ウーニャの恋


第2話 暑い日


 二人はまんじゅうを食べながら雑談をしていた。
「大体、そのケッコンとは何だ?」
「この前もぼく言いましたよー! 好きな人と好きな人とでお役所に言って『大好き』宣言してくるんです。『けっこん届』って言うピンク色の紙にお名前とかお住所とか書くんです。でもこの時、間違って緑色の紙の方に書いちゃうとゲームオーバーなんです」
「聞いたこともないぞ、そんな変な紙」
「ところで、リーガさん。その四角い物はなんですか?」

それは洞窟の地面にふてぶてしく転がっていた。その四角い物をバンと叩くと、リーガはニヤリとして言った。
「こいつはエアーコンディショナーという代物だ」
ウーニャはごくりと唾を呑んだ。リーガが声のトーンをおとして言うと、それが何であれぞっとするものを感じさせる。
「え、えあー……何ですか?」
「エアーコンディショナーだ。こいつが起動すれば、私もおまえも、もう暑さも寒さも感じなくなる。快適な、そう、夢のように快適な生活をおくることができるのだ」
そう言って笑う彼女の口元から、牙が覗いた。ウーニャはぶるっと震えた。
「そ、それって、使ってもまだこの世にいられますよね?」
「当然だ。試してみるか?」

彼女はリモコンをくいっと押した。しかし、何も起こらない。
「何も起こりませんよ」
リーガは眼をつむって黙っている。
「リーガさん、何も起こりません」
「黙ってろ。涼しくなるはずだ。私の情報網に間違いはありえない」
そのまま二人はやや暑苦しい洞窟で白い箱をにらんでいた。

 三十秒後。突然リーガが鎌を振り上げた。
「こんちくしょう! 全っ然涼しくならねえじゃねえか! てめえなんざ壊れてしまえ!」
ウーニャはリ―ガの手に飛び乗ると、必死で説得した。
「駄目ですよ! これは多分、電化製品だったんですよう!」
「デンカセーヒンだと? 何だ、それは」
「電気で動くんです」
「ふん。電気か」
リーガは不満そうに腕を組んで座り直すと、目を閉じた。

と、その時、ゴロロゴロロと音が鳴った。空模様が怪しくなってきたのだ。ビカッ。ビカッ。辺りが白く明滅する。空がどす黒くなり、雨も降りだした。ウーニャは戦慄した。

「駄目です! リーガさん!」
「ん? ちょっと待て」
「雷なんか呼んじゃ駄目です! ぼくらのコンディショナーが、ぼくらのエアーコンディショナーがぁ!」
「騒ぐな! あれは何の脈絡もなく起こりやがった自然現象だ!」
「へ?」
ゴゴウッと不機嫌そうな低い音がまた、遠い空で轟いた。

「おまえ、私をどんな怪物だと思ってやがる?」
「そ、それはもう。強くて。強くて。大地に轟いて、バリバリ閃いて、天と地を貫く穴を開けて、悪の大女王様として、この星に君臨するほどに……」
ウーニャは必死にその彼女の強さを褒めたつもりであった。
「そうか」
しかしリーガはそう言って怒りの笑みを浮かべた。
「切られたいか! バカなまこ! 私はどんなバケモンだ!」
「ひえええ!」
ウーニャは彼女の手から飛び降りると、普段ならありえない早さで洞窟から逃げて行った。それは地を滑る緑色のリニアモーターカーを思わせた。


 「ううう」
とウーニャは涙をこらえていた。
「何がいけなかったんだろう。そうだ。エアーコンディショナーが悪いんだ。エアーコンディショナーが来たから、ぼくは彼女に嫌われたんだ。サイテー!」
ウーニャは雨に濡れながら、町を進んだ。雷が鳴った。
「そうだ。雷がいけないんだ。どうしてあんなところで鳴るかな! サイテ―! その2ィ!」
そして、電信柱をじっと見つめた。
「あ!」
ウーニャはふと思い当たった。
「そうだよ! 今は名誉挽回するべき時なのだ! ぼくは彼女の機嫌を損ねたけれど、ぼくはけっこんを決意した男なんだぞ。何をしても、今はご機嫌とりに徹しなければ!」
と結婚に関する半端な知識を活かして、心だけは前向きに構える。

なぜだか悪いのはリーガの短気だという結論には至らなかった。
「なぜかって?」
それは……。
「ぼくはいつだって、彼女の味方なのだ」
ウーニャはすっくと立ち上がった。その姿は、緑の丸っこい生物ではなかった。雨に濡れて髪がしなった、美しい少年の姿だった。少年は背の高いその獲物をキッと見つめた。
「あい・うぉんつ・けっこん!」
と叫ぶと、彼は思い切って行動に出た。それもまた満天屋のまんじゅう代と同じく、後日、例の中学校≠フツケになったことをここに補記しておこう。


 正にぽかん……としてリーガはその物体を見ていた。雨上がりのことである。
「見てください! ぼく、電柱をもってきました」
バテながらも誇らしげなウーニャだったが、ひとつ大事なことを彼は忘れていた。そこにあるのは電線のないコンクリート棒。電気にはまんまと逃げられていたのだ。
「よし、おまえは良い使い魔だ!」
何も知らないリーガはエアーコンディショナーをその電柱にさまざまなやり方で繋いでみた結果、あるところで落ち着いて、少し満足そうにニッと笑った。
「どことなく涼しくなった気がする」
「ぼくはしません」
「黙れ。何か感じないか。微風みたいなのが来てるとか……」
「そうですねえ……」
「どっちだ」
その後、結局二人はこれは大した代物ではなかったのだろう、という結論に達した。


 その夜のこと。洞窟にちっとも風が入って来ないので、頭にきた二人は例の中学校≠ノ忍び込んで暇をつぶすことにした。学校にはシーガがいる。彼はリーガの弟分である。人間たちと過ごす中学校生活が楽し過ぎて、彼女の一族とほぼ縁の切れた、言わば落第生である。彼は玄関で二人を見つけると大きく手を振った。

「よ! 姉ちゃんにナマゴンよ、元気だったか」
「ナマゴンじゃなくて、ウーニャです」
「まあまあ、気にすんない! おれ様の城、呪我田中へようこそ!」
と家の主きどりで二人の前を歩いてゆく。
「にしても今日はあちいな、こういう時はやっぱ職員室だべ!」
とドアを蹴破るシーガは、平然とリモコンを取って電源ボタンを押す。ピ……という音が鳴り、ふうう……と涼しい空気が流れた。
「やっふふ〜、快適〜!」
と伸びをするシ―ガ。しかし、その後ろでは……。

「不愉快だ」
とリーガは震えていた。
「最高に不愉快だ! 他の誰でもなく! よりによってこいつが普通に電化製品を使っていやがるとは!」
シ―ガが危機感もなく振り返る。
「へ? どしたよ、姉ちゃん。リモコンのボタン、そんなに押してみたかったか? ぷにって押すとさ、ピ……て鳴るんだぜ? すると、ひやひや〜ってした風が、ひゅうう……ときてたまんねーや。やってみ、マジ感動だぜい? けっけっけ!」

リーガはウーニャをちらっと見た。
「……誰が悪い?」
ウーニャは黙ってシ―ガをじっと見る。シ―ガはまだ気づかずに笑っている。リーガが悪魔の笑みを浮かべる。ウーニャはそれを理不尽だとは思わなかった。リーガの短気をやはりとがめはしなかった。
「なぜかって?」
それは……。
「ぼくはいつだって、彼女の味方なのだ」

つづく