劇団ヌーボー


EPISODE U

 「おい、そっちに行ったぞ! 捕まえろ!」
ダニールが叫ぶ。
「よし! 箱をかぶせた」
エリックが言った。
「駄目だ。隙間から逃げた! 棒で叩いた方がいいんじゃないか?」
クロードが言うとエリックも頷く。
「そこのロッカーにモップがあったな。取ってくる」
エリックが部屋のドアを開ける。通路には大勢の劇団員達が集まって成り行きを窺っていた。

「どうだ? 捕まえたか?」
青年部の『かき回し屋』と言われているアーネスト ジェインが訊く。
「いや、まだだ」
エリックが答える。
「いやだ、怖いわ」
「早く捕まえて」
女優達も騒ぐ。
「わかりました。すぐに何とかしますから、大丈夫。でも、危ないですから、念のため離れてて下さい」
エリックが彼女達を宥めて背後に押しやる。
「あなたも気をつけて」
「ありがとう」
と、言ってエリックはまたドアの中へ入って行った。

そんな時、バレエのレッスンを終えてルイとエルンスト、それにクリフが出てきた。
「あれれ、何の騒ぎ?」
ルイが訊いた。
「ああ、大変なんだ」
アーネストが言った。
「とんだ珍客が紛れ込んちまって……」
「珍客?」
ルイの親友、エルンスト ヴォネが訊く。
「お客さんですか?」
クリフがそちらに行こうとする。
「馬鹿! よせ! おまえなんか行ったら気を失っちまうぞ」
アーネストが止める。

「何だよ、もったいぶらないで早く言えよ」
エルンストがせっつく。
「蛇だよ。こともあろうに蛇が紛れ込んできたんだ。今、ダニールやエリックが捕まえようとしているけど、何せ相手が蛇だからな。にょろにょろ逃げ回ってなかなか捕まらないんだ」
「蛇?」
クリフが言った。
「珍しいね。一体何処からきたんだろ?」
ルイも首を傾げる。
「とにかく今、そこの部屋を締め切って追い立ててるんだが……」
アーネストはぶるるっと身体を震わせて言った。が、その脇をすり抜けて、クリフがそちらへ駆けて行く。

「蛇が出たの?」
クリフが訊く。
「そうよ。こーんなに大きい奴」
リリィがオーバーに手を広げて見せる。
「わお。大きいね。そこの部屋にいるの?」
「ええ」
クリフは人波を縫って前に出た。
「おい、馬鹿! クリフ、やめとけって……」
あとからきたアーネストの言葉を無視して彼はドアを開けて部屋の中へ入って行った。

「わあ! ほんと! 本物の蛇だ」
彼はそれぞれの手に道具を持ったままへっぴり腰になっている3人の間を抜けて、すっと蛇の前に近づいた。そして、躊躇うこともなく、120センチはあろうかというその蛇の頭をさっと掴んだ。そして、それを自分の顔の前に近づけて笑った。
「うふふ。可愛い」
クリフはそれを腕に巻きつけてうれしそうにしている。
「お、おい、クリフ、おまえ、平気なのか?」
ダニールが言った。
「何がです?」
そちらを振り向いて彼が訊く。
「何がって、蛇だよ、蛇。毒があるかもしれないんだぞ」
ダニールが言った。
「そうですね。でも、大丈夫です。この蛇、大人しいから……」
クリフはにこにこと答える。

「おまえ、早く何処かへ持って行って捨ててこい」
エリックが言った。
「駄目だ。そこらに放したらまた入ってきちまうぞ」
クロードが言う。
「そうだな。もう悪さができないように始末した方がいい。そうだ。どうせ始末するなら酒につけてみるってのはどうだ? ほら、東洋には『まむし酒』ってのがあるそうじゃないか。勢力がつくとかって……」
ダニールが言った。
「これ以上勢力が欲しいんですか?」
エリックが呆れたように言う。

「駄目ですよ。せっかく捕まえたんだもの。これ、僕に下さい」
クリフが言った。
「勢力剤にするのか?」
「違いますよ」
ダニールの言葉を否定して、彼はその蛇を大事そうに抱えた。
「乾燥させて釣りの餌にするといいって聞いたぞ」
クロードが言った。
「そういえば、この間のテレビで、何処かの民族は串刺しにして食っていたが、蛇って美味いのかな?」
エリックも言った。
「もうっ! とにかく駄目です。これは僕のですからね。誰にもあげません」
そう言うとクリフは蛇を隠すように抱えて部屋から出て行った。

「あれ? 蛇は捕まったのかい?」
ドアが開いたので、廊下からそっと様子を見ていた団員達がぞろぞろ入ってきて訊いた。
「ああ。大丈夫だ。もうここに蛇はいない」
ダニールが言うとみんな安心して一気に喋りだした。
「よかった。一時はどうなるかと思っちゃった」
「でも、どうやって捕まえたの?」
皆の視線が奥にいたクロードとエリックに集まる。
「さすがはエリックにクロード。頼りになるわね」
「ねえ、捕まえた蛇を見せて」
しかし、二人は首を横に振った。

「ここにはいない」
エリックが言った。
「クリフが持って行ったんだ」
クロードの言葉を聞いて皆はまた騒然とした。人一倍臆病なクリフが何故蛇を持って行ったのか誰もが不思議だったのだ。
「でも、彼、何も入れ物なんか持っていなかったわよ」
リリィが言った。
「それじゃあ、一体どうやって捕まえたんだ?」
アーネストが疑問を口にする。
「だから、手で……」
エリックが答えた。
「え?」
皆がしんとして彼らを見つめる。
「奴は直接手で掴んで捕まえたんだ」
クロードが続けて説明すると、皆はまたしんとなってもう行ってしまったクリフの影を見つめた。

「ねえねえ、クリフ、蛇を捕まえたんだって? 見せて」
ルイが追い掛けてきて言った。
「いいよ。ね? ほら、可愛いでしょ? 僕が住んでた田舎にはよくいたんだけど、パリではほとんど見ないからね」
クリフが言うとルイも目を輝かせて見つめる。
「そうだね。僕、野生の蛇なんてはじめて見たよ。なかなか可愛い目をしているね」
「でしょう? この蛇、僕がもらったんだ」
「飼うの?」
「うん」
「でも、蛇って何を食べるの? 生餌をやらなきゃだめじゃないの?」
「そうだね。あ、でも、ここなら大丈夫かも……」
クリフは一人何かに合点して頷いた。


 夕食の時間。ダニールとルイ、それにクリフは同じテーブルに着いていた。先ほどから何となく落ち着きのないクリフにダニールが声を掛けた。
「おい、クリフ。何をやってるんだ? さっきからやたらと身体を動かしているようだが……何処か具合でも悪いのか?」
「いえ、ただ……」
いきなり笑い出してクリフが言った。
「あはは。やめて。そんなことしたらくすぐったいよ」
「誰と話してるんだ?」
怪訝そうなダニール。
「僕の友達」
「友達? 誰だ?」
クリフは懐からひょいとそれを取り出してダニールに見せた。
「へ、蛇じゃないか!」
思わずスプーンを取り落としてダニールが叫ぶ。

「捨ててこい! 今すぐ捨ててくるんだ」
「でも……」
泣きそうな顔のクリフ。
「いやならおまえが出ていけ」
「わかりました。僕、出ていきます」
クリフが席を立った。
「パパ、ひどいよ。クリフを追い出すなんて! それに蛇は何も悪いことしてないじゃないか」
ルイが反論する。
「しかし……」
「いいよ。パパがそういうなら、ぼくもこの家を出ていく」
ルイも席を立った。

「ルイちゃん! 何を言ってるんだ。君が出ていく必要なんかないんだよ。お願い、行かないで……」
ダニールが慌てる。
「だったら、クリフも出ていかなくていいんだね?」
「あ、ああ」
「それに蛇も!」
「そ、それは……」
ルイの言葉に渋い顔をするダニール。しかし、無言で背中を向けようとするルイに慌ててダニールが付け足す。
「い、いいよ。わかった。もう誰も出て行かなくていいから……。お願い。ルイちゃん、家を出るなんて言わないでおくれ」
ダニールが懇願する。
「わかった。パパがそこまで言うなら出て行くなんて言わないよ。おーい、クリフ、戻っておいでよ。パパが何処にも行かなくていいってさ」
ルイが呼んだ。
「ほんと?」
クリフもうれしそうに戻ってきた。
「そうだよね? パパ」
念を押されてダニールは仕方なく頷く。
「ただし、飼うならちゃんと容器に入れて逃げ出さないように飼うんだぞ」
「わかりました。明日までに何か見つけておきますね」
クリフも陽気に言った。


 翌日。クリフがダンボールの箱を持って通路を歩いてきた
「おい、クリフ、何を持ってるんだ?」
アーネストが声を掛けた。
「ああ、これ、倉庫から持ってきたの」
「倉庫から何を?」
「うん。たくさんいるから助かるって倉庫番のおじさんも言ってくれたし……」
「何がたくさんいるって?」
「これだよ」
クリフがそっと蓋を開けて見せた。そこから小さなたくさんの目が覗いている。アーネストは思わずひっと悲鳴を上げて後ろへ飛び退いた。
「お、おまえ、それ……」
中からチュウチュウと声が聞こえる。

「ネズミ……!」
「うん。蛇ちゃんにあげるんだ」
にこにこしている彼にアーネストは青ざめて訊いた。
「おまえ、それ、どうやって捕まえたって?」
「どうやってって……? 普通にこうやって手で……」
クリフが捕まえる仕草のパントマイムをして見せる。
「いやだ。おまえ……。もう。側に来ないで」
アーネストはずりずりと後ろに下がった。
「どうして?」
「だって、おまえ蛇持ってるんだろ?」
「うん。ほら、見たい?」

懐から取り出した蛇を平然と彼の前に突き出した。クリフの指に摘まれて、蛇はぶらぶらと揺れている。
「ひぇーっ!」
アーネストは悲鳴を上げて逃げ出した。
「ちょっと、待ってよ、アーネストってば……」
一人通路に取り残されたクリフが呟く。
「何で逃げちゃうのかな? こんなに可愛いのにね」


 その頃、稽古場であと片付けをしていたエリックが言った。
「まさか、クリフの奴が蛇好きだったなんてな」
「ああ。まったくもって計算外だ」
クロードも言う。
「ネズミも平気だっていうじゃないか、さっき倉庫番のニールが言ってたんだが……あいつ、蛇の餌にするんだとか言って、ネズミを大量に捕まえてったらしい」
「ああ。そういえば、虫も怖がってなかったしな」
クロードがマットを畳んで言った。
「まったくな。人間、意外な特技ってのもあるもんだ」
エリックも同意する。

その時、ダニールが外から帰ってきて言った。
「おい、クリフは?」
「さあ、部屋じゃないですかね?」
「これを見ろ」
ダニールが週刊誌の記事を広げた。そこには、中年の婦人が逃げ出したペットの蛇を探しているという記事が載っていた。
「これって……」
二人は掲載されていた写真に見入った。体長121センチ。色柄や特色からもクリフが持っていったあの蛇に違いなかった。
「ペットとして飼われていたものだったのか」
「どうりで大人しいと思った」
人間に懐くかどうかは別としてこれで蛇を追い出す理由ができた。ダニールはにんまりとして電話を掛けた。


 市之助とジェニーのコンビは再び、劇団の事務所を訪れていた。今度は逃げ出したペットの蛇を手厚く保護した動物愛護の精神にも寄与したアットホームな劇団という記事を書くためだ。
「それで、劇団員のリート クリフザート君が捕獲して、ムッシュ ヴァリエのお宅で大切に保護してくださったという訳なんですね?」
ジェニーがその経緯を確認する。
「ええ。幸い、クリフは南の地方の出身でしてね。蛇の扱いについてもよく知っているんです。彼は本当によく世話をしてくれました」
ダニールが言った。

「でも、いきなり蛇だなんて驚かれたでしょう? 追い出そうとか殺してしまおうとか思わなかったんですか?」
市之助が訊く。
「確かに、はじめは少し驚きました。しかし、蛇といえども生き物ですし、命は大切にしなければいけないと、日ごろから団員達に指導しているものですから、傷つけないよう大切に捕獲し、届けようと思ったのです。ただ、蛇が少し弱っているようでしたので、回復するまでの間、お世話して元気に……と思いまして……」
「まあ、何ておやさしい」
ジェニーが言った。
「ほんと。命あるものすべてにやさしい劇団なんですね。感動しました」
市之助も目を潤ませて言う。そして、また、それが週刊誌の見出しに躍った。


 「あーん。僕の蛇ちゃん」
クリフが悲しそうに言った。
「仕方がないだろ? あれは人の飼い蛇だったんだ。諦めろ」
ダニールが言った。
「だって、僕……。蛇ちゃんのために、こんなにたくさんネズミを捕まえてきてあげたのにィ……」
「そうだよ。勝手に蛇を返してしまうなんてひどいよ、パパ」
ルイも怒って抗議した。
「そんなこと言われてもしようがないだろう」
ダニールが困ったように二人を並べて説得に掛かった。


 そして、翌日。
「蛇も無事に持ち主に返すことができてやれやれですね」
エリックが言った。その日は休日で劇団も稽古はお休み。彼はダニールのマンションの部屋に来ていた。
「まあね」
ダニールは気がなさそうに返事した。
「どうかしたんですか?」
「いや、別に……。ただ……」
そこへルイとクリフが帰ってきて言った。
「ありがとう、パパ。丁度手ごろなのが売ってたんだ」
「おや、大きな荷物だね。何を買ったの?」
エリックが訊く。

「ほら、これですよ。ね? 可愛いでしょ? 僕とルイのペットです」
クリフが掲げたケージの中からヌッととぐろを巻いた蛇の目が覗く。
「蛇じゃないか! 何でまたそんな……」
後ろに下がりながらエリックが訊く。
「仕方がなかったんだ。黙って蛇を返しちゃったからってクリフには泣かれるし、ルイちゃんは蛇買ってくれなきゃ家出するなんて脅すし……」
ダニールがもぞもぞと言い訳する。
「それで、買ってやったんですか? 何て親馬鹿なんだ……」
エリックは呆れた。が、ルイとクリフの二人はケージを眺めてはうれしそうに笑っている。そんな二人を見ているダニールも、表情を歪めながらもうれしそうに微笑した。