第三章 PartV


 王宮ではまだ華やかなパーティーが続いていた。しかし、カティはバルコニーへ出ると、独りで夜更けの風に吹かれていた。それは涼しくて心地よい、秋の風に似ていると彼女は思った。それでいて何処か物悲しい……。空だけでなく、地上にも星がさざめくメルビアーナの美しい首都シェルビス。恵まれた自然と明るく整備されたメルヘンのような街。
「なのに、何故……」
慣習や法律に捕らわれず、自らの感性と明晰な頭脳を有している国王ダグラス。彼は、誰よりもこの星とそこに住む人々を愛している。誰からも信頼され、愛されている国王。が、そこに纏わる闇は何なのか。そして、不安は……。螺旋がゆっくりと動いていた。渦巻く銀河のその果てで光と影が重なる瞬間。運命は水鏡を通して未来を映す。
「お伽噺とダークネス……」
共存する二つの未来。誰にも読み解くことの出来ない謎の法則。広間から漏れる明るい音楽と暗い夜空に点々と灯る星の光……。憂いを秘めたその風は、春の温かいまどろみとはやはり何処かで大きく一線を画していた。

「ジンジャエールが飲みたいな……」
そんな彼女の独り言を聞いていたかのようにバリーが彼女の望むものをタンブラーに入れて持って来た。
「あら、バリー、ありがと。気が利くじゃない?」
それを受け取ると彼女が言った。
「ま、ね。おまえとは長い付き合いだからさ。テレパシーなんかなくたってわかるんだぜ。おまえが今、何を欲しがってるのかなんてさ」
大人びた口調で言う彼にカティはくすりと笑んで言った。
「それじゃわかる? 今、わたしが何を考えているか」
「へえ。言ってもいいのかい?」
いたずらっぽく言う彼にカティは澄まして言った。
「構わなくてよ。言いなさい」
「キャプテンのことだろ?」
一瞬の沈黙。それから彼女はころころと笑って言った。
「ダグラスのことよ。彼って魅力的じゃない?」
「へえ。カティはああいうチャラいのが好みなのか? ちょっとさ、考えらんなくねえ? 女装趣味のある国王なんてさ。おれ、この星の人達が気の毒に思……痛ゥ!」
いきなり誰かが彼の頭を殴った。
「いってえな! くそっ。何すんだよ? いくら絶対王政の星だからって、ここじゃ自由にものも言えないのか?」
怒って振り向く。と、そこには11、2才の少女が分厚い装丁の本を頭の上に抱えて立っていた。さっきはその本で殴られたに違いない。彼女はギンとした目でバリーを睨んでいる。

「何だよ、おまえ。王様の犬か?」
そう言う彼の頭にもう一撃加えようとしたその手首を掴む。
「うー……!」
その手から本が落ちて、角がバリーの爪先に当たる。
「いってえ!」
彼は慌てて少女の手首を放すと膝を曲げて足を摩った。それを見てくすくすと笑う少女。
「ちぇっ。何だよ」
ぶつぶつと言っているバリーの脇に落ちている本を拾うと少女は大事そうに抱えた。それは、ダグラスが書いた本だった。
「『永遠に終わらない夢のつづきの物語』……?」
カティがそのタイトルを読む。と女の子がコクンと頷く。それから、じっとカティを見つめる。
「そう。あなたはダグラスのことが好きなのね」
カティが笑うと少女も笑った。

それから、彼女達の間で幾つかの会話が交わされたらしい。二人は笑ったり頷き合ったりしてコミュニケーションを取っている。
「おい、カティ。おれにも少しは状況を説明してくれよ」
バリーがじれた。
「ああ、ごめん。この子の名前はリンチュン。今は声を出すことが出来ないの。でも、ダグラスがきっと治してくれると約束したそうよ」
「だってあいつは王様で医者じゃないだろ?」
「それが医者でもあるのよ。彼は何十もの資格を持っていて何でも出来ちゃう。まさに天才ってやつね」
カティの言葉にバリーは呆れる。
「それであいつは女装コーディネーターの資格ってのも持ってる訳?」
「それはわからないけど、彼には特殊な事情があるらしいわ」
「特殊?」
「理由はそのうちわかると思うわ。それより今はリンチュンのことが聞きたいんでしょ?」
「そうだった。何でおれのこと殴ったんだよ」
「それは、尊敬すべき国王陛下ダグラス様の悪口を言われたから……」
うんうんと頷いている彼女を見てバリーが言った。
「え? だって彼女……」
「いいえ。不自由なのは声だけで耳はちゃんと聞こえているのよ」
「そっか」
と彼女に笑い掛けるバリー。ぷっと膨れた顔で見つめる少女。
「もう、そんなおっかねえ顔すんなよ。別におれだって奴のことは嫌いじゃないよ。でもさ、納得いかねえんだよな。女装ってのがさ」
「なら納得行くようになるかもよ。今、その本人達が来たわ」
彼女の言葉が終わらないうちに広間の方が騒がしくなった。
「キャプテンが帰って来たわ」

 広間では大騒ぎだった。
「陛下が……!」
「騒ぐな。陛下はご無事だ。ここにいるキャプテン ミストラルことルディオ クラウディス様が陛下のお命を救ってくださったのだ」
近衛隊長が説明する。
「何ですと? 他所者に陛下を救っていただいたとは……一体どういうことなのですかな? 近衛隊の方々は娯楽室で揃ってチェスでも打たれていたのか?」
鼻の下に細い髭を生やした男が皮肉たっぷりに言った。
「そうだ。もしも陛下の身に大事なことでもあったならどうするおつもりか? 当然ながら責任問題ですぞ」
茶色いくせ毛の大臣も詰め寄る。

「承知しております。私、シャーロッテ グリーンバルツ ライアネントは、いつでも断罪を受ける覚悟にございます」
それを聞いて大臣の瞳がキラリと光る。と、そこへ当のダグラスがやって来て言った。
「そのような責任を果たす必要はない。現にぼくはこうして無事でいる。たとえそれが誰であろうと彼女を傷つけることは出来ない。そうだろう? デトラウト」
「はっ」
名指しされた巻き毛の大臣が引き下がる。
「ああ、愛しているよ、美しい君。誰にも君を傷つけさせはしない。僕が必ず守るから……」
そう言うと国王はシャーロッテを抱き締める。
「陛下。公衆の面前でございます。どうぞお控えください」
抱きつかれた方のシャーロッテが赤面しながら引き離そうとする。
「ダグ」
キャプテンが低い声で制する。
「あ、ごめん。今日の主役は君だったね。そうだ。せっかくだから君もカティと踊ったら?」
「ダグ……」
「遠慮しなくていいんだよ。さあ、楽隊のみんな、ラストワルツは『花園で踊る君』に……」

楽団が演奏を始めると皆はまたそれぞれの場所に散り、ダンスしたり、飲み物のグラスに手を伸ばしたりした。
「国王陛下からのご依頼だ。1曲踊っていただけますか?」
ルディオが言った。
「喜んで」
カティも応える。二人は慣れたステップで中央に出て行った。
「チェッ。何だよ。自分達ばっか……」
バリーがぼやく。するとその彼の手にすっと誰かが触れて来た。リンチュンだ。
「え? おれと踊ってくれるの?」
少女が頷く。
「わ、わかった。そんじゃ、えーとポジションは……」
慣れない社交ダンスに戸惑っていると、彼女がさっとリードして楽隊の近くに行った。
「何かいいなあ。こういうの……」
照明の色がゆっくりと変化し、ロマンティックな音楽が雰囲気を盛り上げる。さっき文句を言っていた大臣でさえどこぞの婦人とご満悦だ。

「陛下。申し訳ございません。少々気になる人物がおります。失礼して様子を見ておきたいのですが……」
「わかった。でも、気をつけて」
ダグラスが許可すると彼女は人込みの中へ紛れて行った。
「それじゃあ、僕は誰と踊ろうかな?」
ダグラスはさり気に周囲を見回すとルディオに言った。
「ルディー、君の彼女と踊ってもいいかな?」
「おれに許可を求めることじゃない」
彼は言ったが、ダグラスとカティは顔を見合わせてくすくすと笑った。
「よろしいですか? お嬢さん」
「ええ。喜んで、陛下」
カティは恭しくお辞儀をすると彼に抱かれて踊り始める。曲想が変わると照明も落ち着いたものに変わり、時の炎がオーロラのように揺らめく……。

「夢……叶えたんだね」
ダグラスが言った。
「あなたもね……」
カティが応ずる。
「ああ。でも、僕の夢は終わらない」
「わたしもよ」
星の運行を表すような光が幾筋も頭上を行き交う。
「大丈夫。彼は必ずやり遂げるさ。でも、そのためにはぜひとも君の存在が必要だ。今は君が彼を支えてあげて……」
「何故そう思うの? 理論で? それともあなたの直感かしら?」
「理論さ」
澄まして答える国王にカティは少しきつく言った。
「嘘つきな人ね。全部読まれてるって知りながら……」
「じゃあ、彼はどうなんだい?」
カウンターでグラスを傾けているルディオを示して言う。
「ふふ。意地悪ね」
彼女が言った。
「本当に意地悪だ。楽しい時はすぐに終わってしまう」
そう言って彼は彼女の手の甲にそっとキスすると演奏を終えた楽団に向かって労いの言葉を掛けた。

「キャプテン……」
ジューンが呼んだ。
「どうした? 眠くなったのか?」
少年は首を横に振って言った。
「大丈夫なの?」
とカティとダグラスを示す。
「何がだ?」
「この星は……」
と言って目を伏せる。そんな少年の肩に手を乗せてキャプテンは言った。
「心配するな。奴が何とかする」
「でも……。この星の王様は長生き出来ない。そうでしょう?」
男は頷く。

 メルビアーナは呪われている。そんな噂が広がっていた。恵まれた資源。そして環境を持つ理想郷の星。人々は皆豊かな暮らしをしている。絶対王政といえども、国民を主体と考え、皆の利益と幸福を追求する姿勢は王政が始まって以来保たれているスタンスだ。王になる者は幼い頃からそう教育される。星を愛し、人を愛し、国民の幸福が我が幸福だと教えられている。ダグラスもそうだった。

だが、この星はやはり呪われていた。愚帝という者はなかった。しかし、在位を全うした者もない。国王の在位は極端に短かった。多くは数年。最悪の時には、戴冠式の翌日に暗殺されるという悲劇さえ起きた。そう。この星では政権争いが激しく、暗殺がまかり通っていた。次期国王となるべく皇太子に選ばれる10代の頃から、常にそうしたリスクと危険に付き纏われる。これまでの間、25才まで生き延びた国王は存在しない。そして、ダグラスは今、24才。無事に誕生日を迎えることが出来れば記録だ。

「キャプテン……」
ジューンが言った。
「おまえが気に病むことじゃない」
男はグラスに残った液体を一気に飲み干す。
「キャプテン、怒ってるの?」
「何をだ?」
「カティが王様と仲良くしているから……」
「いや……。それにダグラスはあの近衛隊長と結婚している」
「近衛隊長と?」
ジューンは不思議に思ったが、あとでトリップして真実を見て来ようと決めたらしい。

 国王と近衛隊長との結婚など他国では有り得ないだろう。しかし、ここはそういう身分の差がない星だった。努力次第でどんな職に就くことも可能なのだ。が、それを面白くないと思っている者達もいた。すべての人にチャンスと幸福が巡るよう、企業の癒着や独占、闇での取り引き、贈収賄などは法律で固く禁じられている。が、それでも、最近はその法律を破って取り引きを行う者が出て来た。

理由は……。ゴットだ。あの大企業が豊かなこの星に目をつけたのだ。それから、この星は大きく変わってしまった。主権争いは起きても国民の生活は保障されていた。しかし、ゴットの会社が立ち、外の惑星との取引が増える度、人々の心は荒んで行った。これまでの社会全体の幸福を願う思想は、理想論として排除されていった。個々の競争を煽り、他者よりも利益を得ようという強烈な欲望を駆り立てる。そんな価値観を植え付けてしまったのだ。これまでもそのような傾向がなかった訳ではない。企業や個人の努力は高く評価し、必ずそれに見合った報酬を支払って来た。そして、国民もそれで満足して来た筈だった。が、ゴットはそれ以上の野心を煽ったのだ。いや、それより強い執念のような感覚を植えつけてしまった。自分さえよければいい、自分が成功するためならば、他人など蹴落としてしまえばいいという乱暴な思想に転換してしまったのだ。

「ゴットめ……」
ルディオは言葉を吐き捨てた。
「キャプテン」
カティが来た。
「気をつけて。邪悪な思念の持ち主が紛れているわ」
ダンスをする振りをして囁く。
「ダグラスは?」
「近衛隊の人達がガードしてる」
「特定出来るか?」
「すぐには……。ここは人が多すぎて……」
さすがに初対面の人間の思考を読むにはいちいちそこに照準を合わせてチェックするしかない。強い思念は肉体を離れ、思ってもみない距離まで飛ぶことがある。が、それが一体どの人間から生み出されたものかまでは特定するのが困難だった。一人一人を照合するにはどうしても時間が掛かってしまう。テレパスといえども決して万能ではないのだ。

「あれ? あの男、確か何かの大臣だったよな」
バリーが呟く。リンチュンが視線の先を確認して頷く。そして、その視線の先にいる男も……。確かにそれは先程近衛隊の隊長に文句をつけていた巻き毛の男だった。
「あいつ、ポケットの中に……」
バリーは男の動きを注視した。
「なあ、リンチュン、おまえはあの大臣のことが好きか?」
彼女は首を横に振った。
「それじゃあ、多分、王様も奴のことは嫌いなんだろうな」
少女はくすりと笑って頷く。が、バリーは真剣そのもので片時もその男から視線を離さずにいる。リンチュンが不思議そうにその顔を覗く。

「奴は右のポケットを気にしている。ほら、また触った」
バリーが囁く。確かにそうだ。リンチュンが頷く。
「あの中にはナイフが入っているんだ」
「……?」
「そして、奴はさっきからそれを気にしている」
リンチュンが首を傾げる。
「おれには見えるのさ。奴のポケットの中身も、そこに隠した汚い企みもね。奴は何かをやろうとしてるんだ」
と、その大臣がさり気なさを装ってダグラスに近づく。が、国王は他の家臣と談笑していて気がつかない。と、男の手がすっとポケットに潜り込んだ。
「ヤバイぞ」
バリーがそう言った時、リンチュンが国王の元に飛び出した。一瞬早く大臣の手に握られたナイフ。しかし、それは未遂に終わった。男の手の甲にバリーが投げたナイフが突き刺さったのだ。
「ううっ!」
男は呻き声を上げると持っていたナイフを取り落とした。

「どうした? 一体何が……」
動揺する周囲の者達。リンチュンは無言で国王に何かを告げた。が、彼はそっと彼女の頭を撫でただけで成り行きを見ている。
「そいつは今、国王にナイフを向けた。反逆者だぞ」
バリーが叫ぶ。が、ダグラスは否定した。
「馬鹿な……! デトラウト大臣はこの星の大事な3役なのだぞ」
リンチュンが何か訴えるのを制して彼は続けた。
「確かに彼は節電しろ節約しろと意外に細かいことを言う人間ではあるが、そこまで腐り果ててはいない筈だ」
「何言ってんだよ? あんた、今こいつに殺されかけたんだぜ」
バリーの言葉に皆が騒然としている。
「証拠は?」
「証拠はほら、そこに転がっている……」
と示そうとして彼は固まった。
「ない……!」
さっきまで確かに床に落ちていた男のナイフが見当たらない。あるのはバリーのそれだけだ。

「ごらんになりましたか? 陛下。この者は王宮が主催するパーティーにこのような武器を持ち込み、陛下を暗殺しようと企てていたのです」
デトラウトが言った。
「何言ってんだよ? 暗殺を企んだのはてめーのくせしやがって……!」
「なら、証拠を見せてもらおうじゃないか」
不敵に笑んで男が言った。まだ,その手の甲からは血が流れていた。その手をもう片方の手で覆って言う。
「だから、私ははじめから反対だったのです。このような輩を王宮に招くなど……。こやつらは宇宙海賊。所詮は犯罪者ですぞ」
「わかっている」
ダグラスが言った.
「いいえ。わかっておりません。陛下は昔からそうやって奔放で我がままに過ごしていらっしゃいましたが、それは由々しきことなのですよ。伝統あるメルビアーナの国王ともあろう方が何たる醜態。この者達を即刻逮捕し、銀河連邦に引き渡すべきです」
大臣は捲くし立てた。
「わかった。そうする」
ダグラスが頷く。

「何だって?」
バリーがすっとんきょうな声を出す。
「近衛隊。この者を拘束しろ」
ダグラスが命じる。と同時に、さっと駆けつけた者達によってバリーは拘束され広間から連衡されて行った。それを見てふっと微笑するデトラウト。
「あー……」
リンチュンがダグラスの袖を引っ張る。が、彼はそれを無視して皆に告げた。
「宴は終わりだ。各自は速やかに自室へ戻り待機せよ。沙汰は追って通知する」
言うと彼は踵を返して出て行った。
「キャプテン……」
不安そうなジューン。その肩にそっと手を乗せるカティ。ルディオはじっと窓の外を見つめている。闇の中。星に混じって人工の光が見え隠れしている。

「あなた方もどうぞこちらへ」
シャーロッテが言った。そうして3人をそれぞれの部屋に案内すると彼女は軍人らしくきびきびと敬礼してそこを出た。
「あの……」
一旦閉まった扉を開けてジューンが言った。
「何でしょう?」
彼女が訊いた。
「あなたはダグラス王のことを愛しているのですか?」
唐突な質問に驚きながらも彼女はきっぱりと答える。
「もちろんです。陛下とは結婚式で愛を誓いました」
それを聞くと彼はほっとしたような顔で言った。
「ごめんなさい。急に、変なことを訊いて……。でも、ぼく、どうしても知りたかったんです。年が離れていても愛は成立するのかなって……。それに、あなたには性の問題もある」
「好きな人がいるのですね」
彼女は言った。
「大丈夫。諦めなければいつか必ず叶います」
「でも……」
「自信を持つことです」
彼女はすっと目を細めて言った。
「その点、陛下は過剰な程の自信をお持ちでしたから……。私はその情熱に負けました。だからこそ年齢も性別も越えた愛がここに成立したのです。だから、きっと……」
「ありがとう」

――君は10年の時を越え、コールドスリープから目覚めたんだ。僕のために……待っていたよ。シャーロッテ。僕の愛の妖精。君が目覚めるのを……
――しかし、陛下。私は、女としての幸福を求めてはおりません。私はあくまでも男のように軍人として陛下をお守りしたいのです
――わかった。君がどうしても男になりたいと言うのなら、僕が女になる。それで結婚してくれるかい?

トリップで見た彼のおかしなプロポーズ。以来、彼は女装姿でうろついているらしいが、仕事もプライベートも問題なくこなしてしまう彼に誰も文句のつけようがなかった。しかも似合っているので特に気分を害する者もない。そして后は結婚したあとも男物の軍服を着て現役の近衛隊長として働いている。何もかもが異例尽くめのことだった。
(こういうのも有りなのかな?)
ジューンがそう思った時、唐突に彼女が言った。
「それから、仲間の少年のことですが……」
と言いかける彼女にジューンは言った。
「バリーのことなら別に心配していません。ダグラス王のことを信じていますから……」
「そう。陛下におかれましてはきっとお考えあってのことだと思います。残念ながら、この星にはまだ拭い切れない闇があるのです」
「でも、それを国王は無くして行こうとしているのでしょう? あなたも……」
「その通り。美しく平和だったこの星に影を落としたのはあのゴットです。人々は洗脳されたようにあの者の言いなりになってしまいました。ダグラス王はそれを解こうとなさっているのです」
「ぼくも協力します。相手がゴットならきっとキャプテンだって……」
そう言い掛けた時。隣の扉が開いた。

「なら、おまえが一人ここに残るんだな」
「キャプテン」
驚愕したように少年がその顔を見る。
「おれ達はあくまでも他所者だ。おれは他人の星の内政を干渉するつもりはない」
「でも……」
不満そうな少年の肩を掴んでシャーロッテが言う。
「キャプテンの言う通り。陛下には陛下の、あなたにはあなたの、それぞれにしか果たせない大切な役割があるのです。まずは自分の役目を果たすことが先決。きっと陛下もそのようにおっしゃるでしょう」
「ぼくにしか果たせないこと……?」
キャプテンが頷く。
(そうだ。ぼくにはぼくの夢がある。絶対に終わらせたくないぼくだけの夢が……)
とその時、突然高い警報音が鳴り響いた。それが不安な夜の第二幕の始まりだった。