第二章 Part T
「おれは、キャプテン ミストラル。貴船の積荷をいただく。速やかに停船せよ」
ミストラルスター号の新たな標的は、『アルタイルゴット』。惑星アルゴバーツからロゼッタ太陽系内の惑星に物資を届ける定期輸送船だ。名目は精密部品や家庭用電化製品等となっているが、実際に積まれている物はカジノや歓楽街で扱われるいかがわしい類の機械やソフト、それに順ずる大人向けの怪しい遊具ばかりだった。
「何だかよくわからない物ばかりだなあ。これって何に使うんですか?」
乗組員を眠らせて侵入した彼らはキャプテンに指示された積荷を運び出していた。そんな中で、まだ作業に慣れていないジューンが訊いた。
「ああ。そりゃあ、ベッドであれの時使うんだよ。なかなか刺激的らしいぜ」
バリーがニヤニヤと囁く。
「ベッドで刺激的?」
意味がわからずキョトンとしているジューンの腕を引っ張ってカティが言った。
「こんな物はまがい物よ。おじさん達がバカみたいに高い金払って騙されてんのよ。バリーには丁度いいかもしれないけど、ジューン君にはお姉さんがもっと質のいい性教育を施してあげるから大丈夫よ」
「うっせェ! 何処が質のいい性教育だよ。さんざ男をたぶらかして金巻き上げてた悪女のくせして」
「あら、騙される方が悪いのよ。大体、女と見ればスケベ心起こしてんだから、男なんてみんな下等生物だわ」
「何が下等生物だよ。女だって似たかよったかだろ? やれいけ面だとか何だとかってくだらねえことばっか言ってんじゃねーか」
「そりゃそうよ。誰にとっても顔は大事よ。出来る男程、顔だって美形であるものよ。ま、あんたには縁のない話ね」
と高笑いする。バリーが何か反論しようと口を開き掛けた時、背後で声がした。
「早くしろ」
キャプテンだった。
「あーら、ごめんなさい。バリーが相変わらずトロくて……」
カティが笑う。
「うるせぇ!」
バリーがブツブツ言いながら箱を運ぶ。
「それにしても、こんなにたくさんどうするんですか?」
ジューンが訊いた。それらはほとんど娯楽関係の品だったのでジューンは疑問に思ったのだ。
「これは密輸品だ。必要な物だけいただけば返してやるさ」
男が言った。
「密輸?」
「ああ。『ゴット』は表向きはただの企業だが、裏の顔は暗黒社会を支配する闇のルートを持つ二重組織なのさ」
そう言って男は近くにあった箱をサーベルで切り裂くと中のゲーム機の中に挿入されているソフト、いや、その奥に巧妙に隠されたカプセルを取り出して見せた。
「麻薬だ。こいつは毒だが、使い方によっては薬にもなる」
「それでキャプテンは非合法のそれらを集めていたんですか? それでシヴェールにも……」
ジューンが感じ入っているとバリーがカティを突いて言った。
「キャプテンってさ、何かこうジューンには甘いのな」
「そりゃそうよ。あんたと違って彼はいい子だもの」
それを聞いてバリーは膨れたが、必要な物品を全部もらうと男は一気に『ミストラルスター』号へとテレポートした。
無論、『アルタイルゴット』の全てのデータを消去し、彼ら自身の痕跡を消すことも忘れない。動力を撃ち抜かれ、通信機を破壊された彼らの運命は、もしかしたら永遠に宇宙を彷徨う事になるのかもしれないが、彼らの船には水も食料も残されていたし、何より娯楽には一生不自由しないであろう設備とソフトがコンテナに積まれている。それを慰めに船の中で過ごすのも一興であるかもしれない。数分後、そんな彼らを置き去りにして、『ミストラルゴット』号はその宙域を離脱した。
「次はピガロスへ行く」
キャプテンの言葉に思わず顔を見合わせるカティとバリー。
「ピガロスっていうとやっぱりアルロスへ行くのかい?」
バリーが訊いた。
「そうだ」
再び顔を見合わせる二人。
「アルロス? 知ってるんですか?」
ジューンが訊いた。
「そう。おれ達の故郷さ」
「そして、キャプテンと出会った街……」
二人は言ったがあまりうれしそうでもなかった。恐らくあまりいい思い出がないのだろう。そう思ってジューンは軽く俯いた。と、次の瞬間。カティが明るい声で言った。
「それじゃあ、久々にうーんと羽を伸ばして遊びましょうよ!」
「賛成! やっぱたまには広い世界の空気吸わねえとな。ディスコにカジノにやりたい放題! アルロスは最高の街だぜ」
二人はすっかりご機嫌で何処で何をするかと計画を立て始める。
(なんだ)
そういう事かとジューンはホッとして微笑んだ。
「おまえも少し遊んでみるか?」
キャプテンが言った。
「でも、何か目的があるから行くのでしょう?」
「そんなものはおれ一人で十分だ。ただし、時間には遅れるな」
「はい」
見上げると男は遠い何かを見つめていた。やはり何かがあるのだ。視界の隅ではしゃぐカティとバリーの声が遠くなり、その姿がぼやけてモノクロームに変わる。そして、時間が逆さまに回り、再び世界が色づき始める。
と、そこは繁華街の街並みだった。
派手なネオンがチカチカし、けばけばしく化粧した女共が客を引く。怪しい男や女が集う街……。賑やかな音楽が通りにも溢れ、若い連中が騒ぎながら地下に伸びた階段を下り、厚い防音扉の向こうに消える。現実と隔たれた世界で彼らは何を夢見ているのだろう? カジノやゲームセンターは通りのあちこちに存在し、それぞれの雰囲気を楽しむ事が出来た。ここは全ての人間の欲求を満たす事が出来る歓楽街。男も女も日常を忘れ、快楽に酔いしれる事が出来る。そんな夜の街なのである。
「ちょっとお兄さん、遊んでかない?」
胸元が大きく開いたドレスの女が向こうから来た若い男に声を掛ける。
「悪いな。急いでるんだ」
背の高いその男はにべもなく断ると先へ進んだ。女はすぐに後から来た中年の男に寄って行く。へべれけに酔っているその男はすぐに鼻の下を長くして女の腰に腕を回し、彼女の言いなりに酒場の扉の奥へ消えた。
「おい、兄ちゃん金出しな」
男が繁華街の脇道の人通りのない道へ入った時だった。いきなり背後から飛び出して来た少年が男の背中にナイフを突き立てて言った。
「どういうつもりだ?」
男は冷静に応じる。
「金を出しな。命が惜しいならな」
抑えた声で少年が続ける。
「おっと。銃を使おうったって無駄だぜ。あんたが隠してる武器なんざ全部お見通しなんだからな」
少年は男のホルダーの銃を押さえた。
「ナイフもだめだぜ。おれにはあんたの動きがわかってんだ。さあ、大人しく金を出せ。そうすりゃ命だけは助けてやるよ」
男の黒いスペースジャケットの脇腹に刃先をぐいと押し付けて少年は言った。
「いやだと言ったら?」
男が言った。
「なら、死んでもらうさ。ここじゃ、強い者が勝つ。生きるためには賢くならなきゃいけないぜ。兄ちゃんよ」
そう低く呟くと握り締めたナイフの柄に力を入れる。が……。
「何……!」
少年は驚愕し、男を見た。
「くっそ……! どうなっちまってるんだ? 手が……。か、体が動かねえ……!」
「どうした?」
男が余裕の笑みを浮かべる。
「ちきしょっ! てめえ、ただの人間じゃねえな! 能力者か?」
「人間でないとはどういう意味だ?」
ギロリと睨んで男が言った。呪縛はとうに解けていたが、少年はナイフを持ったまますっかり動けなくなっていた。
「どうした? おれを殺るんじゃなかったのか?」
男は一歩も動いていないのにその声は少年を威圧した。
「うっく……!」
動けないまま少年は冷たい汗を流す。その手からスッとナイフを取り上げて男が言った。
「おれは冗談は嫌いなんだ。こんなおもちゃで人が殺せると思うなよ、ガキ」
「うるせぇ! おもちゃじゃねえぞ! そいつは正真正銘の……」
少年がそう言い掛けた時だった。不意に背後で声がした。
「お止め! こいつはあんたの手に負える男じゃないよ」
現れたのは赤毛の若い女だった。胸元が大きく開いたブラウスに脇が大きく切れ上がった短いスカート。そこから細くて長い生足が覗いている。
「へえ。あんたがね……。驚いた。こんな若くていい男だったなんて……」
彼女は無遠慮に男の顔をジロジロと覗き込んで言った。
「何だよ、カティ。この男が何だって?」
訳がわからず少年が訊いた。
「『キャプテン ミストラル』……」
彼女が呟く。その言葉に一瞬、ポカンとして少年が男を見つめる。
「こいつが、あの伝説の宇宙海賊だって?」
信じられないと言う顔で女に言った。彼女は男から視線を外さずに頷く。
「何故わかった? おまえはテレパスなのか?」
男は動じずに女を見つめる。
「へえ。観察眼も鋭いって訳か。気に入ったよ。それに、あんた一人で海賊やってるなんて驚いたね。なるほど。テレキネッサー……か。フッ。どうりでね」
彼女の瞳が微妙な輝きを増して男の心を読んでいた。
「勝手に他人の心を覗くのはよせ」
男が睨む。が、彼女は動じない。
「あら、他人じゃないかもしれなくてよ」
「何?」
「もしくは、これから先、二人がそういった関係にならないともしれないでしょ?」
「ありえんな。おれは、おまえのようにチャラチャラした安っぽい女は大嫌いなんだ」
「安っぽいかどうか試してみなきゃわからないでしょ? ねえ、あんたも一人ならわたし達と組まないかい? きっと役に立つと思うよ」
「願い下げだ」
男はさっさと歩いて立ち去ろうとする。それを追って女が言った。
「本当だよ。いつか、わたし達を仲間にしといてよかったと感謝する日が来る」
「無駄だ」
男はにべもない。
「チェッ! 何だい何だい! お高くとまりやがってよ。たかが宇宙海賊のくせして」
少年の言葉に一瞬視線を振り向けた男の目にギラリとしたものが閃いた。が、すぐにまた何事もなかったように歩き出す。
「お黙り! バリー。この男はそんじょそこらの宇宙海賊なんてものじゃないよ。この男は天下を治めるすごい奴さ」
「天下だって?」
少年がすっとんきょうな声を上げる。
「そうさ。やがて、銀河を牛耳る『ゴット』を潰し、宇宙に君臨する。そんな男さ」
「まさか?」
カティの言葉に少年は信じられないといった顔を向けた。が、彼女は真面目だった。
「そうだろう? キャプテン ミストラル……。いいや、ルディオ クラウディス……わたしが認めたただ一人の英雄……」
崇拝でも憧れでもない、彼女が男に向けた視線は、純粋な人間としての信頼だった。そんな彼女を真っ直ぐ見つめて男は言った。
「何が出来る?」
「銃が使える。それに、あんたが望む何もかもを……」
「それと、テレパシー使って男をたらし込むことだよな?」
と少年が付け加える。
「お黙り!」
カティがその頭を叩く。
「イテッ! 何だよ。ホントの事じゃねえか」
言い募る少年に睨みを利かせる彼女に男が言った。
「なるほど。テレパシーは役に立ちそうだな」
「そうでしょう?」
「おれ、透視能力使えるよ。どんな厚い壁だって透かして見ることが出来るんだ。何なら女の服だって透かして見える……」
と少年も負けずにアピールする。
「それに、ナイフ投げだって大したもんなんだぜ」
「ま、このわたしには及ばないけどね」
とカティが軽く釘を刺して言った。
「ふん。面白いな」
男が言った。
「そんじゃあ、連れて行ってくれるのかい?」
二人がパッと顔を輝かせて訊く。が、男は軽く片手を振って言った。
「いや。おれは仲間は作らない主義なんだ。人間、馴れ合ってもろくな事がないからな」
と言って歩き出す。
「何? それって悲しくない?」
「ないな」
素っ気無い男の態度にカティは軽くため息をついて言う。
「ふーん。あんた、意外と弱虫なんだね」
「何?」
思わず足を止めて振り返った男に彼女は言った。
「失う事がそんなに怖い?」
真正面からぶつかる視線。
「何が言いたい?」
「人はいつか死ぬよ。必ずね。特別な者も、そうでない者も……。この世に終わらない愛など存在しない。けど、それを恐れていては何も始まらない……」
「おまえ……」
闇の彼方に瞬くネオン。降り積もる時間……。だが、男は黙って背を向けた。
「行っちまうぜ。いいのかよ?」
そこに佇んでいるカティを突いてバリーが言った。男の姿はもう通りの向こうに消えかけている。
「来な」
カティが言った。
「何処へ?」
「リスガルト宇宙港……そこに奴の船がある。『ミストラルスター』号がね」
宇宙港はごった返していた。近隣の惑星のバカンスが重なってツアーの団体が多く、宇宙船の離発着が増えていたところへ軍が宇宙海賊の取り締まりをするというので、関係の船が詰めていた。最近、世間を賑わせている『キャプテン ミストラル』がこのピガロスに寄港しているらしいとたれ込んだ者がいた。それを追って近隣で情報を集めていた銀河連邦軍情報部二課のビック リチャードのチームが停泊中の船、及び宇宙港に出入りする人間をスクリーニングしていたのだ。
「一体いつまで足止めさせれば気が済むんだ?」
「こっちは急いでるんだ! 荷が遅れちまう!」
皆が不平を言った。
「たかが1匹の宇宙海賊に振り回されている連邦軍なんていざという時、ホントに頼りになるんだろうかね?」
人々の不満は爆発したが、リチャードは気にしなかった。せっかくここまで追い詰めたのだ。宇宙の治安と秩序を乱す宇宙海賊……『キャプテン ミストラル』の尻尾を捕まえる絶好のチャンスだった。
そのただ1隻の海賊のためにどれだけ軍が翻弄されて来た事か……。そして、庶民の間からは、そんな『ミストラル』の事を崇拝し、英雄視する者まで現れる始末。それは、『ミストラル』がただの海賊ではなく、その行為によって奪った物資を貧しい庶民に分け与え、もしくは、密輸品をメディアや地元警察に送りつけるなどの行為を頻繁に繰り返している事などに由来する。海賊が悪を裁いたり、不測している物資を配るなど迷惑千万。これでは軍の面目は丸潰れだ。
何としても捕まえたかった。そして、事が大きくなる前に庶民に目を覚ましてもらわなければならない。正義を守り、庶民に安心を与えているのは連邦であり、軍と地元警察なのだ。海賊は所詮犯罪者だ。その罪は公にさらし、罰されなければならない。リチャードは空港内を行き交う人々の中に怪しい者はいないかと目を光らせていた。
「では、次。IDとパスポートを」
係官が威圧的に命じた。男は黙ってそれを差し出す。
「うむ」
係官はサッとそれをチェックして男に変えそうとした。が、
何かに気づいてそれをもう一度チェックした。
「これは、本当におまえのものか?」
係官が訊いた。
「ええ」
と男が首を竦める。
「一体何度チェックされれば気が済むんですか? もう3時間近くも待たされているんですけど……」
男がうんざりしたような顔で訊いた。
「みんな同じ条件だ。怪しくなければ直に出港許可が降りるだろう。だが……」
係官の目が鋭い。何かを疑って掛かっているような目で男を上から下まで観察している。
「念のため、ちょっとこちらへ……」
と係官の男が言い掛けた時、
「まあ、ルディ。こんな所にいたのね。よかったわ。こんな人込みで逸れてしまってわたし、とても不安だったの」
男の腕をギュッと掴んで女がその胸に顔を埋める。
(どういうつもりだ?)
声を出さずに男が問う。
――(黙って! わたしの言う通りにして)
カティがテレパシーで囁く。
「ああ。僕もだよ。ハニー」
そっと愛撫しながら様子を伺う。
「どういう事だね?」
係官が顔を赤らめて問う。
「わたし達、結婚するんです。宇宙で式を挙げて、それからロマンティックな新婚旅行に行くの。ああ、今から胸がドキドキしてこのままでは出港する前に心臓が止まってしまいそうよ。だって、ここの係官と来たら、わたし達の愛を邪魔するためにいるような妨害ばかりして来るんですもの」
「ああ、僕もだよ。ハニー。もう一瞬たりとも君と離れてなんかいられない。なのに、ここの係官と来たら、僕の事を疑ってかかるんだ」
「まあ! きっとこの人彼女がいなくて寂しいのね。でも、人の恋路を邪魔するなんてよくないわ。きっといつかあなたにもふさわしい恋人が現れてよ。そうね。きっとあなたには、女優のエディット マリーみたいな人がお似合いね」
とウインクする。
「は、はあ」
ポカンとした顔でカティを見つめる係官。
「大丈夫。あなたはとても魅力的よ。自信を持ってね」
彼女が微笑むと係官はぎこちなく微笑んで言った。
「さあ、どうぞ。出港の許可を……。その、お幸せに……」
「ありがと。坊や」
カティはサラリと言ってゲートを通過した。
「ほう。見事なもんだな。催眠術か?」
「あら、勝手にあっちが思い込んでいるだけよ」
クスリと笑って彼女が言った。
「ところで、いつまでおれにぶら下がっているつもりだ?」
「もちろん、あなたのお船に乗り込むまでよ」
「おれは乗船許可まで与えたつもりはないぞ」
「大丈夫よ。港に提出した書類はあなたの代わりに乗員記録をちゃんと訂正しておいたから……」
「図々しい奴め」
振り解こうとする男の腕を更に強く握ってカティがテレパシーで伝える。
――(だめ。このまま恋人の振りをして。前から来るあの男、情報部よ。ビック リチャード……ただ者じゃないわ)
男は軽く視線を走らせて確認するとすぐに女の腰に腕を回す。そして、他愛のない話題に笑顔で相づちを打つ。
「ところで、君の可愛い弟は?」
「先に船に行ってるわ。あれでも気を使っているのよ」
「そうだね」
彼女の額に軽くキスして囁いた。
「ところで、君の荷物は全部運んだのかい?」
「ええ。長い旅になるんですもの」
「そう。忘れ物をしないようにしなきゃね」
すれ違った男の背中を確認する。そして、無事ドックへ入り、『ミストラルスター』号に乗船しようとした時だった。
「待て!」
ビック リチャードが駆け戻って来た。
「貴様が『ミストラル』だったのか! 止まれ! でないと撃つぞ」
複数の靴音がばらばらと響いて来る。その中に混じって少年が一人。泣きそうな声で訴えた。
「ごめんよ、カティ……おれ、ドジやっちまって……」
大柄の男に首根っこを掴まれて情けなさそうな顔で言った。
「バリー……」
二人が立ち止まって振り向く。
「カティ! おれの事はいい。そいつと宇宙へ行ってくれ! 船は目の前だ。早く!」
バリーが喚いた。その少年を殴りつけて大男が言った。
「仲間を見捨てて逃げるつもりか? え? 英雄『ミストラル』さんよ」
いやらしい笑みを浮かべてそいつが言った。
「よせ。相手は子供だ。乱暴するな」
リチャードが止める。
「しかし、こいつは、あの『ミストラル』に加担した極悪犯罪者ですぜ」
「違うな」
ミストラルが言った。
「そう。違うわ!」
カティも叫ぶ。
「その子は関係ない! たまたま街で知り合っただけの浮浪児よ。ちょっと使い走りをさせただけ。『ミストラル』の仲間じゃないわ。だから、関係ないの。放してあげて」
カティが言った。
「そう。そして、この女もな」
と突き飛ばす。
「おれは未だかつて仲間など持った事はない」
「どういう事だ?」
「そいつらは勝手におれの周りを付きまとっていただけの地元民だ。用があるのはおれ一人だろう。そいつらは解放してやるんだな。でないと、軍が関係のない民間人を誤って拘束し、暴力ざたを起こしたとメディアに放送される事になるだろうぜ」
「うるせえ! てめえを捕まえちまえばそんな心配をすることもねえ」
バリーを捕まえている大男が言った。
「あら、あなたたくましい腕をしているのね」
いつの間にか近づいていたカティが大男を見上げて言った。
「な、何だと?」
「ねえ、今夜わたしのお店に来ない? あなたの好みのメイド服でお待ちしてるわ」
「え? そ、それはその……」
「ねえ、こっちを向いて。何て男らしいお顔……。素晴らしい筋肉が張って、きっとあなたの方があの『ミストラル』なんかよりずっと魅力的ね」
と男の太い腕に寄りかかる。
「ほ、本当にそう思うのか? おまえは、奴の仲間じゃなかったのか?」
「あら、違うわよ。さっきから言ってるでしょ? わたし達はただの民間人なの。だからその子を放してあげて」
「あ、ああ」
ようやく大男がバリーを放した。
「うへっ! 死ぬかと思った」
そんな少年を庇うように自分の側に寄せると、彼女はミストラルを見た。
――(行って! あなた一人なら逃げられる)
テレパシーで送る。が、男はニヤリと微笑んで言った。
「そうだな。だが、おれは疑り深いんだ。特に軍の連中は信用出来ない」
「なら、どうするつもりだ? ここは全て閉鎖されている。逃げられはしないぞ」
リチャードが言った。
「そいつはどうかな?」
不敵に笑うと突然、男の姿が消えた。それを目の当たりにし、驚愕する連邦軍。
「き、消えたぞ!」
「バカな……! 探せ! 近くにいる筈だ」
右往左往している連中の中から、また新たな声が上がる。
「女と子供がいないぞ! たった今までここに、おれの隣にいたのに……」
大男が怒鳴っている。
「奴はテレポーターだったのか」
リチャードが呟く。そして、次の瞬間。すぐそこに停泊していた船の周囲が僅かに歪む。淡い色彩が閃くと巨大な船は跡形もなくなっていた。
「バカな……! 宇宙船ごとテレポートしたというのか……!」
「あり得ない……」
「何て力だ……」
惑星ピガロスで起きたその事件は、桁外れの彼の能力の一端を示すものとして、人々の記憶に深く刻まれる事になった。