ガイストスキャナー
アクアリウム
4 ネットの海
2週間後。ジョンはようやく一般病棟の個室へ移ることができた。週末に発熱が続き、一時的に白血球数が減少してしまったためだった。
「よく頑張ったね。ここまで来たら、あとは回復するのを待つだけだ」
エルビン医師が言った。
「まだ、生クリームのケーキは食べさせてあげられないけれど、あなたが欲しがっていたコンピューターを持って来たのよ」
母が言った。
「ほんと?」
ジョンはぱっと目を輝かせて喜んだ。
「でも、あまり無理をしてはいけないよ。まだまだ本調子ではないんだからね」
医者が忠告した。
「はい。わかっています」
そう返事をしながらも、ジョンの心は既に新しいコンピューターの方に向いていた。
「早速パパにメールを書くよ。一般病棟へ移れましたって……」
「そうね。きっと喜んでくださるわね」
そのコンピューターは、少年がこれまで使っていた物ではなかった。母が新しく購入してくれたノート型だ。これは最新型で、記憶容量は大きく、処理スピードも前の物に比べると断然速かった。
「すごいや。ママ、ありがとう」
ジョンはすぐに新しいコンピューターに夢中になった。彼にはどうしても調べたいことがあったのだ。それは、あのリンダという少女のことだ。
あれから2週間も過ぎたのに、彼女は病院に来なかった。忙しいのかもしれないし、デニスが来させないようにしているのかもしれなかった。
(もっと話したいことがあったのに……)
しかし、肝心な彼女のファミリーネームを訊くのを忘れていた。リンダというファーストネームだけでは、あまりにも漠然としている。第一、リンダなんて名前はあまりに膨大にあるだろう。
(もっと情報があれば……)
母やエルビン医師に訊いてみたが、彼らは何も応えてはくれなかった。
(思い出せ。あの時、彼女はどんな服を着ていた? 持っていた物は? 鞄は? どんなことでも手掛かりになる。思い出すんだ)
時間はたっぷりあるのだ。しかし、どれを取っても当たり前過ぎて彼女を特定できる情報は何も見出すことができなかった。
(やっぱり無理かなあ。彼女はもう、ぼくに会いに来てくれないかもしれない……)
どうして彼女のことがそれほど気になるのかジョン自身にもわからないまま、彼は懸命にネットの海を彷徨い、彼女のことを探し続けた。
「ジョン。熱があるじゃないか。この間の検査でも白血球数が大分下がっていた。このままでは無菌室へ逆戻りだよ。コンピューターはほどほどにしておきなさい。もし、それができないのなら、取り上げてしまうしかないんだよ」
エルビン医師が厳しい顔で忠告した。
「ごめんなさい。ぼく、つい夢中になってしまって……。どうしてもリンダのことが気になったの。ねえ、お願い。先生、あの子を呼んで欲しいんです。ぼく、彼女に話したいことがあるんです」
火照った顔でジョンが言った。
「今は駄目だ。君は早く病気を治すことを考えないとね」
医者はそう言うと病室を出た。しかし、少年の手からコンピューターを取り上げはしなかった。
医者が行ってしまうと、彼は再びその蓋を開いた。
「取り上げさせない……。今はコンピューターだけがぼくの友達なんだもの」
このままではネット依存症になってしまうのではないかと両親は心配し、彼にいろいろな玩具や本などを与えてみたが、結局、彼にとってコンピューター以上の物はなかった。チェスやリバーシでは、家の者では誰も太刀打ちできないほどに腕を上げていたし、本を読むのもプラモデルを作るのも速かった。そしてまた、余った時間をコンピューターに費やすのだ。
チェスの相手もネットを使えば簡単に見つかる。パズルの組み合わせも無限大だ。ジョンはしばらくの間そんなゲームを楽しんでいたが、ふと新聞の見出しや地方のニュースなどをチェックした。
クリック一つで様々な情報を流し読みするのは楽しかった。ネットサーフィンとはよく言ったものだと、彼は思った。
(やっぱりモニターの向こうには、世界という無限の海が広がっている。ぼくはその海を自由に泳ぐ魚……)
彼は満足だった。医者が何と言おうとCIAが阻止しようと、彼の好奇心と探求心を止めることは誰にもできはしない。
「あ……」
それはほんの偶然だった。ある地方誌の記事に少年はリンダという名前を見つけた。
それはジュニアスポーツ大会の記事で、結果の速報や小さなコラムが載っていた。その中に彼女の名前があったのだ。
昨年の優勝選手リンダ コリンズ(13)が大会を欠場
理由は白血病の少年に骨髄を提供するため……
「白血病の少年……」
ジョンはその記事を食い入るように見つめた。
「リンダ コリンズ……」
彼女の経歴を調べると写真が出ていた。それは昨年の物だったが、ジョンが見た少女に間違いなかった。
「見つけた!」
ジョンはその記事をコピーするとコンピューターを閉じた。鼓動が早く、僅かに息苦しさを感じたからだ。やはりまだ熱があるのだ。
「疲れた。少し休もう。それから彼女に連絡を取る方法を考えればいい」
そこまでわかればもうチェックメイトしたようなものだ。窓ガラスは蒸気で曇っていた。部屋の中は暖房で温かかったが、外は雪が降っていた。
(もう一度会いたいな。あの子に……)
彼は幸せな気分に浸っていたが、恐ろしいガイストの影はじっとそんな少年を見つめていた。その部屋の過去の因縁が少年を取り込もうとしていたのだ。
「ガイストが……」
ジョンはうなされていた。闇の風は次々と子ども達を攫った。ドナーが見つからなかった子。感染症や拒絶反応に耐えられなかった子。或いは医療費を払えずに病院から出て行かなければならなかった子……などケースは様々だった。が、闇の風はその子達を一人ずつ連れて逝った。
(ぼくも連れて行こうというの?)
窓の外は吹雪いていた。医者の手が彼に触れる。
(いやだ……!)
白い指先……。白い関節の骨が剥きだして、彼の胸を突いた。
(痛い……。やめて……)
「やめ…て……」
巨大な闇の手が彼を掴んだ。
「ど…うして……」
(何故ぼくを追う? ぼくはおまえを憎んでいるのに……)
ガラスに映るガイストの影。夜の闇に溶けたそれは醜いマリオネットのように、白い骨だらけの身体に闇のマントを羽織っていた。
(来るな!)
ぎょろついた黒い瞳。白く剥きだした頭皮。小刻みに震える関節がカチカチと微かな音を鳴らす。生きられなかった魂が背後の夜に降り積もって行った……。
「寒い……」
熱は身体を熱く燃やし、心は恐れを感じて震えていた。得体の知れない何かが心の中を這い回っている。沼地に潜む気味悪い生物がぬるぬると動いている。そんな気持ち悪さだった。
(ぼくを連れて行こうというの? 遠くへ……)
みんないなくなった。誰もいなくなってしまった病室に一人取り残されて震えていた。
――ねえ、知ってる? 風の強い夜には、お化けが子どもの魂を欲しがってるんだって……。窓を叩いて笑うんだ。次はおまえの番だって……
「次はおまえの……」
2年前、隣のベッドにいた男の子。彼は風の夜に連れて逝かれた。
「あれは本当だった……」
――風が子どもの魂を欲しがって……
(あれから何度繰り返された? あれから何人連れて逝かれた?)
「怖い……」
頭の中にこびり付いた記憶。自分自身の息使いが、まるで風の音のようにひゅうひゅうと悲し気に鳴る。
風がせわしなく窓を叩く。
(迎えに来たの? 闇の風がぼくを連れて逝こうと……)
部屋にはチューブが張り巡らされていた。その先は暗くて見えない天井へと向き、もう一方のチューブはジョンの身体に繋がっている。
「いやだ…… 出て行け!」
闇の風がチューブを伝い、少年の身体の中へと注ぎ込まれる。そして、その闇は彼の中でゆっくりと熟成し、心を蝕んで行く……。
「いやだ!」
彼は自分の声に驚いて目を覚ました。ガラスに映る指紋……。ふと自分の手を見ると、そこには白い関節の骨が透けて見えた。
時間は3時を過ぎ、ナースが巡回に訪れた時、ジョンはまだうなされていた。やさしい手がタオルでそっと彼の額の汗を拭った。
「……熱い」
「大丈夫よ。熱は下がって来たから、きっとじきに良くなるわ」
彼のことを見守っていた看護師のキャシーだった。ジョンは薄く目を開けて訊いた。
「ガイストはもう行ってしまった?」
「ええ……」
彼女にはその意味がわからなかった。が、少年の手を握ると深く頷いて見せた。
「よかった……」
ジョンはほっとしたように浅く息を吐いた。
治療のせいで抜け落ちた髪はまだ生えそろわない。
彼は同世代の子どもの中では身体も小さく、幼く見えた。それもまた薬の後遺症なのだとエルビン医師は言った。そして、今回の治療では生殖能力も失った。
(ぼくは大人になれない……)
――闇は子どもを欲している
雪は小降りになっていた。風は止み、少年は静かな寝息を立て始めた。
気がつくと、病室に朝の光が差し込んでいた。
「やあ、目が覚めたようだね。熱もほとんど下がったし、もう大丈夫だろう」
エルビン医師だった。
「先生、ごめんなさい。ぼく……」
少年の頬に光が煌めく。
「言い付けを守らず、夜遅くまでコンピューターをしていたことかい?」
医者の言葉にジョンは頷く。
「だが、君は反省した。そうだろう?」
「はい」
少年が素直に認めたので医者は微笑して言った。
「それなら安心だ」
「本当にごめんなさい」
医者の影を見つめてジョンは言った。夜の間、ずっと彼に取り付いていたガイストの姿はもう見えない。
(何処へ行ったんだろう?)
風は部屋から外へ出て行ったのかもしれないし、心から心へ通り抜けて行ったのかもしれない。
(ぼくの中から出て行った?)
彼はそっと自分の胸に手を当てた。
(それとも、まだそこに潜んでいるのだろうか)
少年は病室の中を見回した。チューブに流れる液体は、透き通っていたが、腕に刺さった銀色が少しだけ違和感を残した。
数日後。彼の元に面会人が訪れた。
「リンダ……」
二人、隔たりのない部屋での初めての対面だった。
「こんにちは、ジョン」
名前を呼ばれて彼は少しはにかんだように微笑んだ。が、彼女は緊張を崩さないまま、じっとそこに立っていた。
「どうしたの? あの……」
ジョンも言葉に詰まった。会えたら言おうと思っていた言葉が、今は何一つ出て来ない。沈黙が続いた。
「髪の毛……」
恐る恐る少女が言った。
「ああ……。やっぱり抜けちゃったんだ。もう生えて来てもいい頃なのに……。3度目だからね。もう生えて来ないんじゃないかしら?」
ジョンが悲しそうに言った。
「そんなことないわよ。でも、弟のこと思い出して……ちょっと怖くなったの」
リンダが言った。
「弟?」
ジョンが見上げる。逆光に照らされて彼女の白い頬が薄く光って見えた。
「白血病だったの。あなたと同じ……。それで去年亡くなったの。ドナーが見つからなくて……」
「そうだったの……」
少女の周囲にある風の意味を知って、ジョンは彼女の悲しみを理解した。
「ねえ、ぼくはその弟に似てる?」
ジョンが訊いた。
「いいえ。全然似てないわ。トニーは美しいブロンドの髪をしてたの。それに青い目。笑うと可愛いえくぼが出るのよ」
「……」
ジョンは俯いた。少しでも似ているところがあったらよかったのにと思ったのだ。
「そうよ。弟とは全然違う」
彼女は続けた。
「あなたにはドナーが見つかったんだもの」
「……」
ジョンが顔を上げた。その視線と彼女の思いが重なる。
「だから……死んだら許さないわよ」
「リンダ……」
彼女はまだ強張った表情をしていた。
「この間、面会に来たら会えなかったの。感染症を起こして面会謝絶だって言われたわ。もう駄目かと思った。弟の時みたいに……」
「ぼくのこと、心配…してくれたの?」
「当然でしょ。もし、あなたが死んだら、わたしは何のために骨髄液を提供したのかわからなくなるじゃない」
怒ったように彼女が言った。が、視線の先にあるのはやさしい色のカーネーション。青い海に透ける宝石のような瞳で、彼女はじっと過去を見ていた。
「骨髄液を抜く時、痛かった?」
ジョンが訊いた。彼女の背後で淡いガイストの影が踊る。
「麻酔をしたの。その注射がすごく痛かったわ。でも……あなたの方が痛かったでしょう?骨髄注射は死ぬほど痛いってトニーが言ってた……」
「うん。でも、ここの先生達は上手だよ。でも、一人だけすごく痛くする人がいるの。その人に当たった時だけは死んだ方がましだって思う。まるでガイストみたいなんだもの」
「ガイスト?」
「それは……」
ジョンがその概念について説明しようとした時だった。突然ノックの音が響いた。
「はい。どうぞ」
そう返事すると、CIAのデニスが入って来た。ジョンは僅かに頬を緊張させた。また、リンダと引き離されるのではないかと思ったからだ。しかし、男は穏やかに言った。
「やあ、ジョン。大分元気になったようだね」
「はい。ありがとうございます」
ジョンが応じる。
「新しいコンピューターにも大分慣れたんだって?」
「はい……でも、どうしてそれを知っているんですか?」
「彼女のことを調べていたろう?」
デニスはちらと少女の方を見て言った。
「はい。でも、それは……」
ジョンは怪訝そうな顔で男を見上げた。
「言ったろう。君の辿った足跡を調べればすぐにわかると……」
「プロバイダーですか?」
「そうだ」
(お見通しという訳か。なら、どうしたら、その足跡を消すことができるんだろう)
ジョンは考えた。
「リンダという名前だけで辿り着くとは大した情報収集力だ」
「つまり、ぼくは監視されていたということですか?」
「ははは。人聞きが悪いな。君の能力を調べさせてもらったんだよ」
ジョンは注意深く男を観察した。
(この人に対しては油断できない。敵なのか、味方なのか。それとも……そのどちらでもないのか……?)
「どうしたね? 何故そんな顔で私を見る?」
「だって、あなたはぼくとリンダが接触することを拒んだでしょう?」
「特別君にだけ意地悪をした訳ではないよ。本来ドナーと患者の間との連絡はしないのがルールなんだ。あとあとトラブルになっても困るからね」
「ぼくはトラブルなんて起こさない」
「そう。君はそうかもしれないが、世の中にはいろいろな考えを持った人がいるんだ」
デニスは諭すように言った。
「あの、わたし、そろそろ帰ります」
唐突にリンダが言った。
「帰る? どうして? たった今来たばかりなのに……」
「面会は10分だけと言われているの。それに、あなたはまだ完全によくなった訳じゃないでしょう? ちゃんと養生しなきゃ駄目よ」
姉のような口調で彼女は言った。ジョンは不満そうな顔をしたが、ナースが扉を叩いて合図した。
「それじゃ」
リンダが言った。
「また来てくれる?」
「あなたがちゃんとお医者さんの言うことを利いて、もっと元気になったらね」
「……わかった。それじゃあ、またね」
デニスが扉を開け、リンダは先に出て行った。
「また来るよ」
デニスも言った。が、ジョンはベッドの上で半身を起したまま、閉ざされた部屋の扉を長いこと見つめていた。
それからもまだ体調の波はあったが、ジョンは再び無菌室に戻ることもなく、だんだんと薬の量も減って行った。
リンダが病室を訪れてからさらに2週間が過ぎた。その間、ジョンはコンピューターの足跡を消す技術はないかと調べ始めた。デニスにあちこち付け回されるのはごめんだった。そもそもCIAがやって来たのもそれが彼のものだと特定されてしまったからではないか。
(きっと方法がある筈だ)
彼は今まで以上にコンピューターに熱中した。
そんなある日。ジョンはふと思いついて、父が所属する中東方面の部隊や周辺諸国の動向を調べてみた。
「パパは今、何をしてるんだろう?」
それは純粋な興味からだった。
本来なら有り得ない軍内部へのハッキング行為だったが、彼は複雑なパスワードを難なくクリアし、意識せずしてセキュリティをパスして侵入した。その内部情報によると、近々行われるテロリストの大規模な作戦を阻止するための陣営が敷かれていた。特に今回攻撃目標として名指しされている教会や学校方面への人員が増員されている。
(パパ達も大変なんだ……。けど、テロリスト達はどうしてそんなことをするんだろう。何の罪もない人をたくさん殺して、いったい何の……)
画面を見ていたジョンがはっとした。
「闇の風だ」
(これも皆、ガイストのせい? 闇の風が運ぶ記憶に操られて、彼らはテロ行為を繰り返しているのかもしれない)
ジョンは慌ただしくキーボードを叩くと周囲の状況、特にテロ行為の扇動と実行を行っているレッドウルフについて調べ始めた。が、その多くはイスラムの言葉で書かれていたため、少年には理解できなかった。しかし、幾つかの情報については英語やドイツ語でも書かれていた。彼はそれらのキーワードを駆使して推察し、仮説を立てた。
「言葉の中に別の言葉が組み込まれている。これは……ラテン語?」
パズルを解くように暗号も解いて行く……。
「この図式は何を表しているんだろう? 教会かな……。それとも人? だとしたら、この印は……。もしかして爆弾の仕掛けてある場所?」
導き出した図を見つめているうちに、彼の頭の中に、ある一つの考えが閃いた。ジョンは画面を半回転させ、これまでに入手した情報を当てはめてみた。
「これだ! 連中はアメリカ軍の裏をかくつもりなんだ」
軍の情報はテロリスト側に漏れている。切れ切れのワードを繋ぎ合わせると、ダミーの爆発を教会と学校付近で起こし、手薄になった軍本部に攻撃を仕掛けるつもりだ。作戦決行の時間は明日。時差を計算すると、もう8時間もなかった。
「パパに知らせなくちゃ……」
ジョンは急いでメールを書いた。しかし、どういう訳か通信は遮断され、何度送信してもエラーになってしまう。
「このままじゃ間に合わない」
ジョンは焦った。
(でも、パパも軍の人達もプロフェッショナルだ。こんな単純な罠に掛かる筈がない……。これくらいのこと、パパにだってわかってるさ。多分、手薄だと見せ掛けて、敵を欺くなんてことはよくある作戦じゃないか)
彼は懸命にそう自分に言い聞かせた。が、どうしても胸の奥のざわめきを拭い去ることができない。
彼は部屋の中を行きつ戻りつしてはため息をついた。
「どうしよう」
ジョンの体力は少しずつ回復し、今ではフロアの長い廊下を歩いて往復できるようになっていた。ふと見ると、部屋の隅にガイストの影がわだかまり、じっとこちらを見つめている。
「何? ぼくに何か言いたいの?」
ジョンはその影に話し掛けた。が、それはすっと立ち上がり、部屋を斜めに横切って消えた。今日は外もいつになく騒がしい。
(月のない夜だからかな?)
ジョンは再びコンピューターを開いて画面を注視した。何か状況に変化がないか確認したかったのだ。が、新しい情報は何もない。基地の中は静穏だった。逆にテロリスト達の本拠地では動きが慌ただしくなっている。すべての情報がコンピューターに書き込まれる保証はなかった。しかし、連絡手段のツールとしては便利な物だ。
リアルタイムでの情報がどんどん更新されて行く……。
ジョンの鼓動は高鳴った。
「いったいどうしたら……」
唐突に胸の奥から吐き気が込み上げて来た。ジョンは急いで洗面台へ向かうとレバーに手を掛けた。その細い銀色に小さな自分の姿が映る。ふと顔を上げて正面を見た。鏡の中に青ざめた自分がいる。そして、その輪郭を模るように黒い影が宿っていた。
「ぼくは……ガイスト……」
彼はふと自分の手を喉元に当てた。
(このままでは、ぼくがみんなを不幸にしてしまうかもしれない……)
恐ろしい爆発のイメージが頭の中に広がった。
「いやだ!」
酷い頭痛がした。
「気持ちが悪い……」
眩暈がして彼はその場に蹲った。
「息が苦しい……。けど、誰かに伝えなきゃ……。パパが……」
――いずれマグナム中佐にも……
「そうだ。デニス……あの人に連絡が取れれば……」
闇に巻かれながらも、彼は懸命にあがいた。そして、手探りでベッドに辿り着くとナースコールのボタンを掴んだ。が、少年はそこで意識を失った。
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