第三章 PartT


 暗黒の波を掻き分けて、漆黒の鯨は何処までも行く……。尾翼に付いた銀と緑の飾り文字は、流星と風をイメージしたMの文字。美しいシルエットのその鯨は、しかし悶え苦しんでいた。
「やべえ! 左エンジンノズル、出力低下! このままじゃ持たねえぞ!」
バリーがレバーにしがみついて歯を食い縛る。
「持たせろ。目的地はすぐそこだ」
キャプテンが必死に操縦環を操りながら言う。
船は軋み、傾きながら辛うじて慣性航行を続けていた。
「だめだよ、キャプテン。出力が45%を切った。もう限界だ!」
「何言ってんのよ? 諦めないのがあんたのいいとこでしょ?」
カティが振り向いて発破をかける。
「けど……」

――おれ、諦めないから……。絶対諦めないからな!

 それはもう8年近くも前のことだった。薄汚れた繁華街を子供が一人で歩いていた。擦り剥いた膝からは血が流れ、人工の砂が洋服や頬にべっとりとこびり付いている。が、それでも彼は茶色く人懐こい目をきらきらさせて大人や看板や様々な物を観察していた。
「ここは珍しいもんがたくさんあるんだな……」
あちこちで派手なネオンがチカチカと輝いている。通りは健全なスポーツ施設から法の抜け穴をくぐって営業しているような闇の風俗まで、あらゆる娯楽の店によって構成されていた。そこは銀河系有数の歓楽街だった。酒とギャンブル、女にディスコ……暗い路地には煙草の煙と腐敗臭が漂っている。

「ようよう、姉ちゃん、いいじゃねえか。こっち来ておれと一杯やれよ」
酔った男が厚化粧の女を口説いている。
「ちょっと、よしとくれよ」
触れて来る手を払いながらも女は満更でもなさそうに。男にもたれ掛かったり、いやがる素振りをしてみせたりして男をじらしていた。
「いいじゃねえか、やらせろよ」
男が強引にドレスの下に手を入れる。ふっくらと形良くせり出した胸……。しかし、その乳房はすべて作り物だった。少年にはすぐにそれがわかった。女が身につけている下着やポケットに忍ばせた下世話な道具も……。彼には全部透かして見ることが出来るのだ。
「バッカだなあ」
と少年は呟いた。
「ほんと。バッカみたい……」
突然、背後で声がした。振り向くと、そこには彼より二つ三つ年上の赤毛の少女が立っていた。

「あの女、男を眠らせてサイフを盗る気よ」
少女が言った。
「どうしてわかるの?」
「心を読んだから……」
「心? おれには読めないよ」
「当たり前じゃない。あんたはテレパスじゃないんだから……」
「テレパスって何?」
「たとえば……今、あんたが考えてること」
「え?」
「あんたは今、すごくお腹が減ってる。そいで、あの男のズボンのポケットに入ってるサイフを何とかして抜き取れないかと思ってる。そうでしょう?」
「ええっ? 何でわかるのさ?」
「テレパスだから……」
「チェーッ。何だよ何だよ、偉そうにさ。そんなのここにいる連中なら誰だってやってらあ」
少年が文句をつける。

「フフフ、やめときな。あんたの腕じゃサイフを盗る前に捕まっちまうのがオチだよ」
少女はにべもなく言った。
「何でだよ? おれだって随分うまくなったんだぜ」
抗議しながら、彼女のポケットの小銭入れを抜こうとした。が、すかさずその手を掴まれて悲鳴を上げる。
「バーカ」
「チェッ。何でわかっちゃうんだよ」
「だから言ったじゃない。わたしはテレパスなの。あんたの心なんかとっくにお見通しよ」
言われて彼はうーっと俯いた。

「あんた、慣れてないね。それに……」
じっと見つめて少女が言った。
「それに?」
少年は訝しんでその顔を見上げる。
「このサイフには金なんか入ってないよ」
少女はサイフの口を開いて逆さに振った。
「ね?」
「うー」
空っぽのそれを見て少年は彼女の痩せた身体を見た。
「同じなんだ……」
「同じじゃないよ。あんたみたいにケンカ弱くないもん」
「何だよ? おれだってケンカ強いんだぞ。弱くなんかないよ!」
「弱いじゃん!」
「弱くないったら弱くない!」
少年は叫んだが、突然悲鳴を上げた。
「痛ゥッ!」
足には擦り切れて底の抜けたスニーカーが辛うじてへばり付いていたが、その爪先から覗いている指の先から血が滲んでいる。
「おいで。消毒してやるから……」
少女の言葉に彼は首を横に振った。
「いらない」
「化膿しちゃうよ。小さな傷だって細菌が入ったらおしまいだ。あんた、親から教わらなかったの?」
その言葉に少年は俯く。
「親なんかいねーもん」

「そうなの?」
「そうさ。いらねーよ、あんなもん」
少年が叫ぶ。
「酷いことされたの?」
「捨てられた」
僅かに寂しそうな瞳。だが、彼はそんな弱気な思念を追い払うように勢いよく言った。
「おまえは?」
「わたしも親はいない」
「おまえも捨てられたのか?」
「連れて来られた……」
「親に?」
「知らない男に……」
少女は悲しそうだった。見上げても空は濁り、星は一つも見えない。頽廃した心と享楽を求めて集まって来る大人達の吹き溜まりのような街……。そこに捨てられた子供は多い。他所の星から拉致されて来た子供も……。しかし、そのほとんどが長じる前に弄ばれて命を落としてしまう。大人達にとっての歓楽街は、子供達にとっては過酷な街だった。


 「カティ、ごめんよ。今度はおれ、もっと上手くやるから……」
それから数年の月日が流れていた。暗い路地裏は彼らの秘密の会合の場所だった。あちこち殴られてぼろぼろになりながらバリーはそこに転がっていた。
「おれ、諦めねーから……。絶対いつか、おまえをこの星から逃がしてやるから……」
「アハ。無理しなくていいよ。わたしは平気」
「平気じゃねーよ。おれ、知ってんだぜ。おまえが何をやらされてるか」
「お黙り! わたしだってこのままでいるつもりはないよ。でも、今は……」
いつかこの星を脱出し、外の世界へ逃げる……。しかし、それはいつも無残な形で打ち砕かれた。彼女は、横たわっている少年の身体にそっと触れた。唇の端から血を流している。もう何度目の試みだったろうか。失敗し、連れ戻され、手酷い折檻を受けるのは……。しかし、その度にバリーは言った。
「おれ、諦めねーから……。絶対に諦めねーから……。おれ、もっと強くなる。ナイフ投げだってもっとうんと練習して腕を磨く。そして、いつか……」
「いつか……」
赤い夕日が反射していた。どんよりとした空に掛かるピガロスの赤い虹……。

――おれ、絶対に諦めねーから

エマージェンシーの赤いランプが少年の横顔に反射している。カティは振り向いて言った。
「弱音を吐くんじゃないよ。あんた、何があっても絶対諦めないんでしょ?」
カティが言った。
「そうさ! おれ達、誓ったんだもんな」

――二人であの宇宙を飛ぼう! おれ達の希望を叶えてくれる自由な星に向かって

「自由な星……」
ふとカティが呟いた。
「自由な……」
レーダーに映る星の光点を見つめてジューンが訊いた。
「この星はえーと……」
「メルビアーナだ」
キャプテンが言った。
「メルビアーナ? あの銀河系で唯一絶対王政を敷いているという……?」
カティが言った。
「そうだ。そこで船の修理と補給を行う」
「でも、大丈夫なのかい? そこって絶対王政の王様がいるところなんだろ?」
バリーが訊いた。
「大丈夫だ。あの星には信頼出来る友人がいる」
キャプテンの言葉に皆は一応に安堵のため息をもらしたが、動力装置の方のため息が激しくなったため、バリーは制御するのに悪戦苦闘していた。そんな彼をそっと見つめてカティが呟く。
「ありがと……」
(あんたのがんばりと諦めなかった根性のおかげで、今、わたし達はここにいる……)


 惑星が視認出来る程に大きくなった。銀河系の中央からは少し離れた第375B地区にこの星は存在していた。恒星の周りを7個の惑星が回り、16の衛星がその惑星の周囲を回っている。メルビアーナはその第2惑星である。海と陸との対比はほぼ8対2。環境は地球に近く、見た目にも青く美しい星だった。

「王政っていうからには王様がいるんだろ?きっと頑固で偏屈の爺さんなんだぜ」
バリーが言った。
「そうね。でも、わたし達には関係ないわ」
「そうでもないぜ。だってほら、王様には可愛い娘がいるかもしれないんだからな。うっぎゃ。それってもろお姫様だよな? お近づきになんかなっちゃって、おれのことステキ! なんて言い寄られたらどうしよう?」
オーバーゼスチャーで表現するバリーの横を通り過ぎてポメスが言った。
「キャハハ。ソレは、アマリに有り得ない妄想デスからして」
「うっせーぞ、ポメス」
バリーが追い払うとロボットは澄ましてその脇を通り過ぎて反対側の通路へ出た。
「でも、やっぱりそこはすっぱり断るべきだよな。たとえ身分の差を乗り越えられたとしても、所詮おれは宇宙の孤独を生きる海賊。姫様のそのお気持ちだけで結構です。どうかおれのことは諦めて幸せになっておくんなせえ……と」
「ふーん。諦めちゃうんだ」
カティがからかう。
「諦めなさい。無理アルなのデスから」
ポメスが通路の向こうから言って来る。
「あ、いや、決して諦める訳ではなく、おれはただ姫の幸せを願えばこそ……」
あまりに真面目な顔をして言うので脇で聞いていたジューンもクスクスと笑っている。
「何をしている?早く来い」
キャプテンにせかされて、彼らはようやく船のドックから出た。

「うっへ。ぼろぼろ。まるで歴戦の勇者だな」
振り向いたバリーが船の有様を見て首を竦めた。
「ほんと。こんな状態でよくここまでもったわね」
カティも言った。
「ミストラルスター号は運が強いんだよ、きっと」
ジューンが言った。
「……」
キャプテンは黙々と歩いている。と、そこへ、向こうから人が近づいて来た。

「わお! ルディー! 元気だった?」
小柄で黒髪の美しい少女がこちらに向かって駆けて来る。
「うっひゃ、美人ちゃん」
バリーが歓声を上げた。
「キャプテンの友人ってあの人なの?」
少し意外そうな顔をしてジューンが訊いた。
「そうみたいね」
カティが笑う。
「おれは元気さ。おまえは? ミシェル……いや、今はダグラスだったかな?」
「どっちでもいいよ。ミシェルでも、ダグラスでも。でも、ダグって呼んでくれた方がいいかな? 拘る者もいるから……。どっちでも同じなんだけどさ」
ダグは少しだけ背伸びして、自分より身長の高い男を見つめた。

「ああ、本当に久し振り。忘れないでいてくれてうれしいよ。どうぞ、ゆっくりして行ってね。外の話を聞かせてよ」
「悪いが、そうのんびりともしていられないんだ」
男が言った。
「噂はいろいろと聞いてる。でも、僕の見立てでは船の修理にざっと1週間は掛かりそうだよ。ねえ、いいでしょう?」
ダグは子供のようにきらきらとした目で言い寄った。
「ああ、でも、その前に紹介しとこう。おれの船のクルーだ。左から、バリーにカティにジューンだ」
「カティ……?」
一瞬、重なった視線。遠い記憶の先で頷く二人……。
「こいつはダグラス。大学で一緒だったんだ。と言っても数週間だけだったがな」
「ふふ。そうだね。あの頃はお互いに忙しくて時間がなかったからね。君とはもっと話がしたかったよ。僕達ってきっと馬が合いそうだもの」

「あのさあ、ダグラスってえことは、あんた男?」
バリーが納得いかなそうに訊いた。
「そう。でも、時には女になることもある」
ダグラスが言った。彼はリボンとレースをあしらった品のいいドレスを着て柔らかい手付きで髪を掻き揚げている。見掛けはどう見ても愛らしい少女だ。
「男でも女でもないってこと?」
ジューンが言った。その言葉にダグラスが笑い出す。
「フフ。そうじゃないんだ。でも、僕はなろうと思ったら何にでもなれるんだよ」
そう言って笑う彼はまるで子供のように好奇心いっぱいに輝いていた。
「そうだ。あとで僕の家に来てよ。食事くらいおごるよ」
と言って彼はドックにやって来た現場の作業員に何やら指示を与えている。
「彼、エンジニアなの?」
ジューンの質問にカティが答える。
「それは正解のうちの一つね」
「何だよ、それ」
バリーが言った。
「一つじゃないってこと。彼、面白い人だわ」
(それに、懐かしい……)
カティもまた好奇心をくすぐられたらしかった。


 「これは……。何てきれいなの? まるでお伽の国へ来たみたいだ」
宇宙港を出てエアカーに乗るとメルビアーナの美しい自然と家並みに目を奪われた。鮮やかな緑と明るい色の花々。家の壁は白く、とんがった屋根はカラフルでそれぞれの家の庭や窓には美しい花々が飾られている。近代的なエアカーのデザインでさえ丸みを帯びてクラシカルな雰囲気をかもし出していた。空も海も透き通ったブルー。石畳の歩道では動物達が人間と一緒にのんびり散歩している。
「楽園みたいな星だな……」
窓越しに映るそれを見てバリーが呟く。
「そうだな……」
珍しくキャプテンが応じた。
「だが、この星もほんの数年前には大変な内乱があったんだ」
「内乱?」
ジューンが訊いた。
「ああ」
「それってクーデター?」
とカティ。
「そうだ」
「考えらんねーな。こんなに穏やかでいい星なのに……」
「人間がいる以上、争いは起きるさ」
「それってやっぱり独裁ってのがよくねえんじゃないか?」
とバリー。

「どうかな?」
ジューンが慎重に頭を振りながら応える。
「この星は……」
ジューンはたった今見て来た過去を思って何か言おうとした。が、その時、前方に大きな通行門が見えた。その向こうには絵に描いたような宮殿が聳えている。
「お城だ」
バリーが言った。
「ほんと、御伽噺ね」
カティも言った。
「あれ? 何だよ、カティ。まるで女の子みてーなこと言うじゃん」
「何言ってんのよ。わたしはいつだって可愛らしい女の子なんですからね」
「うっへ。嘘みたーい。そいつは初耳ってなもんだぜ。なあ?」
隣のジューンに話し掛ける。が、彼はただ微笑しただけで周りの景色を眺めている。

「あれれ? キャプテン、このままじゃ城の敷地に入っちまうぜ。お城の見学でもしてくつもり?」
バリーが言った。
「ああ。もうとっくに敷地の中さ」
通用門の所で衛兵に止められた。
「身分証明書を」
運転席の窓を開け、男がカードを手渡す。
「ルディオ クラウディス様以下3名確かに登録されております。どうぞ。陛下がお待ちです」
恭しくカードを返すとゲートを開く。車はすーっと中へ入って行った。

「お、おいキャプテン。今、陛下がお待ちになっているとか言わなかったか?」
バリーが慌てて言った。
「ああ」
「な、何だい、それ。どういう事だよ? 陛下っつったら王様の事じゃねーのか? 普通」
「だろうな」
男は平然としていた。
「王様っつったらあれだぜ。やっぱ、やべえんじゃねーの?」
「何がだ?」
「だからさ、姫様がおれに惚れちまったらさ、惑星間紛争にならないかと心配でさ」
などと言うバリーを呆れた目で見てカティが言った。
「何を言い出すのかと思えばそっちなの」
「だってさあ」
そうこう話しているうちに駐車場に着いた。そこから案内されて宮殿の中に入る。そこはまるで地球の中世ヨーロッパの城を再現したような内装に調度を兼ね備えていた。
「何かわたし達って場違いな感じね」
カティが言った。
「タイムスリップしたみたいな気分……」
ジューンも言う。
「あれ? おまえが言うんだ」
バリーが冷やかす。

と、そこへ黒スーツを着た厳めしい雰囲気の老人がやって来て告げた。
「すぐに陛下が参られます。それまで、そこのソファーでおくつろぎください」
老人が行ってしまうとバリーが早速悪態をついた。
「チェッ。何だい。人を待たせるならお茶とケーキくらい出しとけっての」
と、そこへいきなり奥から聞き覚えのある声が響いた。
「アハハ。その通り。僕もケーキ食べたいな。すぐに持って来させよう」
「ダグラス……?」
バリーが驚いて立ち上がる。
「やあ。悪かったね。気が利かなくて……。何しろ爺は齢70のお年寄りだからね。若い人の好みがわからないんだ」
と笑っている。
「陛下! 誰が70ですと? 私はまだ69ですぞ」
先ほどの老人が扉の前で叫んでいる。
「アハハ。ごめん。けど、あとたった176時間と24分で誕生日でしょう?」
とくすくすと笑っている。

「陛下って……。まさか……」
バリーが目を見開いて言った。
「そう。僕が第18代メルビアーナ国王、マリーン エルフ ミシェル ラグ ダグラス 。趣味は機械いじり。好きな物はココアとお菓子とアイスクリーム。どうぞよろしく」
「えーっ? ダグラスが王様……?」
だが、驚いているのはバリー一人で他の3人は平然としていた。カティはテレパシーで、ジューンはトリップで既に情報を掴んでいたのだ。そして、キャプテンはもともと彼の友人なので、今更動じることもない。
「チェーッ。何だい何だい。おれだけ仲間外れにしやがって……」
と拗ねるバリーに国王が言った。
「今夜は君達のためにパーティーを開くよ。飲み放題食べ放題。可愛い女の子だってより取り見取り。夜は魔法の時間だよ」
「ほんとかい? 王様ってのもなかなか話せるじゃねーか」
バリーはすっかり気をよくして言った。


 夜会は盛り上がり、深夜まで騒ぎは続いた。が、途中、ダグラスの姿が見えなくなった。ルディオもそれを追う。行き先は見当がついていた。ミストラルスター号が停泊している船のドックだ。

 作業員達が帰ったその後で彼は一人で作業を続けていた。キャプテンが近づくと彼は振り返らずに言った。
「随分派手にやられたね」
「ああ」
男は静かに頷いた。
「修理にどれくらい掛かる?」
男が訊いた。
「5日。と言いたいところだけど急いでいるんだろう?」
手を休めずにダグラスは言った。ふっと男はため息をついて言う。
「いいのか? 王様がこんなことしてて……」
「趣味だからね。そうだ。装甲も塗り直さないか? 僕なら全体をサーモンピンクで尾翼の先だけ赤く染めるなんてのが素敵だと思うんだけど……」
「目立ち過ぎるな」
「それじゃあ、全体を虹色に塗り分けるってのは?」
「却下。おれ達は目立っちゃいけないのさ」
「残念だな。この船、すごく色っぽいフォルムなのに……」
「最低限の修理と補修をしてくれればいいよ」
「遠慮深いんだなあ。それなら、ちょっとしたプレゼントを受け取っておいてよ」
「プレゼント?」
「単座艇と二人乗りの搭載機をもう1機ずつ追加しておこう」
「スペースがないだろう」
「大丈夫。僕の計算では十分改造可能だ。チャラが……僕のロボットが既に中に篭って改造を始めてるよ。それと、武器も多めに……」

と、その時、ドックの奥の闇が動いた。
「伏せろ!」
キャプテンはそれを見逃さなかった。作業をしていたダグの背中を突き飛ばし、自分が前に出るとすかさず銃を撃ち込む。敵は複数。向こうもこちらに向けて撃って来た。船の左右と左前方の柱の影。そして頭上のキャットウォークだ。そのうち、船の右側にいた奴と柱に潜んでいた者は仕留めた。残るは二人。彼らが撃って来た弾丸が船の装甲に当たりばらばらと落ちて行く。
「緊急警報システムが切られてるな」
ダグが言った。
「顔を出すな!」
船の中へ追いやるとキャプテンは更にキャットウォークからダグを狙って撃って来た男の頭を撃ち抜いた。そいつは派手に脳漿を撒き散らしながら落下した。

「ひぇっ。凄いことするな」
ダグが彼の後ろから覗いて言った。
「一瞬遅かったら、おまえがああなってたかもしれないんだぞ」
キャプテンが張ったシールドに弾かれて転がっている弾丸を見つめてダグは首を竦めた。
「確かに……」
「残りは一人か……」
そう言って警戒を強めた時、いきなり複数の足音が交錯し、サーチライトがドックの中を照らした。そして、警備兵と王の身辺を守る近衛隊の者達がなだれ込んで来た。そして、発砲して来た最後の一人の手から武器を吹き飛ばして身柄を確保する。

「陛下。お怪我は?」
先頭に立っていた隊長らしき女が言った。
「大丈夫。彼のおかげで命拾いしたよ」
と笑う。
「あ、陛下、左の頬に傷が……」
彼女の言葉にダグはふと手にしたねじ回しを見て顔を歪めた。その先端に付着した微かな血を見て彼は卒倒した。
「陛下!」
慌てて手を差し伸べようとした彼女より先に男がその身体を抱える。
「かすり傷だぞ」
「感謝します。しかし、陛下を責めないでいただきたい。どのように立派な御仁であっても苦手なことはあるものです。陛下はご自分の血が苦手なのです」
「いいだろう。だが、説明してくれ。おまえ達はダグを守るための組織ではないのか? 襲って来た奴らは何者だ?」
「申し訳ありません。必要があれば陛下が直接お答えになるでしょう」
「ふん。気に入らないな」
漆黒の闇を照らす照明灯……。それは六角の星のように見えた。一見美しいメルヘンのようなこの星にも、底知れない闇が潜んでいるのかもしれない。ルディオはその腕の中に今、運命を抱えていた。