第二章 Part V


 (早くキャプテンに知らせなきゃ……)
ジューンは焦った。だが、リチャードの行動は素早く、出口という出口はすべて部下達によって固められてしまっている。
(どうしたらいい?)
ジューンは必死に思考を巡らせた。

――何かあったらすぐコールするのよ

カティの言葉が蘇る。
(コール……)
しかし、ジューンはまだ一度もそれをしたことがなかった。コール……。それは、無線機も何も使わずに彼女へ思考を送るということだ。つまり、テレパシー。強い意志で念じ、彼女が感知しやすいように思念を増幅する。といっても、送る側はただの人間なのだ。バリーでさえ、ただの透視能力者でしかない。しかし、彼らは幼い時から交流があって、彼の思考パターンをカティは熟知していた。だからこそ、それが可能になるのだ。もし、お互いがテレパスなら、かなりの距離の通信が可能になるだろう。しかし、テレパスは彼女のみ。せいぜいキャッチ出来るのは1km程に限られていた。それでも、彼女と通じ合えることが出来るバリーのことが、今のジューンにとっては羨ましかった。

(ぼくにそれが出来たら……)
ジューンは目を瞑り、強く念じた。
(危険! 危険! 早く逃げて! 取り囲まれてるんだ。ビックリチャードに……。そこにいてはいけない! 逃げて! 早く!)
しかし、反応も抵抗も何も感じなかった。二度、三度同じことを試みた。が、結果は同じ。
(だめなのか? ぼくの力じゃ……。何も変えることが出来ないのか? ぼくじゃ役に立てないのか……!)
ふと目を開けると青いネオンがくるくると回っていた。それを見てジューンははっと閃いた。そして、踵を返すと賑やかな繁華街の道を駆け出していた。


 ディスコの中は大変な盛り上がりだった。皆がグラスを空け、エキゾチックな照明の下、時代遅れのディスクジョッキーがマイクでがなり立てている。曲はヘヴィメタ。歓声と乾杯に皆が酔いしれている。さっきまで吊るされていた男はステージの隅でキャスターから尋問を受けている。赤や青の照明がぐるぐると男の顔面を照らす。その度に男の表情は歪み、その口から出る言葉を効果的に演出した。テレビカメラがそのすべてを映し、男が犯した犯罪の証明になる。

「へんっだ。ざまーみやがれ」
コークハイをぐいっと一息に飲んでバリーが言った。
「もういいだろう。引き上げるぞ」
キャプテンが言う。
「そうね……」
身支度を直し終えたカティが手にしたカクテルをテーブルに戻す。
「あれ? どうしたんだよ、顔色わりいぞ、カティ。あんな奴の事なんか気にすんじゃねえよ」
バリーが慰めるように言った。
「バーカ。ちがうわよ。今……」
彼女はすっと感覚を鋭敏にした。
「誰かが呼んだような気がしたの」
「誰もいないぜ」
バリーが辺りを見回して言う。
「そうね、でも……」
彼女は胸騒ぎを感じた。
「ジューンは?」
「あれ? そいや、あいついねえぞ」
「キャプテン」
カティが男を見上げる。
「何かあったな……」
男は静かに入り口の方を見た。今、まさに扉が開かれようとしている。

「伏せろ!」
キャプテンが怒鳴った。と同時に厚い扉は開かれて厳つい男達がなだれ込んだ。間髪入れずに発砲。けたたましい音が空を裂いてステージを貫く。
「全員大人しくしろ! すぐに音楽を止めて明かりを点けるんだ」
先頭に立っていた背の高い男が怒鳴った。ビックリチャードだ。静かなざわめきが起きた。音楽が止んで賑やかな喋りのプロ達も口を噤む。男達は皆、武装していた。大きなマシンガンを持っている男もいた。照明が白色灯に切り替わった。色を失くした銀色のミラーボールがUFOのようにくるくると回っている。

「おれは、宇宙軍情報部二課のリチャード グリスだ」
鋭い視線を走らせながら男は言った。
「その宇宙軍が何の用だい?」
「そうだよ。おれ達、ただ踊ってただけなのに……」
客達が騒ぐ。
「用のある男がここにいると聞いたものでね。そいつが大人しく来てくれればすぐに出て行く」
その言葉に若者達は顔を見合わす。

「用があるのはおれにだな?」
男は入り口からかなり離れた所に立っていたが、そこだけスポットライトでも当たっているかのように存在感があった。
「ほう。自ら名乗りをあげるとは見上げたものだ。だが、これまで貴様が犯した罪の数々を減算する訳にはいかないな」
「そんな必要はない。だが、ここに一人、このピガロスを食い物にしていた犯罪者がいる。まずはこいつを引き取ってもらおうか」
そう言うと男はステージの隅で震えているそいつの首根っこを掴むと、リチャードの前に突き出した。そいつはヒィッと声にならない悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。

「こいつが何をしたって?」
「未成年者拉致監禁及び風俗営業法違反よ」
カティが言った。
「証拠はここにあるぜ」
と、バリーが近くにいたカメラマンを捕まえて言った。
「はい。自白内容はすべてここに記録してあります」
とそのカメラマンも言った。
「そうか」
リチャードは蔑むような目でそいつを見下ろすと部下に命令した。
「すぐに警察に通報しろ」
そして、ミストラルに言った。
「こいつはおれの管轄外だ」
「一応、礼を言っておく」
とミストラルが言った。二人の男は凛とした目で互いを見据えている。

「言いたい事が山程ありそうだな」
「ああ。だが、それは尋問室でゆっくり問答しようじゃないか」
フッとミストラルが不敵に笑んだ。その時。頭上から爆発音が轟いた。消える照明。どよめく人々。ガラスが砕け、天井から降って来る砂塵。
「何だ? 一体何が……!」
パニックが起きた。暗闇の中で悲鳴と怒号が飛び交う。
「落ち着け! 連中を逃がすな! 出口を押さえろ」
リチャードが叫ぶ。が、動揺して出口に向かって殺到する客達を、彼らだけでは止められない。
「む、無理です」
押し潰されそうになりながら部下が悲鳴のように応える。

「明かりを」
リチャードが懐中ライトで照らす。見ると亀裂の入ったステージ近くの天井から外の光が覗いている。細いレーザーの光が壁を切り裂いた。ぼろぼろと崩れ落ちるその向こうで小さな光が瞬いている。
「ありゃ、おれ達の船の搭載艇だぜ」
バリーが言った。
「ほーんと。乗っているのは坊やね。やっるぅ」
カティも歓声を上げる。
「ふっ。やってくれるじゃないか」
キャプテンも唇の端を上げて笑う。
それは、ミストラルスター号が搭載していた円盤艇だった。

「それにしても、ジューンの奴、いつの間に操縦出来るようになったんだ?」
バリーが見上げる。
「そうね。随分無理しちゃったみたいよ」
カティが首を竦める。
「ってえ事は……まさか、これが初めての……?」
「そういう事」
カティがペロッと舌を出す。
「ひぇーっ! 危ねえっ!」
バリーが悲鳴を上げる。円盤はゆっくり回転しながら不安定な高度で揺らめいている。
「あいつ、バカ! 何やってんだよ。落ちるぞ!」
バリーが叫ぶ。

「奴にはまだ仲間がいたのか」
リチャードは資料にはなかった新たな仲間の存在に動揺しながらも部下に指示した。
「逃がすな! 連中を追え!」
人込みの中、もみくちゃにされながら必死に彼らを追った。
「あの円盤の操縦者は慣れていないな」
ふらついている機体の左基底部のエンジンを狙って機銃を構える。リチャードの火器が火を吹いた。その時。目の前の空間に歪みが生じた。
「何……!」
発射されたばかりの銃弾が消えた。そして、円盤と彼ら3人の人間も……。
「くそっ! またしても逃げられたか」
リチャードは火器を下ろした。ぽっかりと空いた壁の向こうには暗い空と向かいの建物の派手なネオンの灯りが反射している。それが、いかにも下世話な歓楽街の雰囲気をよく表していた。


 「ごめんなさい。ぼく、どうしてもキャプテン達に危険を知らせたかったんです。でも、もう店の周りは全部リチャードの部下達に囲まれてしまってて……。それで、ぼく……」
ジューンは泣きそうな顔で言い訳した。
「それで乗った事もない円盤に乗って助けに来てくれたって訳なのね」
カティの言葉に頷く少年。
「バッカだなあ。無理しやがって……。おもちゃじゃねえんだぞ」
バリーが言った。
「はい。ごめんなさい」
ジューンがしゅんとして謝る。だが、キャプテンは何も言わなかった。

「で? どうするんだい? こんな所でぐずぐずしてると連中に追いつかれるぜ」
バリーが言った。
「宇宙港にはとっくに手が回ってるさ」
キャプテンが言った。
「そんじゃどうすんのさ?」
「強行突破する」
「よっしゃ! そう来なくっちゃ。行こうぜ、ジューン。考えてみりゃ、おまえも立派な海賊気があるってもんさ。なかなかどうして大した度胸だぜ」
バリーがどんとその背中を叩く。
「そ、そうかなあ」
「そうさ。おれ、見直したぜ」
「う、うん」
ちょっぴり照れた顔で少年は頷く。

「おまえ達二人は先に行け」
キャプテンが言った。
「え?」
「円盤機に乗れ。そのまま格納庫へ飛ばすから、そこからコックピットに向かって走るんだ」
「なるほど。いくら何でも2箇所同時に飛ばすのは無理だもんな。わかったよ」
バリーが言って円盤機に乗り込んだ。それからジューンに手招きする。
「ちょっときついけど我慢な」
「はい」
二人がハッチを閉めると男はその機体ごと船に飛ばした。一瞬の揺らめきと振動。虹のような光に包まれるとあっという間にそれは目の前から消失した。

「よし。おれ達も行くぞ」
少し離れた場所に立っていたカティに言った。しかし、彼女は来ない。
「どうした?」
男が言った。
「わたしは……降りる」
「……?」
その足元をコンクリートの風が吹き抜ける。
「何故?」
押し殺した男の声。
「それは……。あなたが1番知っている事でしょう? 懐に何を持っているの?」
「カティ……」

――頼んでおいた物は?
――ここに

「……」
「調べさせたのでしょう? わたし達のこと……」
彼女はすっと顔を背けた。その先で人工の砂が風に吹かれて舞っている。
「生まれなど関係ない」
「でも……」
カティはそっと自分の胸に手を当てた。その指先からさらさらと風に靡いて薄い衣がひらめいている。まるで時間の波を遡るように……。
「生まれだけじゃない……。そこにはすべてが記されているのでしょう?」
か細い声で彼女は言った。
「気にしているのか?」
「……」
男は黙って封筒を取り出すと、いきなりビリリと引き裂いた。
「ルディオ……」
男は躊躇わず、それをぐしゃりと丸めるとライターの火で燃やした。目の前で彼女の忌まわしい過去は燃やされ、灰になって散った。彼女はそれを食い入るような瞳で見つめている。男が踵を返し、それからふと振り向いて言った。
「人は過去を消し去る事は出来ない。だが、先へ進む事なら出来る」
「キャプテン……」
砂塵の中に微かなエンジンの響きが近づいていた。
「来い。おれには、おまえが必要だ」
次の瞬間。二人は風に溶けて消えた。


 コックピットでは先に着いていた少年二人が慌しく計器を操作していた。
「OK! バッチリだぜ。いつでも発進できらあ」
バリーが言った。
「で、これは何だ?」
背後に積まれた荷物を見てキャプテンが言った。
「あ、それはその……ゲームでもらった景品で……」
ジューンが言った。
「それが、何でここにあるんだ?」
「船に運んでもらったあとで、ポメスがここに持って来ちまったらしいんだ」
バリーが補足する。

「ふん」
キャプテンが積まれた箱を覗く。
「こんな所に置かれたんじゃ邪魔だ。必要ならおまえの個室に持って行くんだな」
「別に必要って訳じゃないんですけど……。その、ぼくもどうしようかなって……」
ジューンの言葉に男は言った。
「なら、おれがもらっても構わないか?」
「え? はい。構いません」
ジューンが言った。
「へえ。キャプテン、おもちゃ集めの趣味があったの? かっわいい!」
バリーがひやかす。が、男は無視してざっと中身を確かめるとさっと何やらメモを添えた。

「キャプテン、お客様がみえたわよ」
カティがスクリーンを覗いて肩を竦めた。
「よし。せっかくだから土産をくれてやろう。カティ、強行突破するぞ」
「アイアイサー!」
彼女はトリガーを起こすと慎重に狙いを定めるとドックの開港付近を吹き飛ばした。と、同時に船は微速前進。宇宙軍の連中が慌てて軍船に乗り込もうとしていた。その船の船尾のエンジンノズルに狙いを定め、カティは可愛らしくビームをお見舞いした。
「人間に当たったら可哀想だものね。ホホホ。わたしって何てやさしいのかしら」
「うげッ。よく言うよ。化けの皮何重にもかぶった化け猫のくせして……」
バリーがぼそっと動力ボックスの中から呟く。
「お黙りっ!」
何もかもお見通しだと言わんばかりに彼女が叫ぶ。
(よかった。もう、いつもの彼女だ)
ジューンが微笑む。
――ありがと
「え?」
一瞬、そんな彼女の声が聞こえたような気がしてその背中を見つめるジューン。その心にそっと呼びかける声。
――あなたが危険を知らせてくれたのね
「あ……」
ジューンは頷く。
(わかってもらえた……)
それがジューンにとっては何よりもうれしかった。

「動力全快!」
男が指示する。
「あいよ!」
バリーが目まぐるしくレバーを起こし、コンソールを叩く。
ミストラルはモニターからリチャードの姿を確認すると先程の箱を彼らの前に飛ばした。突然、目の前の空間が捩れ、そこから現れた箱の列に彼らは驚愕したようだった。が、キャプテンは構わず言った。
「ミストラルスター号、発進!」
ゴゴゴゴーッ。
轟音と煙を撒き散らして船は発進した。


 「ふん」
上昇して行く船を見上げてリチャードは目を細めた。
その足元にはおもちゃの箱が散乱している。
「グリス少佐。これは一体何のつもりでしょうか?」
箱の中を調べていた部下が言った。中身はすべてゲームの景品のおもちゃだ。特に怪しい物でもなく、爆発物などが仕掛けられている様子もない。
「そうだな」
リチャードもそれとなく中を覗く。と、1枚の紙切れが挟まっているのを見つけた。そこには「ピガロスの外れにある児童養護施設『ティンカーベル』の子供達に……。」と書かれていた。
「どうやら、奴は、おれ達の事を宇宙宅配業者だと思っているようだな」
リチャードが皮肉の笑みを浮かべて言った。

「それで、いかが致しましょう?」
困惑したように部下が訊く。
「届けてやれ」
「え?」
「せっかくの申し出だ。奴のごっこに付き合ってやるんだ」
「しかし……」
「ついでに情報をもらってくればただ働きという事もないだろう」
「はっ。承知しました」
部下はそれらを抱えて目的地へと向かった。そして、リチャードは管制室からミストラルスター号を監視した。

船は丁度大気圏を突破するところだ。
「よし」
彼はほくそ笑んだ。そこに罠が張ってあったからだ。


 「キャプテン! レーダーが作動しません!」
ジューンが叫んだ。
「磁気嵐じゃねえのか?」
バリーが言った。
「ちがうよ。強力な何かに引きつけられてる!」
「ありゃ、動力コントロールも効かねえぞ!」
「お手上げだな」
キャプテンが言った。
「操縦桿も効かん」
「攻撃系統も操作不能よ」
「あちゃ。完全にだめじゃん」
バリーが言った。
「一体、何があったんでしょう?」
ジューンが不安な顔で訊く。

「罠だな」
キャプテンが言った。
「罠?」
皆が彼を注目する。
「何処かから拡散電磁波を放出してコンピュータを誤作動させ、制御不能に追い込んだ」
「そいで、どうすんだよ?」
「このままでは狙い撃ちされる。早く圏外へ移動しなければ……」
「移動ったって、何も動かねんだぞ」
バリーが言った。

「キャプテン! 攻撃が……!」
カティが叫ぶ。メインスクリーンの脇にある窓からは宇宙が見える。その闇の中に小さな光点が見えた。それが猛烈なスピードでこちらに迫っているのだ。とその時、眼前まで来た光が広がる。が、次の瞬間には、窓からは別の闇が見えた。船ごと瞬間移動したのだ。が、ほっとする間などなかった。すかさず次の攻撃が来た。再びテレポート。しかし、これだけ大きな比重の物体を瞬間移動させるには限界があった。とても長距離ワープのような事など出来ない。
「また来ます!」
ジューンが叫ぶ。と同時にキャプテンが船を瞬間移動させる。が……。まだ圏外に出られない。船は制御を失くしたままだ。
「くっ……!」
「キャプテン……」
明らかに彼の消耗は激しかった。が、敵は容赦がない。また撃って来た。
「来たよ!」
ジューンの叫びと共に再び移動……。だが、機体の一部をビームが擦過し、次の一撃が尾翼の一部を破壊した。機体が震え、不安定に揺れる。

「まずいぜ、こりゃあ。おれ達、完全に電磁バリアの巣の中に引っ掛かっちまったみたいだな」
バリーが言った。
「そうだな……」
消耗のせいか、男は珍しく語気が弱かった。
そこへ再度の攻撃。
「だが、ここで大人しくやられる訳にはいかない」
彼は再び船をテレポートさせる。が、明らかにその移動距離は短縮していた。船腹で小さな爆発が起きる。
「こんな事を繰り返しててはだめよ! 早く脱出するか攻撃口を破壊するかしなければ身がもたないわ」
カティが言った。
「そんなこと言ったってどうすんだよ! こうなっちゃ何やったって無駄だよ!」
バリーが怒鳴る。
「無駄じゃない!」
カティが叫ぶ。
「無駄じゃないわ。攻撃が来た方向を視認で策的し、こっちから撃って出るのよ」
「でも、レーダーも攻撃トリガーも効かないのにどうやって……」
ジューンが不安そうに彼女を見る。

「バリー! あんた、透視能力あんだから敵の攻撃発射口を見つけて教えるのよ」
「ひぇっ! そんなの無理だよ」
「無理でも何でもやる!」
「わかった。やってみるよ」
「そう。それをわたしが正確にキャプテンに伝達するわ。だからキャプテンは……」
「わかった。船の脇腹にくくり付けてあるミサイルを念動で飛ばせばいいんだな?」
「さっすがキャプテン。その通り」
「あの、ぼくは……?」
ジューンが言った。
「あなたは過去へトリップしてビックリチャードの作戦の根幹を突き止めるのよ」
それはなかなか高度な要求だった。実際目の前にいる人や物、もしくは場所についてなら十分可能だったが、今ここにはそのどれもがないのだ。しかし、ビックリチャードの姿は見て知っている。ジューンは頷いた。
「わかった。ぼく、やってみるよ」
彼は意識を集中すると、すぐにトランス状態に入った。

「来たぜ!」
バリーがその発射口を見つけた。カティがそれを中継し、目標へ向けてキャプテンがミサイルを念で飛ばす。
「やった!」
が、ミサイルは至近距離で爆発。電気系統がスパークを起こし、船は相当のダメージを受けた。守りよりも攻撃に集中した結果、一瞬の遅れが命取りになる。が、それでも、彼らは、自らの運命をキャプテンに委ねた。
「次! 行くわよ」
そして、繰り返すうち、容量を掴んだ。やがて、ぴったりと呼吸の合った彼らの連携が功を為し、遂に相手の攻撃を沈黙させる事に成功した。

「わかったよ!」
ジューンがトリップから戻って来て叫ぶ。
「人工衛星B479とF184、それに衛星バーラントの影に設置された中継アンテナによって結ばれたトライアングルゾーンの増幅によって惑星すべてに張り巡らしている特殊バリアなんだ」
息を切らし、汗まみれになりながら彼は報告した。
「わかった。おれが行く」
キャプテンは言うと同時に瞬間移動した。そして、その基点となる発進元を直接破壊した。
「やった! コントロールが戻って来た!」
バリーが叫ぶ。が、あちこち小さな火災が起きたり、損傷していたりと、あとの処置が大変だろうと思われた。だが、それでもみんな生き生きとした顔で働いている。そして、キャプテンが戻って来た。
「よし。発進するぞ。この宙域を離脱する」
生き残った動力と回路を総動員して、ミストラルスター号は宇宙の彼方へと飛び去って行った。
それは、諦めなかった者達の勝利だった。

――だから、言ったろう。おれには、おまえが必要だと……

漆黒の外宇宙をその窓から見つめるカティの瞳に映るのは、彼女が選んだ運命とそのひたむきな情熱を宿した男の熱い眼差しだった。