星空のミシェル
Puzzle Ⅰ 惑星崩壊

Part Ⅱ


外板が軋み、船内には甲高い悲鳴のような摩擦音が響いた。キリエシャフールの崩壊で生じた電磁波の濁流が、0.8パーセク離れたここまで及んでいるのだ。
「チャラ、ワープ準備を! このままでは引きずられる!」
僕はベティーをベッドに戻すと操縦桿を握り締めた。
「チャラ!」
僕はもう一度呼んだ。しかし、返答がない。

ロボットの機能は停止したまま、エラーランプが点滅していた。見ると、宇宙船の幾つかの表示もEの赤いランプが点灯している。磁場にやられたのだ。
コンピュータは電磁波に弱い。だから、マーブルナイトスター号やチャラの電子頭脳を守るガーディーボックスには、当然ながらそれを通さない鉛での加工が施されていた。しかし、惑星崩壊という凄まじいエネルギー放出の前では、そんな防御はあまりにも脆弱な囲いだった。

メインエンジンが停止した。制御不能となった船体が揺れる。まるで嵐の海に翻弄される小舟のように……。しかし、このまま黙って手をこまねいて見ている訳にはいかない。子ども達がいるのだ。何とかこの強力な磁場から脱出しなければ……。僕は辛うじて動いていた右のサイドエンジンと制御ノズルを使って微調整しながら手動で船を操った。

ワープアウトする地点は緻密に計算されていた筈だった。それでも、これほどの影響を受けるとは……。想定外の凄まじいエネルギーを放出したのだろうか。それほどまでに惑星崩壊という現象は人類にとって測り難いものなのか。

確かに、宇宙においては何が起こるかわからない。しかし、そのすべてを想定外であると言ってしまえば、先に進むことができなくなる。言葉一つで失敗や過ちを覆い隠してしまうことになるからだ。それでは、過去への反省も未来への努力もなくなってしまう。宇宙で行動している以上、あらゆる可能性を想定し、備えをしておくことが肝心だ。当然、僕自身も備えはした。しかし、それはまず、この危機を脱してからのことだ。

レーダーの数値は当てにならなかった。僕は機能している限りのプログラムを駆使して、船を安全な方向へ向かわせることに終始した。メインスクリーンをパノラマ画面に切り替え、視認できる情報を増やし、一部のデータの復旧も試みた。できればエンジンがもう一基機能してくれたら、もう少し楽に回避できたのだが、そう都合よく行くものではない。今ある状況を最大限に生かしてやり繰りするしかないのだ。

この異常な磁場は単に惑星の崩壊だけではなく、それに伴って起きた重力バランスの乱れによるものだ。恒星を挟んで釣り合っていた惑星間の相対バランスが崩れ、太陽から放射された磁気嵐も関係していた。
マーブルナイトスター号はその影響をまともに受けてしまったという訳だ。

突然、コクピットに警告音が響いた。船の背後から岩石が近づいている。僕はそれを避けようとした。だが、船の動きは遅い。操縦桿を思い切り傾けても船体は僅かに首が触れるだけだ。
「これでは駄目だ」
僕はあらゆることを試し、何とか船の進路を変えようとした。が、間に合わない。

最初の衝撃が来た。
尾翼が折れ、右舷で小さな爆発が起きた。このままではまずい。船首が大きく傾いた。しかも最悪の方向に……。船は恒星の方向に向かっていた。

僕は何とか舳先を戻そうとしたが、操縦桿はびくともしない。このままではまずい。僕はショートドライブのスイッチに手を掛けた。
特殊航行用のエンジンは何重もの隔壁に守られているため、磁場の影響を受けなかったのだ。接続にも問題はなかった。しかし、もし、セットした座標が来るっていたら……。それがもし致命的なずれだったら……。一瞬の迷い。
その時、ベティーがまた泣き声を上げた。ただならぬ事態を察して赤ん坊は危険を感じ取ったのだ。僕は決意した。
「ドライブON!」
メインスクリーンが歪み、幻想のような光の中で、僕達はその身体を宇宙と同化させた。生も死も、何もない闇の中を彷徨う意識……。その時、視線の先には何があるのだろう。髪の一本一本ですら繊細な神の使徒であるかのように、すべての筋肉も神経も……僕の及ばない意識の果てにあった。

瞬間移動という言葉が僕の脳裏を過る。瞬間。しかし、それは厳密に言えば、0ではない。15.02秒の時間を経て僕達は高速で空間を移動したのだ。でも、テレポートというのは、こんな感覚に近いのかもしれないと、僕は思った。

危機は脱した。しかし、問題は山積みだ。船の総点検と修理。データの復旧。そして、何よりも子ども達のこと……。ロンと赤ん坊は眠っていた。呼吸も脈拍も正常だ。よかった。あとは……。
「リンチュン」
少女は目を開いていた。が、呼び掛けに反応がない。

「リンチュン? どうしたの? もう大丈夫だよ。危険はなくなったからね」
そう。取り合えずの危険は回避することができた。だから、
「もう何も心配することはないんだよ」
少女の目を見つめて言った。けれど、彼女は何も反応しなかった。

「リンチュン」
ショックが強過ぎたのかもしれない。僕は急いで彼女の脈を取った。速い。でも、脈の乱れはなかった。今のところ、体温も呼吸も正常だ。
「僕の声が聞こえる?」
彼女が僅かに首を振る。肯定なのか否定なのか微妙な動きだ。が、僕は肯定であると解釈した。

「僕が誰だかわかる?」
彼女は頷きかけて、それから、慌てて両手を突き出すとシートに背中を強く当てて、顔を背けた。そして口を開いて何か言おうとした。が、その声が喉に詰まって止まる。
「あ、ウー……!」
言葉にならなかった。少女は乾いた涙をその頬に伝わせた。

彼女は見てしまったのだ。惑星が滅びゆく様を……。そして、僕達の会話を……聞いてしまった。それによってすべてのことが理解できたかどうかはわからない。しかし、子どもは本質を理解する。恐らく、この子は知ってしまったに違いない。だからこそ、僕を拒否した……。それでも、僕は言いたかった。今は、僕を信じて欲しいと……。だけど、僕はその言葉を呑みこんだ。

これから先のことを考えなければならない。もしかすると、彼女の声が失われているの一過性のものかもしれない。状況を把握して、落ち着きを取り戻すことができれば、彼女と話し合うチャンスは来る筈だ。
「ごめんね」
僕はそれだけ言うと彼女のシートから離れた。

あとは、収容した4人の子ども達だったが、これは船内モニターによって安否を確認することができた。みんな元気そうだ。僕は船に緊急事態が起きたこと、しかし今はそれを回避して安定した状態にあること、そして点検のために時間が必要なことを彼らに告げた。つまり、そのまま部屋で待機していて欲しいと……。

幸い、彼らの居室を含め、船内に大きな損傷はなかった。やはり、問題はコンピュータープログラムとデータの復旧に掛かっている。僕は急いですべてのデータの復元を試みた。
破損した現在のデータを破棄し、新たなバックアップデータを挿入して再起動する。一方、さっき岩石の衝突によって損なわれた外板と尾翼の修理を作業用のロボットアームで行う。あとはチャラの復旧が完了すれば……。
故障したエンジンを直すためにはコンピュータによる正確な計算が必要だ。子ども達のためにも僕自身のためにも、今は一刻も早く宇宙船の機能を回復させることが重要だ。このままでは、現在マーブルスター号が宇宙のどの座標にあるのかさえ判断できない。
目まぐるしい速度でファイルの中にデータが書き込まれ、様々なランプが点滅していた。データ復旧率63.5%。よし。順調だ。このままでいけば、あと15分もすれば、チャラのメンテナンスが完了する。そうすれば、あとの作業がやり易くなる。

リンチュンは、シートにもたれて大人しくしていた。僕はコンソールを操作しながら、彼女のことを考えた。人は強い衝撃を経験すると、時として現実に耐えきれず、無意識に自らを守るための抑制が働くことがある。記憶の喪失もそうだ。そして、リンチュンのように失語症に陥ることも、その反応の一つだ。最悪、すべての意識活動を停止して、廃人のようになってしまうことさえある。それは人間の本能に基づいた防衛反応だから誰にも止めようがないし、阻止できるものでもない。

でも……。
これは僕のせいなのかもしれない。
リンチュンがこうなったのも……。キリエシャフールが崩壊し、620万もの人々が死んだのも……。みんな……。

――あなたがいけないのです

それは、船に攻撃して来たディザードという男のものだったのか。それとも、エルバの声だったのか、僕には判断がつかなかった。

――あなたのせいだ

少女は、その大きな瞳を僕に向けた。笑い掛ける僕。けれど、彼女の目は冷たかった。
「リンチュン……」
責めているのか。
すべての責任は僕にあると……。
そうかもしれない。
僕がここに来なければ、真っ直ぐメルビアーナに帰っていれば、事態を回避することができたのか。
本当に……?

スクリーンの中に流れる光。繰り返し現れるその光の向こうに潜む真実。
「否だ」
僕は軽く唇を噛んだ。スクリーンの中を過ぎる星の連なり……。

惑星一つ破壊するためには、それ相応の準備が必要だったに違いない。それに、もし、僕一人だけを暗殺するつもりならば、そこまで大がかりな仕掛けを施す必要などない筈だ。
ならば何故、惑星は破壊された?

何かある筈だ。それ相応の理由が……。

銀河連邦が関わっている。けれども納得がいかない。メルビアーナは独立国家だ。キリエシャフールもまた完全にではないが準独立国家だと言っていい。連邦が関与して来ることは、過去一度もなかった。何故今になって介入する必要があったのか。何かが変わろうとしている。歴史が変革を遂げようと動き出しているのかもしれない。大きな時代のうねりが僕らの未来を呑みこもうとしている。
暗黒の未来か。それとも光に満ちた希望の未来か。
その時僕は、僕達はどちらを選ぶのだろう。

モニターの中の緑が、細い血管の中を駆け巡る。
もっと情報が欲しい。
でも、コンピューターが回復し、通信が可能になったとして、いったい何処へ連絡を取ったらいいのだろう。

内閣政府は既に連邦によって制圧されてしまったかもしれない。それどころか、もはやその存在ですら危うくなっているのではないか。だとすれば、いったい何処にこの身を委ねたらいいのか。

もはや連邦もメルビアーナも信用できない。だとしたらどうする。僕はもう一度、リンチュンと眠っている子ども達を見た。子ども7人と僕、そして……彼女。
僕の護衛を担っていたシャーロッテ グリーンバルツ。彼らの運命を、その未来を握っているのは僕。判断は慎重にしなければならない。もし、船の航行に支障が生じ、困難が訪れたとしても、迂闊に救難信号を発する訳にはいかない。連邦は僕を抹消したがっている。彼らは子ども達の命より任務を遂行することを選ぶだろう。彼らを巻き込むことはできない。けど、どうしたら……。最良の方法を探らなければ……。シャル……どうか僕に力を貸してください。

彼女の冷凍睡眠装置に異常はなかった。すべては順調に機能している。でも、僕は彼女の傍に行きたいと願った。できればこの目で直接無事を確かめ、いつものように硝子の上から愛撫して、そしていつものように口づけを……。

ああ、僕の愛しのシャーロッテ……。
今すぐ君を甦らせて、今すぐ君をこの手に抱くことができたなら……。
君と僕とを繋ぐラインがスクリーンに透ける。
だが、突然のアラームが、僕の妄想を遮った。

「何が起きた?」
チャラのエラーランプが点灯していた。不具合が起きたのだ。データの再読み込みが72.2%で停止している。
「軸索回路がやられてるな」
部品を交換してみた。が、データの読み込みは、どうしても72.2%のところで躓いてしまう。記憶媒体に損傷があるのかもしれない。僕はエラーの原因となっているデータを切り捨てた。高度な分析には支障があるかもしれないが、通常の使用には問題がない筈だ。今は少しでも僕を補佐してくれる手が欲しい。もしかしたら、あの中学生達も役に立ってくれるかもしれない。みんなで協力すれば、データを完全に復旧させることもそう難問ではない筈だ。

結局、メインコンピュータの書き換えも67.5%で止まってしまったが、僕にとっては希望が見えた。
「うーん……」
ロンが目を覚ました。
「あれ? ここはどこ?」
「ここは僕の宇宙船の中だよ。火山が噴火してね、それで、僕達は宇宙船の中に避難したんだ」
そう子どもに説明した。
「お腹が空いた」
ロンが言った。彼にとっては、状況を把握することより現実の空腹を満たすことが大事なのだろう。実に素朴で理に叶っている。
「ああ、そうだね。何か食べ物を持って来よう」
僕はシートから立ち上がった。

思えば、あれから大分時間が過ぎている。時計の表示が正確ならば、脱出してから既に4時間近く経過していることになる。居住区で待たせている子ども達もさぞかしお腹を空かせていることだろう。僕はどうも何かを始めてしまうと夢中になり過ぎてしまう傾向があった。食べることも寝ることもみんな後回しになってしまう。僕一人ならばそれでもいい。けど、今は僕一人ではない。気をつけないと……。
「ミシェル、どこへ行くのですか?」
チャラが訊いた。どうやらデータ取り込みが終了したらしい。
「食料庫だよ。子ども達に何か食べさせなきゃ……。それに僕達8人が消費したとして、食料がどれくらい持つのか確認しておかないと……」
「お手伝いします」
チャラが言った。
「ありがとう。助かるよ」


取り合えずの食事。ホットドックにミルク。それにサンドイッチをチャラが配る。子ども達にはリビングに集まってもらった。
「僕はミシェル。この船、マーブルナイトスター号の持ち主だ。年は19才。話さないといけないことがたくさんある。でも、その前に君達も自己紹介してくれないかな? その方がお互いに親しみを持てるから……」

見た感じでは、彼らは同じ学校の仲間らしいが、必ずしも仲良しグループではなさそうだ。
「さあ、どうしたのかな? 誰からでもいいよ」
「ぼくはロン、5才。妹のベティーは1才です」
先陣を切ったのはロンだった。ベティーのための粉ミルクはなかったので、ミルクを温めて、砂糖を入れたものをスプーンで飲ませた。でも、今後はおむつの問題なども含めて検討しなければならない。
「いいよ。上手にできたね。それでは、お兄ちゃん達にもやってもらおう」
僕は隣に座っていた茶髪の少年を見て微笑んだ。

「俺はジャン テグシー。15才」
ふてくされたように彼が言った。合成皮革の黒いジャンパーにデニム。ベルトに吊るされているのは金属製のサバイバルチェーン。
「わたしはエミール エンライト。14才よ」
彼女は亜麻色のロングウェーブの髪を束ね、水色の目をしていた。丈の短い赤い上着に胸元が広く空いた白いつなぎのズボン。白いシェルのピアスを付けている。

「ぼくは、トビーです。トビー マック。12才」
黒髪の彼は白い襟の付いたシャツに紺色の上下。胸ポケットにはスクールの紋章が刺繍されている。彼らはカトリエル中学校の所属らしい。
「おれはハロルド トンプソン。11才だよ」
栗色の巻き毛で金色掛った茶色の瞳。彼もまた同じ中学校のジャケットを着ていた。でも、シャツのボタンは掛けていない。彼は食事の間もずっと手にしたゲームを放さなかった。それはシンプルな作りの数字パズルだった。僕はよほど注意しようかと思ったが、状況を考えてやめた。何もかも損なわれてしまった今、彼らがここへ持って来た物だけが、あの星での思い出になる。

チャラがベティーを抱っこしてあやしながら、僕達の背後を滑って行った。皆の視線がまだ自己紹介していないリンチュンに注がれる。しかし、彼女は何も言わない。
「次、あんたの番だよ」
エミールが言った。それでも彼女は黙っている。いつもなら、そんな風にものおじする子ではなかった。リンチュンは人懐こくて明るい女の子だったのだ。
「彼女はリンチュン。年は7才。今は事情があって声がうまく出せないんだ。でも、とてもやさしくていい子なんだ。仲良くしてあげてね」
代わりに僕が紹介した。

「では、私の番ですね」
チャラが言った。
「私の名前はツァラトゥストラ。哲学する万能ロボットです」
ランプを点滅させて言った。
「ツー、何? ツナトトトラ?」
ロンが訊き返す。
「彼は僕が作ったロボットなんだ。チャラと呼んだらいいよ」
「チャラ! それならわかる」
ツァラトゥストラの発音がうまくできなくてぶつぶつ言っていたロンが元気に応える。

「ミシェル!」
チャラが不満そうにランプを点滅させて異議を唱えた。が、僕は笑って言い返した。
「仕方がないよ。小さい子には言い難い名前だもの。チャラの方が何倍も親しみがあるさ」
ロボットはまだ不満そうだったけれど、ロンが小さな手でそのボディを撫でたり、何度も名前を呼んではしゃぐので、満更でもなくなったようである。

「では、自己紹介が終わったところで、早速だけど、今、この船は中枢部に重大な問題を抱えているんだ。その問題を打開するためにも、ぜひ君達にも手伝って欲しい。これは半ばお願いでもあるんだけど、どうだろうか?」
僕は思い切ってそう提案してみた。でも、彼らは皆俯いたり、顔を背けたりしているだけで何も言わない。でも、僕は待った。12秒の長い空白。

「重大な問題って何?」
そんな沈黙を破ってエミールが訊いた。
「そんなことより俺達、いつ帰れるんだよ」
ジャンが不満を吐き出した。その途端、他の子ども達もがやがやと一斉に騒がしくなった。それはそうだろう。彼らにとって家や家族は何よりも大切なものに違いない。僕だってそれくらいのことは十分承知している。でも……。彼らにとっての故郷は、帰るべき場所はもうないのだ。それをどう告げたらいいのか、僕は思案していた。

「まず、第一の質問。船のメインコンピュータのデータが磁気嵐によって損傷したんだ。それでその復元を行うために君達の力を借りたいと思ってる。それを直せないとエンジン系統の修理ができず、船の航行に支障が生じてしまうんだ」
僕は一同を見まわして言った。
「つまり、帰れないってことですか?」
トビーが訊いた。
「えーっ? そんなのいやだよ。ぼく、早くおうちに帰りたい」
ロンが叫んだ。
「おれだって、今日、見たいテレビがあるんだけど……。今日中に帰れんだろうな?」
ハロルドも言う。

「残念だけどそれは無理なんだ」
僕は告げた。その言葉にみんな一瞬黙り込んだ。が、すぐにまた元気を取り戻した年少の子ども達が訊いた。
「それじゃ、いつなら帰れるのさ?」
「明日には帰れる?」
ハロルドとロンがせっつく。
「ごめんね。はじめにそう言えばよかったんだけど、実は、船のトラブルの原因になった磁気嵐というのは、惑星崩壊によるものなんだ」
「惑星崩壊?」
エミールが腑に落ちないといった顔で訊いた。

「何処の惑星が崩壊したって?」
ジャンも不審そうな顔をする。
「まさか、キリエシャフールじゃないですよね?」
トビーが虹彩を震わせて言った。
「バッカだな。そんなことあるわけねえじゃん」
ハロルドがおどけたように笑う。
「だって、変だよ。あの時だって、急にラグリエ火山が噴火したり、大人達の様子だって変だった……」
トビーが言った。大人達の様子が変だったとはどういうことだろう。住民は何か知っていたのだろうか。空港に人がいなくなっていたということは、何を意味する? もしかすると、事態を把握していた人間がいたというのか。ならば、何らかの形で先に脱出している者達がいるかもしれない。しかし、今はまだ迂闊なことは言えない。彼らが納得できるような答えを与えてやらなければならない。

「どうなんですか?」
トビーが訊いた。真剣な瞳。僕は正直に答えた。
「惑星キリエシャフールは銀河標準時間16時42分に消滅した。つまり、今から297分前に……」
「そんな……!」
エミールが思わずそう漏らした。他の子ども達も皆一様に驚きの表情を浮かべている。
「それ、どういうこと?」
ロンが訊いた。
「みんな死んじまったってことだよ」
ハロルドがやけになって言った。

「うそでしょう? そんなことって……。星が崩壊してしまうなんて、有り得ないよ!」
信じられないといった顔でトビーが繰り返す。
「やい! でたらめなこと言うとぶっとばすぞ!」
ジャンがいきり立って叫んだ。
「僕だって信じたくないよ。でも、事実なんだ」
「それじゃ、おうちは? パパやママはどうなったの?」
ロンが泣きそうに詰め寄る。
「わからない。でも、残念だけれど、君達のご両親が生きているという保証はできなくなってしまった……」
僕はなるべくやんわりと伝えようとした。けれど、僕の言葉が終わらないうちにロンやハロルドが泣き出した。

「いやだ! おうちに帰りたいよ。パパやママに会いたい!」
「何でだよ! 何でおれがそんな目に合わなきゃなんねえんだよ!」
ハロルドが激しくテーブルを叩く。反動でカップが引っ繰り返り、皿が床に落下した。
「泣かないでよ! わたしだって帰りたいわよ!」
エミールも叫んだ。それは無理もなかった。誰がこんな現実を予想しただろうか。誰も想像すらしていなかった。そうだ。僕だって……。もしも、メルビアーナがこんなことになったら……。僕はどうするだろう? 耐えられない。今のこの子達と同じように、自分を見失ってしまうだろう。僕にはもう家族がいないけれど、メルビアーナは僕の愛すべき故郷だから……。そして、キリエシャフールもまた、僕にとっては大切な星だった。そこに住む人々と、共に会った自然……。この子達はそこで暮らして来たのだ。そこに家族や友人がいた。どれほどまでに嘆いても嘆き尽くせないほどに、彼らは悲しみを感じている。

僕に何ができるだろうか。外部の人間であるこの僕に……。
「帰してよ」
エミールが言った。
「そうだ! おれは帰る。さっさと船を戻せ!」
ハロルドも言った。
「それは……できない。もう君達の愛するキリエシャフールは消えてしまったのだから……」
「うそだ! おれは信じないからな」
「ハロルド……」
「そうだよ。ぼくも信じない。みんな死んでしまったなんて……。惑星が消えるなんてことある訳ないじゃないか。おまえが悪い奴なんだ。そうやってうそ言って子どもを攫う悪い奴だ」
「トビー……」
そういう事件があるということは知っていた。でも、ぼくがその犯人だと思われるなんて心外だ。
「違うよ。僕は……」
しかし、子ども達は僕の弁解を許してくれなかった。

「わたし達を攫ってどうするつもりなの?」
エミールが感情的な声で詰め寄った。
「そうだ! 女ならともかく、男の俺達を攫ったってしょうもねえだろうが」
ジャンが怒鳴った。
「ちょっと! それどういう意味? 差別発言禁止!」
エミールが反論する。
「でもぼく、聞いたことがあります。男は鉱山惑星で一生採掘をさせられるって……」
「それって奴隷じゃん」
トビーやハロルドまでそんなことを言いだした。

「時代錯誤だよ。そんな制度は西暦時代に廃止されてる」
僕が言った。
「そんなの表向きのことでしょ?」
エミールが言った。
「表向きじゃないよ。そういったことは銀河法にもきちんと明記されているんだ。人権擁護は最も尊重されなければならない最優先課題だからね」
しかし、子ども達は納得しなかった。

「あんたは何もわかってないのよ。実際にはそんなもの何の役にもたっちゃいないってね」
エミールが食い下がる。
「わかっていないんじゃねえ! わかる必要なんかねえんだ。何しろ、こいつがその張本人なんだからな」
ジャンが掴み掛かって来た。けど、僕は避けなかった。僕が避けたり、反撃したりすれば、それだけ騒ぎが助長される。
「船の持ち主だと言ったな? 他の仲間はどこにいる?」
スペースジャケットの襟首を掴んでジャンが訊いた。

「この船には僕しかいないよ。それとそこのロボットだけさ」
「うそつけ! これだけの船がたった一人で動かせるもんか。きっとどこかに仲間が隠れてるんだ。言え!」
「そうだ! おれ達をどこに連れて行くつもりなんだ?」
ハロルドも言う。
「ジャン! 構わないからやっちまいなよ」
エミールの言葉にジャンが頷く。彼の拳がみぞおちに食い込む。一瞬、息が詰まって咳き込んだ。荒削りな攻撃。けど、まだ経験が追いついていない。攻撃を受けて僕が怯んだように見えたのか、ジャンは満足そうに微笑むとエミールと視線を交わした。

「さあ、船を戻してもらおうじゃないか。俺達をキリエシャフールに帰すんだ」
「できない」
ジャケットの襟を締めあげて来るジャンに対して、僕ははっきりと言った。
「ふざけるな!」
彼は激昂し、何度も僕を殴りつけた。けれどその攻撃は僕を屈服させるには中途半端だ。ジャンを、子ども達をねじ伏せるのは容易だった。しかし、そんなことをすれば、この子達は二度と僕を信頼してくれなくなるだろう。僕はこの子達に協力を求めたいのだ。
「コノヤロー! 帰せ! おれ達をキリエシャフールに連れて行け!」
脇から叩いて来るのはハロルドだ。

「ミシェル」
チャラが指示を求めた。が、僕は軽く片手を上げて左右に振った。何もしてはいけない、と……。
「やめてよ」
ロンが泣きべそをかいて言った。
「その人はぼくやベティーのこと助けてくれたんだよ。みんなで殴るなんてひどいよ」
「ロン……」
しかし、ジャンやエミールがそれを遮る。
「助けてくれただって? それが手かもしんないぜ」
「そう。恩を売って仇で返すとかさ。悪い奴らの常套手段だ」
「それに、おまえだって父ちゃんや母ちゃんのとこに帰りたいだろ?」
ハロルドに訊かれてロンは素直に頷いた。
「なら、おまえも手伝え!」
「う、うん」
ロンもおずおずとやって来て僕の背中を叩いた。

リンチュンは、部屋の隅で俯いたまま、青ざめていた。食事にも手を付けていない。
「わかった。どうあっても君達は自分の目で確かめたいと言うんだね?」
僕が訊いた。
「当然だ! この目で見なきゃ信じられるか」
ジャンが言った。
「そうだ。ぼくだって信じられないよ。お父さんやお母さんが死んでしまったなんて……」
トビーも涙ながらに訴える。
「死んだなんてうそだ!」
ハロルドが叫ぶ。
「ママに会いたいよぉ」
ロンがまた、しくしくと泣き出す。僕はそんなロンの頭を撫でながら言った。

「そのためにも、早く船の修理をしなければならないんだ。このままでは永遠に宇宙を漂流することになってしまうからね」
「永遠ですって? 冗談じゃないわ! 早く何とかしなさいよ」
エミールが目を吊り上げて抗議する。
「そのためには君達の力が必要なんだよ。わかるだろう?」
僕は彼らを説得するように言った。
「だけどよ……」
ジャンが口ごもった。心なしか僕を押さえつけていた力が若干弱くなる。

「ねえ、そこのロボット君。彼の言ってることは本当ですか。他に乗組員はいないの?」
トビーが訊いた。
「はい。ミシェルと私、ツァラトゥストラだけです」
チャラが答える。
「こんなロボットの言葉が信用できんのかよ?」
ジャンが疑わしそうにチャラを見つめる。しかし、トビーは首を横に振って説明した。
「できるよ。ロボットは人間に対して従順なんだ。絶対にうそはつけないように作られているってお父さんが言ってた」
確かにそうだ。トビーの言葉には説得力があった。それでみんなは互いに顔を見合わせ、それから一斉に僕の方へ顔を向けた。

「わかってくれたかい?」
僕は訊いた。
「納得はいかねえ」
ジャンはまだ不服そうだった。が、それでも僕を正面から見て言った。
「けど、壊れちまったもんは直さねえとどうにもならねえんだろ?」
「ああ。このままでは何もできないからね。先へ進むこともあとに戻ることも……」
ジャンは掴んでいた僕の襟首を放して向き直った。
「なら、決めた! 取り合えず、俺達はこいつに協力する。いいな?」
ジャンが他の子ども達を見まわす。誰も逆らう者はなかった。