ＰＬＡＮＥＴ　ＤＥＳＩＲＥ
Prequel Ⅱ　ユーリス

Part Ⅳ

　「待て」
むさくるしい男達のあとを追って行こうとするラミアンをクロノが止めた。
「しかし……」
剣の柄に手を掛けたまま、彼女が振り向く。
「奴なら心配ない。ユーリスは化けもんだ。人間相手なら、一個師団とて叶うまい」
「一個師団だと？」
ラミアンが目を剥いた。それは数千人規模の実行部隊を示す言葉だからだ。
「馬鹿な……。いくら何でも大げさではないか？」
「いや。それがそうでもないらしいぜ。奴はたった一人で中央突破した唯一の男らしいからな」
「唯一の？」
「そうだ。噂によると、奴はローザンノームシティーの機密を握っているらしい」
「それで奴は中央から狙われているのか」
「ああ。おれも詳しいことまでは知らないが、奴の首には１億ゴールドの賞金が掛かっている」
「１億ゴールドだって？　それはまた随分桁外れな……」
「ああ。生きて捕まえることが出来たならな」
「それで貴様、賞金に目が眩んであいつを中央に売り渡したのではないだろうな？」
ラミアンがきつい目で睨んだ。
「ほほう。あんた、奴に惚れてるな？」
「ば、馬鹿なことを言うでない！　そのようなことがある筈がなかろう。わたしはただ……」
「まあいい。だが、奴に深入りするのはどうかと思うぜ」
「信用できないということか？」
「いや、単に厄介ごとに巻き込まれそうな気がするからさ」
「ならば、とうに巻き込まれておるだろう」
彼女はすぐ先に転がっている男の死体を見て言った。
「まったくだ。玄関先にあんなのがあったんじゃ商売上がったりだ」
と言って首を竦める。表では派手な打ち合いが展開しているらしく、悲鳴や怒号が飛び交い、剣を打ち合う音や靴音などが混じり、混乱している様子が伺えた。だが、それが今ぴたりと止んだ。

「はて？　そろそろけりがついたかな？」
クロノがそっと玄関の扉を開く。と、その隙間からビュンと勢いよく矢が飛んで来た。
「おっと」
咄嗟に首を引っ込めてクロノが苦笑いする。戦いはまだ続いていた。
「ユーリス」
クロノは後ろへ下がり、代わりに彼女が表へ出ようと前に出た。その時。背後で悲鳴とガラスの砕ける凄まじい音が響いた。
「どうした？」
振り向くと湯殿の向こうから灰色の巨大な怪物が扉を破壊し、凄まじい勢いで飛び掛って来るのが見えた。クロノは辛うじて床に転がって受付の机の下へ潜り込んだ。ラミアンはさっと剣を抜くと突進して来る怪物に向けて構えた。が、その背に半開きになっていた戸の隙間から矢が飛んで来た。空気を裂いて飛ぶ矢を彼女は咄嗟にその戸を盾にして防いだ。

それからバンと扉を開け放つと表に飛び出した。と、怪物もあとを追って来た。そこへ飛んで来た次の矢がその怪物の腕に浅く刺さった。すかさずラミアンがその場所に剣を叩き込む。だが、固い皮膚はその剣を弾き返し、矢だけがからんと転がった。怪物は血走った目で彼女を見据え、咆哮を上げた。そして黄色い唾液を撒き散らしながら腕を振り回して掴み掛かった。が、彼女はその顔面に鉄の撒菱を投げつけ、その脇腹に剣を突き立てた。そして、その剣先を回転させ、肉を抉って斜めに切り上げた。バシュッと鮮血が散り、怪物が凄まじい声で吠え立てた。その隙に彼女は街道に出ようとした。が、そこに倒れている人間と飛んで来る矢が道を塞ぐ。

彼女はやむなく宿屋の外壁と積んであった酒樽の間に滑り込んだ。と、そこに怪物が頭から突っ込み、幾つかの樽が弾け、幾つかの樽が転がった。
「ガルルル……！」
怪物は怒りに任せて樽を投げつけ石壁や植え込みのを破壊し彼女を足場の悪い岩と壁の隙間へと追い込んだ。逃げられないと見て怪物の目が爛々と輝いている。
「グオオッ！」
勝ち誇ったような咆哮と共に鋭い爪が彼女の喉元を襲う。ラミアンは怪物目掛けて剣を振った。だが、それはあまりに至近距離過ぎた。怪物に剣を掴まれ、鋭い爪が眼前に迫った。しかし、深手を負ったのは怪物の方だった。巨体が仰け反って悲鳴を上げた。背後で血しぶきが舞い、剣先がちかりと光る。

「ユーリス……」
血濡れた剣を構える彼はあまりに美麗で、魔性の表情を備えていた。威厳と同時に恐ろしさを感じた。次の瞬間。怪物が野太い腕を振り回し、彼に襲い掛かった。が、彼は余裕でそれをかわす。
「グワァアッ！」
怪物が頭上から見下ろす。ユーリスはそいつの胴を切つけた。そして、その足元に酒樽を蹴り飛ばす。怪物は悲鳴を上げ、バランスを失って倒れ込んだ。怪物が弾いた樽と崩れた壁に阻まれてラミアンが立ち往生している。そこへ怪物が倒れ込んでくる。
「う……！」
そのあまりの重圧感に彼女は動けずにいる。
「こっちだ」
いきなり手首を掴まれ引きずられた。と同時に凄まじい衝撃と粉塵が上がり、頭上からバラバラと石材が落ちて来た。ユーリスがその背で庇い、彼女を抱えて怪物の背後に回る。
「ユーリス」
彼はラミアンを下すと、瓦礫の中でまだ喘いでいる怪物の手から剣を奪い、その背に勢いよく突き立てた。
「これで止めだ」
断末魔……。怪物は完全に動かなくなった。その背中から剣を抜くと、ユーリスはさっと一振りして血を拭い、それを彼女に返した。

「無事でよかった。怪我はないか？」
「ああ。すまぬ」
彼女が礼を言う。が、まだ安心は出来ない。ユーリスは振り向き様に矢を射った。まだ後方に隠れていた敵がいたのだ。鉄製のその矢は飛んで来た矢を砕き、射手を直撃した。ユーリスが射たそれは確実に男の額を射抜いていた。見れば周辺には中央から来た男達の死体がそこら中に転がっている。それは少なくとも３０人は下らない数であろう。

――奴は化けもんだからな。人間相手なら一個師団だとて叶うまい

　「何故狙われている？」
ラミアンが訊いた。
「言ったであろう。わたしがローザンノームシティーの生き残りだから……」
「それだけではなかろう」
じっとその瞳を見据えて言った。
「何故そう思う？」
「私の家もローザンノームシティーにあった……。兄と両親と弟……。私はただ一人生き残った」
ユーリスは頷いた。それからずっと先の砂漠の地平線を見て言った。
「連中はわたしの体が欲しいのだ」
「……？」
「そう。この身体が……。だが、わたしは認めん。この身体を支配出来るのはわたし自身とそして、愛する乙女……。つまり、そなただけだ」
真剣な瞳で彼は言った。

「ユーリス……」
「どうだ？　そなたの望むまま、今夜はどのようにでもお相手しよう」
ぎゅっと彼女の手を握り締めて言う。
「な、何を言っているのだ、貴様……」
「もうすぐローザンシティーに赤い月が昇る。その時、わたしも砂漠に帰る。そこは人も獣も近づけぬ禁断の場所。だが、その場所にこそ真実が眠っているかもしれぬのだ。そして、禁断の扉を開く。だが、そうしたら、そなたと二度と会えなくなるやもしれぬ。その前に人間として、いや、男として一度揺るぎない愛の調べを重ねておきたいと願っている」
「どういう意味だ？」
「わかっておろうに……。我らは出会うべくして出会った。そして、時は満ち、今夜は満月……。愛の褥でじっくりと身体を重ね、互いの愛を確かめ合おうではないか」
ラミアンはじっと男を見つめた。彼らの周囲にはただ土けた煙が舞っているだけ……。そこに起こった惨劇や転がっている死体などまるで目に入らないかのように彼らはじっと互いを見つめ合った。

「砂漠へ行くと言ったな」
ラミアンが言った。
「ああ……」
「砂漠に何があると言うのだ？」
「破壊神がいる」
ユーリスが笑んだ。
「破壊神？」
「そう。それに、砂漠には人を惑わす裸の美少女がいるという……。ならば、ぜひともこの目で確かめたいと願う」
「それが破壊神の正体なのか？」
「いや、破壊神は怪物だ。が、少女は人間だろう。だとしたら、この手で救い出すのが定め。さすれば、わたしに感謝し、その身を委ねて来るやもしれぬ。美女と聞いては放っておく訳にはいくまい。この身は世の中のすべての美女のためにあるのだからな」
「貴様、さっきは私一人だけのためにと言わなかったか？」
「もちろんだ。ラミアン殿をおいて他にどんな美女がおると言うのか」
「貴様、先程から言っていることが矛盾しているぞ」
「矛盾？　さもありなん。わたしは常に真実しか言わぬのだ」
「そうか。ようくわかった。なら……」
彼女は握られていた手を振り解いて言った。
「貴様のような奴は砂漠にでも何処にでも行ってしまうがよい。そして、もう二度と私の前に顔を出すな。砂漠に行って怪物にでも食われていろ。それがお似合いだ」
そうして、彼女は怒りに肩を震わせながらその場から立ち去って行った。

「食われていろ……か。それはまた手厳しい……」
男はただ遠い砂嵐の向こうを見て呟いた。その砂に混じって咆哮が聞こえる。そして血が……。脈打つ鼓動が男を招く……。
「ゲザーク……」
剣は熱く燃えていた。鞘から抜くと僅かに刃先に曇りが見える。
「おまえも奴に会いたいか……」
そう言って彼は剣を鞘に納めた。その柄はしっくりと彼の手に馴染んだ。そして、その切れ味はぴたりと彼の呼吸に一致した。そして、何者にも勝るその剣の刃は、確かに魔性を秘めた美姫の香りがした。

　男は一人、山奥で薪割りをしていた。そこは砂漠からも人里からも離れている神聖な場所だった。男は鍛冶師でもう何年もこんな暮らしを続けている。鍛えた剣は幾百にも上るが、未だ自ら満足出切た代物はない。ただ１本を除いては……。風が湿気を運んで来た。
「はて？　これは……雨になるかな？」
男はさっと道具を片付けると谷の方へと降りて行った。そこで水を汲み、顔を洗う。遠くで鳥の鳴く声が木霊している。
「誰か来る……」
久し振りの人間の客だ。彼は僅かに頬をほころばせた。だが、その同じ風に怪物の不穏な声も混じっていた。
（不安と喜びはいつも同居している）
「そういえば、奴と初めて会ったのもこの場所だったな」
男の脳裏に鮮明に蘇った記憶……。それがあの美しい少年と剣の記憶だった。

　その剣の切れ味は最高だった。石でも鉄でも切れない物はない程に力のある剣。その研ぎ澄まされた刃はあまりに美しく、見る者の心を奪い、飢えた刃は人を襲う。未熟な者が持てば必ずその身を滅ぼすという。それは正しく魔剣とか妖刀などと呼ばれる物だった。
「確かにおまえは美しい……。だが、私は何と恐ろしい物を作ってしまったんだ……」
鍛冶師はその力を恐れ、山奥に封印した。が、噂を聞きつけては祠を荒らしに来る者が耐えなかった。そして繰り返される無意味な殺戮……。鍛冶師は心を痛め、その剣を折ろうと決意した。が、そこへ怪物が襲って来たのだ。
「この剣は渡せぬ。断じて渡す訳には行かぬのだ」
鍛冶師はその剣を抱え、谷へ逃れた。だが、それは返って逃げ場を失うことになった。上流からも新たな怪物が現れたのだ。怪物は連携を取ったりしなかったが、たまたま水場に来ていた怪物と遭遇してしまったのだ。

「何と運の悪い……」
鍛冶師は天を呪った。が、向かって来る怪物を討つ手はない。自分の腕ではとても倒すことなど出来ない。そう悟っていた。逃げるだけ逃げて何とか時間をかせぎ、その間に妙案を見い出すしかない。
「くそっ！　しつこい奴らめ」
しかし、運命は残酷に彼の甘い考えを打ち砕いた。息が切れた。足がもつれた。そして……。追い詰められた彼に逃げ場などなかった。彼は剣を構えたが、怪物は動じない。容赦なく爪を突き出して突進して来る。瞬間、何とかそれをかわす。が、すぐ脇の大岩がぐしゃりと砕かれ、固い岩の欠片がばらばらと彼に向かって落ちて来た。鍛冶師はそれらを必死に避けながら走った。が、怪物もそのあとを追う。その動きは怪物の方が早い。左右を阻まれ追い詰められた。

伸ばした怪物の腕をすり抜けて、その剣は少年の手にぴたりと収まった。そして、剣と少年の二つの魂が呼応する。怪物が飛び掛った。その巨体を少年が切りつける。
「ぎぇーっ！」
その胴体を切断され、怪物は悲壮な断末魔の底に沈んだ。そして、もう一体。こちらも大柄な、ヒトと爬虫類が混ざったような不気味な姿をしていたが、少年の燃えるような一太刀によって呆気なく首を切断されて絶命した。

「恩に着る」
鍛冶師が言った。それから少年は怪物の巨体を跳び越え、男の元へ来た。
「ありがとう。助かりました」
少年は微笑して剣を返そうとした。
「いや。その剣はおまえにやろう。こちらこそ命拾いした」
「でも……」
「この剣はおまえを待っていたのだ。私にはわかる。剣の声が聞こえるのだ。今、おまえに会えたことでこの剣は喜びに打ち震えておる。こんなことは初めてだ。おまえの名は？」
「ユーリス……。ユーリス　バン　ロック」
「ユーリス……。よい名だ。年は幾つだ？」
「１８」
彼は答えた。
「もし、必要があればまた訪ねて来るがよい。私はこの山の奥の祠で剣を鍛えている。名はゲザーク　ヴァーグナー。ゲザークと呼んでくれ」

　そして、９年が過ぎ、二人は再会した。ゲザークはユーリスの剣を研ぎ、光に翳すとうれしそうに言った。
「腕を増したな、ユーリス。剣を見ればわかる」
「だが、わたしの心はまだ満足出来ぬ」
酒を酌み交わしながらユーリスが言う。
「だが、欲張るな。足元を掬われるぞ」
「心配無用だ。わたしは負けぬ。誰であろうと負ける訳には行かぬのだ。わたしにはまだ果たさねばならないことがある」
「ローザンシティーか？」
「ああ……」
瞳の中に映る過去……。
「今度こそ真実を突き止めてやる。わたし自身と命の恩人である親友のために……」

――ユーリス、逃げて
――何故？
――ごめん。今は言えない。でも、大変なことが起きる。シティーが燃える。だから……
――君も来れる？
――ぼくは行けない。でも、せめて君だけでも逃げて、生き延びて欲しい…んだ……

赤々と燃える炎の中に昔の記憶が燃えていた。

――せめて君だけでも……

（何があった？　１６年前……。あの光の向こうに……）
１６年前、ローザンノームシティーは消滅した。灼熱の核の光に焼かれて……。だが、その記録は歴史から抹消された。
（何のために？）
国は何かを隠していた。その何かを守るために村を隔離し、人々の記憶さえ消去して、隠蔽した。
「秘密を知りたいんだ」
ユーリスが言った。
「機密事項だ。殺されるぞ」
「わたしを殺す？　出来ないさ。それは中央とて承知の筈」
「確かにな。剣や弓ならおまえの右に出る者などいないだろう。だが、中央にはそれだけではない飛び道具が揃っている」

「この剣は弾丸でも弾く。そうだろう？」
「ああ……。だが……」
「信じてくれ。わたしは必ずこの手で未来を取り戻す」
「ユーリス……」

――だめだよ、ユーリス。お願いだから、そこから早く逃げるんだ

（逃げても何も解決しない。それに……）
「怪物は何処から来る？」
ユーリスが訊いた。
「多くは砂漠から……。そこに奴らの巣穴があるのかもしれぬな」
「ならば、その巣穴を破壊する」
「しかし、はっきりしたことは言えぬ。果たして本当にそうなのか。街に怪物が全く出ないということではない。温暖化があのような巨大な生物を生んだのだと言われているが、誰もその説を肯定することも出来ない」
「だから、確かめたいんだ」
真っ直ぐな瞳。鍛冶師は再び彼の杯に酒を注いだ。

「世界の中心は何処にあるのだろう？」
ゲザークが言った。
「人か？　怪物か？　それとも中央にか？　それとも、そんなものなどとっくに無くなってしまっているのかもしれない……」
ゲザークが自分の考えを口にした。
「この星の未来は何処に行こうとしているのだろう？」
ユーリスも言った。
「繁栄か破滅か、どう転んでも先は暗いな」
「どちらにせよ、真実を確かめなければ先に進めない。わたしは真実を探しに行く」
そう言うとユーリスが立ち上がった。

「砂漠へ行くのか？」
「ああ。そこに鍵があるから……」
「必ず戻って来いよ。その時は上等の酒を用意しておくから……」
「ありがとう」
と言ってユーリスは満足そうに剣を見た。艶々して見つめているだけで鮮血が噴出しそうな程研ぎ澄まされた鋭利な刃。
「これがあれば百人力だきっと朗報を持って帰る」
「待て。これを持って行け」
ゲザークがくれたのは小さな護身刀だった。それを受け取ると彼は笑って出て行った。

　砂漠……。そこは一年中砂が吹き荒れ、赤く乾いた地と岩山と、瓦礫と化した廃墟とで構成されている。砂漠に吹く風はいつも悲しい。重く恐ろしい怨念を含んでいた。その怨念がそこで暮らす怪物達を育て、その姿を醜く変えていったのかもしれない。
「間違いない。ここがかつての……」
ユーリスは半ば焼け落ち、熱で溶け、土に埋もれたそれを見つけた

――信じているよ、ユーリス。君はきっと不死鳥になれると……

豊かな水に満たされた噴水と緑……。温室の中で大切に育てられていた花々……。そこに実った果実……。

――見て、これがぼくが育てたグリフィンの実だよ。まだ研究途中だけど、もしこれが成功したら世界中の飢餓がなくなる。そうしたらもう飢えで死ぬ子供なんか一人もいなくなるんだよ

しかし、その完成を待たずして犠牲になってしまった小さな命……。
「何故……」
干からびたその実を石垣が壊れて罅割れてしまった噴水にそっと置いて彼は祈った。

赤い月の夜に
そっと心に忍び込む赤い子供
赤い砂に埋もれたままの赤い夢の記憶……
夢の仕掛けの人形はここに
赤い上澄みを掬って
夢の木の実の花が咲く
夢の子供の宝箱
そこには夢が詰まっていて
そこには愛が満ちていて
そこには心があったという
無くした夢を見たという
今日もまた赤い星が流れ
今日もまた新たな夢が一つ壊れる
赤い砂は心を食らい
闇の怪物が人を食らう
そしてまた
人は闇に沈む
底無しの赤い沼に
夢を子供を沈めていく

何故殺す？
何故繰り返す？
夢を殺すな
愛を殺すな
そして一番大切なものを殺すな
おまえ自身を
すべての子供を
未来を殺す罪人よ
利益のために
名誉のために
ただそれだけの今のために
引き換える程の価値もない

赤い砂漠の声を聞け
赤い子供の歌を聞け
赤い砂粒に打たれ
感じない心などここに息する価値もない
赤い子供の声を聞け
赤い砂の涙
その下に隠された真実
涙の痕は消えない
心の痕は消えない
消してはいけない
この爪痕を――

　ユーリスは崩れた石垣に腰を下すと竪琴を鳴らした。砂の風が時間を消し、彼の歌声を消した。しかし、彼は演奏を止めなかった。
（ここはかつての故郷……。そして、未来へ続く扉……）
グォーッと砂嵐が鳴いている。グォーッと記憶の貨車が通過する。砂粒に浮かぶ蜃気楼――。悠久の時の扉の向こうに見える扉……。その扉の鍵に手を掛けたその時。ざわめきの中で気配を感じた。一瞬の静寂。風の軋轢……。

彼は竪琴を置くと瞬時に跳躍し、敵に向き直った。その手は既に矢をつがえ、見えない敵に狙いをつけている。舞い上がる砂が視界を覆い、空の色さえ鉛色に変えた。そんな中、叩きつける砂粒が現実の時間を紡いでいた。ユーリスはじっと耳を澄ます。風の音に混じって聞こえる微かな息遣い。そして、砂に覆われたその巨大な影。
「怪物か……」
僅かに風が澄んでいく……。と、そこに黒く威厳に満ちた本体が現れた。身長は裕に２メートルを越え、黒い鬣と血走った瞳。青銅がかった漆黒の鎧。
「破壊神……！」
心が高鳴るのを感じた。砂漠が振るえ、心が震えた。
そして、怪物もそれを感じた。大地がどよめいている。風が猛り踊っている。
そして、怪物が微かに動いた。ユーリスが矢を射った。
そして、怪物が吠え立てる。月が満ちていた。

そして、今、死闘が始まろうとしていた。