしはもう大人になった。あなたのママも赤毛の女……。どう? あなたのママに少しは似ているところがあるかしら?」
「き、貴様……!」
「フフフ。逃げなくてもいいのよ。わたしの事も怖い? 心の中は正直ね。怖いのなら警察に出頭すればいい。そうすれば、無理して片肘張る必要もない。演じる必要も……。罪を犯す必要も……」
「うるさいっ! 黙れっ! 生意気言うんじゃない! ついこの間まではおれのものだったのに……! 何もかもおれのものだ! あの少女達も……おまえも……!」
「カティ!」
バリーが叫ぶ。男が懐から銃を取り出し発砲した。が、その銃声をドラムがかき消す。
「カティ!」
弾は彼女を掠めて壁に掛けられていたランプを砕いた。
――カティ
一瞬のトリップ……。
幼い彼女の白い肌に触れようとする残酷な手……。少女にしか求められない歪んだ男の浅黒い欲望が少女の夢を蹂躙し、打ち砕く……。
――いや! やめて!
「やめろ!」
怒りが全身を振るわせた。
「ジューン……」
彼女を庇って男に飛び掛った少年は、しかし、呆気なく突き飛ばされ、テーブルにぶつかって割れたグラスの破片で手に傷を作った。そのガラス片に映る男の醜い心の願望が渦巻く。
「おれは昔とは違うんだ。おれはもう少女じゃなくても……」
カティの薄い衣を剥ぎ取ろうと掴み掛かる。結んであった紐が解け、肩から淡い波のように広がって行く……。それを見て、男がニヤリと笑って言った。
「おれと一緒に来るんだ。また、昔のように楽しくやろうぜ」
「ペッ! 誰が……!」
彼女が唾を吐きかける。
「この女……!」
カッとなり、彼女を殴りつけようと振り上げたその手を掴む者がいた。
「何?」
男が振り向く。
「おれの女に用があるなら、先に話を通してからにしてもらおうか?」
「貴様、何者だ?」
「おれはキャプテン ミストラル」
「キャプテン ミストラルだと? あの……!」
男が視線を泳がせる。
「その男が犯人なんだ。そいつは子供を誘拐して淫らな店を経営している悪い奴だよ!」
ジューンが言った。
「わかっている。カティ、おまえに任せる。奴をどう料理する?」
「そうね……」
彼女はサッと前髪を直すと微笑して言った。
「ショータイム! この男をステージに」
カティが言うのと同時に男の体はふわりと宙に持ち上げられた。キャプテンの力だった。それから男は客達の頭上を越えて舞台の上に着地した。
「な、何だ? 一体何が起きた? やめろ! 何をする気だ? やめろ!」
男が騒ぐ。
「磔にして」
カティが言うと男の体はステージの壁に押し付けられ手と足が開かれて何もない空間に固定された。
「バリー! 出番よ」
「アイアイサー!」
と少年は舞台に飛び乗り、ナイフ投げを披露した。腕、脇腹、頭……絶妙にすれすれの壁に当たるナイフ……。最初は何が始まったのかわからずにいた客達も逃げる事を忘れステージを見つめる。そして、最後のナイフが男の股間すれすれの壁に突き刺さった時、ついに男はその恐怖が頂点に達したらしく失禁した。客達は爆笑し、男を揶揄する。
「おいおい、さっきまでの勢いはどうしたよ?」
「これくらいでビビってるなんて恥ずかしいぞ!」
が、男にとってはそれどころではなかった。
「た、助けてくれ……」
必死になって懇願する。
「貴様が誘拐し、監禁している子供達は何処だ?」
ミストラルが訊いた。
「し、知らん」
「バリー、次は遠慮はいらないそうだ」
「よっしゃ! 顔かい? それとも心臓? やっぱこいつにはあそこを潰して一生出来ないようにするってのがいいんじゃねえ?」
とカティに問う。
「そうね。やっちゃって」
「わ、わかった。言う! だから助けてくれ」
情けない声で男が白状する。途端にマスコミのフラッシュが一斉に炊かれ、そのまま生中継されている事を知った。そして、ピガロスの闇の一つが暴かれ、壊滅した。
「へへ。どーんなもんだい」
バリーが得意そうに言った。
「ミストラル万歳!」
若者達からコールが巻き起こる。そんな中、ジューンは床に映るミラーボールを見つめていた。
「役に立てなかった……」
――やめて!
「あの時、確かに悲鳴を聞いたのに……。ぼくは彼女を助ける事が出来なかった……!」
非力な自分が憎かった。
ジューンは一人で店を出た。
(叶わない……キャプテンには……。ぼくが子供だから? ぼくが弱虫だから? 違う! ぼくは……ぼく……)
暗い路地にほとほつと小さな光が瞬いている。闇に紛れるような黒いダークスーツの男達…。
「間違いないのか?」
低い男の声が言った。
「間違いありませんって……。今、踏み込めば一網打尽に出来まさ。あの『キャプテン ミストラル』の一味をね」
鼓動が高くなった。ダークスーツの男は情報部二課のビック リチャードだった。