第12話 決まったぜ、おれ! 全員合体で秋の大運動会を制覇しろ!


 秋。リンリンと鳴く虫の音を聞きながら、どっぷりと縁側に浸っていたのはハーペンだった。
「おい。それって何だか変だろう? 浸るんなら縁側ではなく、叙情とか雰囲気とかにということだろう?」
サツマーゲが生意気なことに三人称に向かって文句をつけてきたので、今回はこいつの出番を大幅にカットすることにした。という訳で最初から始めよう。

 秋。例によってハーペンが縁側でたむろっていた。するとそこにリンリンコロコロおむすびころりんという美しい虫の声が響いてきた。そう。世間ではもう夏を通り過ぎてとっくに秋に季節が飛んでいってしまったのである。そして、秋といえば運動会。ここ埼玉北のタウンでもうれし恥ずかし大運動会が開催されることになったのだ。

「それで、我が並町を代表して選手を選ばなければならないのだが……」
豪助が言った。
「何? 大砲だと? そんなことをしたら戦争になってしまうからいけないんだぞ」
ハーペンがダンッと机の代わりにタマゴを叩いて言った。
「違う違う! 大凶だ」
豪助が怒鳴る。
「ああ、運が悪かったのね、うっうっうっ……!」
とオダイコンが白いハンカチをおでん頭に当てる。
「だからちがーうっての! 運動するんだってば。ほら、こうやって……。ほら、イッチニイサンシーって……」
と手や足をぶんぶん振り回している豪助を見て、ハーペンが目を見開いて興奮した。
「そ、そうか。あれか? ハイレグレオタード姿のお姉さんがラジオを持って手を広げたり、足を……したりする朝からムフフなお気に入りの体操タイム」
ハーペンが言った。
「まあ、運動会も体操の一つであるって言うんなら当たらずとも遠からずのような気もしないでもないが……」
ともっともらしくタマゴが言った。
「そうよ。朝からお姉さんがあーんなポーズやこーんなポーズでサービスしてくれてるというあれよ」
オダイコンも身を乗り出して言う。
「あーんなことやこーんな……」
サツマーゲが何かを言い掛けていたが時間の都合でカットする。

「それで何をすればいいんだ?」
ハーペンが訊いた。
「玉入れと二人三脚と字別対抗リレーだ。それにダンス」
豪助の言葉に皆が興奮した。
「何? ママ入れと美人三角関係のもつれと穴別専攻お礼だって? しかもチークダンス付きか?!」
ハーペンが叫ぶ。
「いやん! それって豪助が今ハマってるお昼のドラマよりエロい感じ」
オダイコンもくねくねと身をよじった。
「さてはおまえ、見てしまったのだな?」
サツマーゲが言った。
「そんならそのうち宇宙へ放してやんないといかんべ」
タマゴが言った。
「放せるもんなら解き放たれたいわ。こんな生活、もういやっ!」
と、オダイコンがヒステリックに叫んだ時、毎度お騒がせの連中が来た。

「そいや、兄ちゃん、あいつって白くてくねくねしてるよな。あの都市伝説の正体ってオダイコンじゃないの?」
ヤキチョバが大声で言った。
「いや、それはあり得んだろう。確かにメイビー星人というのはいつもわけがわからず中途半端ではっきりせずに何となくだらだらとふやけた感じでくねくねはしているが、あれはどう見てもただのヘンタイ合体星人でしかない」
メノンが分析する。
「さっすが兄ちゃん。はっきりくっきり物言うなあ」
と、ヤキチョバが感心する。

「何だ何だ、おまえら、勝手に人の家の庭を通り過ぎやがって……」
ハーペンが噛み付く。
「何? 勝手にではないぞ。あれを見ろ」
メノンが指差した木戸には、
「通り抜け自由。こっちの方が早道じゃ〜っ!」
と書いてあった。
「何なんだ、これは? 人の家の木戸にこんな落書きするなんて許せないんだぞ」
タマゴが湯気を立てて怒ったのでもう少しでゆで卵になるところであった。
「ああ、それか。そいつはおれが子供の頃見つけて書いてやったんだ」
豪助が言った。
「1本向こうの道に出たい時、ここを抜けるのが一番近道なんだ。うちの猫も雄鶏もみんなそうしてた」
豪助が自信満々に言った。
「何だ。豪助が書いたんならしょうがないじゃないか」
タマゴが言った。

「そうだ。しょうがはスーパーに売ってるんだぞ」
ヤキチョバが得意そうに言った。
「そうよ。沢庵だってべったら漬だってみんなスーパーママケットマンで売ってるのよ」
オダイコンも言った。
「おっ! そういえば、そろそろスーパーのおそうざい半額割引になる時間じゃないか?」
ハーペンが言った。
「そうさ。だから急いでスーパーに向かってたんだよな、兄ちゃん!」
ヤキチョバの言葉にメノンも頷く。
「よし。ここを抜ければすぐそこだ。行くぞ、弟よ」
「わかった! おれ、無限加速装置60%オフで急ぐよ」
「よし、付いて来い」
そうして二人のストリクト星人はスーパーに向かって真っ直ぐ飛んで行きました。

「だから、そこでいきなり三人称がですます調になる必要って感じないから……」
サツマーゲの言葉は全面カットして次に行くと、何と街角では昼のドラマもマッツァオな光景が展開していたのです。な、何とあの大分警部とカレンが日暮れの路地で密会か?! と見出しも躍る今日この頃。そのまま追跡してみると、何と二人は手と手を取って何処までも……。よもやこのまま駆け落ちか?! と思いきや、角からひょいと現れたのは毎度おなじみあの焼き芋屋のおっちゃんであった。
「会いたかったぁ。愛しのいもよ」
「そなたが不在の夏の間中、への出さえ減って寂しい思いをしたのだぞ」
と二人はいもを抱き締め号泣した。
「あんたら、それほどまでにいもを……。いももそこまで思ってくれる人がいたら本望やで。わいも泣けるがな」
といも屋のおっちゃんもおいもいと泣いた。

 そのさらに1本向こうの団地の庭の手前ではつぼねとミムラーが女子高生二人を口説いていた。おばさんが女子学生に……。世の中もなかなか際どいことになってきたものである。が、おばさん達が口にしていうるのは甘い愛のささやきではなかった。どちらかというともっと即物的なものだった。きゃん! とオダイコンならここでこのような擬音を上げるだろう。代わりに書いておいてやろう。我ながらよくできた三人称である。
「だからさ、ねえ、人手が足りないのよ。出てくれない? 運動会」
つぼねが熱心に勧めている。
「えーっ、でもぉ」
「ただとは言わないよ。ただとは、参加賞の満点屋まんじゅう1個と昼には一番安い弁当だって出るんだ」
ミムラーの言葉に二人の若い娘は顔を見合わせた。
「それだけじゃないよ。各競技で1等になればさらに商品がもらえるんだよ」
「商品ったって、毎年ティッシュか洗剤でしょ?」
ゆいもメイも微妙に気乗りしないようである。

「そんなことはないよ。今年の商品はすごいんだよ。何しろ優勝したら、あの伝説の……」
「伝説の?」
つぼねが急に声を潜めたので必然的にゆいとメイは耳の穴を広げて近づいた。
「ここだけの話なんだけどね」
と言って鼻息荒く二人の耳にささやいた。
「えーっ? 嘘でしょう?」
「そんなのって有りなんですか?」
二人が訊いた。
「バッチグーよ」
つぼねもミムラーもノリノリでVサインを出している。
「それなら出ます」
「わたしも」
彼女達は快諾した。


 そして、秋もたけなわの10月中頃。大運動会は開催された。今年は商品に予算を掛けたとかで打ち上げ花火は少し数が減って微妙だった。が、何だかんだと言いながら、開会式は始まった。
「えー、あー、うー、今年は宇宙人の皆さんも参加するということで埼玉北のタウンが世界のいや、宇宙の中心となり、愛を叫びましょうではありませんか。宇宙は一つ。人類、いや宇宙人は皆、兄弟姉妹、宇宙平和を推進するためにも、ぜひ、次回の選挙ではこの私めをうんたらかんたら……」
長過ぎる市長のあいさつに住民は皆、弁当を広げたり、尻を出したり、いや、トイレで用を済ませたりしていた。そして、更に競技上の注意だの不正献金や横領、密輸などをしてはいけないなどのお堅いあいさつが入ってから、ようやく小学生のはじめが選手宣誓をした。
「宣誓! ぼくたち、埼玉北のタウンの小市民は秋の大運動会において、どんな時も正々堂々と戦うことを誓います。平成23年10月、選手代表、福島はじめ」
「いいぞ! はじめ」
「いやん。カッコいい!」
むさ苦しいおっちゃんを目にしたあとだったので、可愛い子供のあいさつは皆の心をたっぷりうっとり潤した。

 そして、いよいよ競技が始まる。メイビー星人達は並町、ストリクト星人は中町、そして、花町、坂町、風街、小町の6町で争われるのだ。
「がんばれ、並町! ストリクトなんかに負けないぞ!」
「中町優勝! 今年も勝って2連覇だ!」
応援も盛り上がる。
最初は玉入れ。各選手はピストルの合図とともに猛ダッシュ。中には自分の人知を通り越し、地球の裏側まで走って行ってしまった者もいたが、大抵の人達は賢明に自分達のゴールに玉を入れようとがんばった。
「行けぇっ!」
これでもかと玉を投げるうちに誰かが間違えてタマゴを掴んで投げ入れた。が、あまりに見事なシュートだったので玉を数えた時でさえ誰もその存在に気がつくことはなかった。
結果は引き分け。

 続く大綱引きでも互角。棒取り合戦ではいものことでは固い同志であるカレンと大分警部が同じ一本の棒を巡って激突した。男女混合のこの合戦では作戦がものをいう。が、あえてメノンは特別の指示は与えず、カレンの力を信じて手出し無用と味方に告げた。一方、並町では、いくら相手が宇宙人だろうと日頃から鍛えているはずの警部が負けるなどとは誰も想定していなかった。そのため、誰も彼の応援に駆けつけなかった。結果、並町はボロ負けしたのである。

 それから、可愛い幼稚園児たちのお遊戯。
「ヤキチョバちゃーん、あたちを見て!」
「何言ってんの! 見るのはあたいよ。ねえん、こっち向いてん」
「ちがう! こっちよ」
どこまでも独占欲の強い幼児たちによって先生がきれいに並ばせた円が歪んだハートのようになってしまった。それでもむさいおじさん達によるチアガール応援より何倍も可愛かった。

 そして、小学生たちによる障害物競走。豪助の同乗に来ている子達の活躍で再び波町がリードした。
「おい、はじめ、どうだった?」
ハーペンが訊いた。
「うん。3等だった」
「そうか。すごいじゃないか」
ハーペンはここぞとばかりにその肩をポポポポーンと叩いて小さな英雄の栄光を称えた。
「でも、走ったのは全部で3人だったんだ」
はじめがしゅんとして言う。
「何言ってんだよ。3等は3等さ。よくやったな」
ハーペンが笑ったのではじめも微笑んだ。
次は大玉転がし。これはミムラーの圧勝だ。まるで大玉と合体したようにイキがあった運びで快勝した。地味ながらチョクとレージュンも上手に運んで他を寄せ付けなかった。それでまた中町が追いついた。

 借り物競争では市長の趣味が反映されて妙な物ばかりが書かれていた。
「何だこりゃ? ピンクのネクタイだって? そんな物付けてる奴なんかこの会場にいる訳……」
と見回すミムラー。すると、
「いた!」
来賓咳のテントにピンクのネクタイを付けているおっさんが一人。ミムラーは迷わず突進した。勢いあまってテントが崩壊したがネクタイはゲットした。それは市長だったのだが、ミムラーにとってはどうでもいいことだった。一方、つぼねはまた変な物に当たって当惑していた。
「花柄のトランクスだって? やだねえ。そんな物何処にあるってんだい? いや、あったとしたってあたしゃ、こっぱずかしくてとても持って来れりゃしないよ」
とぶつぶつ言っていると向こうからミムラーが猛ダッシュしてゴールを目指している。それを見た途端、ギランと闘争心に火がついた。
「あんたには負けてらんないよ!」
そこでつぼねは閃いた。
「そうだ! 父ちゃんのパンツ! 確か今朝花柄のトランクスはいてたよ」
つぼねは超特急で警部のところへ行くといきなりズリパンして中身を確かめた。
「つ、つぼねちゃん。こ、公衆の面前でそんな……夜までにはまだ時間が……」
うろたえている警部をよそにつぼねはてきぱきと言った。
「つべこべ言ってないでとっととお脱ぎ! これも並町の勝利が掛かってるんだよ」
「そ、そんなこと言ったってそれはあんまり……軽犯罪法に触れちゃうから……」
「文句があんなら、こんな題を出した変態市長にお言い!」
つぼねは有無を言わさず必要な物を引っぺがして持って行った。そんな警部の涙ぐましい協力もあってつぼねはミムラーに追いつき、これも同点となった。

 続いての競技は二人三脚。男女ペアでの競争だ。
「おれ、これが楽しみだったんだよな」
ハーペンがわくわくしながら言った。
しかもその相手は女子高生のメイである。
「やった! シリーズ始まって以来の大チャンスかもしれないぞ」
ハーペンは張り切った。敵は、中町のメノンとゆいのコンビだ。
「この勝負、絶対に負けられないわ」
メイが言った。
「そうかもしれないぞ。これで負けたら中町が優勝してしまうかもしれないんだからな」
「で? ハンペンって、走るの早いの?」
メイが訊いた。
「いや、早いというより遅くはないというのかもしれない。何しろメイビー幼稚園ではいつも微妙に3番より上にも下にもなったことないんだからな。どうだ、すごいだろう?」
ハーペンはわっはっはと笑った。
「もうっ! 話にならないわ」

「でも、一つ残念なことがあるのだ」
神妙な顔でハーペンが言った。
「何?」
メイも真剣に訊く。
「地球の引力があまりに強いから体が重くなってしまっているかもしれないんだ」
「なら、どうすればいいの?」
「それは……」
ハーペンがもじもじうじうじと自分のお腹にのの字を書いた。
「合体でもできるんなら……微妙に相当早く走れるようになるかもしれない」
「そんなら合体すればいいじゃない?」
メイの言葉にハーペンは我を失いそうになった。
「が、合体するだって? いいのか? 本当におれでいいのか? それで君は後悔しないんだな?」
ハーペンが言った。
「うっさいわね! ごちゃごちゃ言ってないで早く合体しなさい!」
ぴしりと尻を叩かれてハーペンはシャキーンとなった。
「よ、ヨーシ! こうなったら合体しちゃうぞ! アーマーよ、来―! 恋恋恋……」
そのあまりに伸びきったパンツのゴムのようにふやけきった主人の声に呆れたアーマーが仕方なくもったりのっそり現れた。

「アーッ! ちょっとそこ! 合体して競技に出るなんて反則よ!」
ゆいが叫んだ。
「ほんとだ! そんなら、ハーペンはアーマーと二人三脚すればいいじゃないか」
ヤキチョバも言った。
「そうよそうよ。汚いわよ」
「まるでしまりのないメイビー星人みたいよ」
チョクとレージュンもここぞとばかりにののしった。そうでもなければ今回セリフがもらえなかったかもしれないので焦ったのだ。
「そんなこと言われてももう呼んでしまったのだから仕方がないんだぞ」
ハーペンが言った。が、困ってしまってにゃんにゃんにゃにゃん! と鳴いてしまったのはアーマーである。合体しようとハーペンの方へ向かえば、ストリクト星人達から、やれ反則だのフェアじゃないだのと言われる。もしもそんなことになってしまったら、人一倍繊細なアーマーの心はチクチクチクンと痛んでしまうのである。
アーマーは迷ったあげく、苦渋の選択をした。
「ワタシハ帰る」
「何だって?」
「私ハ正義のアーマー。イクラゴ主人ノメイレイデモ、正義ニ反することはデキナイ」
そう言うとアーマーはシュバッチ! と空へ飛んで行ってしまった。

「そんな……! せっかく女子高生と夢の合体ができると思ったのにィ! カムバーック! アーマーちゃーん!」
などとハーペンが空しく空に叫んでいる間に競技は始まっていた。
「しまった! 宇宙のヒーローであるおれとしたことが……不戦敗なんてことにでもなったら生き恥をさらさねばならん。メイちゃーん、やっぱりあんよをキリキリ縛っておててをつないで走りましょ?」
ふとグランドを見ると既にランナーはスタートしていた。しかもメイと一緒にペアを組んでいるのはオダイコンであった。
「そんなぁ。ずるいぞずるいぞ。汚いぞぉ」
ハーペンが足をじたばたして叫ぶ。

「おい、どうした? 早く準備しないと不戦敗にされてしまうぞ」
豪助がロープを持って立っていた。
「何で豪助が?」
「さっきメイちゃんがペアを変わってくれって来たんだぞ。おまえ不正をやろうとしてたっていうじゃないか。いかんぞ。宇宙のヒーローがそんなことをしたら……」
それは誤解だと叫びたかったが豪助のやさしさにハーペンは胸が熱くなった。
「そうだ。おれは勝つことばかりに目がいって大事なことを忘れていた。ヒーローのおれがこんなでどうする? ヒーローがずるして勝つなんて……。この広い宇宙中で応援してくれている子供達の夢を壊すことになるんだ。子供達の夢を……」
ハーペンが目を潤ませているとさっきのセリフの続きを豪助が付け足す。
「もしばれたら優勝しても商品がもらえなくなってしまうんだぞ」
それほどまでに今回の商品はすごいらしい。ハーペンも気を取り直して豪助の足に自分の足を結んだ。
「だから、足に足が結べるはずがなかろうて……」
サツマーゲが指摘した。わかった。ロープだ。豪助の拗ね毛があまりにモサモサだったのでロープが埋もれて見えなくなっていたのだ。しかもそのロープはしましまだったのでハーペンの微妙な拗ね毛に擬態しているかのように溶け込んでよくわからなくなっていたのである。すごいロープである。が、そのあまりに素晴らしいフィット感が奇跡のフュージョンを生んだのか、アンカーで走ったハーペンと豪助は中町を破って見事1等に輝いたのであった。

 それからお昼のお弁当を挟んでフォークダンス。
「よーし! 今度こそ女子のお友達と堂々と手がつなげるぞ」
ハーペンはもちろんオダイコンやタマゴ、豪助にサツマーゲのおっちゃんまでがどきどきわくわくと胸キュン状態していたのである。みんなで大きな円を作り、いざ音楽が始まった。曲は懐かしのおくらへまミキサー……いや、おくらへぼボクサーだったかな? まあ、そんなことはどうでもよいか。とにかく音楽が始まってペアと手を触れようとした瞬間。いきなりドッカーンと音がして空から雨が降り出した。しかも猛烈な雨だ。
「いやん。濡れちゃう」
オダイコンが女の子のように悲鳴を上げる。
「早く向こうのテントに行こう」
メノンがさっとジャージの上着を脱いで近くにいたゆいに被せて連れて行く。
「くそっ! おれだって……」
ハーペンもさっとジャージの上着を脱いでメイに被せようとした。
「きゃあ! 変態!」
彼女は仰天して逃げ出した。
「あ、メイちゃん、そんなに恥ずかしがらなくてもいいんだよ。こんな時だ。遠慮しなくても……」
と言っているハーペンの隣ではじめが言った。
「ハンペン、そんな格好で雨に濡れると風邪引いちゃうよ」
「そんなって?」
見れば上半身何も身につけていなかった。さっき上着を脱いだ時、全部すっぽ抜けてしまったのだ。
「何ということだ。せっかくのチャンスを……」
と後悔する。

「あ! あれを見て!」
つぼねが叫んだ。見ると向こうの裏山からドボドボと水が溢れ出している。
「大変だ! 崩れるかもしれないぞ」
大分警部も慌てて言った。
「早くここから避難した方がいい」
しかし、土砂降りな雨の中、人々は狭いテントの下でぎゅうぎゅうになっていた。がらがらどんどんと不気味な音も響いている。
「一刻の猶予もないぞ」
警部が叫んだ。
「よし!私達に任せてください」
メノンが言った。
「人々を安全な場所まで誘導します」
「いいのか?」
警部が言った。
「もちろんです。我々ストリクト星人の誇りに掛けて皆さんの安全は保障しましょう。私達も埼玉北のタウンの市民です。皆さんのお役に立てるなら光栄です」
「いいぞ、兄ちゃん、カッコいい!」
ヤキチョバが叫ぶ。
「そうよ。私達にできることは何でもしますわ」
「地球の皆さんに比べれば私達の方がずっと力があるんですもの」
チョクとレージュンも言った。
「いもパワーで協力させてもらう」
カレンも言った。
「ありがとう。感謝する」
警部はいも仲良しのカレンと握手した。

「よーし! おれ達だって協力するぞ! 何しろおれは宇宙一のヒーローなんだ」
ハーペンが言った。
「宇宙一おまぬけでないといいんだけど……」
メイが言った。
「ほーんと。見てよ。ストリクト星の人達の手際のよさ」
ゆいも言った。見ればハーペンがくだらない担架をかついでいる間にメノン達はもう人々を誘導し、車やバスを使ってピストン輸送を始めていた。
「くそっ! このままではストリクトの奴らに負けてしまうぞ」
タマゴがピョンピョン跳び回りながら叫ぶ。
「バカモン! それどころじゃない。あれを見ろ!」
豪助が喚く。
「あ、あれは……!」
土砂が溢れて来た。
「いけない! このままでは先に行ったバスまで飲み込まれてしまうわ!」
オダイコンも叫ぶ。
「合体だ! みんな、すぐに合体するんだ!」
サツマーゲが叫ぶ。
「よし! 合体だ!」
ハーペンも叫ぶ。そして、メイビー星人全員が合体した。オダイコンはミムラーと、サツマーゲは大分警部、タマゴはつぼね、そして、ハーペンは豪助とそれぞれ合体したのである。

「ジャジャジャキーン!」
そして、彼らは残っていた人々を両手と背中と肩に乗せて空を飛び、ミムラーと合体したオダイコンがバスを掴んで走り、ハーペンが崩れてきた土砂を空手チョップで押し返した。そして、サツマーゲが巨大なホイッスルを鳴らして避難誘導と取り残されている人がいないかを見回り、タマゴが噴出している水の口に尻を突っ込んで停めた。
「よし! 私が尻で抑えている間に全員を避難させるのだ」
タマゴが言った。
「よし! あと残っているのは……」
ハーペンが見回す。
――おい、ハンペン。あれを見ろ!
アーマーの中から豪助が叫んだ。

「はじめ!」
何故そこにはじめがいるのかわからなかった。ハーペンはメノンがはじめと女の子を真っ先にバスへ乗せるのを見た。ストリクトといえども宇宙の戦士。避難させる時には子供や女性などの弱い者から順に逃がすという避難の鉄則を守っているのだ。そのはじめが何故か壊れたテントの付近でしゃがみ込んでいた。
「も、もうだめだ! 尻がもたん」
タマゴが叫ぶ。もし、タマゴの尻の蓋が外れたらたちまち水が噴出し放題となり、土砂がなだれ込んできてしまう。
「はじめ!」
ハーペンはこれまでにない真剣な顔でテントに向かって走った。そして、はじめを抱えたその時、ついにタマゴの尻が外れた。ピューッと水が噴出して土砂が流れた。

「はじめ、しっかり掴まってろよ」
ハーペンは流れる土砂をものともせず、その上を渡るとタマゴと一緒に大ジャンプした。そして、危機一髪でそこから抜け出し、バスの屋根に着地した。
「フーッ。何とか無事に脱出できたか」
ハーペンがほっとする。
「ありがとう。ハンペン」
はじめが言った。
「それにしても何だってあんな所にいたんだい?」
「ぼく、みかんちゃんのリボンを探してたの」
「リボン?」
「うん。最初は一緒にバスに乗ったんだけど、みかんちゃんがリボンを落としたって言うの。おばあちゃんにもらった大切なリボンなんだって。それで、ぼく、テントのところに落ちているのを見つけて……」
はじめはしっかりとそのリボンを握り締めていた。リボンはくしゃくしゃで、はじめも涙で頬を濡らしていたが、その顔はどことなく誇らしそうであった。
「偉いぞ、はじめ」
――本当だ。褒めてやるぞ、はじめ。だが、もう危ないことはするなよ
ハーペンと豪助に言われて、はじめははいと返事する。それから、みかんとはじめの仲が親密になったのは言うまでもない。

 という訳で、妙な宇宙人達の活躍で一人の被害者も出さずに済んだというので、市長から感謝状がきた。
「でもさあ、感謝状より商品もらった方がよかったなあ」
サツマーゲがぼやく。そう。せっかくの商品はあの雨のせいでみんな流されてしまったのだ。
「何かくたびれ損だったって感じ」
「せっかく楽しみにしてたのに……」
ゆいとメイもガッカリした。
「ところで、その商品って何だったんだ?」
豪助が訊いた。

「ちょっと! ニュース! ニュース! 今回のことで流されてしまった商品の代わりに寄付してくれた人がいるんだって……」
ミムラーが言った。
「しかもただよ! ただ! あのヤッキーのコンサートとホストとトークでショーの招待券と焼きいもギフト券500円分だよ」
「やった!」
ゆいとメイが歓声を上げて喜んだ。背後でカレンと警部も涙を流して喜んでいる。
「あの、エステ割引券はどうなったんですか?」
オダイコンが訊いた。
「大丈夫。ほら、新しい券、ちゃんともらってきたよ」
つぼねが言った。
「きゃん! うれしい!」
などと皆が喜ぶ中、ハーペンはガッカリした。

「そんなもの、ヒーローのおれにとってはどうでもいい代物さ。ヒーローに与えられる報酬は……」

――ありがとう! ハンペン!

はじめの笑顔が思い浮かんだ。
「ふっ。それだけで十分さ」
夕日に向かってムフフと笑う。
(決まったぜ、おれ)
と思ったら笑いが止まらなくなり、怪し過ぎると皆からうとまれ、夕日も赤面するほどに赤く染まったが、尻は裂けずに済んだのである。


つづく