第三章 PartU
ミストラルスター号の居住エリア。男はその一室にダグを運ぶことにした。そこが一番安全だからだ。外にはまだ敵が潜んでいるかもしれず、爆発物が仕掛けられているかもしれない。すべてのチェックを終えるまで、ミストラルが王の身柄を預かることになったのだ。
「では、陛下をお願い致します」
美しい近衛隊長が言った。
「いいのか? たかが宇宙海賊風情に王の身柄を簡単に預けて……」
ミストラルが皮肉に笑う。
「このままこいつをさらって引き換えに身代金を要求するやも知れぬぞ」
「信用している」
「何故そう言い切れる? おれがこいつの知り合いだからか?」
「いや。直感だ。おまえは人を裏切らない目をしてる」
「なるほど。いいだろう」
男は言った。
「では、安全を確認するまでの間、陛下をお願いする」
「承知した」
そう言うと男は船の中へ消え、近衛隊長はドックの暗がりへと向かった。その背中を照らす青い光。ライトに透ける繊細な色彩と固い靴音。その背に燃え立つ軍神のオーラを感じた。
「ミシェル……あれが……おまえのアニマか……」
届かない過去に向けて男が呟く。虚空に灯った闇の光が遥か宇宙を疾駆する。時が刻まれて行くように、その記憶も刻まれて星屑となり、やがて深淵たる闇に還る。そんな営みに通じる鼓動を抱いて、男は頑なな壁と通路を進んで行った。
居室に入ると明るすぎない光度で壁が発光した。
「ミシェル……」
男が呟く。柔らかな壁の光の一部が淡いグリーンの影を落とした。ミストラルはそっと彼をベッドに寝かせた。
「頬に傷……か」
僅かに滲んだ紅色……。が、それは手当をする必要さえ感じさせない微小なものだった。しかし、彼は目覚めない。あの時のように……。そう。以前にもこんなことがあったような気がした。煌めく陽光と緑の中で……。
「変わらないな……」
そう呟くと男は背中を向けて歩き出した。
「君もだよ。ルディー」
不意に声が聞こえた。静かで穏やかな響き……。その声の持ち主のことをよく知っていると男は思った。
「気がついたのか?」
男が振り向く。と、王はベッドの上に半身を起してこちらを向いた。
「ああ。また世話を掛けたようだね。ありがとう」
少年のような微笑を浮かべて王が言った。
「ここは君の船?」
「ああ。ミストラルスター号の中だ」
ダグは壁にはめ込まれた空調のように静かに訊いた。
「カティ、バリー、それにジューン……。素敵な仲間ができたんだね」
孤独な男の影は一つ。だが、その背後にはそれを見守る人間がいる。船には四人分の識別信号が登録されていた。ダグは小さな端末の信号を見つめて呟く。
「きっともう、僕のためのシートは埋まってしまっただろうね」
そんな二人の間を瞬間という長い影がクロスした。
「後悔してるのか?」
隔てる影に向かって男が訊いた。
「いや」
ダグは首を横に振った。
「僕は常に最善の選択をしてきた。昔も今も変わらずに……」
「今も?」
男が訊き、王が頷く。
「だが、この星は……」
そう言い掛けた男の言葉を遮って王は語る。
「システムは順調だ。以前君に話した通り、腐敗した制度を改革し、すべての利権を撤廃したんだ。そうすることで健全な政治と経済の活性化を取り戻すことに成功した」
「成功?」
「ああ。僕が立ち上げたカンパニーも順調に売り上げを伸ばしているんだ。おかげでその利益をこの星の様々な施設の改築や増産に充てることができるようになった。来るべき災害に対しても万全な備えを取ることができるようにした。国民に負担を掛けず、ここまで来たんだ。あとほんの10%。それで僕の計画は完成する」
王はそれを誇らしそうに語った。が、それを実際にこなすには口で言うほど楽ではない。たとえ彼が銀河系随一の頭脳の持ち主だったとしても……。人間が行う作業には限界があるのだ。王は既にその限界を無視して、幾つもの奇跡をメルビアーナの民のためにもたらしていた。
「おまえ、眠ってないんだろう? 何故そこまでして星を守る?」
「求めてもいない答えを聞いてどうする?」
「……」
光の速度で時が散った。緻密に編まれたレースの衣を纏い、王は男を見据えた。
「フェンシングでは勝負がつかない……」
「さっきの連中のことを言っているのか? ならば心配無用だ。メルビアーナの王の選定は少し特殊だからね。常に監視され、常に反対勢力は存在し、王位の奪還を企てている。王室内では権力争いが絶えないし、敵は多い。僕はそういう中で生きて来た。慣れてるんだ。人が死ぬのも生きるのも、すべては不条理の中にある」
「その割には明るいじゃないか。ここはまるでメルヘンの国だ」
「国民に知らせるつもりはない。彼らには最後まで希望を捨てずに生きて欲しいからね」
「理想主義者め」
「そう言うなよ。彼らは皆、豊かな自然と鉱物を心の中に内包している。一人一人が僕にとっては大切な宝なんだ」
「ならば、おまえは?」
背後に流れる星の残像……。それは既に存在しない時間。そして、存在しない者達の叫び……。空調から洩れる微かな吐息……。そして、今ここに在る者を覆う影が、この星を支配する希望のすべてだった。しかし、その影は王独りが支えるには、あまりにも巨大過ぎる。が、安穏としたこの星の民の多くは、そんなことに気が付いていないだろう。
「聞かせてくれ。5年の間に何があった?」
ミストラルが訊いた。
「5年か……もうそんなに経ってしまったんだね」
ダグは遠い目をした。
そして、二人は少年のように見つめ合った。
「気になっていた」
男が言った。
「僕もだよ、ルディー」
五年という歳月が彼らの運命を大きく分かった。男はその経緯が知りたかった。
ミシェルが大学を卒業し、乗船したシャトルバスが何者かによって爆破された。少年だったルディオは寮でそのニュースを聞いた。衝撃と無念と後悔が胸に残った。が……。
「実際には、おまえは乗っていなかった……」
「怒ってるの? 君を騙したこと……」
「ああ、殺してやろうかと思った……」
淡々とした口調でルディオは言う。
「怖いな」
ミシェルが首を竦める。
「当然だ。あの時、一瞬でもおれを驚かせた罰さ」
「王を罰するとは相変わらずいい度胸だ」
「おれは海賊だぜ」
「海賊は王より立派なのか?」
ダグが訊いた。
「ああ。何より自由がある」
ルディオが答える。
「自由……か」
拮抗する視線。自由……。それはダグラスがいくら求めても手に入らない唯一のものだった。が、彼は一度、それを手にしかけたことがある。ダグはそのことを語った。ミストラルが知りえなかった彼の足跡を……。
「そう。君と別れた直後にメルビアーナは混乱に陥った」
モザイクを一つずつ積み上げるように彼は丁寧に続けた。
「皇太子でありながら、異例の長さの出向が許されたのはやはり僕をなるべく星から遠ざけておきたかったからなんだ」
ダグラスは、まだミシェルと名乗っていた少年時代、8才から19才まで銀河中央大学のキャンパスで過ごした。無論長期休みには故郷に帰ることもあったが、保守的で外部との国交がほとんど行われていないメルビアーナにとっては異例のことだった。たとえ彼にどのような才能があろうと、当人の望みであろうと通例ではとても認められるものではなかった。しかし、彼はその間にあらゆる資格と複数の博士号を取得した。その知識が今の政権や科学技術に対して並々ならぬ貢献をしていた。それは事実だ。
「遠ざける? おまえの才能を利用し、星の発展に役立てるためじゃなかったのか?」
多くの場合はそうだった。星とまではいかなくとも、その土地や企業の発展のため、優秀な学生が集められ、専門的且つ高度な知識を身につけて帰る。銀河中央大学はそのために存在しているといっても過言ではない。ルディオも14才でそこに入学し、ミシェルと出会った。いわゆる飛び級して来た子どもだった。
「僕はメルビアーナにとって忌むべき存在だから……」
「何故……?」
「言っただろう? 僕は緑の血の継承者だから……」
それは昔行われた実験の後遺症だった。が、生まれてすぐに治療を受ければ障害は残らず、血液も通常と変わらない赤色に戻る。ミシェルはそんな治療を受けた子どもだった。そして、彼は幼くして才能に開花した。それを喜ばしく思った者もいれば、忌むべき者として憎んだ者もいた。メルビアーナの悪しき慣習である。緑の血の後継者は賢帝になる。もしくは滅王になる。二つの伝説が長老達を翻弄した。そして、彼を星から遠ざけたのだ。が、彼は戻って来た。そして、国王ダグラスとして、この星のために貢献している。
「5年経ってもまだ僕を認めたがらない者はいる」
「今更……」
「そうだね。でも、反対している者達の理屈はそれだけではない。彼らにとっては外部の情報を齎す者が邪魔なんだ」
「自分達の勝手な思惑で遠ざけたり近づけたりしてか?」
「無理もないさ。メルビアーナは辺境で、中央からは見捨てられた星……。長いこと外交もして来なかった。この星だけで通じる常識。この星だけで通じる理論。今でも年配の者達の多くはそんな慣習に囚われている」
「新しいことを取り入れるには犠牲がつきものだ」
ルディオが言った。
「そう。僕はこの星のしきたりや古い慣習を捨て、改革しようとした。黄金の握手を交わしている者達にとって僕は邪魔な存在になったという訳だ」
「それで命を狙われているのか?」
「そうだ」
華やかなパーティーと煌びやかな照明……。そこに潜む不穏な影……。光と影が複雑な螺旋とモザイクを描く。そして、優美さと残酷さによって構築された王室の歴史……。彼はそのすべてを塗り替えようとしていた。
「話を戻そう」
ダグが言った。
「ユニバーシティーからのシャトルバスが爆破された。あの時も何も関係ない多くの学生が巻き込まれてしまった。僕は深い悲しみと共に自分のおぞましい運命を呪ったよ」
そうしてダグは自分自身の手を見つめた。そこに映るのは壁の光。その屈折が瞳に緑を反射させる。
「だが、おまえは生きていた。それなのに何故真っ直ぐメルビアーナに戻らなかった?」
ルディオが鋭く質問する。
「確かに、僕は寄り道をした。だが、それは初めから行程の中に組み込まれていたことだ。でも、思ってもみなかった裏切りが起きた。護衛線の一隻が同行するもう一隻を攻撃し、僕の船にも攻撃を仕掛けて来たんだ」
「攻撃?」
男には納得がいかなかった。
「はじめは僕にも詳細なところは掴めなかった。単にいつもの王権争いの一つだと思った。しかし、それにはもっと大規模な陰謀が絡んでいたんだ」
「陰謀とは?」
「そう。陰謀だよ……」
王は沈痛な面持ちで沈黙した。男には心当たりがあった。それを直接口にしてみる。
「……キリエシャフールか?」
「ああ」
彼は認めた。
「ニュースでは、突然の惑星崩壊におまえが巻き込まれたと報じていた」
二人の間に降りる沈黙の長い影。
「そう。確かに巻き込まれ掛けた。だが、僕はぎりぎりのところで回避することができたんだ」
しかしその表情は暗かった。
「でも、その磁場のせいで僕とキリエシャフールの生き残りだった7人の子ども達を乗せた船は壊れ、僕達は暗黒の宇宙を漂流することになった」
「漂流? 救難信号は出せなかったのか?」
「この件には連邦が深く係わっていたんだ。信号を出せば彼らは容赦なく僕の船を攻撃しただろう」
「おまえを暗殺するためにか?」
「そう。そのために仕掛けられた罠。当初は本気でそう思っていた。実際、僕一人を消すために、攻撃をして来た船は何隻もあったし……。僕と共にあった7人の子ども達の命など考えもせずにね。実際、僕はこの手で何隻もの船を葬ったよ。もちろん警告はしたさ。せめて子ども達だけでも助けて欲しいとも願った。しかし、彼らは聞く耳を持たなかった。620万の人間を犠牲にした連中だ。たかが子ども7人の命など考慮に値しないのだろう」
「しかし、何故、連邦がメルビアーナの皇太子であるおまえを暗殺しなければならない?」
「わからない。この星にはまだ僕の知らない黒い歴史が封印されている。それを探ろうとしていた僕の存在が邪魔だったのかもしれない」
「あるいはおれがあの近衛隊の男を殺ったせいか?」
ルディオは、大学時代、一度ミシェルの危機を救ったことがあった。
「いや」
ダグは否定した。
「気にするなんて君らしくないね。でも、エルバは係わっていたかもしれない。連邦は幾つかの惑星を破壊する実験を行っていた。なるべく中央から離れていて、あとあと支障のない位置にある惑星をね。いや、彼らにとってはむしろ消えてくれた方が都合のいい星。流刑地やそれに準ずる星。そして、メルビアーナもその一つだ。連邦に属さず、自らの法律によって政権を維持している星だからね。キリエシャフールも同様だ。そしてもう一つ……」
二人の脳裏に同じ宇宙港の光景が浮かんだ。罅割れたコンクリート。灰色の風が一年中吹きすさぶ冬の星……。
「シヴェールか?」
ミストラルが訊いた。
「そうだ。シヴェールには優秀な人材が数多く流されていた。僕は時々そこへ物資を届けていたんだ。情報と引き換えにね。そこで、僕は意外な噂を聞いた」
「噂?」
「そう。大学を出て以来、ずっと行方がわからなくなっていたルディオ クラウディス。君の存在をね」
時を越えた風が二人の男の間を吹き抜ける。
「ルディー、君がシヴェールに係わっていたとはね」
ルディオはすっと目を細め、思い出の風を追うように遠くを見た。
「無実の罪による墓標が並ぶ星さ。シヴェールは……。ジューンはそこの生き残りなんだ」
「そうだったの」
ダグは考え深げに頷いた。
「だが、今はおまえの話を聞かせてくれ。漂流してそれからどうなった?」
「磁場の影響でコンピュータに致命的なダメージを負ってしまったんだ。船の計器はもちろん、メインもサブも何もかもだ」
「あの生意気なロボットはどうした?」
「ああ、チャラは生き残ったよ。ただ、ほとんどのプログラムを組み直さなければならなかった。日常生活には支障はないけど、高度な計算や処理をこなすには補修が必要だった。でも、それができるのは僕独り。子ども達は皆幼く、赤ん坊や幼児も含まれていたからね。おかげでまだ独身なのに子育てを体験することになったよ」
「それで、いい親になれたのか?」
「まあね。お互いに成長し、助け合って危機を脱することに成功したんだ。でも、思ってもみないウイルスに感染したり、勉強を教えたり、僕にとっては貴重な体験だったよ。それが今の政治に役だってると思う」
「それでよりやさしくなり過ぎたんじゃないのか?」
「はは。きついな。でも、あの子達も十分役に立ってくれたよ。メルビアーナのクーデターを鎮静化するために、というより、正確に言うならば、僕達がクーデターを起こした側なのだけれど、あの子達の活躍がなければとても成功しなかったと思う」
「呆れた奴だな。皇太子自らクーデターを仕掛けるとは……」
「それって変だと思う?」
「当然だ」
そう言うと男は微かに微笑した。掴み損ねた自由がそこにあると感じた。
「あは。まだ僅かに面影があるんだね」
ミシェルが笑う。
「何?」
「笑うと微かに右頬が引き攣れたように震える。その振動で睫毛が震えて瞬きする。その表情がちょっと可愛いと思ってたんだ」
「殴られたいなら容赦はしない」
「はは。冗談だよ。でも、懐かしいなと思ってさ。森の木陰で一緒に本を読んだろう?」
「監視付きでな」
二人の間を銀河が巡る。
「あの時の風が今も心に残っている」
ダグの頬に葉影が揺れて、細い緑の閃光が閃く。
――緑の匂いがするね
――緑? 古いインクの匂いだろう? それに……過去の匂い……
柔らかな草の上に寝転んで彼らは空を見ていた。銀河中央大学のキャンパスだった。建物から少し離れているその場所は緩やかな傾斜になっており、一面敷き詰めたように芝生が植えられていた。風に乗って学生達のはしゃぐ声やボールを打ち返す球技の快い音も響いている。昼下がりの四十分間、彼らはそこで過ごすのが習慣になっていた。
「気持ちのいい風だね」
ミシェルが言った。
「ああ」
ぶっきらぼうに返事するルディオ。それでも、彼らは授業以外の時間を過ごす相手は互いだと決めていた。
「今日は何を読んでるの?」
「カント……」
紙の本を持ち寄っては読みふけり、一言も会話を交わさない日もあった。が、時には幾つかのテーマをもって議論したり、互いの考えや意見を提示することもあった。他の誰よりも求めていたもの。それがそこにあると信じていた。
「明日の風はどんなだろう?」
ミシェルが訊いた。
「明日の過去を顧みる風はどんなだと思う?」
「紫……」
ルディオが答える。
「そうだね……」
微かに開き掛けている小さな蕾に蝶が止まる。
「僕は遠い紫の風……」
「届かない……」
ルディオは瞳を閉じたまま風に触れようとした。が、風はいつも伸ばした彼の腕の隙間をすり抜けた。
「瞬間は回帰する」
瞳の奥で煌めく宇宙……。
「そして、また同じ道を辿る……」
心の奥の深淵を覗く……。
「右か左か。人は過去へ向かって歩き出し……」
「人はまた、未来へ向かって還り着く」
二人が見つめる風が互いの胸を交差した。
「同じではない過去と」
「同じではない未来……」
「織りなす宇宙の果てを目指して……」
知の風を嗅ぎ分けて彼らは互いを測り、確認し合った。
「紫……」
ルディオが呟く。
「それは狂気か? それとも気高き魂の傷跡か?」
半身を起こすと彼は幻想のヴェールを引き剥がし、その魂へと迫った。
「僕は一つではない。僕は内でもあり、外でもある。そして、今は君の紫になろう。明日後を省みて悔しないために……」
「ミシェル……」
その両肩を掴む少年。その腕の向こうで揺れる影……。ミシェルの護衛を担当する近衛隊の男が木陰からじっと様子を見つめている。その手に握られている銃を見てルディオは言った。
「無駄なことを……。誰もおれを殺すことはできないのに……」
「誰も?」
「そう。おれは漆黒の翼を持つ闇の疾風……その風は強過ぎて周囲のすべてを枯らしてしまう。おれが欲しかった紫でさえ……」
そう言うと少年は強引に蕾をむしり取った。
「ルディー……」
ミシェルはそんな少年の隣で半身を起こすと、滑り落ちた彼の本を拾ってやった。が、少年はそれを手で払って言った。
「本なんかいらない」
「何故?」
「おれに必要なのは……おまえだ」
緑の風が吹き抜けた。
「だから……おまえは常におれの前を歩け」
強い瞳でルディオは言った。
「どうして?」
ミシェルが微笑む。
「おまえは……おれの前を行く一陣の風……闇の宇宙を照らす光の道標なんだ。だから、ずっとおれの前を歩け!」
「それは……約束できないな」
穏やかな声でミシェルが答える。
「何故?」
「言っただろう? 僕は一つではない。光にも闇にもなれる同位体……。不完全なまま生き続ける同位体でしかないんだ」
(強過ぎる光は自らを破壊し、命を燃やそうとする……。何故だ? そこまでして守りたいものは何なんだ? 何がおまえを捉えて放さずにいる? 何がおまえを苦しめて……)
「解き放つ鍵は見つからないのか?」
密閉された部屋の中でルディオが訊いた。
「まだ拘っているのか?」
ダグが言うと不服そうにその顔を見つめる男。
「おまえがだろ?」
その頬に過ぎる光の影……。
「いいや、君の方がだ」
そうして二人は向かい合ったまま沈黙した。それから微かに微笑して頷く。
「ルディー、君の力を借りたいんだ」
不意に真面目な表情をしてダグが言った。
「助けが欲しいだって? また随分気弱になったじゃないか」
「国民すべての命が懸かってるんだ。慎重にもなるさ」
「国民すべて?」
「ああ。このところ、外部からのコンタクトが増えている。複数の企業を名乗ってはいるが、背後にあるのは一つだ。そして、気になるのは連邦の動き。あちらはずっと静観状態をキープしている。そして、最近若者を中心として急速に広がりを見せている新興宗教……。一見別々なこれらの動きはすべて裏では繋がっている。多少のことは大目に見て来たが、ここに来て不穏な動きを示している。何事もなければいいんだが……どうも気になるんだ」
「裏で仕切っているのは何だ?」
男の瞳が鋭く光る。
「ゴットだ」
ダグは真っ直ぐ男を見返して答える。
「情報をくれ。協力できるかどうかはそれ次第だ」
「わかった」
それから二人はミストラルスター号のコクピットへ向かった。
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