ダーク ピアニスト
前奏曲4 千の薔薇と千のキス

前編


 抜けるような青空が広がっていた。広大な敷地に点在する花壇や花のモニュメントは自然物とは思えない程美しく、芸術的なまでに洗練されて、見る者に強い印象を与えた。そこは、イタリアの小さな街。マルコ ヴィスタロッチの私邸だった。マルコは貫禄のある50代半ば。少しばかり前髪に白髪が混じってきたものの、まだまだ現役で勢力溢れる意欲的な男で、花と美を愛する温厚な紳士だった。

「やあ、ジェラード。よく来てくれたね」
丸顔に満面の笑みを浮かべて男は握手した。
「ああ。しばらく厄介になるよ」
ジェラードもにこやかに返す。二人はほぼ同じ年で、共に闇の世界を牛耳るビジネスパートナーだった。『グルド』の武器弾薬系統のおよそ8割は、マルコの会社との取り引きで賄われていた。また、マルコ側が抱えているトラブルや護衛のほとんどを『グルド』が一手に引き受けている。持ちつ持たれつ、彼らは互いに密着し、なくてはならない関係にあった。
「エスタレーゼもちょっと見ない間にまた美しくなって……」
「まあ、いやだわ。おじ様ってばお世辞を言っても何も出ませんことよ」
とエスタレーゼが微笑する。
「いや。お世辞などではないさ。本当にきれいだからそう言ったんだよ。君だってそう思うだろう? ギルフォート。男だったら、こんな素敵なお嬢さんを放っとけまい」
「ハア」
いきなり言われてギルは躊躇いがちに彼女を見、それから深く頷いた。確かに、このところエスタレーゼは大人の女性としてますます魅力的になっていた。

「ジェラード、君も心配の種が尽きそうにないね。お嬢さんに虫がつかないよう一晩中見張ってなきゃならないんだろ?」
と陽気に笑う。
「確かにな」
とジェラードもうれしそうに笑う。
「いやだわ。お父様まで……」
とエスタレーゼは頬を赤らめた。
「ところで君の秘蔵っ子の坊やは何処にいるんだい?」
とマルコが訊いた。
「まあ、変ね。ついさっきまで一緒にいたのだけれど……」
と彼女が言った。
「探して来ましょうか?」
とギルフォートが言った。
「そうだな。全く、すまないね、マルコ。あの子の落ち着きのなさにも困ってしまうよ」
と軽くため息をつく。

「気にする事はないよ。ああ、ギルフォート、わざわざ探さなくてもいいよ。気紛れな蝶は自由に遊ばせてやらなければいけないよ。君達も、ここでは、もっとくつろいで自由に過ごして構わないんだよ。ここは、のびのびと明るい自由な国だ」
「ハア」
ギルは軽く頷いて男を見た。ジェラードは温厚そうな表情で笑っていたが、側にいるようにという彼の命令を無視して勝手な行動をしているルビーに対して明らかに不快感を持っているようだったし、マルコは同じその笑顔の下にあるしたたかさを知っていたのでギルの心境としては複雑だった。唯一、エスタレーゼだけが素直な感情な笑顔を向けていたので、つい、そちらを見てしまう。

「ところで、ギル。この間の大会での君の活躍はすごかったね。生で見られなくて残念だったよ」
「ありがとうございます」
「さすがだね。それに、あの坊やもなかなかどうして素晴らしい成果を上げているそうじゃないか。現役スナイパーとしても教育者としても君は超一流という訳だ」
「それ程ではありませんよ。あの時は、少しばかり運がよかっただけですよ。実際の腕ならブライアンの方が上かもしれない」
「ハハハ。謙遜する事はない。運だって実力のうちさ」
とまた楽しそうに笑う。と、その時、いきなり、邸内の庭から甲高い悲鳴のような声が響いた。続いて犬達の猛烈な吼え声……。
「今の声……ルビーよ!」
エスタレーゼが叫んだ。もうその声は聞こえなくなってしまったが、代わりに何匹もの犬の声が続いている。

「何てこった……! 大変だ。よりによって犬達の聖域に入るなんて……」
マルコが慌てて携帯から警備員に連絡した。
「ああ。そうだ。大事な客人なんだ。場合によっては犬達を射殺しても構わん」
「そんなに危険なんですか?」
エステレーゼが訊いた。
「ドーベルマンとシェパードを飼っているんだが、番犬のつもりでしつけたのでね、少々気が荒いんだ。主人の私意外の命令には従わない。邸内に侵入して来た者には容赦なく噛み殺せと命じてある」
「そんな……!」
「とにかく急ごう」
マルコのあとを追って、彼らもその場所に急いだ。


 ところが、そこへ着いてみれば、何てことはない。芝生の上でルビーは楽しそうにたくさんの犬達とじゃれ合っていた。
「キャハハ。やめてよ。くすぐったい!」
どの犬もうれしそうにしっぽを振って彼と一緒に芝生を転がったり、彼の手や顔をなめ回したりして喜んでいる。
「あら、おじ様ってば、獰猛だなんて脅かして……。みんな、可愛い犬達じゃない」
エスタレーゼが笑って近くのシェパードに触れようとした。
途端に犬は、ウウッ!と歯を剥き彼女に襲い掛かろうとした。
「危ないっ!」
咄嗟にギルフォートが彼女の間に入り、平手で犬の鼻柱をバシッと叩いた。
「キャインッ!」
犬は悲鳴を上げて逃げて、ルビーの近くに寄った。その頭をルビーが撫でると犬は大人しくなり、うれしそうにまた、しっぽを振って彼を見つめる。

「大丈夫ですか?」
呆然としているエスタレーゼにギルフォートが訊いた。
「ええ……」
と頷き、父やマルコの方を見る。
「こいつは驚いた。彼は犬の言葉でも話せるのかい?」
マルコが訊いた。
「さあ? でも、あれは、よくいろんなものと話をしているからね。多分、動物の言葉もわかるのだろう」
とジェラードが言った。
「ホウ。そいつは素敵だ。いいね。犬と戯れる黒蝶の天使なんてのはどうだい? ああ、私に絵の才能でもあれば美しい壁画として後世にまで残る偉大な芸術になったろうに……」
と言ってマルコは残念がった。

「あん! もう、僕とキスしたいなら順番だよ」
脇から割り込もうとする犬をルビーが叱ると皆、ちゃんと後ろに退いた。それから、一匹ずつ順番に頭を撫で、抱き締めてキスする。
「おお、何てこった! 次は私ともキスしておくれ」
犬達の間に割り込もうとするマルコにルビーは言った。
「メッ! ちゃんと並ばないとだめだって言ったでしょ?」
「やっぱりダメかね?」
「ダメ!」
とルビーは言ってクスクスと笑う。
「こんにちは。えーと、マルコおじさん」
ルビーが挨拶した。
「やあ。よく来てくれたね。会いたかったよ、ルビー。私のことは、マルコと呼んでおくれ」
「うん。わかった。これは、みんなマルコの犬?」
「そうだよ」
「いっぱいいるね。それに、みんな可愛い」
と言って笑う。サラサラとした黒髪が乱れ、緑の葉や土で汚れていたが、それは、やはり美しい天使だった。

「ルビー、よそのお宅でそんな振る舞いはよくないよ。靴や洋服が泥だらけじゃないか」
とジェラードが窘める。
「ごめんなさい。その、犬達と遊ぶのが悪いことだなんて思わなかったの」
とマルコを見て言う。
「いや。いいんだよ。君はちっとも悪くない。汚れたら洗えばいいだけだからね。さあ、部屋に案内しよう」
とマルコが手を差し出した。
「ありがと」
その手に掴まるとルビーは立ち上がり、
「それじゃ、またね」
と犬達に別れを告げた。それから、パッと駆け出そうとしてふと足を止める。

「あ、この間はどうもありがとう。お人形やキャンディーや他にもいっぱいあったから、僕、みんなに分けてあげたの」
「そうか。気に入ってくれたのならよかったよ。そう。みんなにも分けてあげたの? 君はやさしいね」
「やさしい? 自分ではよくわかんないよ。でも、やさしいっていうのならギルもやさしいよ。それにジェラードも……。けど、1番やさしいのはエレーゼなの」
と笑う。
「そうか。そうだろうね。君を見てるとみんな、やさしい気持ちになれるよ」
「マルコもやさしい?」
「ああ。やさしいとも。午後のお茶が済んだら散歩に行こう。君に薔薇園を見せたいんだ」
「薔薇園があるの? 僕、薔薇って大好き! 白い花のもある?」
「ああ。もちろん白いのもあるよ。他にも赤や黄色や紫、いろんなのがたくさんある」
「わあっ!僕、早く見たいな」
子供のようにはしゃぐルビーを見てマルコもうれしそうに微笑んだ。


 シャワーに入ってさっぱりすると、ルビーはもう外に出て行った。
「ホントにすまんね。マルコ。あの子ときたら、小さい子供みたいに一時もじっとしていないんだ」
ジェラードがお茶の時間をすっぽかした言い訳をする。
「いや。気にする事はない。楽しみはあとにとっておいた方がいいからね」
とタルトをつつく。
「エスタレーゼ、ケーキのお代わりはたくさんあるからね。遠慮しなくていいんだよ。次はフルーツケーキを運ばせようか?」
「まあ、おじ様。そんなにわたしを太らせたいの?」
「ハハハ。女の子は少しポッチャリしていた方が可愛いんだよ。なあ、ギルフォート。君もそう思うだろ?」
「そうですね」
ギルは飲み終えたカップをそっとソーサーに戻して言った。

「ルビーを探して来ましょうか?」
「いや。構わないよ。好きにさせて……」
マルコは笑って砂糖漬けのようなコーヒーをお代わりして言った。
「それにしても、あの子のピアノを早く聴きたいものだねえ」
「ピアノですか?」
とギルフォートが言った。マルコは確かに様々な芸術を愛していたが、取り分け、ある種の芸術に趣を寄せていた。ルビーは、実年齢としては23になっていたが、見た目には年よりずっと幼く見えた。マルコが心ときめいたとしても無理はない程に……。ギルフォートは、給仕が注いで行ったお代わりのコーヒーから立ち込める淡い水蒸気を黙って見つめた。


 お茶が済むと銘々が自由な時間を過ごす事になった。ジェラードはマルコと仕事の打ち合わせをすると言うので、ギルはエスタレーゼと遊歩道を散歩した。
「本当にきれいね」
庭中が花畑のようだった。色鮮やかな異国の花。淡く可憐な野に咲く花とところどころに設えられた木製のベンチやつる薔薇のアーチ。背後に広がる青い空……。いかにもルビーが喜びそうな花の庭だ。と、緩やかにカーブした遊歩道の遥か向こうに黒い人影を見つけた。それは、人間というより、花から花へと奔放に飛び回る蝶のような動きだった。
「ルビーだわ」
エスタレーゼが言った。
「ええ」
ギルも頷く。と、そこへもう一つの人影が現れた。丸くてやわらかなシルバーグレイの影……。マルコだった。
「もう、お仕事は終わったのかしら?」
風に吹かれて彼女の長い髪がふわりとギルの腕に触れた。光に透けて髪は黄金色に輝き、細く靡いたその隙間から花と緑とルビーが見えた。


 「ルビー。私の庭は気に入ってもらえたかい?」
マルコが言った。
「うん。とても! いろんな花がいっぱいあって好き! ねえ、薔薇は何処にあるの?」
「もっと先だよ」
と案内する。さっき犬達と遊んだ芝生のずっと向こうにそれらはあって、よく手入れされた花壇に生きた芸術として並んでいた。形も色も素晴らしく青空に映えている。つる薔薇を絡ませて円やハート、動物の形なども美しかった。ルビーはそれらを見て、とても喜んだ。
「わあ!すごい! きれい! 僕、すごい気に入った! ずっとここに住めたらいいな……」
「そう。そんなに気に入ってくれたの? それはよかった。じゃあ、もっととっておきの薔薇を見せてやろう」
マルコが言った。
「とっておきの?」
ルビーは期待の目で彼を見上げた。
「こっちだよ。付いておいで」
「うん!」

ルビーはうれしそうに付いて行く。マルコは更に歩いて大きな噴水のモニュメントを通り過ぎた。流れ出る水を掬う天使の彫像にルビーは見蕩れてしばらくそれを見つめていたが、マルコに呼ばれて急いでそちらへ向かって駆け出した。そこは大きな温室だった。
「この中にあるの?」
ルビーが珍しそうに中を覗いて訊いた。ドイツの家にも温室はあって薔薇やいろいろな花を育てていたが、ここはその何倍も広く、しかも見た事のない植物がたくさんあった。
「いろいろな国から集めた美しい植物をここで育てているんだ。薔薇や蘭なんかもたくさんあるよ」
と手招きする。
「たくさん?」
ルビーはうれしそうに付いて行くとあれこれ質問したり、花びらにそっと触れたりご機嫌だった。
「すごいねえ。僕、こんなの初めて見たよ。ねえ、あれは何?」
目にする物すべてがルビーにとっては好奇心をくすぐられるらしい。そんなルビーを見てマルコもうれしそうだった。

「さあ、もっと奥へおいで。そこに私の最高傑作の薔薇がある」
先を行くマルコを追ってルビーがトコトコとやって来て歓声を上げた。
「わあ……! 何て素敵! これは薔薇なの?」
それは大輪の白薔薇だった。が、厳密に言うと白ではない。光の当たる角度によって色が変化して見えるのだ。
「虹色の薔薇だ……」
ルビーはうっとりとそれを見つめた。
「そう。これは、私が育てた最高傑作の薔薇だ。美しいだろう?」
「うん」
マルコはそっとその肩に手を掛けた。

「そう。この薔薇はたった今生まれたばかり……。光によって音色を変える。まるで曲によって音色を変えるピアノみたいにね……。だから、どうだろう? この薔薇の名前は、『スウィートルビーホワイト』にしようと思うんだ」
と言って彼は両手を彼の肩に……そして、ゆっくりとその手を滑らすと彼をそっと後ろから抱き締めた。
「それって僕の……?」
と振り向いて見上げるルビーにマルコは微笑んで言った。
「ああ。そうだよ。君の名前だ」
咽返るような花の甘い香……。たくさんの花達に見つめられ、うっとりとしているルビーをマルコは正面から抱き締め、その唇にキスをした。ルビーが抵抗しなかったのでマルコは更に強く抱き締めると大人のキスへ移行し、その手は徐々に下へ下がり、ベルトを緩め、ズボンの中へ潜り込もうとした。

「…い……やぁっ……!」
突然、ルビーが身を捩って避けようとした。それを力で押さえつけようとすると、ルビーは更に叫んでじたばたと暴れた。
「いやだ! 放せ! 何するんだ、この変態!」
「ルビー。ずっとここに住みたいと言ったろう? 君が望むならそうしてもいいんだよ。ここにずっといてくれるなら……。私は君に危険な仕事なんかさせない。君は、ここで自由に遊び、花と戯れ、ピアノを弾いて、好きな事だけして過ごせばいいんだ。キャンディーだってお人形だって君の望む物なら何だって買ってやろう。私にだけ微笑みを向けてくれるなら……」
ルビーはしばらくの間、男の話を聞いていたが、やがて、彼に絡み付いている腕が力を込めたので再び叫んだ。
「いやだ! 僕は僕だけのものだ! 誰のものにもならない! あんたなんか嫌いだ!」
「愛してやるよ。ジェラードやギルフォートよりももっと……ずっと深く愛してやる。だから、私のものにおなり」

マルコはギュッと強く抱き締めて彼が逃げられないようにした。抵抗しても力では叶わないとわかってルビーは大人しく抱かれたままその太くてたくましい腕にもたれて泣き出した。それを見て、マルコは少し力を緩め、やさしくその背を撫でてやる。
「大丈夫。何も怖がる事はない。心配しないで……うんとやさしく愛してあげる……。うんとやさし……」
と、突然、バンッとその腕の中で光が弾けた。
「いやーぁっ!」
男は吹き飛ばされ、花の棚の中に突っ込んだ。鉢やプランターが散乱し、花びらが散り、茎が折れ、土や肥料が飛び散って辺りは悲惨な状況になった。ルビーは先程の白い薔薇の棚の前にへたり込んで泣いている。目の前に薔薇の鉢が転がって茎の折れた花が悲し気に彼をじっと見上げている。
「僕は僕だけのものだ……永遠に僕だけの……」
透き通った天上からずっと青空が広がる。いっぱいに注がれた光は、しかし、彼に何も話し掛けては来なかった。


 「ルビー!」
駆けつけて来たギルフォートが泣いてる彼を見、それから、花の中で倒れているマルコを見た。
「おお! マルコ! 何てこった!」
あとからやって来たジェラードが慌てて彼に近づく。
「大丈夫。気を失っているだけです」
先に回り込んで脈を診ていたギルフォートが振り向いて言った。
「ルビー! 何て事をしてくれたんだい? マルコは大切な取り引き先の社長さんなんだよ」
ジェラードが言った。
「だって……だって、そいつが僕に酷い事したんだ! 僕にキスして、無理矢理……僕の……を触ろうとして……それから……それから……いやだ! 嫌いだ! 殺してやる! こんな奴、殺して……!」
泣き叫ぶルビーにジェラードは言った。
「黙りなさい! おまえは、自分が悪い事をしたとわかっていないようだね」
「わかんない! わかんない! どうして僕が悪い子なの? 悪いのはそいつの方だ! そいつが悪い事して……だから、僕は、僕……!」
泣きじゃくりながら立ち上がるとジェラードに詰め寄った。

「どいてよ! ジェラード。そいつを殺す! 殺してやる……!」
興奮しているルビーを引き放すとジェラードがギルに命じた。
「こいつを大人しくさせろ。早くここから連れ出すんだ」
「はい」
ギルは言われたまま、ルビーを捕まえると抱き抱えて表へ出た。
「いやだ! バカ! 放せ! あいつが悪いんだ! あいつのせいで僕……僕がこんな……!」
ルビーは叫び、じたばたと暴れたが、抱え上げられてはどうにもならない。そのまま温室の外に連れ出されてしまった。


 「あー」
ルビーはトントンと拳でギルの背中を叩いたり、髪を引っ張ったりして暴れた。
「こらっ。いい加減にしないか。泣き止め」
抱え上げたまま、その背を叩く。
「いやだ! あいつが悪いんだ! あいつがあんな事したから……薔薇を見せてくれるって言ったのに……僕は薔薇を見たかっただけなのに……!」
感情の収まらないルビーはいつまでもしくしくと泣き続ける。
「僕は悪くないのに……」
ジェラードに叱責された事が余程悔しかったのだろう。ルビーはしきりに自分は悪くないと繰り返した。

「そうだな。別におまえが悪い訳じゃない」
その言葉に彼はパッと顔を上げてその横顔を見た。
「ホント? 本当にギルもそう思う?」
「ああ」
ギルが頷く。
「マルコは昔からああなんだ。美少年を見ると見境がない。だが、安心しろ。マルコのターゲットは10代の少年だけだ」
「でも、僕はもう23だよ」
「そうか。そうだったな。だが、もう何年かすれば諦めるだろうさ」
「何年か……? でも、僕にとっては今だよ。今が問題なんだ」
と不満を言う。

「そうだな。だが、マルコも今回の事では懲りたろう。もう、おまえに手を出そうなんて思わないかもしれないぞ」
と笑う。
「そうかなあ?」
ルビーはゆっくりと辺りを見回す。落ち着いたと見て、ギルはようやくルビーを地面に下ろしてやった。ルビーはフーッと長く息を吐いて言った。
「ここは、本当に素敵な所だよ。あの人がいなければ……」
「ハハ。毛嫌いするな。マルコは人柄的には悪くない。味方にすれば心強い男さ」
「いらないよ! 僕、一人でちゃんと出来るもん! それに、僕の味方はギルだけでいいよ!」
そう言って微笑むルビーの顔に光が射して涙の跡が光って見えた。
「おれが味方か……」
駆け出して行くルビーの後ろ姿を見つめてギルフォートは軽く目を細めた。

「ねえ、いつまでここにいなくちゃいけないの?」
花びらを突きながらルビーが訊いた。
「仕事の段取りが整うまで。それに新しい取り引きが成立するまでかな?」
「そんなに待てないよ、僕。ねえ、早く帰ろう」
「まあ、焦るな。この仕事が済めば、ジェラードがラスヴェガスへ連れて行ってくれると言っていた。そこならカジノで遊べるぞ」
「カジノ? それって面白いの?」
「ああ。ルーレットやスロットやカード、何でも揃ってる」
「ふーん。それじゃあ、僕、ガマンするね」
綿毛のタンポポを見つけるとフーッと息をかけて飛ばした。
青空に白い綿毛が羽のように散って行く……。風に吹かれて、もう涙の跡は消えかけていた……。