第一章 Part V


 「くっだらない! 何、こんなつまらない恋愛映画なんか観てるのよ?」
言い終わらないうちに画面はマシンガン飛び交うギャング映画に切り替わった。
「カティ! このバカ女! いきなり何すんだよ」
とバリーがまた、ロマンティックな愛の語らい場面へ戻す。
「んもうっ! この男ったらじれった過ぎ! さっさと告ってしまえばそれで済んじゃうのに……」
と文句をつけつつ、また画面を替える。ズバッと切り裂かれた男の呻きと血しぶきが画面いっぱいに広がる。
「うわっ! やめろよ! 今、すっげーいいところだったんだ」
とリモコンを奪ってまた替える。美しい霧に包まれた湖で男は愛を囁き、そっと唇を寄せる。そして、あと、ほんの少しで二人のそれが重なろうとした時、また画面が切り替わった。黒ずくめの男達が暗闇の倉庫のような場所でバンバン撃ち合っている。

「カティ! てめえ、何の恨みで邪魔すんだよ?」
バリーが椅子から立ち上がった。
「何よ。やる気? わたしは今、すっごくこの映画が観たいって感じなの!」
「何を! おれだってすっごく観たかった映画なんだぞ!」
『ミストラルスター』号のリビングルームで、二人は睨み合っていた。
「ウー」
カティが唸る。
「クー」
バリーも唸る。一触即発。テーブルの上のチップ&クッキーが皿から何枚か散らばった。

「やるか? バカ女!」
「ガキが……! あんたが恋愛映画観るなんてとんだお笑いよ。だって、全然似合わないしィ」
「うっせーな! どんな映画観ようとおれの自由だろ? おまえこそ、たまにはもっと女らしく可愛らしい映画でも観ろよ」
「フン! あんたには恋愛なんか早いわよ。せいぜい幼児番組の人形劇でも観てなさい」
二人はムキになってリモコンを奪い合う。目まぐるしく切り替わる画面を観て、丁度お茶を運んで来たクッキングロボットの『ポメス&チキン』が目を白黒させた。

ポメス&チキンと言っても彼は1台のロボットだ。担当は調理と栄養管理。機能はそれだけだが、簡単な言葉を話し、車輪で船内を自由に走行する事が出来る。外観は大きな電子レンジに四角い頭が付いたような形状で、およそあらゆる食べ物と飲み物を合成する事が出来る。自動クッキングロボットとしては最上位の性能を有していた。その彼がせっかく差し出したティーカップの上をヒュンヒュンとレーザー光線が飛び交っている。ポメスは、器用にそれらを避けてカップをお腹のボックスに戻した。そして、ため息のようにフーッと静かに音を漏らすと、顔に当たる部分のランプを明滅させながらカラカラと危なくない位置まで後退した。

「フーッ。危ナカッタでした」
ポメスは、ボディの両脇に付いているマジックハンドのような腕を伸ばすとテーブルの上のチップ&クッキーも回収してまたフーッと音を漏らした。スクリーンでは、もう何だかわからない光だけがバチバチと光っている。二人はテーブルを挟んでまだ撃ち合っていた。
「フフフ。射撃の天才カティ様に対抗しようなんて100年早いわ」
「うるせーっ! いつだって数撃ちゃ当たる方式じゃんか! いつもキャプテンに怒られてんだろ? 弾の使い過ぎだって」
「ホーホッホッ。それっていくら撃っても当たんない坊やの僻み?」
「えーい! ちがわい!」
バリーは狙いを定め、思い切りトリガーを引いた。と、その瞬間。素早くよけたカティーの脇のスライドドアがスッと開いた。

「あ! キャプテンお帰りなさい。予定より随分早かったんだね」
バリーが言った。が、男は頬を引き攣らせて怒鳴った。
「貴様! おれを殺す気か!」
バリーの撃ったレーザーはキャプテンの胸の寸前で消失した。彼がバリアで防いだのだ。
「うへっ。 ごめんなさい」
とバリーがペロッと舌を出す。背後でカティがニヤニヤと笑う。
「やーい。叱られた」
バリーはギンとそちらを睨む。

「貴様ら反省してないな?」
と男が言った。
「してるしてる。おれって素直ないい子だもんね。どっかの誰かさんとちがってさ」
「へえ。あんたがいい子ってんなら、わたしは天使様かしら?」
とカティが言った。
「ふざけんなよ! そんな天使がいてたまるかっつーの!」
バリーがボヤく。
「フフフ。何か面白そうな人達だね」
キャプテンの後ろで声がした。
「え?」
まだ幼い子供の声だった。二人は驚いて顔を見合わせる。

「ぼくはジューン クリーチャー。今日からこの船に乗る事になりました。どうぞよろしくお願いします」
キャプテンの後ろからおずおずと顔を出したのは栗色の髪に淡い黄金色の瞳をした痩せた一人の子供だった。
「船に乗るって? キャプテン! それってどういう事なの?」
カティが詰め寄る。
「そういう事だ」
「何よ、それ……ウチは託児所じゃないんですからね。今だって十分ガキンチョの面倒みるのに辟易してるっつーのに……」
「それ、どういう意味だよ?」
「言葉通りの意味」
とまた二人は睨みを交わす。

「あの……ぼく、やっぱりここへ来ちゃいけなかったのかしら?」
カティの振り回しているレーザーガンを見てジューンが首を竦めて言った。
「ホラ、見ろ。怯えちまったじゃねーか」
バリーはカティを向こうへ押しやるとジューンに話し掛けた。
「おれはうれしいよ。年は幾つ?」
「13」
「12だろ?」
すかさずキャプテンが言った。
「でも、あとたった3ヶ月で13になるんだ」
と子供は思い切り背伸びして言った。

「へえ。そうか。おれは、バリー チェース。15だよ」
茶色い巻き毛に同じ色の瞳、そばかす顔の少年が言った。
「何サバ読んでんのよ! あんた、まだ14でしょ?」
「へーんだ。おれだってあとたった2ヶ月で15になるんだもんね」
とウインクする。ジューンが少し微笑んだのでバリーはその小さな手を掴んで握手した。
「よろしくな」
「あーら、抜け駆けは許さないわよ。わたしは、カティ シャーク。17よ」
と言ってバリーをどかして握手する。
「あの、よろしくお願いします……」
と言って彼はじっとその顔を見つめた。

「あら、どうしたの? わたしの顔に何か付いてる?」
「いえ、その……」
ジューンが言いよどんでいるのでバリーが茶化した。
「あんまり怖い姉ちゃんなんでビックリしたんじゃないの? そう! カティってさ、名前の通りサメみてーにおっかねえ奴さ。武器弾薬何でもござれのサド女なんだ」
「何言ってんのよ? あんたなんかドジでマヌケのへっぴり虫のくせに」
「何を!」
といがみ合う二人を見てジューンは笑った。
「ぼく、本当にうれしいよ。またあなた達に会えて……」
「また?」
二人が顔を見合わせる。
(本当に……)
ジューンは過去を思って微笑んだ。

「何だか不思議な子ね。ずっと前から知り合いだったような……」
とカティが言い掛けた時、カラカラと車輪の音を響かせてポメスが近付いて来た。
「ワタシは、オ料理ロボットの『ポメス&チキン』デス。メンバーの中デハ、最モ優秀。ドウゾ、ヨロシク」
「よろしくね。えーと……」
「『ポメス』と呼ンデ下サイ」
「わかった。これからよろしくね。ポメス」
ジューンに言われるとロボットはキラキラとランプを点滅させた。
「ドウゾ」
お腹の蓋が開いてカップが出て来た。

「ほっとみるくハ好キデスカ?」
「はい。大好きです。ありがとう」
と言って受け取ると幸せそうにそっと一口飲んだ。
「ああ、もう何年も飲んでないんだ。本当においしいです。ありがとう」
「ドウイタシマシテ」
ポメスもうれしそうだった。
「こいつ、子供には弱いんだな? おれにもくれよ」
「バリーは、モウ、今日、必要ナ栄養ハ全テ接種シマシタ。ノデ、今夜ハ夕食ハアリマセン」
「おい! おまえ、ふざけんなよ! 夕食がないってどういう事だよ?」

「バリーは、サッキ、チップ&クッキーでカロリーヲ全部消化シテシマイましたノデ……」
「あれって、おまえが出したんじゃないか」
「食ベタノハアナタですカラ……」
「そんな……! ひでーロボットだな。そういう時はちゃんと止めてくれよ」
「ワカリマシタ。次カラハ止メテアゲマス。ガ、今夜ハ抜キデス」
と言うとポメスはさっさとキッチンへ行ってしまった。
「チェッ! 何だよ! ロボットのくせに!」
とバリーは悪態を突いたが、カティはクスクスと笑っている。

「あの、今日はぼくの夕食もありますか?」
ミルクを飲み終わったジューンが訊いた。
「あるわよ。多分、ポメスはそれ計算しに行ったんだと思うわ」
カティが言うとジューンはうれしそうに言った。
「それじゃあ、ぼくのを半分分けてあげるよ」
「え? だって、そんなことしたら、おまえ、腹空くぜ」
「ううん。いいんだよ。ぼく、食べられないのなんか慣れてるもの」
と微笑んでいるジューンをじっと見てバリーは言った。
「おまえも苦労して来たんだな」
「ううん。ぼくは平気。だって、世の中には、ぼくより辛い目に遭っている人が大勢いるもの」
と寂しそうに笑う。

「おまえ……超えてんのな」
「ふーん。あんた、子供のくせに随分生意気なこと言うじゃない?」
「ぼくにはわかるから……」
「わかる?」
「ぼく、過去を見ることが出来るんです。未来には行けないけど、人でも物でも空間でも……。物や場所が記憶している全てを……過去のあらゆる時間に遡って見ることが出来る……トリップ(過去見)能力者なんです」
「トリップ能力者……?」
二人は顔を見合わせて頷いた。そんな能力者の存在をこれまで聞いたことがなかったからだ。

「キャプテンは知っていたんですか?」
カティが訊いた。
「いや。初めて聞いた」
「へえ。何だか面白いことになって来たぞ。おれが透視能力者で、カティがテレパス。そして、キャプテンがテレキネッサー。そんでもって、おまえがトリップ能力者って訳だ」
「へえ。あなた方もみんな何かの能力者だったんですか?」
ジューンがうれしそうに言った。
「そうさ。だから、おれ達は絶対に負けない無敵の宇宙海賊なんだ」
「それはステキ!」

「そうだ。それじゃあ、おチビちゃんにもお揃いのスペースジャケットが必要ね」
とカティが言った。
「あとでサイズ測らせて」
「カティさんが作ってくれるんですか?」
「あら、カティでいいわよ」
「そうそう。おれ達にさんづけなんていらねーよ。それにカティがそんな家庭的なこと出来る訳ねーじゃん。ちゃーんとお裁縫ロボットがいるんだ。こっちはポメスみてーにしゃべったりしないけどさ。おれが思うに、ロボットってのはやたらしゃべったりしねー方が可愛いと思うんだ」
とバリーが言うと、スピーカーから声が流れた。
「バリー、アナタハ、明日ノ朝食もキャンセルシタイのですネ。ワカリマシタ」
ポメスの声だった。
「そんな訳ねーだろーが! くそロボットの地獄耳め!」
と文句を言っているバリーを放って、カティが言った。

「メンバーズカラーは何色にしましょうか?」
スペースジャケットは皆、黒に統一されていたが、唯一、左胸に付いているMの飾り文字と脇に付いた細いラインが人によって異なっていた。キャプテンが緑、カティが朱色。そして、バリーがイエロー。
「ぼくはブルーが好きなんですけど……」
「わかったわ。それじゃ、あなたはブルーにしましょう」
と、早速カティが採寸に取り掛かる。と言っても赤外線メジャーのスイッチを押せば、全て自動で測定してくれる。あとは、そのデータをお裁縫ロボットに放り込めばOKというお手軽さだ。
「そんじゃ、出来上がるまでゆっくりくつろいで……」
そうカティが言い掛けた時、けたたましく警報が鳴り響いた。

「お出ましか」
キャプテンが言った。
「何だよ。キャプテン、余計なお客さんまで案内して来ちゃったのかよ?」
バリーが言った。
「どんな顔が出て来るか楽しみだったんでな」
と男は落ち着いている。
「そんなのどうだっていいわよ。早くブリッジへ行きましょ?この間仕入れた新型ミサイルを試すチャンスだわ。いいでしょ? キャプテン」
カティが張り切って飛び出した。そのあとを追ってバリーも走る。

「あの、ぼくはどうしたら……?」
置いて行かれたジューンが不安そうに訊いた。
「とっとと来い。そんな所に突っ立ってると危ないぞ」
「はい。キャプテン」
ジューンはうれしそうに付いて行くと最後にブリッジへやって来て空いていた予備シートに座った。そして、慌ててシートベルトを装着する。が、ほっとする間もなく、すぐに発進。『ミストラルスター』号は機動が早いのが特色だった。

エネルギーの充填速度は通常の同型モデルに比べて2.5倍。反射速度も通常のおよそ2倍。加えて、彼らの操作のスピードが半端でないと来ている。船は惑星シヴェールの二つある衛星の一つ、イザールの裏面軌道上に待機していた。
「敵機から通信」
「メインスクリーンに切り替えろ」
「ラジャー」
カティが操作する。一瞬だけ画面が歪むとすぐに無骨な男の輪郭が浮かび上がった。
――「私は、銀河連邦軍情報部二課第三治安維持特務部隊指揮官ドレンガスターだ。貴船の所属並びに乗組員を明らかにせよ」

事務的かつ威圧的な男の物言いに、早速カティとバリーが悪態をつく。
「チェッ。なーに言っちゃんでー。偉っそうに……。なまずの髭のハゲ親父が!」
「ホーント。初めっから知ってて追って来たんでしょうに……」
――「もう一度言う。貴船の所属と……」
が、次は皆まで言わせずにキャプテンが応じた。
「おれは、キャプテン ミストラル。自由戦士だ」
――「自由戦士? フン。海賊風情が英雄を名乗るか? 貴様らの悪行の数々は全てコンピュータに依って記録されている。素直に停戦し、投降するならば裁判に依って裁かれる権利を有する。が、逆らうならば、この場で撃墜する。貴様の処分については、この私が一任されているのだ」
ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべてドレンガスターが言った。

「チェッ! 何が権利だ。どっちにしたって『死』あるのみって意味だぜ」
とバリーが隣の席で緊張したまま状況を伺っているジューンを見て言う。
――「さあ、どうするね? 考える時間が必要か?」
キャプテンはフッと微笑して言った。
「断る。おれにとって必要な時間は、おれ自身が決める」
――「よし。わかった。それでは、攻撃だ」
プツッと通信が切れて敵機が散開を始めた。カティがレーダーの中の光点を見て叫ぶ。
「敵は6機。それに、軍用駆逐艦が1隻。もうすぐ射程圏内に入ります」
カティが攻撃用トリガーを起こして言う。

「やはり軍が出て来たか。『ゴット』め。一体何処まで勢力を伸ばしたら気が済むんだ」
吐き捨てるようにキャプテンが言った。
「ヒューッ。そのうち銀河連邦も株式会社になって一部上場するつもりなんじゃねーの?」
とバリー。
「ちょっと! あんたはドジなんだから余計なこと言ってないで、ちゃーんと動力見てなさいよ!」
とカティ。
「へいへい。わかっていますとも」
と首を竦める。次の瞬間。緑の半円形のレーダーに敵の光点が瞬いた。

「敵、射程圏内! 撃て!」
キャプテンの命令に待ってましたとばかりにカティが発射ボタンを連打する。闇のスクリーンの向こうで光がきれいに瞬いた。
「ヒット!」
だが、敵艦も大型レーザーで狙いを定めている。二手に分かれた敵が逃げ場を塞ぎ、罠に掛けようと巧みに回り込んで来る。カティがちらとキャプテンを見た。が、彼は黙ってスクリーンを見つめている。このままでは確実に追い詰められてしまう。ジューンは息を呑んでレーダーを見つめ、バリーが何か言いたそうに顔を上げた。その時、僅かに乱れた敵の足並みを男は見逃さなかった。

「取り舵いっぱい! 反転し、散開している敵機の左側面を突け」
「了解!」
カティが活き活きと応じる。続いて、後方のボックスからも
「動力全開! オールラージャー。異常なし!」
バリーも叫んだ。そんな彼らの様子をジューンはただ目を見開いて見つめるばかりだ。
と、敵の攻撃。ガクンと大きく船が揺れる。スクリーンの中を幾つもの光がこちらに向かって飛んで来る。その度に船は揺れ、傾いて進む。が、そのスピードは全く衰えていない。
「新手だ!」
ジューンが叫んだ。
「光の点が4個増えてる」
ジューンは、半円形のレーダーを見て言った。一瞬だけ皆が彼を注目したが、すぐにそれぞれの作業で忙しくなった。

「左舷40度に敵」
器用に操縦桿を操りながらキャプテンがフォローする。
「了解。敵、2機射程に入ります」
とカティはミサイルトリガーを起こすとターゲットスコープを覗く。
「右エンジンノズル微調整!」
「了解」
バリーが動力ボックスの出力を制御する。
「OK! 発射!」
カティが撃つのと同時だった。
「回避」
キャプテンがすぐに船を反転させる。大きな爆発がスクリーンいっぱいに広がった。そして、その爆発が収まらないうちに2度目のミサイル攻撃も決まった。スクリーンの中に爆発の光が広がる。

「いいわね。この感じ。ぶれもないし、このミサイルちゃん、ホントにお手頃価格の大ヒットよ!」
とカティが狂喜する。
「チェッ! まるでバーゲンセールでお買い得品のバッグでもゲットしたみてーなのり」
とバリーが呆れる。
「何言ってんのよ。ミサイルもバッグも同じよ。大体、武器弾薬って結構バカにならないんですからね。なるべく安くて良い物を調達しなきゃ」
「敵が来るよ!」
ジューンがまたレーダーを見て言った。
「よっしゃ! 任せて」
カティは再びうれしそうにトリガーを握る。バリーはやれやれと首を竦めたが、すぐに動力をチェックし始めた。

「右舷20度に敵! 左からも来るぞ」
キャプテンの声にカティは頷き、レーザービームとミサイルトリガーを両手に掴む。
「見ていなさい。天才カティちゃんの華麗なるテクニックを!」
と言うのと同時だった。
「敵が撃って来たよ!」
ジューンが悲鳴にも似た声で叫ぶ。左右からの同時攻撃。このままでは挟み撃ちだ。が、敵艦から発射されたミサイルはレーダーの途中で消滅し、もう一方の敵が放ったビーム砲は、更に強力なレーザーによって撃って来た船ごと破壊された。と、数秒の間を置いてミサイルを仕掛けた船も闇の中に砕け散る。

「すごい……」
ジューンが呆然と眼前のレーダーとカティの背中を見つめる。
「あと3機。上昇するぞ」
キャプテンの声にまたバリーが手早くコンソールを操作して動力を調整する。カティは鼻歌混じりに敵3機を葬った。
「残りはあのデカブツか」
バリーが呟く。
「加速!」
キャプテンの意にカティはすぐに反応する。大型レーザーを準備すると、すぐにロックオン。有無を言わさずトリガーを引く。と同時に反転離脱。スレスレで相手が撃って来たミサイルを回避し、衛星軌道を離れた。スクリーンの中で船全体に光の亀裂が入って行く敵艦……。断末魔の叫びのように船はのたうっていた。

「止めを」
カティがミサイルを撃ち込む。それは船体の中程を貫いて爆発し、宇宙の藻屑となって散って行った。これで、もう『ミストラルスター』号を追って来る者はいなくなった。
「ジ エンド……」
バリーがホッとしたように呟く。スクリーンには、惑星シヴェールが暗い陰影を落としている。と、その向こうに見える衛星カリスの中腹から、突然小さな光点が広がった。
「あれは……!」
ジューンが叫ぶ。
「まさか……!」
皆が一瞬凍りついた。カリスの体内で広がったそれはみるみる衛星全体を包み込み、膨らんで、惑星その物に埋められたそれと光を結んだ。すると、惑星全体に光の筋が広がって膨張を始める。

「キャプテン……」
悲痛な表情でカティが見た。が、男は動かない。じっとスクリーンの中のそれを見つめている。
「惑星破壊システム……」
「キャプテン!」
バリーが叫んだ。
「星が……シヴェールが……」
ジューンも泣きそうな顔で彼を見つめる。
――この星は終わりだ……。中央からも見捨てられ、物資も届かなくなって久しい……そして……
(ドク……)
白く凍てついた星にリシェーヌの白い横顔が重なった。
「キャプテン!」
カティの声にハッとして彼は叫ぶ。

「緊急ワープだ! このままでは惑星の重力圏内に巻き込まれる!」
「ラジャー! 動力全開! ワープ機関へのロック解除! エネルギー充填50%」
バリーが目まぐるしい勢いで動力コントローラーを操作する。
「シヴェールが……壊れる……」
スクリーンの中で膨張し、歪んで行く惑星の姿を見つめ、ジューンは言葉を失った。
「エネルギー充填65%」
バリーがカウントする。
――こんな辺境の惑星が一つ滅んだところで連邦にとっては何の影響も与えない。むしろ、消滅した方がいいと思っているのかもしれない。世間の多くの人間は、シヴェールに住んでいるのは犯罪を犯した極悪人ばかりだと思い込まされているのだから……

――ルディオ……
「エネルギー充填75%」
亀裂が蜘蛛の巣のように広がって、その中央に獲物を捕らえてほくそ笑む『ゴット』の姿が重なった。その蜘蛛に食われて、シヴェールはもはや惑星の形さえ保てなくなって来ている。
「エネルギー充填90%!」
「キャプテン!」
カティが叫ぶ。
「このままでは間に合わん。全てのエネルギーをワープ機関の動力に回せ!」
「了解!」
カティも手伝って全てのエネルギーをそちらに流した。
「非力ナガラ……」
と、ポメスも自分のエネルギーを動力機関へ逆充填した。

「エネルギー充填100%!」
「キャプテン……?」
ジューンが不安そうに男の顔を覗く。
「まだだ」
彼はじっとスクリーンの中の惑星を見続ける。漆黒の空間にプラズマの光の帯が伸びて行く。
「限界だわ!」
カティが言うのと同時だった。
「エネルギー充填120%! よっしゃ! 行けるぜ!」
「ワープイン!」
キャプテンが叫ぶのと同時に船は時間と空間の波を超越した。そして、惑星シヴェールは崩壊し、長きに渡る人類の歴史から完全に消去されたのであった。

ワープアウトしてからも、しばらくは誰も何も言わなかった。ただ、スクリーンに広がる闇の向こうにあった筈の惑星を思って泣いた。時折光る銀河の果てのそれが彼らの心を悲しくさせた。
「何も残っていないんだね……」
再び静寂を取り戻したブリッジでジューンが呟く。彼の前のレーダーに残るのは、先ほどまであった筈の惑星の位置。そのレーダーをじっと見つめているジューン。
「おまえ、レーダーが読めるのか?」
バリーが言った。
「ううん。読めないよ」
ジューンが力なく言う。
「でも、さっきはちゃんと読んでたじゃないか」
バリーが言った。

「偶然だよ。あれは……光の点が動いたり消えたりしてたから……。多分、それが敵なんじゃないかなと思っただけ……」
自信のない言い方だった。それに、キャプテンのことが気になっていた。男はずっと背中を向けたままスクリーンを凝視している。
(ルディオ……)
シヴェールは自分が生まれた星でもなく、育った星でもない。途中から強制的に送られて何ヶ月かを過ごした。その間に酷い事が起きて、大勢の人を亡くし、多くの思い出を失くした。しかし、その星で少年は運命と出会ったのだ。
(キャプテン、あなたと……)
そして、キャプテンミストラルことルディオ クラウディスは、更に大切なものをあの星で亡くした。ジューンは、その彼の心情を思うとひどく切なかった。自分がまだ子供で、何も彼の役に立てないのが悔しかった。そして、その悲しみだけで心がいっぱいになってしまい、前へ進めない自分……慰めて欲しくて、抱き締めて欲しくて流す涙……。そんな自分がいやだった。

「ぼく、レーダーの見方を覚えられるかしら?」
(そうしたら、ぼくもキャプテンの役に立てる? そうしたら、いつか認めてもらえる?)
「その通り! あんた、なかなか索敵能力あるかもね」
と言ってカティがウインクする。
「カティ……ひょっとして今……?」
(ぼくの心を……)
「そう。出来るわよ。きっとね」
「ありがとう。ぼく、きっとがんばって勉強します。皆さんの足手まといにならないように」
(キャプテン、あなたのために……)
「そうだな。ジューン クリーチャー。おまえを我が『ミストラルスター』号の策敵手として任命する」
「え?」
突然のキャプテンの言葉に驚いて顔を上げるジューン。
「不満か? なら船を降りてもらうぞ」
「いえ。ここに置いてください。お願いします」
「なら、ちゃんとレーダーを扱えるようになるんだな。この船に余剰の人間はいらない」
そう言うキャプテンの横顔にスクリーンの光が反射している。そこにはもう、あの悲しみの星の影はない。
「はい。わかりました。キャプテン」
涙を振り切ってジューンが応える。その声を聞いて、カティとバリーがうれしそうに顔を見合わせて笑う。入り口の所では、ポメスがお茶を届けるタイミングを計っている。何もない座標の上にその星が確かに存在していたように、今、『ミストラルスター』号の新たな絆が結ばれようとしていた。