劇団ヌーボー
EPISODE T
「ダニール、実は、赤ちゃんが一人欲しいんだけど……」
劇団ヌーボーの団長であるダニール ヴァリエのマンションの一室で、突然ミカエルが言い出した。彼はこの劇団の専属脚本家である。
「赤ちゃんだって? ミカエル、そんな急に言われても……。赤ちゃんってのは前戯がないとできないものだし……」
「そんなもの全部すっ飛ばしちまえばいい。おれに必要なのは結果だけだ」
テーブルから身を乗り出してミカエルが迫る。
「いつもながら強引な奴だな」
「人間閃きが大切だ。この感覚を逃したくないんでね」
「なら、これなんかどうだい?」
ダニールがテーブルの上に週刊誌を広げた。芸能人のスキャンダラスな記事ばかり載せていると評判の『芸能フラッシュ』だ。そこには、こんな見出しが躍っていた。
「夫の不倫と借金地獄に悩む元天才子役の悲劇!」
「これは?」
「覚えてるだろう? 10年前に大ブレークしたリリィ ジョセフィーンのこと」
「ああ、確か、3年前に所属していたプロダクションの若社長と電撃結婚して引退した」
「そうさ。その後、二人は赤ん坊にも恵まれて、幸せな結婚生活を送っているとマスコミは報じていたが、最近になってその旦那というのがとんでもない奴だったと発覚したんだ。浮気に借金、果ては彼女に暴力まで振るうようになったとか……。で、会社は倒産寸前。彼女と赤ん坊は路頭に迷うようなことになるんじゃないかと週刊誌は報じている」
「なるほど。いいね。こいつは使えそうだ」
二人は顔を見合わせて頷いた。
「あの、コーヒーを入れましたのでどうぞ」
そこへ、クリフことリート クリフザートがトレイを持ってやってきた。新進気鋭の18才。今は団長のマンションに居候している。
「おお、ありがと。クリフ、大分慣れてきたようだね」
ミカエルが話し掛けた。
「え、は、はい……」
ソーサーを持とうとしていた彼の手がピクリと震えた。そのせいでトレイのバランスが崩れてカップが落下した。とっさによけたダニールとミカエルは無事であったが、クリフの脚に液体が掛かった。
「ご、ごめんなさい! あの、大丈夫ですか?」
慌てるクリフ。
「いや、おれ達に被害はないんだが……」
「おまえこそ大丈夫なのか?」
二人が訊く。
「僕……その、熱いです」
泣きそうな顔でクリフが言った。膝から下がびしょ濡れになっている。
「おい、火傷したんじゃないか? 早く水で冷やした方がいいぞ」
ミカエルが言った。
「そうだな。ほら、早く来い」
ダニールが手を引っ張って彼をバスルームへ連れていく。
「何かあったの?」
奥の部屋からダニールの息子であるルイが顔を覗かせた。
「ああ、ルイ、モップを貸してくれないか? クリフがやっちまって……」
ミカエルがカップの転がった床を指して言った。
「わかった」
ルイが急いでモップを持ってくるとミカエルが布巾でテーブルの上を拭いていた。
「メルシー。ルイ、ここはおれがやっとくから、カップをキッチンに持って行ってくれないか?」
ミカエルがトレイの上に重ねた食器を渡す。
「いいよ。割れないでよかったね。で、パパとクリフは?」
「ああ、クリフが火傷したかもしれないからバスルームに連れて行ったよ」
モップで床を拭きながらミカエルが言った。
「それにしても、君も苦労するね。ダニールだけでもあれなのに、クリフもまたあれだろ?」
「ふふ。でも、楽しいから……。それに慣れてるし……。クリフはやさしいし、ピアノも教えてくれるよ。彼、演技力だってあるんだし、ほんとはもっと自信を持ってくれるといいんだけどね」
「まったくだ。けど、それが彼のいいところでもあるんだろう」
ミカエルが言った。
「ねえ、それで、次の公演は決まったの?」
ルイが訊いた。
「ああ。まだ秘密だけど、冬にはちょっとビッグなのを企画しているんだ。楽しみにしててよ」
「へえ。そいつはいいね。ねえ、ぼくの出番ある?」
「ああ。クリフの売り込みも順調に行ってるし、今度は2大スターの競演って感じかな?」
「ほんと? それはうれしいな。クリフとは一度舞台で演ってみたかったんだよね」
ルイもうれしそうに言った。
「ああ、悪いな。ミカエル」
ダニールが戻ってきた。
「クリフは?」
ルイが訊いた。
「大丈夫。少し脛のところが赤くなってたから念のために火傷に効く軟膏を塗っておいたよ。今、部屋で着替えてる」
「よかった。それじゃ、ぼく、これを片付けておくね」
そう言うとルイはトレイを持って出て行った。
「モップはおれが片付けるから……」
ダニールがミカエルの手から受け取る。
「ああ。それじゃ頼むよ。リリィのことはネットワークで調査しておく」
ミカエルの言葉にダニールは深く頷いた。
「ねえ、聞いた? クリフ、今度の舞台、ぼく達が主役みたいだよ」
部屋に入ってくるなり、ルイが言った。
「主役? でも僕……」
クリフはベッドの淵に腰掛けて、何処か頼りない感じで視線を泳がせている。
「さっきのこと気にしてるの? 大丈夫だよ。誰にだって失敗はあるんだからさ。ぼくだって小さい頃にはよくカップを落として、割っちゃったことだってあるよ」
ルイが笑って告白する。
「でも、僕はもう大人だし……」
クリフの表情は暗い。
「大人だってやるさ。人間は完璧じゃないんだもの。だから、ね? 元気出してよ」
「……」
クリフが沈黙してしまったのでルイは彼の隣に腰掛けてその顔を覗いた。
「どうしたの? また、アーネストに嫌味でも言われた?」
「うん。でも、そのことじゃないんだ。ただ……少し心配になっちゃって……」
「心配?」
クリフが頷く。
「僕、聞いちゃったんだ。さっきダニールとミカエルが話していたのを……」
真剣な顔でクリフが言った。
「聞いちゃったって何を?」
ルイも真剣に頷いた。
「あのさ、男同士でも赤ちゃんってできるものなのかな?」
「え?」
あまりのことにルイは拍子抜けした。
「そりゃ、いくら何でも無理じゃない? 男の身体にはそんな機能はないし……」
ルイは笑って否定した。しかし、クリフは真面目に言った。
「だって、あの二人、赤ちゃんが欲しいって……」
「赤ちゃん?」
ルイにはその経緯がわからなかった。
「ねえ、ルイ、彼らってそういう関係なの?」
深刻な顔でクリフが訊いた。
「関係って?」
ルイは一瞬だけ躊躇して言った。
「それって肉体的なこと?」
「う…ん……」
クリフが曖昧に頷く。
「それはないんじゃないかな。だってパパにはれっきとした恋人が……」
ルイはそう言い掛けて口を噤んだ。
「そうか……。そうだよね。それに、男同士なら赤ちゃんができることなんかないよね? よかった……。僕、ちょっと心配だったんだ。最近、少し太ったような気がしてて……」
その手は下腹部に置かれている。
「クリフ……」
ルイが心配そうにその手を見つめる。
「ううん。何でもない。ごめんね。変なこと言って……」
「変じゃないよ。でも、気をつけた方がいいよ。この劇団、普通とちょっと違ってるし……」
「違う?」
「うん。君のこと狙ってる連中もたくさんいるからさ」
「え?」
クリフがその顔を見つめる。
「うちの劇団、恋愛は自由解禁なんだ。みんな奔放に愛を育んでる。好きになるのは自由だけど、相手は選んだ方がいいよ」
ルイが大人びた調子で話す。
「そうだね。気をつけるよ」
クリフも軽くため息をついて頷いた。
一週間後。劇団の事務所に入るなり、エリック サバンが言った。
「ダニール、頼まれた雑誌買ってきましたよ」
彼はたくさんの本の束を抱えていた。
「ああ、ありがと。ちょっとそこに置いといて」
ダニールは手帳を睨んでは何やらメモを書き添えていた。
「どうやら、アダルト会社からリリィにオファーがあったようですね」
テーブルに置いた雑誌の見出しを見てエリックが言った。
「彼女、大人になったら、なかなかのナイスバディに育ちましたからね。演技力だってあるし、引き合いも多いんじゃないかな」
丁度手帳を閉じたダニールがその雑誌の記事を広げて言った。
「ああ……まさしくグッドタイミングだ。今度、彼女にはうちに入ってもらおうと思ってさ」
突然の言葉にエリックが驚く。
「でも、彼女、旦那が経営してるプロダクションの所属でしょう? それに、芸能界復帰はその旦那が許可しないって聞いてますよ」
「だから、別れてもらう」
「え?」
唖然としてその顔を見つめるエリック。ダニールは自信に満ちた笑みを浮かべて言った。
「リリィ ジョセフィーン。彼女のことは前から目をつけていたんだ」
「でも、彼女を欲しがってるのはうちだけじゃないでしょう? それに彼女の意思だってあるし……」
「もう、手は打ってある」
ダニールは僅かに唇の端を上げて微笑む。
「また、何かやったんですか?」
エリックが訊いた。
「人聞きが悪いなあ。おれ、こう見えてもいい人なんだよ。これも人助けの一つさ」
「いい人……ね」
呆れ顔で頷く。
そこへ、ノックの音がしてクロード マスカールが入ってきた。そして、彼は二人に軽く挨拶したあとで言った。
「ダニール、株は65%押さえました。ついでに社長の彼女の証言もとれたので各雑誌の編集とテレビ局にFAXしておきました」
「メルシー。クロード、君はなかなか優秀だよ。役者なんかにしておくのはもったいないほどだ」
ダニールの言葉にクロードは苦笑する。
「お役に立てて光栄です。でも、おれは芝居が好きなので今度はそっちの方でお願いしますよ」
クロードは長身で黒髪、黒い瞳を持つ美青年。劇団の花形役者の一人だ。エリックとは良きライバルでもあり、良き友人でもあった。
「わかった。今度、ミカエルに推薦しておくよ」
クロードが部屋から出ていくと、ダニールは何件かに電話を入れた。相応のやり取りを済ませてまた手帳に書き込む。その時、ダニールの携帯が鳴った。それはミカエルからだった。
――「OK。アポが取れたよ。2時半だ。そのあと4時から芸能記者との独占インタビュー。どうだ? 完璧だろう」
「ああ。ご苦労だったな。あとは任せて」
短い連絡。しかし、二人の間では十分だった。ダニールは電話を切ると満足そうに顎を撫でた。
「相変わらずぬかりないですね。クリフの時もそうでしたけど、今度はまた随分手が込んでませんか?」
脇で雑誌をめくっていたエリックが言った。
「まあね。彼女は子連れだし、ことはデリケートに運ばないとね」
「そして、大胆にでしょ?」
エリックに言われて苦笑するダニール。
フリーの芸能レポーター、ジェニー シモンズと黒野市之助は劇団の事務所に向かっていた。
「一体何なんでしょうね? 向こうさんから呼びつけるなんて……。まあ、『ヌーボー』ほどの人気劇団の独占インタビューなんてさせてもらえれば、こっちはほくほくだからいいんですけど……」
市之助の言葉にジェニーが苦言を呈する。
「でも、何かと黒い噂も耐えないのよ。いつかしっぽを掴んでやるわ」
「そうですか?」
「そうよ。クリフの時だってタイミング良過ぎると思わなかったの? 彼が音大辞めさせられたのも劇団に仕組まれたんだって噂よ」
「そうかなあ。彼、すごく演技上手いし、もとから役者になりたかったんじゃないっすか」
「あんたは単純思考でいいわ。あ、着いたわよ」
二人は劇団のある建物に入って行った。
市之助とジェニーは応接室に通された。部屋はこざっぱりとして装飾も応接セットも華美になり過ぎていないのがいいと彼らは好感を持った。すぐに感じのいい事務員がカフェとケーキを運んできた。それから、劇団が今、取り組んでいることやこれから先のスケジュール、団員達の紹介などが付いている小冊子をもらい、待ち時間も有効に過ごせた。
「何かいい雰囲気ですね。あまりぎすぎすしてなくてあたたかみがある感じで……」
市之助がカフェを飲み終えて言った。
「会ってもないうちに何言ってんのよ。団長のダニールは曲者よ。やり手で傲慢、目的を達成するためなら手段を選ばない男だって聞いてるし……」
ジェニーが警戒するように言った。
「やだなあ。考え過ぎですよ。それにしてもこのケーキ美味かったっすね。何処のだろ?」
「もうっ。呆れるわね。卑しいんだから……」
などと言っているとノックの音が響いて、団長のダニールと金髪碧眼の美女リリィ ジョゼフィーンが入ってきた。
「お待たせしました」
「これはどういうことですか? ムッシュ ヴァリエ。彼女はこちらの劇団の所属ではありませんよね」
ジェニーが訊き、市之助が写真を撮る。そのカメラに視線を合わせてダニールが言った。
「彼女は今日からうちの劇団の契約に変わったのです」
リリィも頷く。
「所属事務所の変更ですか? でも……」
ジェニーが懸念したことを口にする前に当の本人が言った。
「私、主人とは別れることにしました」
「本当ですか?」
それはまさしくスクープだった。まだ、そんな情報は他の誰も掴んでいないだろう。市之助はそんな彼女の表情の動きを捉えようと何度もフラッシュをたく。
「ええ。明日には公式に記者会見をするつもりです」
常に芸能界復帰の噂が絶えなかった彼女だが、その都度、夫のプロダクションがそれをもみ消しに掛かっていた。彼女を外に出すつもりはないと公言し、芸能関係者との接触をまるで許してくれなかったのだと彼女は語った。周囲にはそれだけ独占欲が強いのだから、さぞかし彼女を大事にしているのだろうと思われていた。が、実際は違っていたらしい。彼女は泣きながら訴えた。
「信頼できるのはムッシュ ヴァリエと、あなた方だけです。だから、こっそりここへ来ていただいたのです。あなた方は私を助けてくれると信じて……」
「光栄です。数いる芸能記者の中からおれ達を選んで下さるなんて、やはり、本物の女優さんは人間を見る目も確かなのですね」
市之助が言った。
「ええ。もちろんです。そうでなければ、とても芸能界でなんて生き延びてはいけませんわ」
彼女の言葉に市之助はすっかり気をよくした。
「ところで、今回、ご主人と離婚してまでプロダクションを移るという大きな決断に踏み切ったきっかけは何だったんですか?」
ジェニーが訊いた。
「ええ。お話します。主人が借金を作って、所属しているタレントさんにもきちんとお給料が払えなくなってしまって……本当に生活にも困窮するような酷い状況でした。それを嗅ぎ付けた悪徳芸能プロからアダルトに出ないかなんて誘われました。本当にいやでした。でも、お金はないし、赤ちゃんを育てるためにはそれも仕方がないのかもしれないと……。毎日泣いていました。そんな時、ムッシュ ヴァリエが手を差し延べてくれたんです。彼は借金の肩代わりを申し入れてくれました。そして、私を励ましてくれたんです。子供の将来もあることだし、もっと自分を大事にした方がよいと……。私、その言葉ですっかり目が覚めました。そして決心がつきました。会社や家族を投げ出して自分だけ逃げてしまうような夫とはすぐに離婚します。そして、もう一度、ここで、で劇団ヌーボーの役者としてやり直してみたいと思いました。子供と二人、ここにお世話になろうと思います」
それは爽やかな発言だった。
「そうか。それはお子さんのためにもよいことかもしれませんんね。応援しています」
市之助が言った。
「いや、実にいい話ですね。彼女とは前から知り合いだったんですか?」
ダニールに質問する。
「いえ。彼女の演技は高く評価していましたが、実際にお話したことはありませんでした。しかし、同じ役者仲間として、とても放っておけなかったんですよ。それに、彼女の才能をこのまま埋もれさせてしまうにはあまりにも惜しいですし、そこで思い切って彼女に声を掛けてみたのです。もう一度役者として舞台に立つ気はないかとね。それに、うちの劇団にも小さな子どもを連れて入団している者もおります。きっと彼女と赤ちゃんにとって、それが一番よいことなのではないかと……。事務所にはまだ所属しているタレントさんのこともあるので、できるだけ援助できればと思い、彼女とお子さんが独立できるようになるまでの間だけ、一時的にうちが経営の手助けをするということで借金を引き受けたんです。無謀な経営をしなければ、まだ十分運営は可能だと思いまして……。大変なことかもしれませんが、もし皆さまからの応援をいただけるならば、2年以内にはプロダクションの方も軌道に乗せられるものと確信しております。どうぞご協力のほどお願いします。彼女と赤ちゃんのために……」
ダニールの言葉は巧みで抜け目がなかった。
「わかりました。うちもそういうことでしたら全面的に協力させていただきます。きっといい方向に行けますよ。これからの活躍を期待しています」
僅か40分ほどのインタビューだった。が、それが来週発売の週刊誌の見出しに踊るのだ。それは何と小気味よいことか。彼女にアダルト映画のオファーを掛けてきた会社の評判はガタ落ち。反対にヌーボーの評判はうなぎのぼりだった。
「ありがとうございます」
リリィが言った。
「いいよ。君の演技は最高だ。赤ちゃんの面倒はみてあげるから、落ち着くまでゆっくり休むといいよ」
ダニールのやさしさに彼女は涙ぐんだ。
その日から、ヌーボーに新しい仲間が加わった。
「ほうら、いい子だね。いないいないばあ」
ダニールが赤ん坊をあやす。しかし、その顔を見た赤ん坊はわあっと火がついたように泣き出した。
「あーあ、泣かせちゃって……。そんな怖い顔しちゃ驚いちゃうでしょ? 貸して」
ミカエルが赤ん坊を奪って言った。
「パパちゃんは駄目でちゅね。ほーら、もう怖くありませんよ。たかいたかーい」
ミカエルが赤ん坊を高く掲げるとたちまちうれしそうに笑い出す。
「ね? もう泣き止んだ。うん。実にいい笑顔だ。劇団のいいアイドルになれそうだよ」
ミカエルは満足そうに言い、脇からダニールもうれしそうに覗く。
「ほんと、可愛いね。ルイちゃんの赤ちゃん時代を思い出すなあ」
「ああ。子供が育つのは早いからね。ルイだってついこないだまではこの子みたいにおむつしてピーピー泣いてたのに……」
「もう一度、おれ達で育てよう」
「ああ。きっとこの子を立派な舞台役者にしてみせる」
二人はにこやかに喋っていた。
そこへ、何も事情を知らず、あとからきたクリフが言った。
「やっぱり二人の間には赤ちゃんが……」
クリフが悩む。
「それって、違うと思うよ」
ルイが宥める。
「でも……」
「あれはリリィ ジョゼフィーンの赤ちゃんだよ。今度うちの劇団に入るんだって……」
ルイが言った。
「そうだったの?」
「安心した?」
「うん。でも……」
クリフが神妙な顔をする。
「でも、何?」
「もし、本当に赤ちゃんができたとしたら、一体どっちの子になるんだろうと思って……」
彼は自分の下腹部に手を当てて耳を澄ました。
「クリフ、君、赤ちゃんができるような行為を……?」
「うん。舞台のあと、みんなとキスしちゃったの。赤ちゃんができたら困るのに……」
などと真面目に言うのでルイは呆れた。
「クリフ。あのね、赤ちゃんっていうのはキスしただけじゃ作れないんだよ」
「でも、愛し合うとキスをするでしょ? だから赤ちゃんができるんだっておばあちゃんが言ってたもの」
「じゃあ、何で映画とかでベッドシーンとかあるのさ?」
「それは好きな人と手をつないで眠りたいからだよ。誰かと一緒だととても安心できるし、夜、トイレに行きたくなった時も怖くないしね」
「クリフ……」
ルイが哀れみのこもった目で見つめた。
「おや、ルイ、どうしたんだ?」
エリックがきて訊いた。
「クリフが赤ちゃんの作り方を訊きたいって……」
「なら、おれが教えてやろうか? おまえのベッドの上で……」
エリックに言われて思わずクリフは後ろに飛び退いた。
「いえ、大丈夫です。わかります」
「本当か? 何なら、ダニールも一緒に……」
「そんな……僕、困ります。今夜はクロードのお部屋でって約束があるし……。でも、そのあと、お部屋に行ってもいいのなら……」
「あとでってな。おまえ、そんなことやってたら身がもたないぞ」
「大丈夫です。僕、ちゃんとできるし……」
どうも会話が噛み合っていないようだった。
「もういい。ルイ、おまえ、適当に教えとけ」
そう言うとエリックはさっさと行ってしまった。
「そんな……待ってよ。エリック、ぼくにだけ押し付けるのはやめて」
ルイが呼んだが振り向かない。
「僕、ルイとならOKだよ。ルイなら小さいから痛くなさそうだし、僕、がんばるから……」
「がんばらなくていいから……。もうっ。クリフ、君、とっても恥ずかしいこと言ってたのわかる?」
ルイが赤面して言った。
「わかるよ。僕だって夜、一人でトイレに行くのが怖いなんてとても恥ずかしいと思ってるんだ。けど、誰かが一緒に寝ててくれたら……。でも、僕のベッド簡易式だから体の大きい人とだときっとぶつかった時痛いと思うの。だから……」
微妙に食い違っている会話を二人はもう十分も続けていた。
少し離れた部屋からそんな二人の後ろ姿を微笑ましそうに見つめていたダニールが微言った。
「ルイちゃんにクリフか。ああしてると何かほんとの兄弟みたいだな。ルイちゃん一人っ子だからずっと兄弟がいればよかったと思ってたけど、クリフがお兄さんになってくれたらいいかもね」
「ま、あれじゃ、どっちが兄で弟なんだかまるでわからないけどね」
背後で赤ん坊を抱いたミカエルも言って笑う。劇団ヌーボー、新たなる出発に向けた日。赤ん坊の笑顔とお日さまがパリの空を明るく照らしていた。
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